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2019年12月24日 (火)

〈方位の考古学〉の活用例(2)~福島県・泉官衙遺跡の場合

ちょうど昨日精査したのが,福島県の泉官衙遺跡で,

〈方位の考古学〉の歴史においても節目となった遺跡なので,

それを使って「活用例」として紹介したい。

(「多元的「国分寺」研究」サイトより)

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★ 泉官衙(7世紀末葉~9世紀)・・・東偏⇒正方位①⇒正方位②と,2つの王朝の栄枯盛衰を表すように変遷した。

Photo_20191224063701

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【基本事項】

① 北の確認~2007年の図なので,上を北と考えた。

② 建物群~ロの字型の官衙遺跡。

③ 建物データ~Ⅰ期の東偏⇒Ⅱ期の正方位⇒Ⅲ期の正方位のように変遷する。

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【従来の編年による年代比定】

Ⅰ期(7世紀末~8世紀初頭)~東偏

Ⅱ期(8世紀初頭~8世紀後半)~0°(正方位)

Ⅲ期(8世紀末葉~9世紀)~0°(正方位)

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【参考資料】

寺家前地区(政庁)変遷図】と建物データ 

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⇒ 結論

〈方位の考古学〉では,奈良(飛鳥)を中心に,土器編年のズレを,遠隔地(九州&関東以北)は100年,

中間地(四国・中国&中部)は50年と計算(東偏や正方位への移行期)するので,

福島県は東北地方であるから,100年遡って1世紀減らすと,以下のような数値に変わる。

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Ⅰ期(6世紀末~7世紀初頭)~東偏

Ⅱ期(7世紀初頭~7世紀後半)~0°(正方位)

Ⅲ期(7世紀末葉~9世紀※)~0°(正方位) 

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すると,Ⅰ期東偏とⅡ期の正方位は,九州王朝による政策であり,

Ⅲ期の正方位が近畿王朝の政策であることが判明する。

そして,これが九州王朝の実在をも同時に証明するということになる。

※編年のズレの有効期間は,9世紀までのようである。

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