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2019年11月30日 (土)

「良野」が久しぶりに来た!

今日はいい日になった。

久しぶりに「良野」が来てくれたからだ。

ちょうど食べていたまぐろのブツをいくつかあげた。

あっという間に食べた。(余程おなかが空いていたんだね!)

そのあと,隣の叔母さんの家の外機の上で満足げにくつろいでいる「良野」の姿見たら,

まぐろのブツは決して高くないと思った。

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第29回教科書・採択問題学習会

初めて参加したが.3分の1が社会科サークルのメンバーで,

なんか社会科サークルに参加しているようだった。

全員で20人くらいの参加で,初めて会う人が半分くらい。

テーマは,「現代の課題と子どもの教育を考える」ということで,

普段は一人の講師を招いて話を聞くということらしいが.

今回は3人の内輪の方々のフリートークだった。

(知り合い3人が講師なので,敬意を表して参加)

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(1)篠原さん~所沢飛行場・米軍基地返還運動と土砂搬入問題

(2)宮崎令さん~小学校新教科書はどうなっているか(社会・国語を中心に)

(3)宮崎俊さん~どう考えるか 徴用工問題

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持ち時間が30分しかなくて皆早口だったが.

こういうのも良いのではないかと思った。

清戸道のウォーキングの疲れもあったので,

3人の報告が終わったところでオイトマチックさせていただいた。

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次回は,2月7日(金)。

講師は,児美川孝一郎さん(法政大学教授)。

演題は,「ソサイエティ5.0に向けた人材育成(文科省)とは何か?

~教育の何がどう変わってしまうのか?~」ということです。

昨日の月 11/29

午後5時くらい。

月齢2.8くらい。

ということは三日月(2.0~2.9)です。

太陽が沈んだ直後なので,反射光が強すぎた?

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清戸道を歩く(1)

昨日予告した通り「清戸道」を歩いてきた。

疲れも考えて,2日間に分けることにした。

では,昨日の様子を報告しよう。

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まず,西武池袋線の清瀬駅で下車する。

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上清戸・中清戸・下清戸と書いてあるので,北口へ。

平田さんの案内地図をたよりに歩き始めると,

「大根街道」の名にふさわしく,大根畑も(近郊農業)。

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最初の道しるべ,「庚申塔」と「お地蔵様」があり一安心。

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あとは道なりの景色を楽しみながら歩きました。

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黒目川沿いの紅葉も美しく・・・

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道端のイチョウもまっ黄色になり・・・

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氷川神社もありました。

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なんと,私は知らぬ間に厄年をスルーしていたらしいです。

のん気なもんですね。

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落合川と合流して黒目側の川幅が広くなりました。

そのあと,西東京市の「はなバス」に乗って保谷駅に。

約2時間のウォーキングで,1万2000歩。

昨日の合計は,もちろんこれまで最高の,2万2000歩あまりでした。

約1食分のカロリーを消費できたようです。

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多元的古代のミニガリ本を作りたい

私にとってガリ本と言えば,100ページ以上のイメージだ。
仮説実験授業
の資料ならすぐそのくらい集まってしまうが,
古代史しかも多元的古代の話題だけで100ページとなると,
逆に今度は,「いつになったら出せるのかわからない」という悩みが。
そこで数十ページのあたりで綴じるミニガリ本のイメージで
また冊子を作ってみたい。

10年前に試みて,それが最後には『肥さんのこの10年?40代の仕事』となり,
さらに退職前の『50代の仕事』となった。
今のところの,原稿候補。

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(1)古代日本ハイウェーは,九州王朝が作った軍用道路か?(『50代の仕事』)
(2)九州王朝は,駅鈴も作ったか?(『50代の仕事』)
(3)「国分寺」はなかった!〜「国分寺建立の詔」の読み方(『50代の仕事』)

(4)すべては1枚の地図から始まった~武蔵国分寺周辺地図の中にある「塔0度」と「金堂院7度西偏」
(5)泉官衙遺跡の遺構変遷図に,2つの王朝の「栄枯盛衰」を見た!
(6)〈方位の考古学〉~土器編年のズレとその修正方法〉
(7)〈方位の考古学〉と瓦塔

(8)飛鳥宮の「エビノコ郭」は,九州王朝の天子のために作られた「エビス御殿」ではないか?
(9)彦狭嶋王に東山道十五國都督を命じたのは誰か?
(10)〈主語有無の論証〉で文献史学を,〈方位の考古学〉で考古学を,進化させよう!
 

2019年11月29日 (金)

氷の写真がブログに載る時代

水遣り用の発泡スチロールの箱の水が,

昨夜の寒さのせいでしょう。氷が張っていました。

昔は今より寒くて,氷が張っているのを見る機会もありましたが,

今では「氷の写真がブログに載る時代」になってしまいました。

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清戸道にチャレンジしてきます

清瀬と江戸をつなぐ清戸道というのがあって,

多くの人が利用したという。

その話を先々月聞いていたので,

当日配られた分厚い資料(平田英二さん作)を手に,

清戸道にチャレンジしてみることにします。

(一度チャレンジしようとしたら,「大印刷日」と重なってしまった・・・)

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昨夜までの雨も止み,晴天です。

気温は低いが,マラソンも寒い方がバテないと聞きます。

では,その報告は明日の「夢ブログ」で。

母がデイ・ケアに出発したら,私もスタートします。

だいぶ調子が出てきました

スマホの歩数計に励まされながらのウォーキング。

だいぶ調子が出てきました。

「地に足が付いている」という感じがするし,

体も調子がいい感じです。

スマホの画面の掲載はそろそろお終い(明日まで)にしますが,

「連続10000歩」の記録は,これからも伸ばしていきたいです。

それがダイエットにつながれば,さらに言うことなしです。

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泉官衙遺跡の現地説明会の資料が届く

南相馬市博物館にお願いしておいた

泉官衙遺跡の現地説明会(第27次発掘)の資料が届いた。

カラーコピーで大変わかりやすいものだ。

泉官衙遺跡の場合,何層にもわたって遺跡があるので(しかも変化して),

これは大変親切なやり方なのだ。

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第27次発掘は,「正倉院」地区の発掘のようです。

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「入口」がどんな感じになっていたのか,気になるところです

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礫が混じった➀の堆積が貞観地震による津波のものかも?

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泉の酒井戸というものが,泉官衙遺跡の区画中心線だったかも!

あと,「昭和30年頃に残っていた礎石」というのも気になります。

たぶん,この地を発掘するきっかけになったのでしょうね?

2019年11月28日 (木)

今日は午後から忙しい

午前中は買い物と昼食作りくらいだったが,

今日は午後から忙しくなる模様だ。

母がクリスマス会を忘れており,それにお昼から出席。

さらに一旦戻って先日お亡くなりになった方のお葬式が夜から。

お世話になっている方のご家族ということで,

寒い日だが参列しなければと思ったのだろう。

当然その送り迎えは時間が合えば私がする必要がある。

しかも間の悪いことに地域の研究会の会報紙の印刷日なのだ。

私はその係のために行かない訳にはいかないということ。

(来年は降ろさせてもらおうと思っているが)

 

とっても大好き『ドラえもん』の「第0巻」

『ドラえもん』と言えば,知らない人はいない!

というほどの漫画の主人公だが,

このほど発売された本は,『ドラえもん』を掲載した6誌の

第1話だけを集めたレア物(第0巻)なのだそうだ。

私は『おばけのQ太郎』で育った世代だが,

『ドラえもん』の誕生にも興味が湧く。

年齢別の描き分けとかがあるというが・・・。

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また,淵の森緑地へ

また,運動も兼ねて淵の森緑地へ行き,掃除をしてきた。

昨日も4袋だったが,能率を考えて自転車で運んだ。

ゴミはいっしょくたになっていて,分別の必要があった。

どうやら地域の美化のためにゴミ拾いをしたが,

「この袋に全部入れて下さい」ということで,

各種のゴミが入れられ,そしてその20袋ほどは

持ち帰らなかったということらしい。

これで半分近くは撤去できたが,一人の作業なので歯がゆい。

でもこの作業も含め,昨日も歩数計が「新記録」を

打ち出してくれたので,それで良しとしよう。

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2019年11月27日 (水)

息子の手料理 11/27

ここのところ何日か寒い日が続くらしい。
ということで,やはり温かいものが欲しくなりますねえ。
肉豆腐の残りに鶏ミートボールを合えて,
鶏ミートボール煮を作ってみました。
近所のスーパーのミートボールは,スパイシーで美味しいのです。
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泉官衙遺跡の現地説明会の資料(2)

先程南相馬市博物館に電話したところ,

「資料が用意できましたので,これから送ります。

もうしばらくお待ち下さい」とのこと。

確実に資料が入手できるなら,「来るまで待とうホトトギス」。

今週か来週には届くことでしょう。

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「方位の考古学」と瓦塔

瓦塔を前に「夢ブログ」を扱った時,8世紀前後に作られたものと考えていた。

すると,イマイチ九州王朝のものか近畿王朝のものかわかりにくかった。

ウィキペディアでは,このように解説している。

奈良時代から作り始められ、平安時代初期に盛んに作られた。土師質または須恵器製の小塔であるが、

屋根、柱、組物などは木造塔のそれを模して表現されている。

長野県塩尻市菖蒲沢窯跡出土の瓦塔(奈良時代)は高さ2.3メートルで、日本最大の瓦塔である[1]

多くの瓦塔は出土した破片を組み上げて五重塔に復元されているが、

千葉県印西市馬込遺跡出土の瓦塔(2基)は七重塔に復元されている[2]

小型の仏堂内に安置され、人々の信仰の対象になっていたと考えられているが、

出土例が限られていることもあり、正確な用途はわかっていない。

埼玉県美里町東山遺跡からは平安時代初期の瓦塔(五重塔)と、

入母屋造重層の金堂をかたどった「瓦堂」が共に出土している[3]

これだと,完全に近畿王朝の時代の出来事という感じである。

ところが,8世紀前後は,九州王朝が近畿王朝にかわる交代期だ。

しかも私たちは,全国の遺跡の精査から「方位の考古学」という

土器編年の修正を求めている立場だ。

8世紀前後と言われて「はい,わかりました」と引き下がることはできない。

なにしろ飛鳥からの遠隔地である九州(西日本)や関東・東北(東日本)では,

100年の年代のズレが出てくるからである。

また,そもそも塔を重視する時代は,日本の仏教受容の終末期にはふさわしくなく,

むしろスタートにふさわしいと考える。

だとしたら,瓦塔は「九州王朝の最後の痕跡」ではなく,

仏教を中心に進めていくぞという「布教方針建造物」だったのではないか。

だから,九州王朝は東山道をはじめ各地の支配地に,瓦塔を配布した。

そして,それが土器編年の8世紀を中心に出土するものだから,

誰がその布教の中心だったかが見えなくなっているということではないか。

8世紀中心(近畿)⇒ 7世紀中心(九州)という切り替えが瓦塔にも必要だと考える。

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【夢ブログ・瓦塔よ,ありがとう!】

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-8282.html

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河北新報の「泉官衙遺跡」の記事

川瀬さんが見つけて下さった河北新報の「泉官衙遺跡」の記事をリンクします。

ありがとうございました。

【正倉囲む溝や堀跡を発見】

https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201911/20191118_63015.html

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さらに資料到着がが楽しみになりました。

 

 

原子力「発電」船

テレビで原子力「発電」船のことをやっていた。

船の動力というより,発電所を船の中に建設するということで,

乗組員130人で管理するという。

船だから移動可能で,作って売る時のやり方としても便利だし,

保守・点検・核燃料の後始末もやるらしいから,

新たな国際戦略とも言える。

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開発したのは,ロシアの国営企業で,

「原発と原子力船の安全基準を二重に満たす」という

宣伝文句で売り出したいらしいが,

世界的には原発の危険性が心配され建設もストップしがちな中,

果たしてうまくいくのか注目していきたい。

陸に作っても危険なものを,冬の荒波にさらす新たな危険性もあるし,

氷の海に閉じ込められたり,あるいは敵国に拿捕されたり,

思いつくだけでも心配はタネは尽きない。

手品「持ち上がらない謎の箱」

『たの授』公開編集会議で仮説社に寄った折,

上記の手品を入手した。

手品はここ10年の楽しみの1つだが,

「トランプ」を使用し,「失敗がなく簡単にでき」て,

「科学も入っている」というスグレモノだ。

お値段は1500円とちょっと高いが,

これからの使用頻度で考えると,

決して高いとは言えないと思って買った。

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昨日も,10000歩超え

「ほめられると伸びる男」の私は,

スマホの「歩数計」機能に励まされ,

4日連続の7000歩超えはもちろん,

2日連続の10000歩超えを達成しました!

だんだん楽しくなってきたぞ!

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2019年11月26日 (火)

「淵の森緑地」そうじ隊

今日は,散歩のついでに「淵の森緑地」のそうじに行ってきた。

といっても,ゴミ捨て場のゴミを移動してきただけなのだが,

1人が徒歩で持てる量は多くなく,グループでやるのがいいと思った。

片道1.5キロを2往復で,大型ゴミ袋4つを我が家のゴミ箱へ。

全体の3分の1くらい片付いたかな?

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たくさんのゴミが捨てられている

 

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(1回目)

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(2回目)

 

 

 

 

 

 

泉官衙遺跡の現地説明会の資料(1)

11月16日(土)に泉官衙遺跡の現地説明会が行われるということで,

当日行けない私は資料の郵送をお願いしていた。

ところが忙しいのか,まだ送られてきていない。

そこで先ほど電話で博物館に問い合わせしたところ,

説明会は実施されたとのこと。

資料については,調べて連絡してくれるという話だった。(午前10時)

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(南相馬市博物館)

 

ビャンビャン麺の「ビャン」は58画

翔空さんのサイトからの話題。

中国の幅広麺に使う感じが,漢字で58画もあるというから驚きだ。

以下のサイトに出てきます。

【ビャンビャン麺】

https://ja.wikipedia.org/wiki/ビャンビャン麺

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「淵の森緑地」を散歩する

歩数計を使って「7000歩」の運動をめざす私の冬季ダイエット。

昨日は調子に乗ってきて,3日連続を達成した。

これを1か月続けられれば,いいダイエットになる気がする。

また,7000歩は10000歩を目指すいいステップになる気もする。

とりあえず最初は,最低7000歩,日によってはそれ以上ということで行こう。

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さて,昨日は先月私がご案内して,悔しくもその不十分さを味わうことになった

トトロ関係の「淵の森緑地」を散歩した。

思っていたより面積が広く,そこを地方自治体に買い取らせて保護したという思いは,

運動を進めた人たちには格別のものだったのだろう。

しかし私は,38年前から長きにわたって所沢市で中学社会科の教員として勤務し,

「トトロのふるさと基金」の立ち上げの時期から応援をしていたものの,

実家のある東村山市の運動については,ほとんど知らなかった。

それを先月痛感したので,リベンジを思い立ったのだ。

行ってみて,思ったのは,所沢の方のものと比べて,案内版が少なく,

「市民の緑地」という意識を高めるのにイマイチ予算が欲しいなあという事。

しかし,観光客は来ていて,ゴミが置き去りにされているということだった。

そのゴミの撤去をこれからの私のテーマとしたい。

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着陸目指す月面クレーターを「SHIOLI」と命名

私にとっても最も身近な天体・月。

その月への着陸を目指し,あるクレーターが「SHIOLI」と命名された。

大きさは国立競技場より小さい270mだが,

そこにピンポイントで着陸させる技術が求められるようだ。

宇宙開発への「栞(しおり)」のような存在になるといいなあ。

このクレーター,小さいけれど目立つ存在なので,

「ああ,あれかっ!」と思われる方もいるはずです。

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【着陸目指す月面クレーターに「SHIOLI」と命名】

https://www.msn.com/ja-jp/news/techandscience/着陸目指す月のクレーター

「shioli」と命名-無人月面着陸機/ar-BBXiQjj?ocid=spartandhp

 

2019年11月25日 (月)

血液一滴でがんを早期発見

生きているうちにこんな機械が実用化されようとは,

本当にすごいことになってきた。

何と血液一滴で,がんを早期発見できるのだそうだ。

母は乳がんを48歳の時触診で早期発見し,

手術をし37年間再発なしで「さすが医者の娘」と誇らしげだが,

なにより早期発見は早期治療につながるから,

やはり科学の進歩というのはすごい。

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【血液一滴でがんを早期発見】

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191125-00000001-kyodonews-soci

世界が熱狂する「ローマ法王」爆発的人気の理由

一昨日来日したと思ったら,さっそく長崎へ。

そして,昨日は広島へと移動した。

82歳といえば,私の母と同じくらいの年齢だが,

老いを感じさせない行動力には驚く。

その様子を「東洋経済オンライン」が扱っていたので,リンクしてみた。

【世界が熱狂する「ローマ法王」爆発的人気の理由】

https://toyokeizai.net/articles/-/315462

 

