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2019年12月 3日 (火)

『日本書紀』に「鼠」は何回登場するか?

昨日「東京古田会ニュース」が届き,興味を持ったのは橘高さんの「八面大王論」だった。

古田さんの論の「援護射撃」をしようと,「鼠」というキーワードを用いていた。

(「東京古田会ニュース」の橘高さん「鼠についての考察」2013年9月号(152号)より)

つまり「大和朝廷は九州王朝を「鼠」と揶揄していた」というのだ。

本当のような気もするが,何か私にできることはないか?

ということで,『日本書紀』の全文検索をしてみようと思いついた。さあ,その結果はいかに?

(もちろん,橘高さんの「鼠についての考察」ですでにこの方法は使われているとは思いますが・・・)

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日本書紀 巻第七 景行天皇~成務天皇
奉迎之諮言「茲山有大石窟、曰石窟、有二土蜘蛛、住其石窟。一曰靑、二曰白。又於直入縣禰疑野、有三土蜘蛛、一曰打猨、二曰八田、三曰國摩侶。是五人、並其爲人强力、亦衆類多之、皆曰『不從皇命。』若强喚者、興兵距焉。」天皇惡之、不得進行、....→ このページで合計1件ヒット

日本書紀 巻第二十四 皇極天皇紀
。入鹿具說所由。古人皇子曰、伏穴而生。失穴而死。入鹿由是止行。遣軍將等、求於膽駒。竟不能覓。於是、山背大兄王等、自山還、入斑鳩寺。軍將等卽以兵圍寺。於是、山背大兄王、使三輪文屋君謂軍將等曰、吾起兵伐入鹿者、其勝定之。然由一身之故....→ このページで合計1件ヒット

日本書紀 巻第二十五 孝徳天皇紀
。老人等相謂之曰。自春至夏、向難波、遷都之兆也。戊午、越國言。海畔、枯査向東移去、沙上有跡如耕田狀。是年也、太歲乙巳。二年春正月甲子朔、賀正禮畢、卽宣改新之詔曰。其一曰、罷昔在天皇等所立子代之民・處々屯倉・及別臣連伴造國造村首所....→ このページで合計5件ヒット

日本書紀 巻第二十七 天智天皇紀
堺・新羅不獲輸其西壘。夏四月産於馬尾、釋道顯占曰、北國之人將附南國、蓋高麗破而屬日本乎。五月、大將軍大錦中阿曇比邏夫連等率船師一百七十艘、送豐璋等於百濟國。宣勅、以豐璋等使繼其位、又予金策於福信而撫其背、褒賜爵祿。于時、豐璋等與....→ このページで合計2件ヒット

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4ページに9件というのは,なかなかいい個数かもしれません。

数件しかないと統計になりませんし,逆に何百件もあるとやる気がおきませんから。

さらに,複数出てきている孝徳紀と天智紀で「鼠」探しをしてみます。

両方とも長くて骨が折れそうですが・・・。

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【孝徳紀】

(1)冬十二月乙未朔癸卯、天皇遷都難波長柄豐碕。老人等相謂之曰。自春至夏、向難波、遷都之兆也。戊午、越國言。海畔、枯査向東移去、沙上有跡如耕田狀。是年也、太歲乙巳。

(2)九月、遣小德高向博士黑麻呂於新羅而使貢質。遂罷任那之調黑麻呂、更名玄理。是月、天皇、御蝦蟇行宮或本云、離宮。是歲、越國之、晝夜相連、向東移去。

(3)新羅、遣上臣大阿飡金春秋等、送博士小德高向黑麻呂・小山中中臣連押熊、來獻孔雀一隻・鸚鵡一隻。仍以春秋爲質。春秋美姿顏善談笑。造渟足柵、置柵戸。老人等相謂之曰、數年向東行、此造柵之兆乎。

