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2020年1月17日 (金)

1月17日は・・・

(1995年)1月17日は,25年前阪神・淡路大震災が起きた日だ。

私はその日の朝テレビで関西で大きな地震が起き,

大変なことになっていると知った。

知り合いの塾の先生だった田辺さんの仮設住宅の支援でその様子がわかった。

学校としての義援金集めが中心だった。

それから,16年した2011年3月11日には,東日本大震災。

私は6時間目の授業を始めた直後だった。

避難訓練ではなく,初めて実際の地震のため校庭に避難した。

その年私は「安全主任」だったので,校長先生より早く全校生徒を前に

話をしなければいけなかった。

それから,暗い新所沢の町や発電灯の下での成績付けを経験した。

また,ブログで1週間その様子を書き続け,そして止めた。

仮説実験授業研究会の夏の大会が,松島で行われ,それを期に私は始動した。

私の写真を見て,何かを感じてくれる生徒たちがいることに気が付いたからである。

その夏の東松島を皮切りに,石巻・女川・気仙沼・陸前高田と北上していき,

釜石まで行った後,大川小学校にも行くことになった。

釜石まで行った際には,天台寺の瀬戸内寂聴の話も聴きに行った。

私の40代後半からの10年間は,もっとも東北地方に縁のあったものとなった。

(この「夢ブログ」の中の「旅行・地域」のコンテンツにそれらは収録してあります)

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コメント

阪神淡路大震災。
 阪神淡路大震災のおりに肥沼さんは安全主任だったとのことだが、私も同様な任務を担う管理主任だったし、関東大震災では液状化現象が起きた場所に勤務校があることは知っていたので、その後の避難訓練に対する姿勢が変化したことは同じだ。
  だが肥沼さんとは異なり、この歴史的自然災害は、私が地震や火山について強い興味をもったきっかけであり、同時に我が家が地震で倒壊しないように、関東の地震の歴史や予想をしらべ、我が家を耐震補強するきっかけになった出来事です。
 阪神淡路大震災を直前に予測した本として脚光を浴びた『大地動乱の時代』(石橋克彦著・岩波新書。1994年12月)では、主として関東で直近におきるかもしれないとされた小田原地震をその地震構造と歴史の検証から論じ、20世紀の末の日本は、40年ほど連続して大地震や火山噴火が続く大地動乱の時代となると予言した。その中でここ400年間大地震のない京阪神が不安だと述べ、秀吉の伏見城を倒壊させた慶長伏見地震から約400年経っているので、この活断層は危険だと述べていた。阪神淡路大震災を起こした活断層は、慶長伏見地震を起こした活断層の西半分だったのだ。
 ということを新聞で読んですぐ本を購入し、併せて日本の活断層地図も手に入れ、関東も小田原地震をはじめ、いくつも大きな地震が起きる可能性があることがわかったので、すぐさま我が家の耐震補強に入った。
 耐震診断してもらうと、増築の際に南側の柱や壁を撤去して家の南に大きなガラス戸の廊下を作ったために耐震力がかなり低下し、震度5でも倒壊の可能性があること。そして震度7に耐えるようにするためには、壁の量を二倍にし、柱の数も増やして、廊下の障子戸の半分を壁に変える大工事が必要と。1000万円ちかくかかることと、南側の採光が悪くなるのと、南関東では震度7は予想されず、最大震度6であることを考えあわせ、震度6弱に耐える程度の耐震補強を実施した(費用は300万円ほど)。
 そして地震や火山の本を読みまくる中で、インターネットを1999年に始めた関係で、ネットで拾える地震や火山の状況をリアルタイムで表示するサイトにつないだ。2000年の有珠山噴火や2002年の三宅島噴火の際には、毎日このサイトを見て噴火状況をつかみ、三宅島噴火の際には、噴煙の広がる地域を予想するサイトをみて、我が家にどんな影響が出るのか確認。そして地震学者のサイトにいくつもアクセスしてその論争を読んだりもした。
 この痕跡は私のサイトの「三宅島のページ」に今でも残っている。
 そしてこの副産物として、旧石器遺跡捏造事件を、その発覚前から指摘していたのが、三宅島噴火で活躍した群馬大学の早川由紀夫氏であることに気が付き、その捏造のからくりと捏造が明らかにされなかった学問の構造の問題にも視点は広がった。
 この痕跡は私のサイトの「前期旧石器捏造事件」のページに残っている。