※ 教皇・・・日本では「法王」の方がなじみがありますが,

「教皇」はキリスト教内の呼び方みたい。

前任の「ヨハネ・パウロ・二世」から報道が変更したらしいです。

 

【教皇の長崎演説 11/23】

https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=590969&comment_sub_id=0&category_id=256

【教皇の広島演説 11/24】

https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=590968&comment_sub_id=0&category_id=256

 

今年の忘年会

いつもは新年会にしている社会科サークルが,

日程の都合で忘年会に変更された。

また,飯能・日高サークルが毎年忘年会をやっているので,

1日開けるが2回の忘年会が続くことになる。

忘年会というのは,あまり年が押し迫ってからはやらないので,

どうしても接近してしまうのだろう。

それと,週末が多いと思うので,さらに条件が絞られる。

ただ,これで13日(金)も入ると,3日連続という事になってしまうので,

これはキリスト教徒でなくても避けたいところだ。🍺

息子の手料理 11/25

今日は冷蔵庫に豆腐があったので,「肉豆腐」にしました。

「記事一覧」のカウンターをみたら,

ふと見ると,「肉豆腐」の記事が15000件目でした。

ちなみに「息子の手料理」は,150回くらいなので,

すでに1%に達しています。

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2019年11月24日 (日)

「歩数計」機能

私の持っているスマホには,「歩数計」機能(万歩計みたいなみもの)が付いている。

そこで,先月それを「ON」にしておいたら,大変なことになってしまった。

当たり前のように私の毎日の歩数を記録し,

7000歩以上歩いた日には赤丸を付けていたのである。

私は「ON」にしたまま忘れていたのだが,機械は命令したとおりに動いていたのだ。

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その結果,私は今月に入ってから「5日しか7000歩をクリアーしていない」

ということが判明してしまったのだ!(スマホを持っていない時はあるにしても)

これではやはり運動不足は否めない。

そこで,今日は午前中で雨が上がったので,午後は意識的に歩いた。

その結果,午後だけで7000歩をクリアーした。

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意識するのとしないのでは,大分違うということが分かった。

せっかくスマホにこの機能が付いているなら,私の健康のために使わない手はない。

もう今年も残すところ1か月だが,「終われり良ければ,すべて良し」と言えるように,

7000歩/日をクリアーしていきたい。

テーマ曲は,となりのトトロの「さんぽ」である。

【さんぽ】

https://www.youtube.com/watch?v=bTDrTsp83f8

 

傘がある

「傘がない」というのは,井上陽水の名曲ですが,

「傘が(干して)ある」というのは,雨が止んだことを意味します。

よくやく「止まない雨」も止みました。

さあ,午後はどうしよう?

息子の手料理 11/24

今日は,二段構えです。

まず,酒処「まこ」で教わった「大根煮」で一品目を。

そして,残っている煮大根を使って「おでん」で二品目を。

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今と250年前の生命表

あなたは今何歳ですか?

そして,あなたと同じ年齢の人は,

1000人中何人が生きていると思いますか?

昨日の『たの授』公開編集会議で竹田さんからいただいた生命表は,

いろいろなことを考えさせてくれました。

さて,まず今です。私は,61歳。

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1000人中920人存命のようです。

まだまだ,同窓会は開けそうですね。

でも,母と同じ85歳となると,半分に満たない。

これでは同窓会より,お葬式の心配をしなくては・・・。

さて,250年前はどうでしょう。

江戸時代半ばくらいですかね。

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おやおや,61歳の人は1000人中232人しかいません。

半分になるのが30代前半ですから,40歳で家督を譲って,

悠々自適の後半生を送るという時代だったのですね。

こいうい表は生命保険会社の基礎データとなるのでしょう。

今は100歳を超える人も少なくないので,生命保険会社も大変かも。

歴博の放射性炭素年代測定データベース

「求めよ,さらば与えられん」でも

「犬が歩けば棒に当たる」でも構わないが,

検索していたら上記のデータベースにぶつかりました。

AMS法と名前の付いた測定もたくさんされているようです。

これが「方位の考古学」の味方になってくれることを祈ります。

都道府県名⇒遺跡名を入れて検索します。

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【歴博の放射性炭素年代測定データベース】

https://www.rekihaku.ac.jp/up-cgi/login.pl?p=param/esrd/db_param

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AMS法で,遺跡の年代を測る(北海道大学)

放射性炭素による年代測定の中で,

特にAMS法というのが優れているらしい。

その測定法ですでにやられている調査を探し,

「方位の考古学」と突き合わせてみたい。

すぐには見つからなくても,やってみる価値はあるだろう。

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【北海道大学の構内】

http://maibun.facility.hokudai.ac.jp/images/publications/newsletter/newsletter20.pdf#search=%27ams%E6%B3%95

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【】

『たの授』公開編集会議 2019年11月

昨日は「夢ブログ」に書いた通り,『たの授』公開編集会議に参加してきた。

12月号分を入稿して,今度は1月号(例年だと,12/26あたりに送られてくる)だから,

仮説社はこの時期,本当にハードスケジュールである。

しかも,計算しやすい依頼原稿はないので,長さも予想できない。

それゆえ,「埋め草」が必要になるので,そこが私のものが入る余地がある。

毎号の感想もそうだが,1ページくらいのものを毎月送っている。

1月号=500号をどうするかについては,まだ絞られてはいないようだが,

「私の一押し授業書」という項目はあるようなので,

私の授業書《世界の国ぐに》は,載る可能性もあると信じたい。

新「教師」入門という,新しいテーマが生かされるといいなあ。

本日『たの授』公開編集会議

本日は正午から,『たの授』公開編集会議がある。
行ってこようと思っている。
今回は『たの授』1月号(=500号)についての話だ。
何回も書いているが,新任1年目が終わる頃(1983年3月),
『たのしい授業』は0号からスタートした。
その頃は,社会の科学の授業書が次々と開発され,
(《日本歴史入門》,《禁酒法と民主主義》,《世界の国ぐに》など)
それを授業に掛けることができた私は幸せ者だった。
そういえば,私の亡父も,高度経済成長とともに会社員をしていた。
東証第一部の株を買っていれば,利益の上がる時代だったのではないかな?
ということで,私も「仮説的」には,大変恵まれた時期だった。
それが,500号にまでなるとは,夢にも思わなかったけれど・・・。

 

【仮説社】

https://www.kasetu.co.jp/

 

 

 

「止まない雨」はいつ止むのか?

金曜日の朝から降り始めた雨が,日曜日の早朝の今も降り続いている。

「止まない雨」はいつ止むのか?

それは関東地方に関して言えば,今日の午前中一杯ということらしい。

たまにはお湿りもほしいけど,やはり雨が続くといろいろ支障が出る。

まず,洗濯ものがなかなか乾かない。

外出できず,運動不足になる。

ちょっとここのところ体重も増え気味なので,午後の晴れ間を期待したい。

【天気予報】

https://weather.yahoo.co.jp/weather/video/?c=2156036

2019年11月22日 (金)

寒い!

天気予報を見たら,今日は雨。

明日以降も「はっきりしない天気」らしく,傘マークが。

「一日中10度くらい」と言うのがクセモノで,

なんかどんどん気温が下がっている気がする。

でも,こういう日は温かいものがうれしい日でもある。

熱燗は言うまでもくハラワタに浸み渡るし,

熱いスープをフーフー言いながらすするのもいい感じだ。

そう,現実の状況に嘆くことなく,逆に利用すればいい。

夏は暑いからスイカやアイスが美味しいのだし,

冬は寒いから熱燗やポトフを感謝して味わえる。

ちなみに,我が家のポトフは,具を足しながらまだ続いている。

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姿はだいぶ変わりましたが・・・

財布がない!

長く生きているといろいろなことに遭遇するが,

「気が付いたら,財布がない!」という経験もその一つだ。

財布にはお金が入っている以外に様々なものを入れている。

(お金だけの財布だったら,いいんだけど)

私の場合,銀行のカード・パスモ・名刺・カギなどだ。

これらを一挙に失うとなると,時間的損失も大きい。

まず,銀行にカードの紛失届と再発行願いを提出しなければならないし,

カギも予備があればいいけれど,そうでない場合は作らなければならない。

また,名刺は予備がある訳だが,拾った人によって悪用されないとも限らない。

そんなこんなで,素晴らしい一日が台無しとなる。

今回財布は見つかったから,こんなことも報告できるのだが,

昨日の夜,リュックの上に財布を載せて寝たのだった。

ところが今朝リュックを2階から1階に下す際,財布を載せたのを忘れていた。

面倒でもカバンに入れてから寝ればよかったのだが,

普段はしていることをせずにやったから失敗した。

やはり「いつも通り」というのは大切だ。

今日からは,財布をカバンに入れてから寝よう。

PS 財布はリュックがあった場所に,そのまま落ちていた。

電話台の陰であったのが,敗因だった。

過去の記事を探す方法

ブログの開設をしている本人でも,

過去の記事を探すのに時間が掛かることがある。

私がやっている方法を3つ紹介します。

(もっといい方法がありましたら,ご教示を)

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(1)つい最近のコメントのやり取りがある場合には,「最近のコメント」の中の題名をクリックする。

(2)少し前の記事を探すには,「カテゴリー」の中から過去記事を探す。

(「古田史学」をクリックすると,そのカテゴリーだけの過去記事を探せる)

(3)右下の方にあるのですが,キーワードを入力して「ブログ内検索」をかける。

母の歯の話(2)

昨日は,母の入れ歯(上の方)が出来てくる日だった。

母は興奮して,いつもはおざなりにしている玄関の靴類を整え,

「息子よ,保険証を忘れるな!」と言わんばかりに,青い袋を並べていた。

予約の13分前に受付を済ませ,都合で一人順番を追い越され,

助手さんと5分ほど世間話をした後,歯科医の先生はやってきた。

「今日は,噛み合わせを観るだけしますね」というと,

少々大きめと思われる入れ歯を母の口の中に押し入れた。

すると,口角が上がり,自然とほほ笑んでいる表情が生まれた。

あの懐かしい母の微笑であった。

人間の表情は歯があるのとないのとでは全然違って見える。

歯のない時は不機嫌そうに見えても,それは歯がないためで,

一旦歯が入れば,これまだと違った印象を人に与える。

「では,噛み合わせに問題は無いようなので,これで行くことにしましょう」

ということで,数分で診療は終わった。

昨日の診察料は,400円だった。時給に直すと,1万円!?

2週間後,ついに母の入れ歯は出来上がる予定だ。

2019年11月21日 (木)

宣命の文辞とその周辺(2)

(削除いたしました)

「宣命の文辞とその周辺」(1984年・中小路駿逸)

いつか使うかもしれないと思って,

『中小路駿逸遺稿集 九州王権と大和王権』(海鳥社・2017年)を買っておいた 。

その中の「宣命の文辞とその周辺」が役立つ時が来たようである。

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(削除いたしました)

七支刀は「鍛造」ではなく「鋳造」か

国宝でもある七支刀が「鍛造」(叩いて鍛える)ではなく,

「鋳造」(鋳型に流し込んで作る)ではないかという主張を,

産経新聞が伝えていた。

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4月28日13時32分配信 産経新聞

【拡大写真 】


河内さんが復元した七支刀(右の2本)と藤ノ木古墳の剣(小畑三秋撮影)(写真:産経新聞)

4世紀に朝鮮半島の百済王が日本の王のために造ったことが金の文字で記された、石上(いそのかみ)神宮(奈良県天理市)の「国宝・七支刀(しちしとう)」について、製作技法がこれまで定説とされた鍛冶による「鍛造(たんぞう)」ではなく、鉄を鋳型(いがた)に流し込んで作る「鋳造」との新説を、古代刀剣復元の第一人者で刀匠、河内國平(くにひら)さん(68)が復元をもとに打ち出した。歴史学者による鍛造説を覆すもので、刀を知り尽くした「匠(たくみ)の目」が古代技術の神髄に迫る成果となった。
  [フォト]正倉院宝物の小刀「黄楊木把鞘刀子」を復元 

 七支刀(長さ75センチ)は、左右に3本ずつ枝分かれした小さな刃が備わった特異な形。刀の表と裏面には、金線を溝に埋め込む「金象眼」という技法で計61文字の銘文が刻まれ、当時の日本と朝鮮半島の関係を考える上で一級資料とされる。

 銘文の「百練」の文字から、歴史研究者の多くは「百回も鍛えて造った刀」と解釈し、通常の日本刀と同様に鍛造で製作されたと考えられてきた。

 河内さんは昭和56年に鍛造で復元したものの、枝分かれした刃を造る際に鉄を加熱すると、別の場所が熱でひずむなどし、「とても(鉄を)たたけるものではない」と、当時から定説となっていた鍛造に疑問をもった。

 その後、実物を詳細に調べた結果、刀の表面がわずかにふくらんでいることを確認。鉄をたたく鍛造では表面が平坦(へいたん)になることから、平成18年に鋳造で造ったところ、実物と同じように表面をふくらむように仕上げることができたという。

 河内さんは「知り合いの鍛冶職人に聞いても、鍛造ではとてもできないという声ばかり。実物を観察すると、肌(刀身の表面)は、鉄をたたいた感じではなかった」と分析。ただし、「現在の技術でいくら試しても実物通りに仕上げるのは至難の業。昔の人はどうやって造ったのだろうか」と古代の刀匠の技に思いをめぐらせている。

 河内さんは奈良県東吉野村在住。24歳で人間国宝の刀匠、故・宮入(みやいり)昭平(あきひら)氏に入門し、30年前から古代の技法を研究しながら刀剣を復元。豪華なガラス玉や銀で装飾された同県斑鳩町の藤ノ木古墳出土の刀剣(国宝)などの復元を手がけた。

 河内さんが鍛造と鋳造で復元した七支刀は、藤ノ木古墳の復元剣などとともに29日まで、東京都中央区の総合文化事業施設「銀座おとな塾」で展示されている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100428-00000544-san-soci

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【国宝「七支刀」の復元実験】 

https://www.iri-tokyo.jp/uploaded/attachment/2378.pdf#search=%27%E4%B8%83%E6%94%AF%E5%88%80+%E5%BE%A9%E5%85%83%27

 

赤門塾の合宿レポート2019

赤門塾の今年の夏の合宿のレポートが届いた。

(いつもよりかなり早いかも!)

この塾には私は中2の頃からお世話になっていて,今に至っている。

夏の合宿(といっても勉強はせず,いろいろな行事を楽しむ)は,

私が高1の時から始められ,長野県の鬼無里6年間と後山35年間と

群馬県の柳平4年間で,合計45回行われている。

私が参加したのは,鬼無里6回と後山4~5回の10回ほどだが,

10代後半から20代前半でその自由さを味わったことは,

その後の人生で大変役に立っていると思う。

というのも,前塾長である長谷川宏さんが「最低限のルール」のほかは,

自然の中で自由に過ごすことを第一の眼目として,合宿をやられたからである。

毎夜開かれるリーダー会議では,合宿の当日の反省が出され,翌日の方針が決められていく。

それは今考えると,まさに「合宿コミューン」なのだった。

その合宿が今も続いていることを考えると,今は参加していないがその経験を

日常に生かすことが大切なのだと考えている。

現職の教員の時は,管理の不自由さを特に感じ,

「こんなこと,赤門塾だったらあり得ない」と思ったことがしばしばだった。

若い頃学んだ「自由・平等」の感覚を,さらに合宿外に広げることが,

今の私の「不参加の仕方」だと思っている。

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今年はさらに読みごたえのあるものになった

(前半日録+後半個人評=全150ページ)

 

 

息子の手料理 11/21

今日は,「和食三品」です。

(ブリの照り焼き・里いもの煮っ転がし・枝豆)

ごはんのおかず・酒の肴兼用。

この素材だと,日本酒が合うかな?