(4)五年春正月戊申朔夜、向倭都而遷。

(5)十二月壬寅朔己酉、葬于大坂磯長陵。是日、皇太子奉皇祖母尊遷居倭河邊行宮。老者語之曰、向倭都、遷都之兆也。是歲、高麗・百濟・新羅並遣使奉弔。

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ものすごく大変に思ったが,「鼠」は後半に集中していたので,作業は思ったほど大変ではなかった。

続いて,天智紀である。これは2件。かえって時間がかかるかも。

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【天智紀】

(1)元年春正月辛卯朔丁巳、賜百濟佐平鬼室福信矢十萬隻・絲五百斤・綿一千斤・布一千端・韋一千張・稻種三千斛。三月庚寅朔癸巳、賜百濟王布三百端。是月、唐人・新羅人伐高麗、高麗乞救國家、仍遣軍將據䟽留城。由是、唐人不得略其南堺・新羅不獲輸其西壘。夏四月産於馬尾、釋道顯占曰、北國之人將附南國、蓋高麗破而屬日本乎。

(2)五年春正月戊辰朔戊寅、高麗遣前部能婁等進調。是日、耽羅遣王子姑如等貢獻。三月、皇太子親往於佐伯子麻呂連家、問其所患、慨歎元從之功。夏六月乙未朔戊戌、高麗前部能婁等罷歸。秋七月、大水。是秋、復租調。冬十月甲午朔己未、高麗遣臣乙相奄𨛃等進調。大使臣乙相奄𨛃・副使達相遁・二位玄武若光等。是冬、京都之、向近江移。以百濟男女二千餘人、居于東國。凡不擇緇素、起癸亥年至于三歲、並賜官食。倭漢沙門智由、獻指南車。

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※1 鼠が向かう先に何があるか。倭都2件,難波1件,東が2件,近江1件となり,やはり九州王朝のことを指している気がする。

※2 揶揄で思い出したが,古事記に揶揄的な場面がある。「九州王朝の豪族たちは臆病者だ」みたいな表現があり,紀では削除された。

※3 鼠と安曇はよく似た音だ。ウィキペディアには,「安曇は海人津見(あまつみ)が転訛したものとされ[要出典]

津見(つみ)は「住み」を意味する古語とする説もあり[要出典]その説だと安曇族はそのまま「海に住む人」を示す

「要出典」ばかりだが。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 橘高さんはどんな根拠で「大和朝廷は九州王朝を「鼠」と揶揄していた」と結論したのでしょうか。
 肥沼さんが示した書紀の記述だけでは、そう言い切れません。

 私には根拠のない妄説にしか見えません。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

アドレスが書いてありましたので,「鼠についての考察」にあたってみたいと思います。
⇒ なんかうまくたどり着くことができません。

肥沼さんへ

 「東京古田会ニュース」は創刊号から最初の10号しか公開されていません。だから2013年9月号(152号)掲載の橘高さんの論文をネットで検索しても出てこないと思いますよ。
 会員の肥沼さんが会報を保存していないことがいけないのです。
 興味を持たれたのなら東京古田会に連絡してコピーをもらったらどうでしょうか。
 コピーがあれば私も読んでみたいですが。

 「八面大王」伝説を最初に記録したものは『仁科濫觴記』という「古記録」らしいですね。でも著者も成立年も明らかではなく、依拠した史料がなんであるかもわからない代物。
 伝説は真実の歴史を伝承している可能性もありますが、それを証明することは難しく、徒に伝説に依拠して歴史を論じてみたところで意味はないと私は思います。
 ネットで調べてみると「八面大王」を九州王朝論とつなげる論拠を、この「人名」を「やめだいおう」と読んで、九州筑後の八女を拠点とした筑紫君磐井と結びつけるところからのようですね。
 そして「八面大王」を記録した文書『信府統記』(松本藩によって享保年間に記された地誌)には、「八面大王」を名乗る盗賊の話があり、その盗賊を「鼠」「鼠族」と呼んでいるようです。

