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2019年11月20日 (水)

即位年と改元年は一致するか?(川瀬さん)

今は天皇の即位と改元(最新は「令和」)が同じ年に行われる。

そこで,「昔からずっとそうだった」と思ってしまう。

川瀬さんがそこを調べてくれました。

(宏樹さんのコメントへの回答です)

古代史の議論にも,影響が出てくるかも・・・。

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即位年と改元年は一致するか?  川瀬健一

天子の即位と改元はリンクするというのが、明治以後の私たちの通念です。
 歴史上はどうなのでしょうか。
 試みに年表で江戸時代の少し前から見てみました。

 後陽成天皇:即位は天正14年11月。しかし改元は6年後の12月に文禄へ。
 後水尾天皇:即位は慶長16年3月。しかし改元は4年後の7月に元和へ。
 明正天皇:即位は寛永六年11月。この天皇の代には改元なし。
 後光明天皇:即位は寛永20年10月。改元は翌年の12月に正保へ。
 後西天皇:即位は承応3年11月。改元は翌年の4月に明暦へ。
 霊元天皇:即位は寛文3年1月。改元は10年後9月に延宝に。
 東山天皇:即位は貞享4年3月。改元は翌年の9月に元禄へ。
 中御門天皇:即位は宝永6年6月。改元は二年後の4月に正徳へ。
 桜町天皇:即位は享保20年3月。改元は翌年の4月に元文へ。
 桃園天皇:即位は延享4年5月。改元は翌年7月に寛延へ。
 後桜町天皇:即位は宝暦12年7月。改元は二年後の8月に明和へ。
 後桃園天皇:即位は明和7年11月。改元は二年後の11月に安永へ。
 光格天皇:即位は安永8年11月。改元は二年後の4月に天明へ。
 仁孝天皇:即位は文化14年3月。改元は翌年4月に文政へ。
 孝明天皇:即位は弘化3年2月。改元は二年後の2月に嘉永へ。
 明治天皇:即位は慶應3年1月。改元は翌年の9月に明治に。
 大正天皇:即位は明治45年7月30日。改元は即日。
   

安土桃山の最後から大正までみましたが、新天皇即位=改元は大正から始まったこと。
  それ以前は翌年または二年後。さらにもっと離れている場合も多い。
  奈良時代は多くの天皇が即位=改元だが、実権をを持たない淳仁は即位の三年後。
  平安時代も多くの天皇が即位の翌年または二年後改元だ。
  鎌倉時代も同じだが南北朝期に北朝では即位=改元や翌年二年後にならない例も多い。
  その後も室町後期も即位=改元ではなく通例が翌年か二年後。
  即位の翌年もしくは二年後にならない例の多い江戸時代に鑑みて、天皇が権力を握っていたり、権威が高いときは、即位の翌年もしくは二年後に改元が通例だと思います。
 そして天皇がうっちゃられると即位してもそのまま改元もない例も多くなる。
 即位=改元は大正から始まった新例であることはあきらかです。

 ここから天武以後の九州王朝天子の即位と改元が大きくずれることの意味は、まさしく権力が九州王朝から近畿天皇家に遷っていることの証拠となります。

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