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夜明け前

1日のうち最も気温が下がるのは,夜明け前である。

我が家の書斎(と言えるほどのものではなく。夢ブログ更新室)も,その例外ではない。

布団から出たばかりの私としては,12℃というのは冷蔵庫みたいだ。

そこで,夏には冷房の温度だった25℃のスイッチを入れ,

20℃になったところでスイッチを切る。

これが最近の私のルーティンである。

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そろそろ同居人がごそごそやり出すころだ。

私は1階の台所に降り,朝食の準備をすることにしよう。

城郭と城柵

「隋書俀國伝」にこんなくだりがある。

俀國在百濟新羅東南水陸三千里於大海之中依山㠀而居魏時譯通中國三十餘國皆自稱王夷人不知里數

但計以日其國境東西五月行南北三月行各至於海其
地勢東髙西下都於邪靡堆則魏志所謂邪馬臺者也古

云去樂浪郡境及帶方郡並一萬二千里在會稽之東與儋耳相近漢光武時遣使入朝自稱大夫安帝時又遣使

朝貢謂之俀奴國桓靈之間其國大亂遞相攻伐歴年無
主有女子名卑彌呼能以鬼道惑衆於是國人共立爲王

有男弟佐卑彌理國其王有侍婢千人罕有見其面者唯有
男子二人給王飮食通傳言語其王有宮室櫻觀城柵

持兵守衞爲法甚嚴自魏至于齊梁代與中國相通

またそれに続いて,こんなくだりがある。

開皇二十年俀王姓阿毎字多利思北孤號阿輩雞彌遣使詣闕上令所司訪其風俗使者言俀王以天爲兄以日爲弟

天未明時出聽政跏趺坐日出便停理務云委我弟髙祖
曰此大無義理於是訓令改之王妻號雞彌後宮有女六

七百人名太子爲利歌彌多弗利無城郭

隋書はその国の防衛施設に関心があるようで,卑弥呼の時代(3世紀)は「城柵」だった。

しかし,多利思北孤の時代(6世紀)に到っても「城郭」はない,と言っている。

ということは,「旧態然として城柵」で,それに驚いている感じがする。

また,一方で,穏やか民族性や仏教を中心とした大陸文化を取り入れていることに感心しながら,

日出處天子致書日没處天子無恙云云」などと,物騒なことも言ってくる。

隋の皇帝は不愉快に思いつつ,関心を持たない訳にはいかない

不思議の国「俀國 」だったのではないかな?

(そもそも国名も倭人(従順な人の国)と國(ねじけた人の国)では正反対だし)

そして,その予想はやはり当たっていて,とうとう「此後遂絶 」ということになった?

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  秋田城の城柵              西安(城郭都市)の城壁

 

2019年11月20日 (水)

息子の手料理 11/21

今日は「ポトフ」にしました。

ポトフとは,フランスの鍋料理で,

直訳すると「火にかけた鍋」という意味らしいです。

今では世界中で食べられていますけどね。

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母の思い入れと思い込み

母は火曜日にかなりの思い入れがある。

午前11時~午後2時までボランティアの「歌とおしゃべりの会」があるのだが,

その歌の時唯一楽器(メロディオン)を弾けるのが彼女だからだ。

ということは,その日は彼女にとって「ハレ」の日であり,

それ以外の火曜日は「ケ」の日ということになる。

なので,人間「ハレ」の方が好きなわけで,

「火曜日」と知ると,連想から「歌とおしゃべりの日」だと勘違いしてしまう。

そして,「ただし,今日は第2火曜日ではないので,歌とおしゃべりの会はありません」と

私は付け加えるのだが,そんなことは聞いちゃいない。

昨日も大荷物を持って出発しようとしているところを2回玄関付近で「逮捕」した。

ところが2度あることは,3度ある。

2階で私がパソコンをやっている間隙を縫い,彼女は荷物ごと出発してしまった。

自転車で捜索したところ秋津橋付近で戻ってくる彼女と遭遇。事なきを得た。

ところが荷物がない。「荷物はどうしたの?」「K(会の責任者)さんのとこに置いてきた」

という訳で,私は昨日も振り回されたのでありました。(以前には,会場まで行ってしまった)

好きなことがあるのは悪いことではないが,毎週好きなことができるほど世の中甘くない。

思い入れが,思い込みにつながる,という話でした。

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 Kさんの家に置きざりにされたキャリーと荷物

即位年と改元年は一致するか?(川瀬さん)

今は天皇の即位と改元(最新は「令和」)が同じ年に行われる。

そこで,「昔からずっとそうだった」と思ってしまう。

川瀬さんがそこを調べてくれました。

(宏樹さんのコメントへの回答です)

古代史の議論にも,影響が出てくるかも・・・。

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即位年と改元年は一致するか?  川瀬健一

天子の即位と改元はリンクするというのが、明治以後の私たちの通念です。
 歴史上はどうなのでしょうか。
 試みに年表で江戸時代の少し前から見てみました。

 後陽成天皇:即位は天正14年11月。しかし改元は6年後の12月に文禄へ。
 後水尾天皇:即位は慶長16年3月。しかし改元は4年後の7月に元和へ。
 明正天皇:即位は寛永六年11月。この天皇の代には改元なし。
 後光明天皇:即位は寛永20年10月。改元は翌年の12月に正保へ。
 後西天皇:即位は承応3年11月。改元は翌年の4月に明暦へ。
 霊元天皇:即位は寛文3年1月。改元は10年後9月に延宝に。
 東山天皇:即位は貞享4年3月。改元は翌年の9月に元禄へ。
 中御門天皇:即位は宝永6年6月。改元は二年後の4月に正徳へ。
 桜町天皇:即位は享保20年3月。改元は翌年の4月に元文へ。
 桃園天皇:即位は延享4年5月。改元は翌年7月に寛延へ。
 後桜町天皇:即位は宝暦12年7月。改元は二年後の8月に明和へ。
 後桃園天皇:即位は明和7年11月。改元は二年後の11月に安永へ。
 光格天皇:即位は安永8年11月。改元は二年後の4月に天明へ。
 仁孝天皇:即位は文化14年3月。改元は翌年4月に文政へ。
 孝明天皇:即位は弘化3年2月。改元は二年後の2月に嘉永へ。
 明治天皇:即位は慶應3年1月。改元は翌年の9月に明治に。
 大正天皇:即位は明治45年7月30日。改元は即日。
   

安土桃山の最後から大正までみましたが、新天皇即位=改元は大正から始まったこと。
  それ以前は翌年または二年後。さらにもっと離れている場合も多い。
  奈良時代は多くの天皇が即位=改元だが、実権をを持たない淳仁は即位の三年後。
  平安時代も多くの天皇が即位の翌年または二年後改元だ。
  鎌倉時代も同じだが南北朝期に北朝では即位=改元や翌年二年後にならない例も多い。
  その後も室町後期も即位=改元ではなく通例が翌年か二年後。
  即位の翌年もしくは二年後にならない例の多い江戸時代に鑑みて、天皇が権力を握っていたり、権威が高いときは、即位の翌年もしくは二年後に改元が通例だと思います。
 そして天皇がうっちゃられると即位してもそのまま改元もない例も多くなる。
 即位=改元は大正から始まった新例であることはあきらかです。

 ここから天武以後の九州王朝天子の即位と改元が大きくずれることの意味は、まさしく権力が九州王朝から近畿天皇家に遷っていることの証拠となります。

共存の発想は,平和の作り方につながるかも

昨日の朝テレビを観ていたら,

「風邪をひきにくくするために部屋の湿度をあげること」と

「湿度が高くなり過ぎてカビが生えてくること」との間で,

議論がこう着している場面があった。

そこで最後に発言したのが,長年カビの研究をしてい方だった。

「カビは普段見えないが,私たちの周りにたくさんあるんです。

それをまったくゼロにすることは,特に湿度の高い日本では不可能。

カビと共存する考え方が一番いいと思いますよ」

風邪にしてもカビにしても,私たちはゼロにすることを考えがちだ。

しかし,自然の力の方が圧倒的に強いので,必ず人間は負ける。

「その影響があまりに大きくなり過ぎないように知恵を働かすべきである」という

研究者の「共存の発想」に,朝からいいスタートを切れた。

・熱が出たら体調の「黄色信号」なので,暖かくして寝る

・カビが生えたら,気にならない程度にふき取る

風邪やカビとの「共存の発想」は,もしかしたら

世界の平和の作り方につながるのかもしれない。

2019年11月19日 (火)

私の好きな授業書《世界の国ぐに》~『たの授』500号によせて

私は現役時代,仮説実験授業を36年間やって来ましたが,

一番利用させてもらったのが授業書《世界の国ぐに》です。

特に,第1部の「いろいろな世界地図」は,何クラスに授業を

かけたかわからないくらい多くのクラスで授業を行いました。

(自分の学年だけでなく,他学年への出授業でも行ったので)

 

この授業書は,その生い立ちから知っています。もともと板倉先生が「授業書開発講座」で,

世界地理のミニ授業書を作るということで,最初は数ページものでした。

それが1984年にミニ授業書〈世界の国ぐに~ミニ物知り問題集〉という形でまとまり,

さらに1992年に授業書《世界の国ぐに~いろいろな世界地図》という現在の形に。

 

ミニ授業書の時代から合計すると約2万部が発行され,

そのうち少なくない部数が学校で授業されたことを考えると,

かなり多くの人たちがこの授業書で(特に第1部の「いろいろな

世界地図」で)授業を受けたことになるでしょう。

私がこの授業書を大好きなのは,その問題の切れ味もさることながら,

世界地図自体をグラフとして味わう発想の自由さです。

私がその後大なり小なりグラフを描くようになったのも,

この「いろいろな世界地図」の影響があるように思います。

そして,中学に入学してきた生徒たちを,叱咤(しった)や罵倒(ばとう)ではなく

たのしい授業で迎えてあげられるのは,まさにこの授業書があるからこそです。

 

この授業書の第1部に出てくる「人口の多い国の覚え方」もお役立ちの知識で,

「人口多いは,中印米国。インドネ,ブラジル,パキスにナイジェ。

バングラ,ロシアに(わが)日本」というリズミカルな言い方は,

ノーミソにたのしく刷り込まれ,時々「高校の先生にほめられました!」

と時々報告があるほどだ。(特に,パキスタンとバングラデシュのこと)

 

中学1年生は,多くの不安を抱えながら中学校に入学して来ます。

それをやさしく見守ってあげる授業書《世界の国ぐに》は,

本当に素晴らしいプレゼントだと思いました。

 

 

( )から作った車=強度は鉄の5倍

すごいニュースを見つけたので,リンクしますね。

車の車体を何で作るかという話題です。

丈夫に作るなら( )という時代がくる!?

【車の材料は?】

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6342849

徳川十五代将軍のニックネーム

あなたには,あだ名(ニックネーム)がありますか?

先程,ふと,徳川十五代将軍のニックネームというアイデアが,

私のノーミソに思い浮かびました。それを調べてみました。

「Yahoo!Japan」の「知恵袋」に出ていましたよ。

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初代家康=古だぬき:なかなか本性を表さず、なうての戦上手、主に豊臣恩顧の大名が呼んでいたようです。
二代秀忠=恐妻家将軍:正室のお江与
の方には頭が上がらなかったとのこと。
三代家光=生まれながらの将軍:就任時に外様大名の前で自分は生まれながらの将軍であるといったことから。

四代家綱=左様せい将軍:政治は老中(新井白石)まかせでよく左様せいといったとのことから。

五代綱吉=犬公方:生類憐れみの令を作ったため。
六代家宣=特にこれといったあだなはないと思われますが学問好きの名君であったとのこと。

七代家継=特にこれといったあだなはないと思われますが側近任せの幼君(八歳で病没)であったとのこと。

八代吉宗=米将軍(鷹公方とも):幕府の財政を立て直すため米相場を常に意識したためから。

九代家重=小便公方:上野の寛永寺
に参詣のさい、23箇所も便所を設けたこから。病気のため,トイレが近かったらしい。 

※ ここまでは出ていました。ここからいろいろ調べてみました。

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十代家治・・・詰将棋が得意で名をはせたとのこと。 あだなに「高段将軍」はいかがでしょうか?(将棋倶楽部24掲示板  

十一代家斉・・・わかっているだけで53人の子がいたらしいので,「子だくさん将軍」はいかが?(自分の子を大名の養子にやるため)

十二代家慶・・・「頭でか将軍」。肖像画や頭蓋骨から頭が大きかったことがわかるそうだ。院政の犠牲者で,「そうせい将軍」もありか。

十三代家定・・・「料理将軍」。料理が趣味で,イモやカボチャを煮て,側近にふるまったとのこと。

十四代家茂・・・「虫歯将軍」。甘いものが好きで,虫歯だらけだったらしいので。

十五代慶喜・・・薩摩藩が献上してきた豚肉が大好きで,「豚肉好きの一橋家の殿様」というところから,薩摩藩では「豚一様」と呼ばれたということです。その後,ラストの将軍になったが,期間はわずか。引退後,趣味の写真に凝り,明治はいうまでもなく,大正時代まで生きた。

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こんなサイトもありました。

徳川将軍家 全15人の性格、特徴、趣味、嗜好などをまとめた雑学的プロフィール

https://netlab.click/jphistory/36#i-52

2019年11月18日 (月)

NHKの「ダ・ヴィンチ没後500年」特集

今年は,ダヴィンチの没後500年の年に当たるのだという。

天才と言われるダ・ヴィンチには謎が多く,

それをAIの力も使って解析していくという試みらしい。

昨日は,飛行機やヘリコプターのように見えるものを500年前に描いていた

「手稿」の謎に迫る回だった。

侍ジャパンの熱戦を応援しながら,チェンジになるたびにチャンネルを切り替え,

少しでも観るようにした。

NHKのサイトには,あらすじが書いてある。

少しは「手稿」の背景がつかめたように思った。

【岩波文庫】

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【手稿のスケッチなど】

https://kaiga.nohra.tokyo/entry/codex

【番組のあらすじ】

https://www.nhk.or.jp/pr/keiei/shiryou/soukyoku/2019/10/001.pdf#search

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イルカのコンサート

イルカのコンサートのチケットを昭島公民館で入手した。

併設のKOTORIホールで2月に行われる。

私がイルカを知ったのは,「なごり雪」という大ヒット曲で,

深夜放送で流れていて「いい曲だなあ」と思ったからである。

何回かはコンサートにも行っていると思う。

癒される歌声とおちゃめなMCがなんとも良い。

寒い2月に心を温めようと思って買った。

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【イルカ「なごり雪」】

https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%AB+%E3%81%AA%E3%81%94%

E3%82%8A%E9%9B%AA&tid=90b0f05469248866611f538e1b31d5b9&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1

『井上円了~「哲学する心」の軌跡とこれから』

なんとなく神保町に行ったら,本に当たった。

「肥さんもあるけば,本に当たる」である。

上記の本が講談社から出ていて,900円+税だった。

内容の3分の2くらいが水木しげるのマンガで,

妖怪博士・井上円了の生涯を描いている。

井上円了は板倉さんの『かわりだねの科学者たち』(仮説社)に出ているので,

私は以前から知っていたし,彼の作った哲学堂(新井薬師駅の近く)や

東洋大学(彼が創立?)にも行ったことがあり,

その記録を「夢ブログ」に書いたはずだ。

妖怪博士というが,「いかに迷信を排するか」に尽力した人だ。

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侍ジャパン 韓国を破り,世界一に!

昨日の韓国との決勝戦。

手に汗握る戦いだったが,ついに世界一になることができた。

テレビで観戦したが,とてもうれしかった。

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日本13000010×計5

1回表に韓国が2本のホームランで3点取った時には,

「これは今日は勝てないのでは?」と思ったが,

1回裏に鈴木のタイムリー二塁打が出て1点返せた。

この1点はすごく大きい1点だった。

そして,第2先発高橋礼が0点に抑えたその2回裏,

山田の3ランが出て,一挙に逆転することができた。

また,膠着状態になった7回裏に浅村が打ったタイムリーも大きかった。

あとは,抑えの投手を繰り出して,韓国を0封することができた。

【試合のダイジェスト】

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/2134391

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2019年11月17日 (日)

頭慢ライブ@石垣島(たかしの店)2019・11・15

頭慢さんの最新ライブをリンクします。

今回はアップされてから3時間という,即リンクです。

明日は月曜なので,今日アップすると狙っていました。

では,ライブをお楽しみ下さい。

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【頭慢ライブ@石垣島(たかしの店)2019・11・15】

http://20f.jugem.cc/?day=20191117&PHPSESSID=5asdnuivc1r7to5t9qlrrbrpg3

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先月に引き続き、お店目当てでたまたま来店した人(グループ)がライブを聴いてくれた。

そして、とても楽しんでくれたようだ(おひねりもらった)。

毎月来てくれるお客さんも、もちろんうれしいが、一見さんに楽しんでもらうのもうれしい。

おかげさまで、今月も満員に近い入り(一時)。

 

さて、今月ライブ第一部テーマは「ヤドカリは仮の宿」。

いつもの、朝の海で、「ヤドカリ」→「カリノヤド」という言葉遊びが頭に浮かび、それをテーマにしてみた。

語りたいことは、そこから案外簡単に浮かんだ。

でも、内容がちょっと地味だろうかと心配。ところが、心配無用。心と身体、輪廻転生。そんな抽象的な話を、お客さんが面白がってくれたのはうれしかった。

語りたいことが浮かんでから、それにひもづけた選曲、セットリストづくりには手を焼いた。

トーク内容が地味で、歌う曲の方も地味になってしまいそうで。

後半、第二部の方も、今回はセットリストにああでもこうでも(まあ、それを考えるのは、ライブの楽しみの内ではある)。

第二部の最初にウクレレ弾き語りを持ってくるのは、今月の既定路線。

11月15日ということで、埼玉県民の日の翌日、埼玉な歌を入れようかとも思ったのだが、どうにもバランスが悪かったりで、さいごは、「今、歌いたい歌を歌う」これで、決まり。

●第一部

 

1.渚に風

2.さよならメゾンココナッツ

3.ヤギのお母さん

4.歌にならないルサンチマン

5.ヤドカリは仮の宿

6.海と擬人法

 

4.は、作った時から、どう演奏したらよいやら手強い曲。演っては納得いかず寝かせてで、今回、またチャレンジ。ベース音を強調すると、もっとまとまるかな。

5.は、第一部のトークのテーマ曲であり、今月の新曲。コンセプトがはっきりしてたので、わりとすんなり歌詞が出来て、レゲエ風なリズムにしようと、すんなりと曲も出来た。まあ、曲は出来たばっかりで安定してないけど。これから育てていく感じの曲だ。

 

●第二部

 

7.場処

8.海に居るよ

9.さしみ屋

10.雨のギャラリー

11.猫の国へ

12.誰か僕と内緒の話をしよう

13.天使が空から落ちてきた

 

アンコール

14.バナナのブルース(feat. Miho)

 

7.8.少し前にウクレレを買って、ウクレレに合う曲として、持ち歌から二曲。そのうち、ウクレレ曲も、また、作ろう。

10.いつものように糸賀ちゆきさんの絵を画面にスライドしながら。ちゃんとビデオ化しないとと、ずっと宿題。

12.少し前に織田哲郎さんのライブを観て、曲名を紹介しないで続けて歌うのも、カッコいいなあと、真似てみた。以前は、曲名を歌う前後に必ず言うのがこだわりだったのだが、ちょっと考えが変わった。

13.今、歌いたい歌という事でラスト曲。演奏パフォーマンス上、色々と、お客さんにすまないと思う事もあって反省なのだが、こっそりと次の糧に。

14.アンコールは、全く予期せず、たかしの店で毎月フルートソロのライブをやってるMihoちゃんとのデュエット。バナナ~♪

 

来月は、12月25日クリスマスの開催とした。

でも、あんまりクリスマスの思い出って無いなあ。何しゃべろう?