 ざっとネットで検索しただけでも「八面大王」論を九州王朝論で論じるのは無理だと思いますが、そうした論を精査してみるのも面白いとは思います。

 肥沼さんが書紀の鼠記事を抜き出してみたことでわかることは、鼠は不思議なことを人間に知らせる、いわば神の使いとして記されていることだけです。孝徳紀や天智紀の記述に出てくる「鼠」が九州王朝を指しているなど、到底言えません。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  肥沼さんが書紀の鼠記事を抜き出してみたことでわかることは、鼠は不思議なことを人間に知らせる、いわば神の使いとして記されていることだけです。孝徳紀や天智紀の記述に出てくる「鼠」が九州王朝を指しているなど、到底言えません。

『日本書紀』を作った人たちから言えば,鼠(神の使い)というものを使って,
神に導かれるようにして都や屋敷を移動させたという暗示かと思いました。
だから,神の導きには逆らえない,と。

こんにちは。
「土蜘蛛」と同様に、ある人的集団を「鼠」に喩えたと解釈することは可能だと考えます。九州王朝とするのは漠然としすぎているので、もう少し具体的に絞り込む必要があるのではないでしょうか。信濃国の「蠅」についても比喩的表現なのではないかと見ています。
ちなみに高知県には八面神社が複数存在するのですが、他県にもあるものなのでしょうか。

侏儒国民さんへ
コメントありがとうございます。

〉 ちなみに高知県には八面神社が複数存在するのですが、他県にもあるものなのでしょうか。

そうなんですか。
と言って,検索してみたら,ほかの県にもあるようですね。
つながりがあるのでしょうか。

『日本書紀』に「鼠」は何回登場するか?

はじめまして!

コメントを投稿させていただきます。

※ 当方ブログの借字表音(仮名表音)の解読は右文説と言われているようです。
右文説 - Wikipedia

※ 右文説⇒漢音・呉音=百済音⇒(華字・華甲⇒解字、字根)表音⇒借字表音(仮名表音)⇒現代辞書検索。

※ 漢文の趣旨及び意味は一層~三層に構成されています、古事記・日本書紀の写本はカタカナの訓読み、句読点、返り点がありますが、これを正しいと考えると解読できません。

※ 熟語=駢字が構成できないので意味不明になります、同音異字で一重・二重で構成⇒1 同音=どうおん=どう‐おん〔ダウ‐〕【導音】。2 音異=おんい=おん‐い〔‐ヰ〕【×蔭位】。おん‐い〔‐ヰ〕【恩威】。

同音異字 - Wikipedia

<古事記・日本書紀の文法構成 事例>
※ 一層目⇒同音異字⇒漢音⇒同音=とういん=とう‐いん〔タウ‐〕【唐音】。異字=いじ=1 い‐じ【異字】=1 異なった文字。他の文字。2 い‐じ【意字】=表意文字のこと。⇔音字(おんじ)。

※ 二層目⇒同音=とういん=とういん〔タウヰン〕【唐韻】=中国の韻書。唐の孫愐(そんめん)の撰。751年成立。隋代の陸法言らの「切韻」を増訂したもの。一部分が現存する。異字= い‐じ〔ヰ‐〕【遺事】= 昔から伝えられてきた事柄。

※ 三層目⇒同音=とういん=とう‐いん〔‐ヰン〕【頭韻】=押韻法の一。詩歌・韻文などの句頭・語頭に、同一の音をもった語を繰り返して用いること。い‐じ〔‐ヂ〕【意地】=14 句作上の心の働き。2 い‐じ〔ヰ‐〕【遺事】。 昔から伝えられてきた事柄。

