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2019年11月 1日 (金)

「秋津町見て歩き」の報告(9月21日)

午前9時に所沢駅改札に集まったのは,東村山と清瀬の郷土研究会の〇〇名だった。

天気は「暑くもなく,寒くもない」曇りということで,幸先の良いスタート。

昼飯の注文を取り,「あいさつ」もそこそこに,東口のエスカレーターを下りて行った。

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(1)八雲神社(子どもの頃「天王様」と呼んでいた)

大きな銀杏が境内にそびえている。夏祭りが7月14日にあり,3つの神輿が町内を練り歩く。

駅からここまで,裏道を通って来たので,タイムマシンに乗ったように思われたかもしれない。

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(2)北秋津城(大堀山館跡)・・・鎌倉時代の武家屋敷で,幼馴染の家。北側に深い堀が残る。

子どもの頃かくれんぼをすると,必ず北の堀に隠れることにしていた。昨年個人的に堀に入らせていただいたが,

今でも角度が急で,敵の襲来を防ぐのに役に立ちそうだと思った。

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(3)日月神社(「じつげつ」と読む。子どもの頃は「日月様」と呼んでいた)

この神社には「欲が深い殿様」の説話が伝えられていて,興味深い。

本当にそんな殿様がいたかどうか定かではないが,欲張りはいけないという事は伝わる。

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ここまでは,所沢市北秋津の「秋津」である。

(4)草野心平の「光あまねし」石碑・・・秋津町4丁目

昔「一本橋」今「秋津橋」のたもとにその碑はある。詩人の草野心平が住んだ地に建てられた木碑は,

その後地域の人たちによって石碑にされ,愛されている。

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(5)氷川神社(子どもの頃「氷川様」と呼んでいた)・・・秋津4丁目

例祭がこの地域で一番遅く行われ,人々で賑わう。須佐之男命を祭るから出雲系なのだろう。

関東地方は古くから出雲系の神社が多く,出雲の影響下にあったのかもしれない。

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(6)淵の森緑地(所沢市上安松と東村山市秋津町5丁目)

映画「となりのトトロ」の宮崎駿監督が住むこの地の自然を保護しようと人々は行政に働きかけ,

柳瀬川が蛇行するこの地に緑地を設けることが出来た。「まっくろくろすけ」が石碑に遊ぶ。

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(7)秋津神社(子どもの頃は「お不動様」と呼んでいた)

創建年代は不詳だが,江戸時代前期の「不動明王」を祭っているので,それ以前と考えられる。

祭l殿の彫刻も素晴らしいが,今はガラス越しでないとみられない。例祭は,7月27~28日。

明治期の小学校開始期に「柳瀬学校」が設置された土地だそうで,会長に説明をしていただいた

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なお,当日お渡ししたパンフで,秋津神社の説明に八坂神社の説明が入ってしまっていたとのご指摘があった。

郷土のことをもっと知らなければいけないと痛感した。

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解散後,新秋津駅と秋津駅の中間にある食堂「魚河岸」で昼食を食べながら交流会を持った。

朝注文を集約してスマホで連絡しておいたので,到着してすぐに食事をすることができた。

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東村山と清瀬の郷土研究会が連携すれば,さらなる成果があげられるものと考える。

今後ともよろしくお願いいたします。

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