クリスマスな歌を、なんか作ろうか。

 

 

●第一部

※ 一曲目欠けてます。

https://youtu.be/mqnq8BQPVM8

 

古代史セミナー2019の記念写真

1日目の夕方撮影した集合写真。

私はどこにいるかわかりますか?

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私の「2019年」

2019年という年は,実にいろいろなことがあった。

まだ12月まで少しあるが,振り返ってみよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1) 昨年11月と今年の1月,国分寺・府中を歩く会を2回行う。

⇒ 川瀬さんとの府中研究会とともに,「方位の考古学」を前進させた

(2) 新々アパートのスタート

⇒ 一挙に2倍の規模になり,ゴミも2倍に

(3) スーパームーンを撮りたいという気持ちからデジカメを買い替える

⇒ 2月のスーパームーンだけでなく,「昨日の月」などに発展

(4) 理容店「グリーン」で白髪染め

⇒ 「10歳若返った」と言われ,その後も3か月に1回,散髪と白髪染め

(5) 古代史の旅(下野,常陸,泉官衙まで)

⇒ 『南相馬に躍動する古代の郡役所・泉官衙遺跡』に誘われて,ついに福島県まで

(6) デイ・ケア+ショート・ステイに助けられて,介護体制が整う

⇒ 「あわてるな!介護は急に終わらない・・・」ですからね。

(7) 古代史セミナー2019での「方位の考古学」の発表

⇒ 結論を最初に言ってからスタートするやり方が奏功

(8) 名刺を作る

⇒ 顔もイラストで入れました

(9) 楽天の応援を多様に行えるようになった

⇒ パーリーグTV・西武球場・マリン球場そして仙台へ

(10) 初めてスマホを購入する

⇒ 「二十歳の献血,還暦のスマホ」。ショート・ステイには,必要。

(11) 献血に定期的に行くようになった

⇒ 大学以来かな,1年に3回というのは

(12) 地域猫との交流をブログに書いた

⇒ 「野良」と「良野」は,もはや家族である

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「主語有無の論証」について

「主語有無の論証」とは,川瀬さんが『日本書紀』などの史書を読み解く方法として,

中国史書(隋書だったかな?)から学んだものです。

つまり,主語の有無によって,誰がやった事績か判断していくというもの。

一般には,文頭は主語で始まりますから,その人物がやったこと。

文頭なのに主語がないのは,他の人(前王朝の天子)がやったこと,と判断します。

ただ,それだけだと読み解かれてしまうので,わざと迷わせる文も混入させている。

(例えば,本当は天皇の位は,九州王朝の最後の天子⇒文武天皇なのを,持統天皇⇒文武天皇のように)

だから,文脈を読み取って解釈していけば,「『日本書紀』が九州王朝の記事を取り入れて作られた」

という範囲を越えて,これは「九州王朝の記事」これは「近畿王朝の記事」と判定することができる。

(このようにして,川瀬さんが精査したのが,次の「九州王朝の天子の動向」です。ぜひお読み下さい)

川瀬さん,こんな説明でよろしいでしょうか?

私の考えでは,「主語有無の論証」が文献解釈を,

「方位の考古学」が考古学を,大きく進歩させると思っています。

 

九州王朝の天子の動向(川瀬さん)

川瀬さんは,「「大嘗祭」はなかった!」に対するコメントの中で,

「書紀記事を精査すると、九州王朝天子の動向が読み取れます」として,長文を書かれています。

これはもはやコメントを越え,論文と言ってもいいでしょう。

そこで,本文としてアップさせていただきます。「主語有無の論証」も出てきます。

なお,見やすいように,『日本書紀』の本文には私(肥沼)がアンダーラインを引きました。

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●天武紀下の大嘗記事から


 二年12月壬午朔丙戌、侍奉大嘗中臣・忌部及神官人等・幷播磨・丹波二國郡司・亦以下人夫等、悉賜祿、因以郡司等各賜爵一級。

 これが書紀本文。
 大嘗祭は即位したあと最初の新嘗祭のことだから、つまりこの天武二年に九州王朝天皇が即位したということ。673年。
 だから新たな天子即位に伴って伊勢斎宮が交代する。この記事は


夏四月丙辰朔己巳、欲遣侍大來皇女于天照太神宮、而令居泊瀬齋宮。是、先潔身、稍近神之所也。

 

 したがって次の記事も九州王朝天子交代に伴うものかも。


己亥、新羅、遣韓阿飡金承元・阿飡金祗山・大舍霜雪等、賀騰極。幷遣一吉飡金薩儒・韓奈末金池山等、弔先皇喪。一云、調使。其送使貴干寶・眞毛、送承元・薩儒於筑紫。戊申、饗貴干寶等於筑紫、賜祿各有差、卽從筑紫返于國。

 新羅は新天子即位の祝いの使いをおくるとともに、もう一つの使節も億経った。
 「弔先皇喪」とあるから、前の天子は死去したのだ。
 ここの「先皇」を天智としたら時期が離れすぎる。
 天子の死の弔問使なら、天智10年12月に天智が死去した直後でないとおかしい。
大友皇子だとしても意味がとおらない。
 なぜなら彼らは日本国の天子ではないのだから。
 この天武二年に九州王朝の新たな天子が即位した。
 だからこそ次々と周辺諸国が新帝即位を祝って使節を送っているのだ。

次の記事は新天子即位を祝ったもの。

 二年三月丙戌朔壬寅、備後國司、獲白雉於龜石郡而貢。乃當郡課役悉免、仍大赦天下。

 では即位の宮はどこか。
 確実に後岡本の宮の南に作られた新たな宮。天武紀で飛鳥淨御原宮と呼ばれた、エビノコ郭。

 即位後、天子はどうしたのか。
 おそらくしばらくは先帝の喪に服したものでしょう。通常1年から2年。
 その間に遺体を埋葬する墓を作らねばならない(この記事は書紀にはない)。
 そして出来上がった墓に埋葬するのだが、おそらく先帝の墓は九州の難波付近につくられたのではないか。そして新天子は先帝の遺骸(喪)を守って九州に赴いた。
 そしてそのまま九州に留まった。
 だから天武が作った新宮(前期難波宮)の東方郭に天子が入ることはなかった。
 このため天子は、天武12年の12月に「都は二つあっても良い」とし、まずは旧都の難波に遷都し、さらに翌、13年には新宮の地の選定を始めた。
 この記事は


〇十三年二月庚辰、遣淨廣肆廣瀬王・小錦中大伴連安麻呂及判官・錄事・陰陽師・工匠等於畿內、令視占應都之地。是日、遣三野王・小錦下采女臣筑羅等於信濃令看地形、將都是地歟。三月辛卯、天皇、巡行於京師而定宮室之地。夏四月壬辰、三野王等、進信濃國之圖。


 さらに、


〇十四年冬十月壬午、遣輕部朝臣足瀬・高田首新家・荒田尾連麻呂於信濃、令造行宮、蓋擬幸束間温湯歟。


 そして天武15年の七月に新宮は出来上がり、これとともに天子は改元を行った。
 この記事は、


 戊午、改元曰朱鳥元年朱鳥此云阿訶美苔利、仍名宮曰飛鳥淨御原宮。

 

 天武が近畿天皇家内の権力掌握に手間取り、さらに彼が病に伏す中で、九州王朝天子は独自の動きを始めた。
 独自の動きの一つが新宮建設であり、その完成をまっての改元。
 朱鳥の新元号に。(この前の683年=天武12年に長く続いた元号白鳳が廃止され新元号朱雀が施行されている。天子の死から12年後。これは天子の陵が完成したことを示すことかもしれない)
 この朱雀・朱鳥の元号。
 明らかに天子に伴うものなので「私こそが日本の天子だ」と宣言したかのよう。

 こうした独自の動きれは近畿天皇家に「飾りの天子は手の内に置かないと危ない」との危機感を持たせたかも。
 だから近畿天皇家は、新たな九州王朝天子のための都を畿内に建設しようと動き出す。

 

持統四年冬10月壬申、高市皇子觀藤原宮地、公卿百寮從焉。


  持統が即位した年の10月。ここで初めて藤原宮造営の動きが始まる。
 結局天武の死⇒後継ぎのはずの草壁の死⇒対抗馬の大津の処刑⇒持統の即位
 という近畿天皇家内部の権力掌握に手間取って実に四年も時期が空いてしまったわけだ。

●持統紀大嘗祭記事から

 五年十一月戊辰、大嘗。神祗伯中臣朝臣大嶋、讀天神壽詞。壬辰、賜公卿食衾。乙未、饗公卿以下至主典、幷賜絹等各有差。丁酉、饗神祗官長上以下至神部等及供奉播磨因幡國郡司以下至百姓男女、幷賜絹等各有差。

 これが持統紀大嘗祭挙行と、その後の関係者報償の記事。
 大嘗祭は即位したときの新嘗祭。
 五年はおかしい。
 持統の即位は四年春正月。持統の大嘗祭なら四年の挙行でなくてはならない。
 つまりこれは持統の大嘗祭ではない。
 この時も天武の時と同じく、大嘗祭を挙行した臣下らが褒美を賜っている。

 持統五年のどこかの時期に九州王朝天子即位があったはず。691年。
 その痕跡は。


 六月己未、大赦天下、但盜賊不在赦例。
 七月庚午朔壬申、是日、伊豫國司田中朝臣法麻呂等獻宇和郡御馬山白銀三斤八兩・𨥥一籠。

即位の宮はどこか。
 伊勢行幸が問題になるのが、六年の二月に「二月丁酉朔丁未、詔諸官曰、當以三月三日將幸伊勢、宜知此意備諸衣物。」と3月3日伊勢行幸が決まる。
 これに対して「乙卯、是日、中納言直大貳三輪朝臣高市麻呂、上表敢直言諫爭天皇、欲幸伊勢妨於農時。」と反対意見が出る。
 しかし「三月丙寅朔戊辰、以淨廣肆廣瀬王・直廣參當摩眞人智德・直廣肆紀朝臣弓張等、爲留守官。於是、中納言大三輪朝臣高市麻呂、脱其冠位、擎上於朝、重諫曰、農作之節、車駕未可以動。辛未、天皇不從諫、遂幸伊勢。」と挙行される。

 この記事は行きは何で行ったか記さないが、帰りは車駕でとなる。
 万葉集の伊勢行幸の記事と併せると、これは九州王朝天子が海路伊勢に行幸し、そこから車駕で宮に戻ったという記事だ。
 ここから九州王朝の新天子が即位したのは九州の宮であることがわかる。
 それは九州の飛鳥浄御原宮。
 そして新天子が車駕で向かった宮は。まだ藤原の地の新益京は出来上がっていないので、飛鳥と考えられる。もしくは前期難波宮だ。

 この直前の5年冬10月甲子、遣使者鎭祭新益京。とあるので、まさにこの新京(首都の名前は新益京。その内裏が藤原宮)はこの新たな九州王朝天子のための都だ。これは都を作るための地鎮祭挙行。天子を迎える準備が始まった。
 そして新益京・藤原宮完成は、8年の12月。

 十二月庚戌朔乙卯、遷居藤原宮。戊午、百官拜朝。己未、賜親王以下至郡司等、絁綿布各有差。辛酉、宴公卿大夫。

 遷居藤原宮。主語が省略された記事。
ここに新京・新益京は完成し、天子は内裏の藤原宮に遷った。
 そして新京・新宮の完成を祝って翌年に(695年=持統9年)改元がされた。朱雀⇒大化に。
 この九州王朝最後の元号・大化。
 この元号を定めた主体はすでに近畿天皇家だろう。
 大化=今後大きな変化が起こるぞという予言。王朝交代を予言したものか。
 この意味で大化は、近畿天皇家が初めて定めた元号と言える。
 だから孝徳紀に記された九州王朝の評制全国施行の改新を本来の「常色」に変えて「大化」年号にしるしたものかもしれない。
 そして九州王朝の新都(=太宰府)とその新宮(味経宮)完成を祝っての「白雉」改元はそのままにしたのかもしれません。全国統一権力の完成ですから。
 ただし自分の(近畿天皇家の)やったこととして。
 そして九州王朝天子から近畿天皇家の文武に天皇位が譲られたのが、


 十一年八月乙丑朔、天皇、定策禁中、禪天皇位於皇太子。

 ここは主語を明記することであたかも近畿天皇家の持統から皇太子に天皇位が譲られたかのように偽装しているが、主語の天皇は九州王朝天子である。

 九州王朝天子はやっと用済みに。
 こうして九州王朝最後の元号・大化は終り、近畿天皇家初めての元号・大宝に。だがここに至るにはさらに3年の月日が必要だった。
 新元号とともに新律令を交付し、列島統治権を名実ともに握るには。

 ではその後九州王朝天子はどうしたか。これは「続日本紀」を精査しないとわからない。

「少年寅次郎」のあらすじ

昨夜は「少年寅次郎」の放映を楽しみにしていたのだが,

夕食を食べながら侍ジャパンの試合を観ているうちに睡魔が襲い・・・

「すいま」せん,ということになってしまった。

せめて「あらすじ」だけでも知りたいと思い,検索したらありました。

リンクします。

【「少年寅次郎」のあらすじ】

https://drama-circle.com/boy-torajiro-spoiler/#4

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昭島サークル 2019年11月

昨日は上記のサークルに参加した。

会場は,昭島公民館。

参加者は,15名ほど。

資料は,私のカウントでは11点。

資料を忘れて取りに戻っていたため,

田辺さんのミニ講演は聞き逃した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)山路さん~ピアノを始める(学ぶ側の立場で考える)ただピアノの練習をするだけでなく,他の人も読みたくなる内容です。

(2)山路さん~「ルネどき日記」より,「仮説実験授業をどんな形ですすめたらいいのか」「「復習」について考える」

(3)山路さん~「科学の授業 みんなへあのね」より,「ばねはおもしろい」(祐香さん)

(4)小原さん~「授業で出会ったステキな哲学者たち」より「ボクって 少し変なんです……」

 「みんな 変。そして,みんなステキ!」「好奇心が強すぎても大丈夫!」

(5)小川さん~「Bird」より「子どもを面白いと思える時」(ほめるでもなく,しかるでもなく,面白がるという発想)

(6)日高さん~手を焼く子に出会ったら(4月はしつけの大チャンス。A君と集団。不公平とは。まぎれる力。愛着障害など)

(7)日高さん~おすすめ本『どう解く(とく)?』~答えのない道徳の問題(ポプラ社)1500円

(8)肥沼さん~「肥さんの夢ブログ」より「昭島サークル10月」「『たの授』公開編集会議」「高崎サークル10月」「ZEITAKUKAI」

(9)田辺さん~「苦手な子・人」に対しての僕の見方が変わるとき/変わらないとき(ミニ講演の続き)

(10)佐竹さん~板倉先生と仮説実験授業が教えてくれること(2)~授業書《空気と水》の授業より

(11)佐竹さん提供~ベッコウあめの作り方(ベッコウあめは,シンプルだし,美味しいし,子どもたちにも好評ですよね)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日は,人数があまり多くなかったので,小さい部屋(第3集会室)でも足りました。

小泉さんや稲増さんにも会えました。

伊藤進著『ほめるな』(講談社現代新書。700円+税)が話題に出ました。

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2019年11月16日 (土)

侍ジャパン 韓国も破ったが・・・

韓国を10ー8で接戦の上破った。

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日本01602010×計10

なので,これで世界一なのかと思ったら,

ルール上「1位通過」ということで,

「2位通過」の韓国と明日も戦うということになるのだという。

だから,韓国はメンバーを休ませたりして,

今まであまり出場していない選手が出たりした訳だ。

韓国指揮官「ずっと出ていた選手は休ませた。明日は良い投手を起用する」 だって)

ある意味「1位通過」も「2位通過」も同じなら,

選手を温存した上で決勝で力を出せばそれでOKということ。

だから,2日連続の日韓戦初戦は,陰で「消化試合」とささやかれた訳だ。

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今日は午後から忙しい

今日は午後から忙しくなる。

午前中は母とお使いくらいだが,

午後1時から昭島に行き,田辺さんのミニ講演,

午後2時からは昭島サークル。

(この1か月の仮説生活とトランプ手品を持って行く)

帰宅して,侍ジャパンの応援(3勝1敗同士で,韓国と雌雄を争う)。

午後9時からは「悪童(ワルガキ)少年寅次郎(第5回=最終回)」の視聴。

「大嘗祭」はなかった!