※ 古事記・日本書記は限られた貴人だけに解読できて、不特定多数(親中派⇒大唐、新羅、百済の渡来人)には解読できないように記述しています。

※ 古事記は注釈があるので多少は解読できますが、それでも難解です。訓読は論外。

※ 古事記・日本書記は標準漢字構成が借字表音(仮名表音)⇒1漢音⇒90% 2呉音(百済音)5% (華甲・華字・字・字根)5%⇒2・3は以音。

※ 古事記は注釈があるので多少は解読できますが、それでも難解です。訓読は論外。

※ 古事記は読み間違いをしないように注意しているのです。

<事例 要約 1>
※ 事例⇒天之御中主神【訓高下天云阿麻下效此】⇒高の下の天=てんは訓読みで【阿麻=あま】だが、漢音で読むこと、華甲⇒解字・字根音を公比積算に使用すること。

下效⇒下效=かこう=か‐こう〔クワカフ〕【華甲】
效此⇒こうひ=こう‐ひ【公比】=等比数列で、ある項とその前の項との比。

※ 現代人は音読み、訓読みを使い分けていますが、奈良時代の人は大和言語が通常の言語です、あえて訓読みしなさいと注意記述をしますか、新しい殷音なので(以音=この音を用いなさい。)

※ 古代の漢字史記は句読点はありません、後世にでたらめな句読点を加筆したので解読不可となりました。

<本題>
日本書紀巻第廿四
天豐財重日足姬天皇 皇極天皇
<補足>
鼠伏⇒背景及び全体の文脈がつかめないと誤解読が生じるので関連文節も解読しました。

イザナギ⇒独立派⇒葦原中国の属國(倭)⇒孫属國⇒新羅・百済。中国(殷・漢・楚・蜀・魏・北周・隋・唐)の政権は変わっても歴代宰相は中国より赴任。

說文解字 : 卷四 : 聿部 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)
1930 打開字典顯示相似段落 聿部: 聿:所以書也。楚謂之聿,吳謂之不律,燕謂之弗。从𦘒一聲。凡聿之屬皆从聿。
楚・蜀・呉。⇒孫権血族⇒天孫系。魏⇒公孫系。晋。⇒先晋。⇒海神。⇒さんずいの’セン)のみ表音。せんしん。⇒海神族。北周。⇒弗⇒物部。大伴金村=だいはんこんそん=公孫系。

隋⇒蘇。⇒唐の太宗の血族の関係で太宗の時代まで倭國で宰相の地位を確保。⇒その後、藤原=とうげんに宰相を譲ります。

元年春正月丁巳朔辛未、皇后卽天皇位。以蘇我臣蝦夷爲大臣如故。大臣兒入鹿更名鞍作。自執國政。威勝於父。由是、盜賊恐懾、路不拾遺。

<要約>
元年春正月、てい‐し【停止】 していたことを一時やめること。また、差し止めること。施策 読み方:しさく。施策とは、「施す策」という字面の通り、ある事柄に対処するために実施される処置、または、実施すべき計画のことである。

び‐こう【微功】わずかな功績。皇極皇后。こう‐しょく【公職】。こう‐しょく〔カウ‐〕【降職】⇒[名](スル)役職や地位を下げること。降格。降任。「不祥事を起こして降職される」

蘇我臣蝦夷=そせんしんげい=祖、先晋、蝦夷⇒※魏史、隋書でこき下ろされているころで、仕返しに蝦=げ=えび。(えび)節足動物、甲殻類、軟甲綱、十脚目のうち、ヤドカリとカニを除いた種の総称。夷=えびす。未開部族。
蝦夷=げい=げ‐い〔‐ヰ〕【外位】=律令制で、地方官に授けられた位。通常の位階である内位に準ずるもの。のち、姓(かばね)の下位の者に与えられるようになった。外階(げかい)。
如故⇒にょこ=呉音=真言宗にて如法のことをいふ。阿闍梨が他人に解らぬやうに書いた略字にして、如の偏「女」と、法の旁「去」とを取ったものである。

