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2019年11月10日 (日)

『空海ー地質家・鉱山師として』

社会の科学MLで最近話題になっているのは,数人で高野山を訪問したという話だ。

仮説実験授業研究会はいつから真言宗に「宗旨替え」したのかと思うなかれ,

実は真言宗の開祖・空海は水銀の利益で遣唐使船にも乗ったという話題なのだ。

昨日の古代史セミナーでも大分県の水銀の話が出て,今朝検索したら,

四国を横切る中央構造帯の南側が産地だという。科学的知識を持った人だったんだ。

また,そこには真言宗の寺も集まっているというから,ずいぶんすごいことになってきた。

以下に,私が知った本の情報を伝えたメールを載せる。

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吉田さんへ 皆さんへ
東京の肥沼孝治です。

高野山へ行かれたそうですね。
私は完全に出遅れていました。
(古代史の研究会の発表の準備等で)
水銀が中央構造帯の南側で多く産出し,
それが真言宗の寺の集まっているところだと今朝知り,
興味深く思っていたら,下の本があることも知りました。
もうすでにお持ちかもしれませんが,念のために投稿します。

沓掛俊夫著『空海ー地質家・鉱山師として』
(愛知大学一般教育研究室刊)

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(クリックすると拡大します)

Img_5304

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仮説実験授業」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 空海の家が代々鉱山に関わった家だということは、以前から知られていたと思います。
 水銀や朱を採掘する過程でとれるものなので、古来から朱は魔除けや腐敗防止剤として珍重されています。そして朱は硫化水銀ですので。
 空海の実家の佐伯氏は、佐伯部を統括する豪族。
 もともとは武人の大伴室屋から分かれた一族。
 「毛人」や「蝦夷」などの捕虜を各地に配置したものを佐伯部と言い、その統括官。
 この捕虜らは単なる捕虜ではなく、鉱山技術を持った技術者と考えられているので、佐伯氏は鉱山技術者を率いていた。
 だから空海が橋を架けたとか溜池をつくったとかいう伝説は、彼の家が鉱山技術・土木技術の家だったからです。
 この鉱山で掘った一つが朱・水銀、さらには鉄です。

「空海 朱」でネット検索するといろんな論文が出てきます。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

教科書だと,真言宗・空海の2語のみですが,
いろいろな背景があるのですね。
遣唐使船に乗れたのも,空海はかなりの金を払って乗ったらしいと聞きました。
最澄は留学僧として乗ったのでしょうから,2人はまったく別の環境だったのかな。
「最澄の弟子が,空海の方へ行ってしまって戻らなかった」なんて逸話もあったような気がします。

肥沼さんは

 このあたりは、ウィキペディアなどで二人の経歴を調べてみるとわかります。
 遣唐使について唐に渡ったとき「最澄はこの時期すでに天皇の護持僧である内供奉十禅師の一人に任命されており、当時の仏教界に確固たる地位を築いていたが、空海はまったく無名の一沙門だった。 」そうですので、二人の環境は雲泥の差。
 でも最澄は唐に居られたのは1年未満。空海は途中で切り上げたとはいえ、2年ほど滞在し、その間に、真言密教の奥義を授けられている。
 だから最澄が空海に真言密教の奥義を教わることになる。
 そして最澄の弟子も空海に弟子入りすることになり、そのまま比叡山に戻らず。
 そのご最澄はなおも空海に尋ねて奥義を窮めようとするが、空海はそれを教えない。
 比叡山が真言密教の奥義をえるのは、最澄の弟子の円仁が渡唐して奥義を授かり帰国しての事。
 このあたり、最澄と空海。そして比叡山延暦寺と高野山金剛峰寺の密教の聖地争いが起きていて興味深い。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  このあたり、最澄と空海。そして比叡山延暦寺と高野山金剛峰寺の密教の聖地争いが起きていて興味深い。

あまりに同時代の存在だと,ライバル争いになってしまうのですかね?
このへんがなかなか難しい。

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