「大嘗祭はいつから行われたか?」についての川瀬さんのコメントをまとめると,

以下のようになると思う。

古田さんの考え・・・天武天皇は褒美を与え,持統天皇から大嘗祭が始まった。

          (これだけでも,大きな衝撃でしたが・・・)

川瀬さんの考え・・・天武天皇と持統天皇の大嘗祭はなくて,その当時の九州王朝の天皇が即位し,近畿はその方法を学んだ。

          (それに対して,参加した人たちに褒美を与えた。また,実際にそのやり方でやってみた。

           そうしたら,次の九州王朝の天皇の即位の時はやることができた。

           そして,ついに文武天皇の時には,主権者となり,年号も大宝を建元し,大嘗祭を行った。)

ONライン(700年までは九州王朝が主権者で,701年から近畿王朝が主権者となった)という「法則」に叶うのは,

天武天皇・持統天皇の時には,「近畿王朝に「大嘗祭」はなかった!」ということではないか。

「大嘗祭」はなかった!

題名だけ私が付けさせてもらいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これまで『日本書紀』の天智・天武・持統天皇の存在があまりにも大きくて(ページも多いし),

『続日本紀』の文武天皇は逆に小さく見えていました。

ところが,『日本書紀』はあくまでも,近畿王朝の大王時代=「前史」であり,

『続日本紀』に到って,近畿王朝の天皇時代がやっと始まるということだったのだ。

そういう視点で読んでみると,また新しい発見が出来そうな気がします。

 

2019年11月15日 (金)

NHKテレビ「少年寅次郎」

上記の番組をやっていると,本日「房ya」のYさんから聞いた。

「寅さんの子ども時代」を描いているらしい。

残念ながら明日の夜が第五回が最終回だという。

(NHK・11月16日(土)午後9時~)

原作は,山田洋次著『悪童(ワルガキ)小説・寅次郎の告白』(講談社)。

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椎名林檎の「ニュートンの林檎」

一昨日の11/13(水)発売。

「初めてのベスト盤」だという。

新米の椎名林檎ファンとしては,うれしい。

このアルバムには,宇多田ヒカルとのデュエット曲=

「浪漫と算盤」も収録されているので,

宇多田ヒカルファンでもある私には,さらにうれしい。

酒処「まこ」で聴いている時には,酔っているせいもあるけれど,

歌詞がノーミソに入りにくい。

今歌詞を見ながら歌を聴いてみると,その言葉選びにたじろぐ。

20代でこういう歌を作っていたのだから,やはり才能があるのだろう。

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大嘗祭の内容と歴史(NHK)

NHKのウェブ版に上記のことが出ているので,リンクしてみた。

【大嘗祭の内容と歴史】

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191114/k10012176711000.html

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大嘗祭はいつから行われたか?(再掲載)

昨日はやけにアクセス数が多く(普段の1.5倍),

「どうしたのだろう?」だといぶかしく思っていた。

スマホをいじっていて,はたと気が付いた。

2年近く前に「夢ブログ」に書いた上記の文章が,

「大嘗祭」「内容」「いつから」ということで検索し,

ヒットしたのだろうと思う。

そして,スタートの神武天皇でもなく,明治天皇でもなく,

天武・持統のビミョーな時期だったと知って驚いたかもしれない。

この内容は,私も古田武彦氏から講演会で聞いて驚いた覚えがある。

今思えば,新旧の王朝の交代期だと理解できるのだが,

あまりにも意外な内容だったから・・・。

その時,「どうしてなんだろう?」と論を進めていくか,

「なんか予想外。残念・・・」と探求をやめてしまうかで,

その先が大きく違ってくる。

【大嘗祭はいつから行われているか?】

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/01/post-7dc6.html

 

息子の手料理 11/15

今日は「クリームシチュー」を作った。

上の入れ歯を製作中の母も,これなら大丈夫。

冬の朝晩は,シチューが似合います。

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今日も草刈作業

今日も草刈作業をした。

写真で見ても分かりにくいが,

けっこう頑張った。

昨日の作業と比べてみて下さい。

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今日の作業

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昨日の作業

国会図書館に行く

昨日「空海ー地質家・鉱山師として」の論文を求めて,

国会図書館へ行きました。(二倍年暦についての調査以来,10年ぶり2回目)

今回は入館カードも作って,今後に備えました。

というのも,「国会図書館しかない(ならある)」という文献もあるからです。

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コンピューター化されていて,検索して本を探してもらうのも,

コピーの依頼書をプリントアウトするのも,全部機械操作です。

ただし,困っていれば,司書さんが操作を手伝ってくれます。

そのようにして,1時間ほどで目的の論文を入手することが出来ました。

(待ち時間が半分)

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最寄り駅の「永田町駅」は有楽町線の駅なので,

家から1時間で行けます。

(よく行く神田神保町も近い)

地方の方でお困りの方は,私にご連絡いただければ,

代行いたしますよ。

「リラックマ」のお茶のデザイナー

皆さんは「リラックマ」のお茶を飲んだことがありますか?

実は,ペットボトルのデザインしているのが,

私の旧友のお嬢さんなのです!

昨日も旧友からたくさんの商品をもらいました。

そこで,全部並べて「記念写真」を撮りました。

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「草よ,割けよ!」

モーゼは,「海よ,割けよ!」と叫んでピンチを救ったらしいが,

私は電動草刈機で,「草よ,割けよ!」と懸命に作業した。

その結果,30分でこんな感じになりました。

文明の利器は,偉大でした。

(コードが10mくらいあるのがいいです)

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新々アパートの東側には,建設会社が敷いた

防草シートがあって草が生えない。

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それに対して,自宅と新アパートの東側は,

台風の雨のせいもあって,ジャングルのように。

これでもかなりやっつけたのだが・・・。

(ジャングルからサバンナくらいにまで)

 

 

2019年11月14日 (木)

ようやく「奈文化財研究所のデータベース」が復旧

ようやく「奈良文化財研究所データベース」が復旧しました。

時々「メンテナンス」と称して,シャツターが降ろされるのですが,

いつなのか,それは「奈良文研のみぞ知る」ということで,

その度に「ストップ」を掛けられます。

今朝見たら復旧していたので,さっそく島根県の〈官衙遺跡〉の残りをやりました。

ただし,あまり自信はありません。(涙)

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鑑定士の訪問

火災保険の特約で「雪害」「風害」が利用できることを知り,

昨日が保険会社委託の鑑定士の訪問日だった。

「築30年なんですかあ。経年によるものはカウントされないかもしれません」とか,

「ここは人の力が加わった外圧ですね」とか言われたが,

明らかに雪害・風害とみられる個所もあり,

「業者の見積を付けて請求して下さい」という話となった。

鑑定士の訪問時間を教えておいたのだが,業者は1時間近く遅れてきた。

「車の混雑」と「雨天中止かもしれない」を言い訳にしていたが・・・。

まあ,「申請書の表面を書いていただければ、あとはこちらでします」と言ってくれ,

一応無事に申請手続きがスタートしたようだ。

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侍ジャパン 全勝メキシコを破る

日本が全勝メキシコを破った。

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日本21000000×計3

昨日書いた先制点,追加点をすぐ実現し,

先発・今永が6回を1安打8奪三振(1失点)の好投。

これでメキシコと並ぶ3勝1敗となった。

次の試合は,16日(土)の韓国戦。

【試合のダイジェスト】

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/2122382

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2019年11月13日 (水)

祝 152万アクセス達成!

深夜には達成していたようで,

先程はもう152万0215アクセスになっていました。

いつもご愛読ありがとうございます。

そして,今後ともよろしくお願いいたします。m●m

ショート・ステイと私の「裏番組」

週3回のデイ・ケアだけでも,とても助かっている。

午前9時前に送り出せば,午後4時の帰宅まで7時間が保障されるからだ。

もちろんその間主夫として,買い物や食事・洗濯もしなければならないが,

出かけたり研究したりする時間が与えてもらえる。

しかし,今回古代史セミナーには泊を伴うので,ショート・ステイを利用した。

実は昨年の夏,仮説の大会(二泊三日)で愛知県に行ったのだが,

これは普通の「留守番」で,台所のテーブルの上に用意しておいた薬

(毎朝食後に飲むもの)を1回も飲んでおらず,これは失敗した。

ショート・ステイに行ってもらわないとダメだなと思ったのだった。

(薬はステイ先にお願いしておくことができる)

幸いうちの母は社交性のある方で,「次のお泊りはいつ頃だい?」というありがたい人だ。

なので,一泊・二泊・なしの月という形で変化を付けて,利用させてもらえている。

これまでの私の「裏番組」を紹介しよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2019年6月・・・一泊二日(最初は「裏番組」なしだったが,その有難さを感じられた)

2019年7月・・・仙台への二泊三日(おのくんハウス訪問・楽天の応援)

2019年10月・・・福島県への一泊二日(泉官衙遺跡への旅)

2019年11月・・・二泊三日(八王子の「古代史セミナー2019」に参加して,「方位の考古学」の発表)Img_5317_20191113053401Img_5319_20191113053601

2020年1月(予定)・・・二泊三日で愛知県へ(仮説の冬の大会)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

母の場合そんなに介護が大変ではないが,それでも曜日認知があやしかったり,

火をつけたまま台所を去ったり(今は電子レンジのみ可),甘いものだけを選んで食べてしまったり,

指示しなければ薬も飲まないので,やはり軽い介護は必要である。

しかし,そんな日常は必ず介護者にもストレスになる。

それを救ってくれるショーと・ステイは,週3回のデイ・ケアと共に,「介護のとも」である。

「頑張るな!介護はすぐに終わらない」(今思いついた「介護」の標語です。

「飛び出すな!車は急に止まらない」という交通標語が昔あったので・・・)

2019年11月12日 (火)

侍ジャパン 米国に惜敗

日本は,米国との試合に惜敗した。

米国011010100計4

日本000101010計3

常に米国に先制され,追いかける展開になってしまった。

日本の3得点は,すべて浅村のもので,

この日3打席連続タイムリー安打で,一人気を吐いた。

浅村は29歳の誕生日だった。

明日は,メキシコ戦。

【試合のダイジェスト】

(のちほど)

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もうすぐ152万アクセス

あと200アクセスあまりで,152万アクセスです。

明日中には達成できるでしょう。

ついでに,今年中にもう10000アクセス・・・。

獲らぬアクセスの皮算用ですね。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

PS 現在午後11時50分になろうとしています。

あと「25」までに迫りました!

電動草刈機(刈払機)を買う

この夏から秋にかけて,5回草刈りをした。

しかし,雑草や笹竹は台風の雨水を味方につけ,

伸びに伸び続けた。そして,私はついに決意した。

文明の利器に頼ろうと・・・。

島忠ホームセンター(シマホ)で,1万4000円(税込)でした。

まあ,何回も使えるので高いとは言えないかな?

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電動草刈機,正確には電動刈払機である。

先頭の円盤に8つの出っ張りが付けてあり,

それがものすごい勢いで回転することによって草を刈る。

わずか15分の間に面白いように草や笹竹は刈られていった。

今日は試しに台所前の庭をやってみた。

【使用前】

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【使用後】

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草の陰にあった延長コードのドラムが姿を現している。

この電動草刈機を使えば,たちどころに水路の藪を切り開けるだろう。

ただし,この15分で合計7カ所を蚊に喰われたので,

その対策が必要だ思った。

侍ジャパン 豪州に辛勝する

日本が豪州に辛勝した。

豪州001100000計2

日本00010011×3

2点リードされた4回裏,鈴木が3試合連続ホームランで1点を返す。

そして,走塁のスペシャリスト周東が二盗,三盗の後,スクイズでホームイン。

これで同点とした。

8回裏,満塁のチャンスに浅村が四球を選び,押し出しで決勝点をあげた。

【試合のダイジェスト】

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/2114690

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本日は,米国との一戦。午後7時から。

「歌舞伎町の女王」の口笛

「歌舞伎町の女王」という椎名林檎の歌があって,

酒処「まこ」ではしょっちゅうかかる。

その途中で,口笛が入るところがあって,

私はその主が彼女ではないとなんとなく思っていた。

しかし,事実は「思いつき」より奇なり。

実際に彼女が吹いている映像があったのでリンクします。

「そんなこと知っていたよ」という人はスルーして下さい。

私には「貴重な映像」なもので・・・。

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椎名林檎「歌舞伎町の女王」

https://www.youtube.com/watch?v=v9X68cf40FU

はしご酒

昨夜私にしては珍しく「梯子酒(はしござけ)」をしたのだが,

今朝ふと,「なぜ「梯子酒」というのかと」ということが気になった。

一説によると「酔って,梯子に登りたくなるほどテンションが上がる」というのもあるが・・・。(笑)

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ウィキペディア「梯子酒」

https://ja.wikipedia.org/wiki/梯子酒

こういうのも隣に出ていました。藤圭子の曲です。

ウィキぺディア「はしご酒」

https://ja.wikipedia.org/wiki/はしご酒

せっかくなのでyoutubeで聴いてみましょう。

藤圭子「はしご酒」

https://www.youtube.com/watch?v=jVU98keiin0

この際,何曲か・・・。

藤圭子「京都から博多まで」

https://www.youtube.com/watch?v=VwoJ58Xqz1c

藤圭子「女のブルース」

https://www.youtube.com/watch?v=984SLLvdahw

藤圭子「新宿の女」(デビュー曲)

https://www.youtube.com/watch?v=BVufoDKlrKM

https://www.youtube.com/watch?v=oPzhN2W5LpU (超高音質らしい)

藤圭子「圭子の夢は夜ひらく」

https://www.youtube.com/watch?v=AImrOR_qqSg&list=TLPQMTExMTIwMTnnXMZxxtluQQ&index=3

 

書籍名ではなかった『空海ー地質家・鉱山師として』

私は長い間,板倉聖宣さんの資料分類法に親しんできたので,

『』二重カッコは書籍名(背表紙が付いているもの)で,「」カッコは論文名,と考えていた。

だから,上記のものがなかなか見つからず,アマゾンでも見当たらなかった。

たの社MLで,入江さんが見つけて下さいました。

例の『空海ー地質家・鉱山師として』は論文だったので,本来「」で表現されるべきだったのです。

『愛知大学一般教育論集』所収「空海ー地質家・鉱山師として」が,長いけど正確かな?

国会図書館にあるらしいので,明日=水曜日に行ってこようと思います。

「即位のパレード」も終わったので,もう警備や混雑もないでしょう。

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(クリックすると拡大します)

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昨日の月 11/11

午後7時頃。

月齢14.3くらい。

ほとんど満月なのかな?