大臣兒入鹿更名鞍作自執國政威勝於父由是盜賊恐懾路不拾遺。

大臣兒入=だいじんじじゅう=大臣。じ‐じゅう【侍従】1 君主のそばに仕えること。また、その人。
入鹿=じゅうか=じゅう‐か〔ヂユウクワ〕【重科】
更名鞍作⇒こうめい、(あんじん・こうじん)=こう‐めい〔カウ‐〕【抗命】[名](スル)命令に背いて、従わないこと。「上官に抗命する」 ※(あんじん・こうじん)= (「あん」は「行」の唐宋音)=こう。

唐音 - Wikipedia
更名鞍作⇒こうこう、こうじん。=こう‐こう〔‐カウ〕【後項】 同一文書の、あとの方にある条項・項目。「後項で詳述する」⇔前項。こう‐にん【候人】1 中世、蔵人所(くろうどどころ)の職員。殿上(てんじょう)に伺候し、御膳や宿直の任に当たった。こうじん。

自執國政威=ししゅういえいかんよ=自執 自ら信ずる経論等に執着し離れないこと。しゅう‐い〔シウヰ〕【周囲】い‐せい〔ヰ‐〕【威勢】人を恐れ従わせる力。「権力者の威勢に恐れをなす」
勝於=かんよ=かん‐よ〔クワン‐|カン‐〕【関与/干与】[名](スル)ある物事に関係すること。「事件に―する」「国政に―する」
父由=ふゆうし=ふ‐ゆう〔‐イウ〕【富有】[名・形動]財産を多く持つこと。また、そのさま。金持ち。「富有な家に生まれる」

由是=ゆう‐し〔イウ‐〕【猶子】1 兄弟の子。甥(おい)。姪(めい)。2 兄弟・親類または他人の子を自分の子としたもの。義子。養子。

是盜賊恐懾路不拾遺。=しとうぞくきょうしょうちふじゅうい。=是盜=しとう=し‐とう【私闘】[名](スル)個人的な利害や恨みなどで争うこと。

盜賊恐。=盜賊=ぬすびと。泥棒。恐=きょう=慎んだ態度をとること。恐れ畏まる。恐懼。
懾路不。=懾路=しょうち=しょう‐ち〔セウ‐〕【召致】[名](スル)呼び寄せること。「関係者を召致する」。しょう‐ち〔シヤウ‐〕【詳知】[名](スル)くわしく知ること。ち‐ふ【地府】。2 《「ぢふ」とも》冥土(めいど)。また、閻魔(えんま)大王。
不拾。=ふじゅうい付従 読み方:ふじゅう。「付き従う」の意味で用いられることのある語。
拾遺。=じゅうい=しゅう‐い〔シフヰ〕【拾遺】2 《「じゅうい」とも》侍従の唐名。
入鹿具說所由古人皇子曰鼠伏穴而生失穴而死。

入鹿=じゅうか=獣鹿。具說=ぐしん=具說⇒1華甲⇒言兌。⇒2言⇒ 華甲⇒辛口⇒辛=しん=表音⇒ぐ‐しん【愚心】 愚かな心。
所由。=しょ‐ゆう〔‐イウ〕【所由】=1 基づくところ。物事のよってきたるところ。ゆえん。2 中国で唐代に、官物の出納をつかさどった官。