 だが2002年の三宅島噴火以後予測された小田原地震が起きなかったこともあり(この地震を90年に一度起こしていた原因である、日本列島の下に伊豆半島が潜り込むことによってできた列島の裂け目が近年南に移動したため、関東大震災の90年後に予想されていた小田原地震は起きなかった)、さらに2000年に新しい歴史教科書をつくる会が出した中学校歴史教科書が検定合格となって、実際に学校で民族主義的なウソの歴史が教えられることの危機感から、これの批判に私の意識が移ってしまったため、1990年代から2000年代の初めてかけて、津波堆積物の研究から、2000年代初頭に、東北関東の東側の日本海溝で巨大地震が発生し、巨大な津波がこの地方を襲うことが警告されていたことには、まったく意識が向かなかった。
 だが東日本大震災に遭遇したとき、すぐにその原因を探るには何をみればよいかは阪神淡路大震災と有珠山噴火三宅島噴火の過程を通じてわかっていたので、すぐさま関係のサイトでこの地震がどう論じられているかを確認し、この地震が約1100年まえの貞観地震大津波の再来であることをすぐ理解し、この地震がどうやって予測されたかとその予測がどうやって無視されたかを確認した。
 この結果私のサイトの巻頭には、「東日本大震災と原発事故による放射能汚染の今後を考える 」というリンク集ができ、次に予想される南海トラフ大地震と、1703年元禄江戸地震の再来とを警戒して、毎日これらのサイトの情報を確認することが習慣となった。
 また我が家は阪神淡路大震災の折に震度6弱に耐えるように耐震補強してあったので、震度5強の揺れにも耐えたことがわかった(わずかに傾いたが)。そこですぐさま今度は震度7に耐えられるように抜本的な耐震補強を施すことになったのだ。

 昨夜のNHKは阪神淡路大震災が当時被災した子供たちの人生におおきな影響を与えたことをデータとインタビューで示した番組を流したが、当時45歳であった大人の私にも大きな影響を与えたものだと思います。
 知人の中にはこの震災を見て、人生は突然終わらせられることを実感し、大学進学せずに近所の銀行で働いていたのをやめて再度大学進学を目指し、そのまま歴史の研究者になってしまった人もいます。
 自然災害は(人工の災害である戦争も)人の人生を左右する力をもっているのだということを改めて実感しました。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

私は神戸に友人が住んでいたこともあり,
その人の活動を通していろいろなことを知りました。
川瀬さんはかなり阪神淡路大震災から影響を受けられたようですね。
うちの場合,「母屋が一番危ない」と思います。何しろ築30年は経っており,
耐震補強したという話も聞いていません。
耐震診断というものは,誰がどれくらいの費用でしてくれるのでしょうか?

肥沼さんへ

 例えば次のようなサイトがあります。
 http://www.mokutaikyo.com/
 木耐協という組織のサイトです。ここを見ると耐震診断のやり方や費用や工事業者を調べることができます。
 肥沼さんなら、アパートを建設した会社に相談すればよいと思います。
 私の場合は、ずっと以前からいろいろリフォームを頼んでいた建設会社にお願いしました。一級建築士の資格を持っていて、耐震診断の資格を取る講習に参加して資格を取った人を、それなりの工務店なら抱えていると思います。
 診断費用は、無料から数万円の範囲です。

追伸
 次のようなサイトもあります。
 http://www.kenchiku-bosai.or.jp/
 このサイトの「木造住宅の耐震ツール」の項目を見てもらうと、一般人でできる耐震診断のページもあって、なかなか面白いです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

そうですね。
アパートを作った会社に相談してみるのが早道のようです。

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