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2019年11月11日 (月)

息子の手料理 11/11

今日は「もやし鍋」にしました。

もやしは値段が安いので,うれしいです。

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鬼無里村と小川村

八面大王伝説の土地が,まさか私が赤門塾の夏合宿で

高校時代・大学時代に親しんだ鬼無里村や小川村だったとは・・・。

人生の不思議さを感じます。私がそこで作った歌2曲。

鬼無里村讃歌

バスを降りてみたら もう違う所
未知の世界に入っていく 小さな玄関
めまぐるしさを離れて
のんびりするのもいいことです!
そんな時 ウ… そんな時 ウ…
やさしく笑って迎えてくれる
鬼無里村が鬼無里村が
やさしく笑って迎えてくれる

朝がやってきたら 眠い目をこすり
「おはよう」なんて知らない人に 言ってみたりする
赤とんぼが運んだ 昨日の夢はどうでしたか?
そんな時 ウ… そんな時 ウ…
青空の下でささやきかける
鬼無里村が鬼無里村が
青空の下でささやきかける

 

小川村讃歌(なんてのどかな昼下がり)

真っ白な入道雲が 山の向こうに湧き上がる
風が吹き過ぎる 小さな畑のタバコの葉を揺らして
せみの声聞こえる方に あの村があるんだろう
それをめざして一歩一歩 ナップ背負い登ってく

小島や角田や篤や前川や祐一たちと 山の暮らしを語りながら
小川村に向かって歩く なんてのどかな昼下がり

名も知らぬ黄色い花や 道ばたの小さな草に
1つひとつ不思議な驚き 感じながら
あの角を過ぎればきっと 俺たちの目的地
ほおに汗してもうひと頑張り 昼飯はおいなりさん

小島や角田や篤や前川や祐一たちと 山の暮らしを語りながら
小川村に向かって歩く なんてのどかな昼下がり

 

※ 古代史セミナー 2019(2日目)の

久保玲子さん「八面大王論」参照

奇祭「橋がかり」(水責め)

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侍ジャパン いよいよ本日からスーパーラウンド

いよいよ本日からスーパーラウンドが始まる。

試合日程は次の通り。楽しみ~!

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11日(月)~対オーストラリア(19時)

12日(火)~対米国(19時)

13日(水)~対メキシコ(19時)

14日(木)

15日(金)

16日(土)~韓国(19時)

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らくらくブログ作り

私は欲張りな方なので,2日間の古代史セミナーが終わったら,

次の日にゆっくりとその様子を思い出したりしながら記録を書く・・・

ということはしない。(それでまた,1日かかる)

そこで,会場で話を聞きながら,記録を作ってしまうというやり方をする。

(泊を伴う場合は特にそうする。時は待ってくれないので)

作業効率を上げるため,私がやっていることを書いておこう。

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(1)最初からわかっている事項は,あらかじめ「先打ち」しておく

今回の場合,研究会が行われた講堂はルーターが電波を授受しにくい構造だった。

学校の体育館でもそういうことがあったが,その場ですぐにアップできないのだ。

そこで,最初からわかっている事項は,「先打ち」してワードに入れておき,

感想を書き入れるという作戦に変えた。すると,時間を効率化することができた。

(2)記録に入れる写真を随時撮影して,保存・圧縮しておく

これも(1)と同じだが,料理でいうところの「下ごしらえ」をしておいて,

電波の届くところに移動できたら,そのタイミングでアップすることにした。

食事の際も,「ブログに載せるもので・・・」と言いつつ,必ず写真を撮っておく。

(3)家に帰ってからの仕事は30分

(1)と(2)をしておけば,1日目の夜にはその日の記録ができるだけでなく,

2日目の構成も打ち込める。そうすれば,ゆったり2日目も参加できると言えるものだ。

とにかく,今を楽しみ,翌日も引きずらないという「夢ブログ」は,

こういう方法で書いた。

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あらかじめわかっている内容はワードに入れておく

2019年11月10日 (日)

『空海ー地質家・鉱山師として』

社会の科学MLで最近話題になっているのは,数人で高野山を訪問したという話だ。

仮説実験授業研究会はいつから真言宗に「宗旨替え」したのかと思うなかれ,

実は真言宗の開祖・空海は水銀の利益で遣唐使船にも乗ったという話題なのだ。

昨日の古代史セミナーでも大分県の水銀の話が出て,今朝検索したら,

四国を横切る中央構造帯の南側が産地だという。科学的知識を持った人だったんだ。

また,そこには真言宗の寺も集まっているというから,ずいぶんすごいことになってきた。

以下に,私が知った本の情報を伝えたメールを載せる。

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吉田さんへ 皆さんへ
東京の肥沼孝治です。

高野山へ行かれたそうですね。
私は完全に出遅れていました。
(古代史の研究会の発表の準備等で)
水銀が中央構造帯の南側で多く産出し,
それが真言宗の寺の集まっているところだと今朝知り,
興味深く思っていたら,下の本があることも知りました。
もうすでにお持ちかもしれませんが,念のために投稿します。

沓掛俊夫著『空海ー地質家・鉱山師として』
(愛知大学一般教育研究室刊)

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(クリックすると拡大します)

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男バレの試合は,第5試合

本日残念ながら応援に行くことはできないのだが,

男バレの県大会の試合が新座総合体育館である。

今トーナメント表で確認したら,第5試合で,相手は岸中学校だった。

応援には行けないが,「応援メッセージ」は木下兄コーチに送ろう。

フレー,フレー,上中~!!

AMS法について

放射性炭素であるC14を使った,より精度の高い方法ができているようだ。

それについて,昨日も藤尾講演で出てきていたので,学んでおこう。

【AMS法】

https://www.radiocarbon.com/jp/accelerator-mass-spectrometry.htm

昨日の藤尾講演では,β法とこのように比較されていた。

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(クリックすると拡大します)

誤差が±20~30年なんて,従来のβ法の±60~100年と比べて,

格段に少ないようだ。(マイナス面はあるのか知りたい)

また,かかる時間もサンプル量もより少なくてOK。

ぜひこの方法を考古学に取り入れて,研究を進めてほしい。

研究することの楽しさと厳しさ

多元的「国分寺」研究から始まって,「方位の考古学」まで。

本当に「思えば遠くへきたもんだ」という気がします。

しかし,1つわかると次の疑問がすぐ出てくるのが研究で,

なんか終わりのない旅をしているような気もします。

私はまだ川瀬さんのように,仮説を立て,その論証に全力を注ぐ!

なんてところまではとても行っていませんが,

川瀬さんの「背中」を見て,多くのことを学ばせていただきました。

また,途中でめげそうになる私を何度も励まし,叱咤し,

なんとか「方位の考古学」の発表まで漕ぎつけたこと。ブログを借りて感謝いたします。

川瀬さんのことなので,どうせ「まだやり残していることを,やってしまいましょう」と

コメントを入れてくることは100%間違いないのですが,

多元的「国分寺」研究サークルから始まって,「方位の考古学」まで

共に歩んで下さったお陰で,私もずいぶん成長させていただきました。

研究することの楽しさと厳しさを,実践を通して教えていただいたと思っています。

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1日いくつかの遺跡の精査をする中で,時に大きな問題にぶつかり,

その都度新しい発見があったことを思い出します。

遺跡の多い太宰府などは「五里霧中」「暗中模索」状態になりましたが,

東偏・正方位のめまぐるしい変化の中で,

当時の太宰府の人たちの悲痛な叫びが聞こえてくるようで,

歴史研究の醍醐味を味わえました。

また,官衙遺跡の精査でなかなか中心の建物が見つからず,

建物群を「群」として見られず,「個」として見てしまうドツボには何回も陥りました。

これは私の大きな弱点だと痛感しました。

もうあと少しで,悉皆調査はおしまいです。

「最後まで頑張った!」という自信が,私に訪れる日は近い!(と信じたい。笑)

 

 

古代史セミナー 2019(2日目)

昨日はハイテンションでなかなか寝付けなかったので,

熱いシャワーを浴びてから寝た。

1日目で「お仕事」は終えたので,今日は1日楽しもう。

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まず,ブログの更新から・・・。

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【朝食】全部取ったら,こんな風に・・・(和食OR洋食だったんだね)

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☆ うれしいニュース ☆

午前中の研究会が始まる前に.お二人の方(HさんとYさん)が

「昨日の発表.良かったです。自然科学的な感じがしました。

ぜひ頑張って下さい。」と声を掛けて下さいました。

今回の古代史セミナーで,「方位の考古学」の支持者が一挙に倍増したかも!?

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・研究発表Ⅱ (司会は,大墨さんです)

【安彦克己さん・・・安日彦の本拠地を探る】

・古田先生とのやりとりをしたこの場所は,自分にとって聖地です。

・安日彦の本拠地は,加賀⇒大和か?

【菊地栄吾さん・・・「孝季・吉次年譜」とその謎】

・昨日の「方位の考古学」の発表の際,一番最初に応援して下さいました。

・孝季・吉次・りくの年譜を書いてみると,いろいろなことがわかったそうです。

【合田洋一さん・・・秋田孝季の歴史観をただすー「六国史」等記載の「渡嶋」について】

・「渡嶋」の研究は,大学生の時から。教授から出版を勧められたがお金の都合で…。

・その後古田さんの推薦もいただき出版したのが,今回の『地名が解き明かす古代日本』である。

・渡嶋は北海道ではなく,青森県の一部を指すのを,「六国史」が間違って伝えた。

・積丹半島は,昔女人禁制の地だった。それはカムイの聖地だったから。

【西坂久和さん・・・田家文書のスキタイ・ゲルマンについて】

・今回の「方位の考古学」で大変お世話になった方である。

・和田家文書では,「黒竜江を遡り,モンゴルから西山靼へと通じる北方草原の道」が

発達していたと伝えている(竹田侑子氏の要約)。

これらの道は,縄文時代から交易路として発達していて,

全ユーラシア的に共通な文化圏を形成していたのではないだろろうか。

・刺青も共通的にされている。また,幻覚性大麻を使用していたことが考えられる。

他にも,蕨手紋・シャーマニズム・墳墓などもかなり共通しているようだ。

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【昼食】

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・研究発表Ⅲ

【大墨伸明さん・・・「念仏不信人」と記された『一枚起請文』の新史料について】

・これは今回のセミナーの一押し研究。私だけでなく何人もの方がおっしゃっていた。

・昨年安彦克己さんが取り上げた「一枚起請文」の漢文文書について扱ってみた。

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・「不」という字が入ると反対の意味になる。それをどう解釈するか?

・1195年の頃(布教初期)の法然の表現ではないか。

その後,教団はその教義を「継承」しつつも,何らかの変容がおきたのではないか,という問題につながる。

・大学の先生にも問い合わせをしたが,すぐには答えてもらえていない。

しかし,ぜひ専門家の先生にも考えてもらいたい問題だと考える。(安藤昌益の平等論のように)

・安東氏の思想を背景とした平等教院(藤本さんの菩提寺)の成立と関係あるか。

【井上肇さん・・・『日本後紀』巻第五 延暦十六年三月戊子野の甲斐・相模二国境争いを定めた件】

・現在の県境は,律令時代の国堺,さらにはその昔の各国が多元的に成立していた時代の姿を反映している部分が多い。

甲斐(山梨県)・相模(神奈川県)の国堺が決まる経過を例として,現在の県堺が定まっていった様子を調査した。

・孝徳紀には「東国八道を治めしむ」,天武紀には「諸国の境堺を限分ふ」などという記事はあるが・・・。

【大下隆司さん・・・難波宮遺構の考古発掘報告書の批判】

・大下さんからも,「昨日の「方位の考古学」の発表,良かったですよ」と声をかけていただきました。

・いただいた当日資料の中には,川瀬さんの2つのブログ記事がを取り上げていました。

(川瀬さんには資料のコピーを送りますね)

・A・・・難波宮出土の土器 

1)難波宮遺構下の地層

      2)整地層はいつ造成されたか

      3)難波編年(大阪歴博)への疑問

・B・・・上町台地の「九州王朝の痕跡」?古田先生の疑問

      4)上町台地出土の「筑紫土器」

      5)手工業生産地としての上町台地

・C・・・まとめ

6)「副都説」の構造と問題点

7)「古田史学」の継承のために

(配布資料)

 ➀副都説論争のまとめ

 ➁整地層出土の杯「B」

(「副都説論争」参考ブログ:川瀬健一)

 1)いかにして「前期難波宮九州王朝副都説」が虚妄であることに気が付いたのか

 2)古賀・大下論争を読み解くー「前期難波宮九州王朝説副都説」について」

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・大下さんの批判は「古田史学会報」151号の古賀さんの論文だったが,

古賀さんもその批判を予期したのだろう,コピーを配付し再批判をしていた。

「当時は「整地層」としか言えなかったが,今は火災の前後で分けられる。正確に表現してほしい。

批判は相手の主張の趣旨をくんで書くべき」

そのあと,大下さんが再々批判。

大墨さんが,両者の考え方の解説をして下さった。

土器の編年の議論から,土器の分布圏(文化圏)の議論へというのが,古田先生の趣旨だったのではないか。

(筑紫土器は,U地点から大甕の土器破片7個の出土というのは,半島系土器破片の37個と比べると少ない気も)

筑紫系★★★★★★★7

半島系★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★37

【久保玲子さん・・・八面大王論―古田武彦氏の「八面大王論」を補強する―】

・九州王朝の最後の地は,鬼無里村ではないか(私は高校・大学時代,赤門塾の夏の合宿でよく出掛けた!

確かに「西の京」などという地名があったなあ)。

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・隣接する小川村に「日本記」という地名がある。「ここを日本と記した」という証拠か。

(夏の合宿の際,「ハイキング」の日に小川村に行った。

「なんてのどかな昼下がり」という歌を作ったことを覚えている)

・天武紀に信州遷都の話が出てくる。宮城(みやしろ)というところにある魏石鬼の洞窟。

首塚。高良幅玉垂水の地名。高良社がいくつもある。なぞの飛鳥仏がいくつもある。善光寺も関係の寺か。

雨宮神社は,天宮神社か。そこで行われる奇祭。「生仁川」「斎場橋」「左に3回廻る」

「橋がかり(逆さづりで水責めにされる)大和勢力の追っ手に捕まって処刑された!?

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【youtubeの動画】

https://www.youtube.com/watch?v=p9h0cTAqOlI

・船による交易で,かなり経済的基盤があり,とてつもなく大きな勢力,「王権があった」と言われている。

天族の先人たちの勢力が古くからあり,そこに逃げられたのではないか。

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・荻上さんの話と来年度の予定(11/14(土)~11/15(日))

大学セミナーハウスと古田光河さんへのアンケートを書き,解散。

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【懇親会】8人で,八王子駅前の居酒屋で懇親会を行う。

古田さんの生前のいろいろなことを知れた。

 

2019年11月 9日 (土)

古代史セミナー 2019(1日目)

9日(土)は,八王子で行われた古代史セミナーに参加した。

夜の情報交換会は,最初10分と言われていたのに,

いつの間にか質問を含めて25分間となっており,最初あせったが,

予想外に「応援団」も現れて,うれしかった。

では,昨日の様子を略報しよう。

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ショート・ステイに母を送り出すと,私は自分の荷物を自転車に積み,

いそいそと新秋津駅に向かった。(午前10時に出発し,1時間後に会場へ)

まず,会場でパソコン用の電源を確保し,荷物を置くと,

「腹が減っては,研究会はできぬ」ということで,食堂で昼食を食べた。

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午後1時,講堂にて古代史セミナーが開会。

・大学セミナーハウス鈴木康司館長の話

・古代史セミナー荻上紘一実行委員長の話

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★特別講演・藤尾慎一郎さん「二つの弥生時代―「イネと石」の時代から「イネと鉄」の時代へ」

(司会・・・東京古田会・田中巌さん)

・1959年生まれ。「渡来系弥生人」を自称。福岡県福岡市生まれ。

中学の時「奴国展」を見に行って以来「弥生時代」と縁ができた。

40代の時,「弥生時代が遡る」という事実にぶつかった。

「これはもしかしたら500年遡るかもしれない」となっていった。

「弥生はいつから?」展を開くことになった。古田さんと会場で会う。

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講演の要旨

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弥生時代観の変遷

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土器で判定⇒水田で判定

古墳時代だと,古墳があるかないか

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甕棺の年代決定

交差年代法

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β法とAMS法

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・石包丁⇒併用期⇒鉄器

・金属器が割れると,必ず再加工して使っていた

・利根川以西に環濠集落があるので,そこが水田耕作の境目だったようだ

・全ての土器は平等に同じ幅(時間)だった訳ではない

・同時にそこにいた人を推定するのは難しい

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【質問タイム】

(1)水田伝播の順の件

(2)豪族という言葉はさすがに使う人はいないが,首長という言葉が多いか

(3)絹について展示の中にないのはどうしてか

(4)奈良県の水田は,紀元前6世紀の中頃か。酸素同位体測定法・中西さん

(5)近畿説でも鉄がないのが弱点と考えている。若い研究者は祭祀に注目している

(6)上町遺跡と比恵遺跡が同じような出土物が出ている

(7)埼玉県に弥生文化がない地域がある⇒水田耕作がないのでは

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・ここから大墨さんが司会を担当しました。

・研究発表 Ⅰ

【中村通敏さん・・・『冨谷至著『漢倭奴国王から日本国天皇へ 国号「日本」と称号「天皇」の誕生』への疑問の数々】

・京都学派とは?