古人=こじん=こ‐じん【▽挙人】きょ‐じん【挙人】中国の明・清代に、科挙の郷試(きょうし)に合格し、進士の受験資格を得た者。こ‐じん【故人】蘇我臣蝦夷爲大臣。

皇子曰鼠伏⇒皇子曰鼠伏=こうしえつきゅうじょう=〇〇皇子曰。鼠伏=きゅうじょう=鼠⇒華甲⇒臼⇒臼=きゅう。⇒きゅうじょう

鼠伏⇒きゅう‐じょう〔キウジヤウ〕【旧情】以前からいだいている感情。また、以前いだいていた感情。穴⇒華甲⇒八⇒や=也。

而生=じ‐せい【自省】[名](スル)自分の言動を反省すること。「深く自省する」「自省の念」

穴而⇒華甲⇒穴=宀八⇒華甲⇒宀=べん=べんじ=べん‐じ【弁事/×辨事】

而死。⇒じ‐し【自死】[名](スル)自殺。意思的な死を非道徳的・反社会的行為と責めないでいう語。

日本書紀 巻第二十五 孝徳天皇紀
<補足>
孝徳天皇紀⇒多少、遷都について検証した意識も織り交ぜます、九州筑紫に都をおいていましたが天変地異、横暴な大唐、倭国の属國(百済・新羅)が唐親派になり、思案し始めた時期の記述。

元号は属國は命名できない不文律を破り倭国限定で元号大化で認可されます。

(馬=華甲⇒灬⇒点4個=か⇒馬鹿)・牛・魚、⇒不明(麻呂⇒りんこう)・古人大兄⇒科挙に受かった唐人。
朝廷の宰相以下要人は大唐の出向要人で占められました。

老人等相謂之曰自春至夏鼠向難波遷都之兆也。

老人等⇒老人等は不明。相謂之曰=そういしえつ=そう‐い【総意】=全員の一致した意見・考え。之曰。
自春至夏=じしゅんしか=次春、至夏。

鼠向⇒きゅうこう=きゅう‐こう〔キフカウ〕【急行】 急いで行くこと。

難波⇒華甲⇒𦰩隹=すい。氵=せん皮。⇒すい‐せん【推薦】よいものとして人にすすめること。

遷都之兆也。⇒せんとしちょうや=遷都⇒し‐ちょう【至重】[名・形動]この上もなく大切であること。きわめて重大であること。また、そのさま。

古人大兄、殿下之兄也。輕皇子、殿下之舅也。
之舅⇒しきゅう⇒華甲⇒1臼男。2田力=田=てん=してん=し‐てん【司天】天文博士(てんもんはかせ)の唐名。唐人の娘。※嫡妻ではなく、⇒嬪。⇒舅=しゅうと。
說文解字 - 娶 - 中國哲學書電子化計劃 (ctext.org)
女部:
婚:婦家也。《禮》:娶婦以昏時,婦人陰也,故曰婚。从女从昏,昏亦聲。
※ 嫁・婚姻・娶・妾⇒ランクずけしているようです。

<唐人、宰相、天皇位 古人大兄⇒こ‐じん【▽挙人】・大兄=だいこう>
今、古人大兄在而殿下陟天皇位、便違人弟恭遜之心。且立舅以答民望、不亦可乎。

且立舅以答民望、⇒且立=しょりゅう=しょ‐りゅう〔‐リウ〕【庶流】= 庶子の系統。庶族。庶系。⇒庶出の子。妾の産んだ子。

田=てん。以=い。てん‐い〔‐ヰ〕【天位】答=とう=唐。民⇒李世民。望⇒華甲⇒亡月王=おう=太宗=李世民。

日本書紀 巻第七 景行天皇~成務天皇
冬十月、到碩田國。其地形廣大亦麗、因名碩田也。碩田、此云於保岐陀。到速見邑、有女人、曰速津媛、爲一處之長。其聞天皇車駕而自奉迎之諮言「茲山有大石窟、曰鼠石窟、有二土蜘蛛、住其石窟。一曰靑、二曰白。
~皆曰『不從皇命。』若强喚者、興兵距焉。」天皇惡之、不得進行、卽留于來田見邑、權興宮室而居之。