・4つの疑問点(1)金印の読みについて(2)倭王武は雄略天皇なのか

(3)隋書の文字なしの解釈(4)・・・

「冨谷さんは古田さんの本を読んでいる。それゆえ邪馬台国の場所に触れていないのではないか」と大墨さん。

【上城誠さん・・・『万葉集』―手枕まきてー】お休みでした。

【古田光河さん・・・父の思い出と今後の活動】

「本の虫」「頑固に自分に正直」「ロマンチスト」の3つのキーワードで,

豊富なスライド写真を見せながら.貴重な録音を聞かせながら語られた。

今後「書簡集」など出していただけたらという要望も出された。

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【夕食】ご馳走の並ぶ夕食でした。

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・情報交換会~ここからは橘高さんが司会をされました。

【広幡文さん・・・神武東征】

・シンプルに史料を読むことが大切。

・日向と宇佐の間に速吸門がある。そこに中心地(津屋崎たり)があったのではないか。

【肥沼・・・方位の考古学】~発表できてよかった。大収穫だった!

悉皆調査は古田さんの特徴だと考え,奈良文化財研究所データベースで,

全国の寺院や官衙の方位を精査した。

早めに泉官衙遺跡(1ページをこれだけに割いた甲斐あり)を見てもらい,

参加者に遺構を実感しやすいように話した。

「泉官衙遺跡は,2つの王朝の「栄枯盛衰」を表す貴重な遺跡」と考えている。

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結論から入り,方位の重要性を訴えたことと,結論を押し付けないように気を付けた。

・質問等

(1)東偏何度のものが多いですか?四天王寺は西偏4度らしいですが・・・。

(2)郡山遺跡(仙台)や多賀城廃寺(観世音式)をご存知ですか?

(3)大いに発表に刺激を受けました。頑張って下さい。(積極的応援団現わる!)

 あとでお礼を言いに行ったら,「今回の一番の収穫でした」と言われた。やったね!

(4)紹興(紀元前4世紀?)の方位は西偏だったらしいですね?

(5)奈良時代の方位はどうだったのでしょうか?

(6)日本列島の中でも,磁気の偏差があるのをご存知ですか?

(7)どのくらい昔から磁石はあったのでしょうか?

説明する中で,「玉石敷」「東山道と東海道の終点」「MRI」「天壇・地壇」

「論理の導くところへ」等の言葉を入れて話をしました。

とりあえず,「方位の考古学」の「顔見世興行」ができたのではないかと思います。

【鈴木浩さん・・・九州王朝を訪ねる旅Ⅰ~Ⅲを終えて 見えてきた九州王朝】

・お話を聞いていて,また九州王朝の遺跡を訪れる旅がしたくなった。

装飾古墳にも改めて興味を持たせていただいた。

【吉村八州男さん・・・信濃の国での考古遺品から見る「磐井の乱」の実在―「科野の国」の「蕨手文様」-】

・九州の古墳に蕨手紋あり。それが10以上の信州(真田)の石碑に使われている。

・ツボケ族の関連の蕨手紋の刀との関連。

【角田彰男さん・林伸示喜さん・・・臼杵石仏の九州年号―正和四年が九州年号であると,どのように確かめたか―】

・九州年号のか鎌倉時代の年号なのか?

・最初は干支がなかったのに,現在干支が掘られている謎。

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合田さん~NHKで「ダークヒストリー」を放送された後,新聞掲載を断られた。

皆さんで抗議のご協力願います。また,「紫宸殿」の地を45cmまでしか掘れない。

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空では,明るい月が私たちを見守ってくれていた。

午後6時頃。

月齢10.4くらい。

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施設の都合で4人部屋に私一人。王様みたいな気分?

 

米国でチキンサンド狂騒曲

今日本ではタピオカが流行しているが,

海の向こうの米国ではチキンサンドが大流行中とか。

それも殺人事件まで起きてしまったというから,

ただ事ではない。

よく「口コミ」で人気が出るってあったけど,

今は「SNSコミ」で人気が出るということかな?

ちなみにチキンサンドは,700キロカロリー。

チキンだからといって,ヘルシーかどうかはわからない。

【米国でチキンサンド狂騒曲】

https://www.fnn.jp/posts/00426792CX/201911061824_CX_CX

Yjimage_20191109065601

2020年の年賀状(案)

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

 

【仮説実験授業】 退職後1年半,授業はできませんが,

週末サークルや研究会に参加して,ノーミソへの刺激をいた

だいています。最近「世界の自動車生産(2018年)」を材料に

グラフを描いたところから,またたグラフ熱が出てきました。

 

【古田史学】 川瀬さんにご協力いただき,多元的「国分寺」

研究の成果が実りました。「方位の考古学」は特に時間を掛けた

もので,「古代史セミナー2019」で情報提供させていただき

ました。さらに古代史を解明するべく,精進していきたいです。

         
【楽天】一昨年の最下位から,昨年の3位へ。エース2人を

欠く中で,よく頑張ったと思います。今年も夏に楽天の本拠地・

仙台に応援に行くつもりです。粘り強く応援していきたいです。

          
【肥さんの夢ブログ】 ブログを始めて15年目になり

ました。お陰様で152万アクセスを達成し,さらに

未来に向かう所存です。初期からすれば,夢のようです。

 

(その方へのメッセージ)

 

新住所
氏名
電話・メルアド

12月の楽しみ

まだ早い気もしますが,12月の楽しみです。

どんなことがあるのでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3日(火)~『たの授』12月号の発行

 

7日(土)~高崎サークルかニコたのサークル(体調によって)

8日(日)

 

14日(土)~飯能・日高サークル

15日(日)

 

21日(土)~昭島サークル

22日(日)

 

27日(金)~年末の会(犬塚清和さんを偲ぶ会)

28日(土)~『たの授』公開編集会議? もっと早いかも

29日(日)

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※ 『たの授』1月号=500号の発行(例年だと,12/26頃)

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(クリックすると拡大します)

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「古代史セミナー2019」のプログラム

前にも紹介しましたが,これが今回の古代史セミナーのプログラムです。

(クリックすると拡大します)

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今日から古代史セミナー

今日から母は二泊三日のショート・ステイなのですが,

私もその「裏番組」で古代史セミナーに参加してきます。

今回は「方位の考古学」のことについて「情報提供」(10分)をしてきます。

「夢ブログ」の読者には「耳タコ」の言葉ですが,多くの参加者にとっては「初耳」だと思うので,

丁寧に説明して,支持者を少しでも増やしてきたいです。

最初は川瀬さんしか支持者はいませんでしたが,今は「何人かはいる」というところまできました。

急がずたゆまず,その努力は続けていきたいです。

本日の夕食後その時間はあります。

その様子については,明日の「夢ブログ」にて・・・。

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大学セミナーハウスの本館

(かなりユニークな建物)

 

2019年11月 8日 (金)

息子の手料理 11/8

今日は,お金を掛けない「健康料理」。

「湯豆腐」「白菜スープ」「春菊ゆで」です。

各100円で買ってきて,味付けしました。

やわらかいので,母もOKでしょう。

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『たの授』11月号の感想

仮説社御中

東村山市の肥沼です。

『たの授』11月号の感想を送ります。

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『たの授』11月号で特に良かったのは,次の3点です。

(1)模倣と独創の矛盾論(板倉さん)

1977年に出された『模倣と創造』(仮説社)の文章からのものなので,

少々難しく,抽象的に感じられた方もいらっしゃるかもしれません。

私はたまたま今の古代史研究の年代が,編年というものによってずらされていると感じ,

「方位の考古学」という方法による是正が必要だと思っているものですから,

自分のこととして考えました。(今までにない仕事をやるのは,なかなか大変です)

(2)授業プラン〈絵の具と色彩〉(黒田さん)

『たの授』にはただ論文が載るだけでなく,その論文の理論を具体化する授業書や

授業プラン。そして,実践例が載っていますが,今回もまたそうでした。

そういう丁寧な構成になっているので,読者もイメージがしやすく,

多くの方に追試されるのでしょう。(ぜひこれからもその方法で)

(3)アイスランド紀行(第十回)(平林さん)

いよいよ平林さんの旅行の連載も,10回を数えることになりました。

毎回新しい知見があり刺激的です。アイスランドには行ったことがなく,

また行ったことのある方も少なくないと思います。お願いを再び。

この連載はこれからも続くと思われるので,ぜひミニ授業書のような読み物の

ブックレットにしていただけたらありがたいと思いました。

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侍ジャパン 台湾を圧倒し3連勝

両チームとも11安打を放ったが,

日本はそれを効率的に得点に絡ませた。

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台湾000000001計1

地元開催とあって,台湾の野球ファンが詰めかけ,

これまでの試合とは大違いだった。

しんし,冒頭に書いたように,ホームランを始めたと長打で,

日本は得点を次々とあげていき,試合を支配した。

最終回にも3点あげ,台湾チームを突き放した。

【試合のダイジェスト】

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/2103689

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母の歯の話

昨日は,母の歯のことで,歯医者に行った。

入れ歯が行方不明になったので,新しく作ろうとしているのだ。

これには大変時間が掛かり,その予定はカレンダーに書いてあるのだが,

「今日は歯医者に行く日ではないの?」としつこいくらい聞きます。

一昨日「明日はいよいよ歯医者に行くよ」というと,興奮は最高潮に達し,

階段には保険証の入っている袋は置いてあるやら,

(私が気が付かないで階段を滑り落ちたらどうするのか・・・)

外には買い物カーに袋を2つもくくり付けてあるやら,

(ショート・ステイではないよ)

1時間前に「私は順番取に先に出発する」と言ったり,それはそれはハイテンション。

(午後5時に予約がしてあるので,10分前に行けばいい約束です)

歯医者では,歯形取りをしました。

あんまり口の中が広くないので大変そうでしたが,30分の辛抱。昨日はそれでおしまい。

2週間後にそれが出来てきて微調整。さらに2週間後(合計1か月後)に終了となります。

なんとか今年中には終わりそうな,母の歯の話。(4回「は」の音が入ります)

2019年11月 7日 (木)

「男はつらいよ」CG版

「男はつらいよ~フーテンの寅さん」のシリーズは,

1996年に渥美清さんが亡くなって幕を閉じたが,

「50周年」ということで,CG版が作られたらしい。

大学で初めて観て以来「寅さんファン」の私は,

来月の全国公開をとても楽しみにしている。

【男はつらいよ・CG版】

https://www.asahi.com/articles/ASL9404V0L93UCLV00J.html

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【「お帰り寅さん」の予告】

https://www.youtube.com/watch?v=-dL5OHWsW8w

【寅さん50周年イベント】

https://www.youtube.com/watch?v=Y37fgejRg-U

https://www.youtube.com/watch?v=_lxq6hTQ1Cc

https://www.youtube.com/watch?v=PYT6ViKdD6A

 

※ 映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』は,2019年12月27日(金)より全国公開される。

 

「方位の考古学」によって明らかにされる本当の日本の歴史

「方位の考古学」によって,本当の日本の歴史が明らかにされる。

九州王朝が隋の設計思想に倣って6世紀末~7世紀初頭に正方位としたとすると,

初代・武蔵国分寺もそうだということだ。

741年の「国分寺建立の詔」より100年以上前のこととなる。

そして,東山道武蔵路は土器編年を「方位の考古学」で100年遡らせて

6世紀第3四半期ということだ。

順番に並べ替えると,

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551~575年頃,東山道武蔵路が作られる。

590~610年頃,初代・武蔵国分寺(正方位)が作られ始める。

  ※ 戦争が近づき,工事が途中でストップした可能性もあり。

そして,663年,白村江の戦いで敗北。

700・701年,九州王朝と近畿王朝のONライン(王朝の交代)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということになる。

通説の年代とはまったく違う歴史が,

「方位の考古学」によって明らかにされることになる。

流行語大賞候補 2019

年末になると,流行語大賞というのをやる。

今年の候補は,以下のものらしい。

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私の感じでは,「タピオカ」が入ってないのかなと思った。

でも,「タピる」はタピオカのことを言っているのかも。

(だけど,私は聞いた覚えがない)

今年もいろんな言葉が流行した。(そして,やがて消えていく)

 

今日もいい天気

先月は台風が続いてあんなに雨が降ったのに,

ここのところ晴れのいい天気が続いている。

そして,日中は20℃以上上がるのに,

朝晩は10℃を割る冷え込み。

皆さんどうぞご自愛下さい。

季節の変わり目は,体調の変わり目でもあるので・・・。

☔ ☔ ☔ ⇒ ☀ ☀ ☀

昨日の月 11/6

午後8時頃。

月齢9.4くらい。

このところ晴れが多く,月がきれいだ。

しかも「撮りやすい時間帯」なのがうれしい。

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懐かしい資料と再会(初代・武蔵国分寺は正方位だった!)

運動不足解消も兼ねて,武蔵国分寺・国分尼寺周辺を歩いた。

すると,四中の資料室で懐かしい資料に再会した。

「南比企の須恵器と武蔵国分寺」というパンフである。

と言っても何のことかわからないだろう。

実はその7ページに「政所院・大衆院推定地」と「修理院推定地」の図が出ているのだ。

(写真をクリックすると拡大します)

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当時国分寺四中遺跡に関心を寄せていた私は,

後者の方を紹介しようとしてブログにアップしようとしたのだが,

川瀬さんは昔の国分寺は塔と同じ正方位の伽藍配置だと考えていたので,

前者の方に注目したのだった。

確かによくみると,7°西偏の今の国分寺に対して,

塔の北側にそれに合う正方位の伽藍が並んでいる。

しかも,「礎石建物・堀込地業」と書いてあるものもあり,

本格的な建物が建設されていた(少なくとも建設予定だった)ことがわかる。

資料にはぼかして「伽藍地東辺溝とほぼ同じ方位の」と書いてあるが,

これは「塔とほぼ同じ方位の」と言ってもよく,塔と南北棟たちの間にある

東西棟たち(おそらく金堂や講堂)の発掘が望まれる。

国分寺四中資料室の担当の方は,時々交代するようで,

以前には「あそこからは何も出ていません!」と言い切る方もいた。

少なくともこの資料には,「SB87掘立柱建物」(数年前に発掘?)の説明として,

「東西8.2m,南北20.8m(教室2個半分の広さ)の大型の掘立柱建物。

「納」・「東」墨書土器が出土。周辺から円面硯が出土しています」とあるから,

西側にも対の掘立柱建物がありそうだし,硯(寺務に必要)を使った文章の作成もされたろう。

住宅地のところは引っ越しや道路・水道工事の際しかチャンスがないかもしれないが,

これだけ正方位の寺院の可能性があるのだから,せめて寺院地内の発掘くらいはしてほしい。

侍ジャパン プエルトリコにも快勝

投打が噛み合い,プエルトリコにも快勝した。

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発熱した岸が先発を回避し,代わって投げた高橋礼が好投。

「あんな投手,見たことがない」と言わしめた。

3回裏に鈴木の豪快な3ランも出て,4ー0で快勝。

今日は台湾との試合。ぜひ3連勝といきたい。

【試合のダイジェスト】

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/2099717

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2019年11月 6日 (水)

★私たちの仮説や考え方★

長い間解けなかった日本の古代史の謎も,古田武彦氏の九州王朝説をはじめとする

多元的古代の研究で,だいぶ解けてきた。

古田氏は数年前に亡くなったが,その志を継いで解明に努めたい。

さしあたり,私たちの仮説は以下のようなものである。

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・古代日本ハイウェーは,九州王朝が作った軍用道路ではないか

・国分寺建立の詔に「国分寺」なし(「国分寺」はなかった!)・・・史料の正しい理解,新しい「学説」

・全国の東偏(のちに正方位)の〈寺院〉〈官衙〉は九州王朝の命じたものではないか

・それを利用すれば,土器編年のズレを修正し,実年代がわかるのではないか・・・「方位の考古学」

・東偏の「手本」は中国南朝ではないか?同様に,正方位の「手本」は隋ではないか?

・泉官衙遺跡は,2つの王朝の「栄枯盛衰」を表しているのではないか?・・・「方位の考古学」から必然的に導かれた結論 

・エビノコ郭は九州王朝天子のために近畿天皇家がつくったものではないか。・・・「主語有無の論証」(川瀬さん)

・彦狭嶋王に東山道・都督を命じたのは九州王朝の天子ではないか?・・・「主語有無の論証」の肥沼の応用

・東山道と東海道の終点は,同じ石岡市(蝦夷国との境)であった。

とすれば,北陸道と北海道は同じ粛慎(靺鞨)で,西海道と南海道は同じ中国ではないか(中国北朝)。

三大仮想敵国への対抗の官道が6世紀半ばに作られたのではないか(三大軍用道路)

・初代の武蔵国分寺は正方位で作られ,それに隣接した武蔵国府も正方位だった(川瀬さん)

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これらを活用し,また新たな仮説を積み上げ,日本の古代史の解明をしていきたい。

年賀状を買う季節

郵便局に寄った際,11月1日から年賀状が発売だと確認した。

文案はまだ先でいいが,買うだけは買っておこうかなと思った。

さて,何枚買うか?