<補足>

日本書紀の編纂時奈良時代なのに、雄略天皇記頃までの漢文はとても難解で故事成語・論語が織り交ぜてありじかんを要します。

文脈を把握しないと【鼠石】の熟語を解読できないため投稿した文節を解読しました。

【鼠石】⇒きゅうこう。⇒石⇒華甲⇒丆口=こう⇒きゅうこう。=きゅう‐こう〔‐カウ〕【×躬行】[名](スル)みずから実行すること。「実践躬行」

<文節が長いので要約のみ。>
一層目の文脈。
冬十月、碩田國=こうてんこく、地形、広大、麗しい、大命、碩田也。(碩田妃、秘史、し‐し【私子】「私生子(しせいし)」に同じ。
し‐あい【糸×鞋】⇒しがい(糸鞋)絹糸を編んで作った履物。貴族の子弟や楽人・舞人などが用いた。いとぐつ。しあい。あい‐こう〔‐カウ〕【愛好】[名](スル)その事が好きで楽しむこと。仙遊 読み方:せんゆう。世俗を離れた仙境で遊ぶこと。

こう‐き【後記】
本文のあとに書き記すこと。また、そのもの。あとがき。「編集後記」

碩田國の巴で曰速津媛も参加して詩会を開きます、しし【子思】・(しゆう〔シイウ〕【子有】=こう‐し【孔子】)⇒の詩【茲山有大石窟】⇒検索しましたが不明。

景行天皇が詩に制約を加えます、1き‐もん【記問】。2 めでたいこと。慶事。3 し‐ち【詞致】⇒10項目程の制約の他に、五経思想の青・白の漢字を混ぜ詩を制作しなさい、その際、花押も忘れないこと。、、、、、

【鼠石】⇒きゅうこう。⇒石⇒華甲⇒丆口=こう⇒きゅうこう。=きゅう‐こう〔‐カウ〕【×躬行】[名](スル)みずから実行すること。「実践躬行」

二層目の文脈。

戦争をするか、和平に持ち込むか、その際の迷いが記述されています。

<詩会のぐち>
~皆曰『不從皇命。』若强喚者、興兵距焉。」天皇惡之、不得進行、卽留于來田見邑、權興宮室而居之。

皆曰⇒なんで、このようなむずかしい題材を景行天皇は出題するのか、天皇惡之。

<備考>
この解読法はアルゴリズム文法で構成されているのでAIが行えば1200年に及ぶ誤解読から解放されます。

又は10000人ほどの歴史愛好家が2文節~3文節の解読を実行すれば古事記・日本書記の解読は進みます。

※ 倭国の真の独立派皇族が制作した史書なので、大唐の血筋に感化された貴人には解読できないようになっています。

※ 日本書紀を解読して判明したことは全巻30巻系図1巻×40セット。

※ 白村江の戦いに敗れ、国家存亡の危機に遭遇し二都制を敢行、九州淡海王朝(大分別府湾、宇佐大社)幾内近江王朝。

※ 筑紫太宰の都は大唐が赴任、孫属國の新羅・百済が安碌山の乱まで九州を占領、続日本書紀に記述されていますが、まともに解読できていない。

※ 日向國は唐にの軍門に下るか迷っていたが、薩摩隼人は占領されないで日本独立派と共に九州奪還を目指し取り戻すが、大唐の巻き返しが強力で再び属國に転落、唐の滅亡まで続く。

※ 当方の憶測、推測ではありません、続日本書紀に記述されていつものを解読しただけです。

※ 当方の憶測、想像では特殊な熟語の知識など持ち合わせていません、インターネットによる辞書検索がなければ解読は不可能でした。

ご興味がありましたら、当方ブログを閲覧ください。

SPOT


魏志倭人伝 卑弥呼 古事記 日本書記 万葉集 甲骨文字 以音 五経基軸文法による解読 (hatenablog.com)

SPOTさんへ
コメントありがとうございます。

〉 この解読法はアルゴリズム文法で構成されているのでAIが行えば1200年に及ぶ誤解読から解放されます。

又は10000人ほどの歴史愛好家が2文節~3文節の解読を実行すれば古事記・日本書記の解読は進みます。

AIの活用で長年の謎が解けるのなら,AIは素晴らしい発明ですね。

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