現役の時は100枚を目安としていたが,もうそんなに必要はない。

私は「後出し年賀状」なので,こちらから先に出すのは数通だ。

それも,板倉さんと古田さんが亡くなったので2通減ってしまった。

元旦に届いた年賀状をだいたいその日のうちに返信してしまう。

裏はすでに印刷しておいて,相手の住所・氏名とコメントだけを残してある。

つなみに昨年の年賀状の文面は,こんな感じだった。

今年はどんな文面になるのだろうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

【仮説実験授業】 昨年3月末で現役を退きました。
授業はできませんが,サークルや研究会に参加して,
ノーミソへの刺激をいただこうと考えています。
「夢ブログ」アーカイブズで,“仮説新聞”というのを
創刊します。(サークル用) また,『たの授』誌への
投稿を,編集委員としても,続けていく所存です。

【古田史学】 古田武彦氏は亡くなっていますが,
さらに古代史を解明するべく,精進していきたいと
思っています。まずは,「方位の考古学」から。
         
【再会】 新任の時の最初の卒業生と34年ぶりに,
小3の時の担任の先生と50年ぶりに,教育実習の
担当の先生と38年ぶりに再会しました!
         
【肥さんの夢ブログ】 ブログを始めて14年目になり
ました。お陰様で138万アクセスを達成し,さらに
未来に向かう所存です。まずは,150万を目標に。

(その方へのコメント)

新住所
氏名
電話・メルアド

昨日の月 11/5

午後5時頃。

月齢8.3くらい。

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侍ジャパン 逆転で初戦を制す

ベネズエラの初戦。

侍ジャパンは,逆転で制した。

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山口が先発で,カナダ戦より良かったが,

ダブルプレー崩れの間に先制点を取られ,

「えーっ,今日もビハインドなの~?」

逆転してもすぐ再逆転され,苦しい展開(2ー4)。

しかし,チャンスは8回裏に来た。

四球でランナーを溜め,押し出しやタイムリー,犠飛で逆転。

打者一巡の猛攻でベネズエラを破った。

稲葉監督の采配も光った。

調子の出ない坂本に代打を送ったり,

三塁ランナーを走塁のスペシャリスト・周東に替えてプレッシャーを掛けたり。

本日のプエルトリコ戦,明日の台湾戦と予選リーグは続く。

頑張れ,侍ジャパン!

【試合のダイジェスト】

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/2095985

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2019年11月 5日 (火)

★★土器編年のズレを修正する「方位の考古学」★★

人間どうしても「見つけた順に話す」という方法を取りやすい。

「方位の考古学」もそうだった。しかし,聞いている人間の立場に立ってみると,

「方位が東向きであろうが,南向きであろうが,西向きであろうが,それは関係ない」

まさか時の政府が方位を指定するなんて思いも寄らないから,

「我が家の場合は,敷地面積の許す限り日当たりの良い方位にした」という想像ぐらいのものになる。

しかし,私は、日本の古代においては,「政府が方位(東偏・正方位)を命じた」という話をしているのだ。

個人の家の日当たりの良さや洗濯物の乾き具合の話をしているのではない。

だから,何千とある古代の〈寺院遺跡〉や〈官衙遺跡〉を長い時間をかけてわざわざ精査しているのである。

閑話休題。

で,先程思いついたのだが,話をする順序をお終いからスタートしてみたらどうだろう。

つまり「土器編年が50年,100年ズレていたらどうしますか?」ということだ。

(九州は「方位の考古学」では100年ズレて遡ると考えている)

つまり,そうなると,登場人物や相手国自体が大きく変わってしまうのだ。

もし太宰府の正方位のスタートが7世紀末⇒6世紀末になったら,推古天皇の時代の話となる。

天智天皇はまだ生まれていない頃の話だ。(626年~672年)

また,100年ズレると相手国も変わる。

避難施設や緊急連絡用の狼煙は,唐の為ではなく,隋の為を意識して作られたことになる。

唐はまだ誕生していないからだ。(618年~907年) 

恥ずかしながらこの私も,「古代日本ハイウェー」を作った年代を,7世紀中ばから6世紀半ばに遡らせた。

「日本書紀」を全面的に信用する一元史観ならいざ知らず,多元史観の皆さんまで現在の土器編年に従うしたら,

いつまでたっても,多元史観の「勝ち目」はないと思う。

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(1)「土器編年自体がズレているのではないか」と考えた。(仮説)

(2)「土器編年のズレを方位で明らかにする方法はないか。」を考え,

「建物群の方位が政府によって意図的に決められている」と仮定すれば,

「正方位の出現は全国ほぼ同時になるはず」と考えて,

「土器や瓦編年の基準である飛鳥・大和での正方位出現時期を確定」して,

これとのずれで全国の土器編年のずれを推定した。(方法)

(3)飛鳥から遠い地方100年,中間地方50年を遡って判定していく(結論)

このような方法で,正しい年代が導き出せると考える。

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(川瀬さんのアドバイスにより,(1)のあとに(2)を入れ,元の(2)は削除しました)

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※ 「土器編年」という方法は,年代がわからないことの多い古代において,その拠り所とされた。

「土器編年」も「方位の考古学」も.絶対年代をもとにしている点でスタートは同じなのだが,

「土器編年」がその後「相対年代」で比較するのに対して,

「方位の考古学」では「各地の正方位の出現のズレ」を問題にするのだ。

※ 全国の国分寺は,成立年代を「8世紀中ば」と書かれていることが多い。

これは明らかに聖武天皇の「国分寺建立の詔」(741年)に縛られている。

主文は「七重塔を造れ。金泥の経を納めるぞ」というものである。

それを忖度(そんたく)して,「国分寺を造れ」と解釈しているのである。

その証拠に,何十年も前の白鳳瓦が出土している。すでに,七重塔以外の伽藍は建っていたのだ。

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「方位の考古学」に弾みをつけてくれたのは,福島県南相馬郡にある泉官衙遺跡であった。

詳しくは藤木海著『南相馬に躍動する古代の郡役所・泉官衙遺跡』(新泉社)を読んでもらいたいが,

「方位の考古学」で100年のズレを遡らさせると,「2つの王朝の栄枯盛衰」を語る貴重な遺跡なのであった。

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自宅でインターネットが使えないと

自宅でインターネットが使えないと,

大変不便なことになる。

(1)「夢ブログ」の更新ができない。

(2)多元的「国分寺」研究サイトの精査ができない。

(3)各地の方々との交流ができない。

ということで,生活が一挙にアナログ時代に戻されてしまう。

しかも,ルーターの初トラブルで「長引くかもしれない」という不安。

現在「方位の考古学」や「秋津町見て歩き」などのやり取りをしているので,

それが滞ってしまうということが出てくる。

しかも,相手方が「夢ブログ」でその事情を知っていればいいが,

「夢ブログ」の読者であるかどうかは,トラブルが起きてみないと分からない。

今朝もインターネット・カフェで更新してきたが,わりとスムーズにできた。

だが,そこに行くには自転車で15分かかり,料金もそれなりに掛かる。

やはり自宅でインターネットが使えないというのは,大きなダメージだ。

しかし,24時間の内には解決したので,「軽いケガ」を将来の教訓としよう。

それにしても,インターネットが24時間使えないだけでこんなに困るとは,

私もデジタル人間になってきたものだ。(かつては,「だんご3兄弟」をもじって,

「学年のアナログ3兄弟」と呼ばれたものだった。笑)

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ルーターが回復する

今お昼前だが,「表示が消えないなら専門店に行こう」と思って,

最後の点検をすると,OFF表示が消えていた。

コードと接続してみると,なんと「今残量を確認しています」

といううれしい表示。どうやら充電量ゼロまで行って,ようやく復帰するらしい。

コードをさすと,0%⇒1%⇒3%と次第に充電量がアップしていき,

「長押し」でNECマークを呼び出して,パソコンのインターネットも回復した。

あと数分したら家を出て新宿に向かうところだった。あぶない,あぶない。

「待てば海路の日和あり・・・」か。

ということで,滞っていたメールの確認からすることにする。

まずは,復活のごあいさつまで・・・。😃

私の心は,24時間後に,ようやく今日の秋晴れのようになった。☀

秋津城(大堀山館跡)の北側の堀

秋津城の北側は,なかなか見えないのですが,

一軒建て替えるらしく,撮影のチャンスに恵まれました。

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一番北東隅から西方面を眺めたところ。

2本の杉の木があるところが堀です。

この下に5メートルくらいの深さであります。

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北東隅から南の方を眺めたところ。

一応ここまで堀がある。

息子の手料理 11/4

昨日は,おでん。

ご飯のおかずにも,酒の肴にもなります。

体も温まる。

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昨日の月 11/4

午後5時頃。

月齢7.3くらい。

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半月くらいの月は,クレーターの凸凹がはっきり見えて好きです。

小1の時初めて望遠鏡で見た月も,

ガリレオが観察した月も半月でした。

2019年11月 4日 (月)

ルーターが働いてくれません

本日午前9時頃,「夢ブログ」の更新を終えて,続いて多元的「国分寺」研究をやっている途中で,

ルーターが働かなくなりました。

「完全電源オフに向かっています」と表示され,インターネットができなくなりました。

その報告をするために,インターネットカフェからこれを書いています。

明日専門店で相談してきますが,解決するまでご迷惑をかけることになりますので,

よろしくお願いいたします。

 

マンガ人気 電子も柱に

読売新聞の中に「マンガ人気 電子も柱に」という題で,

グラフが出ていました。

私がグラフ・デビューした「日本の自動車生産(1995年)」に

大変よく似ていると思いました。

紙のマンガを日本の自動車生産数に置き換え,

電子マンガを「海外生産」(国外生産)に置き換えれば,

補完し合っているのが理解できると思います。

出版界の不況は,紙のマンガ界の不況でもあるようです。

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楽天の次期監督に,三木2軍監督

楽天を最下位から3位に引き上げた平石監督の後任として,

三木2軍監督が就任するようだ。

今季楽天(イースタンリーグ)は優勝した。

その監督が三木さんとい訳である。

ヤクルト出身で石井GMとの関係もあることから,

抜擢されたのだろう。

形としてはクビになった平石監督の胸中やいかに?

【楽天の次期監督に,三木二軍監督】

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/263268/2

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ZEITAKUKAI 2019・11・3

あなたにとって,「ぜいたく」とは何でしょうか?

大きな家に住み、美味しいものを食べることでしょうか?

それとも・・・。

昨日参加したのは,「「マネしたい!」とあこがれる先生を自分たちの地元に呼び,

模擬授業をしてもらい,さらに2回の講演もしてもらう」というぜいたくな会でした。

その会に20人の参加者が集まり,都内で2日間にわたって行われました。

お呼びしたのは扇野さん。呼んだのは伴野さんと市原さん(野球の大会の決勝で欠席)でした。

私は一昨日の午後は高崎サークルに参加したので,授業書《自由電子が見えたなら》の

模擬授業は受けられなかったのですが,約半数の人たちは2日連続参加で受けられたようです。

さて,私は昨日の午前中のみの参加。すべて講演でした。

どの方のお話も素敵な内容でしたが,さすが扇野さんのパワフルな話は,

笑いあり(腹筋運動)感動ありで,さすが人気ガリ本『LIFE』の著者だけのことはあると思いました。

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伴野さん~毎日のたのしみ方

高畠さん(突然の代打講師。30分間)~高学年との上手なお付き合い

伴野さん~オレがオレであるために

扇野さん~オギがオギであるために(尾崎豊と浜田省吾と昔の長渕剛のファンでした)

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私のこの会への参加は,下の写真を見ていただくとわかると思います。

扇野さんの発行されているガリ本『LIFE』をはじめ,扇野さんにあこがれる若い先生たちのガリ本

(見つからなかったものを入れると10冊)たちの数々です。(市原さんの『みんなへつうしん』が不明)

講演の後,扇野さんに挨拶して川崎に向ったのですが,

「これ,午後の資料(ボクの原理原則)です」と,貴重な資料を分けていただけました。

ありがとうございました。電車の中でたのしく読ませていただきました。

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今回の第1の収穫は,扇野さんが「伝説(架空)の人物」ではなく,「実在の人物」として,

この日本の教育界に存在していることです。

しかも私も大好きな仮説実験授業をやられ,子どもたちから絶大な支持を得ているということ。

そして,さらに言えば,その実践について知ろうと,休日にもかかわらず参加する先生が20人もいること,

そこに私は未来への希望を感じます。

若い先生やこれから先生になる大学生が,自分の選択として主体的に仮説実験授業を選ぶ。

これに希望を感じずに,何に希望を感じればいいのでしょうか。

素晴らしい会に参加できて,私はとても幸せでした。😃

 

 

 

平曲の会 11/3

昨日は,4巻の「源氏揃」と「宮御最期」だった。

「初めての方がいらっしゃいますので・・・」ということで説明が長くなり,

1曲目がスタートするのが1時間半後となってしまい,

さぞかし川瀬さんもお疲れだったことだろう。(2曲連続となったので)

1月は,元に戻って第2日曜日です。短めのもの4本のようです。

念のために調べたら,「富士川」はても長いものでした。

サイトに載っていた「25分」ではとても終わらないような気も・・・。

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第六回:20201月12日(日)

 「大庭早馬」(10分)(巻5-5):頼朝挙兵

 「朝敵揃」 (20分)(巻5-6)「伊豆院宣」(25分)(巻5-11):平家討滅の院宣・王朝の分裂

 「富士川」 (25分)(巻5-13):平家追討軍の大敗 

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2019年11月 2日 (土)

高崎サークル 2019年11月

昨日は,上記のサークルに参加してきた。

場所は,高崎青年センター。

参加者は,峯岸さん,品川さん,湯本さんとお子さん,花岡陽さん,花岡麻さん,

永島さん,板橋さん,田村さん,木村さん,北村さん,森さん,肥沼さんの13名。

資料は,私のカウントでは15点だった。

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スタート講演は,峯岸さんの「板倉さんの模倣と独創の矛盾論から学ぶ

優等生の大切さと,優等生からの脱却」という長い題名のものだった。

学研と裁判で争った『模倣と創造』(仮説社)の時代の再録(『たの授』11月号掲載)だったので,

内容もちょっと固めで抽象的。皆さんいろいろと「七転八倒」だったが,

私は来週「方位の考古学」について発表するので,大変励まされる内容だった。

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1時間20分掛かってようやく終わったスタート講演の後は,ケーキタイム。

それぞれが自分の好みのケーキを食べ,一息ついた。

品川さんがここで,その後の発表順を決めてくれた。

以下,資料一覧を載せることにしよう。

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(1)峯岸さん~板倉さんの模倣と独創の矛盾論から学ぶ・優等生の大切さと,優等生からの脱却

(2)峯岸さん紹介~板倉さんの「模倣と独創の矛盾論~主体的に見せるための没主体性の批判」(1977年)

(3)峯岸さん~展示会用・低学年図工プラン「ルドルフの夢」(子どもたちの作品もたくさん持参されました)

(4)肥沼さん~世界の自動車生産台数(2018年)・・・私のグラフ・デビューは,「日本の自動車生産台数(1995年)」でした。

(5)肥沼さん~『たの授』500号・・・若い頃は,社会の科学の授業書が量産された時期で,本当にラッキーな社会科教師でした。

(6)肥沼さん紹介~『たの授』10月号に掲載された由良さんの「いじめよりたのしいもん」を紹介しました。

(7)肥沼さん紹介~信濃毎日新聞に載った陰山英男さんの記事「主体的な教育の道しるべに」(仮説社が登場)北村知子さん提供。

(8)森さん~道徳授業プラン「ピンチの時に」・・・小学校一年生とのたのしい2時間。子どもたちの感想がとてもいい。

(9)品川さん~定年退職の年がスタートしました➄・・・中学国語の先生をされていた時の生徒さんの話です。大変でしたね。

(10)品川さん~学級通信「仲間と笑顔で輝いて」・・・「こんにゃく発明物語」「初恋」の授業評価と感想。すごい高評価。

(11)板橋さんの塾での活動報告・・・いろいろ工夫されながらやっている模様です。親子というものの難しさも・・・。

(12)峯岸さん紹介~由井さんの「ドッカ~ン!」・・・マッキーノの楽しみ方の新バージョンなのかな。私は3つとも爆弾がドッカ~ン!

(13)峯岸さん~峯岸式ポートボールの指導案。「ふりかえり作戦カード」はなかなかいいと思った。「蜘蛛の巣」グラフ!

(14)永島さん~高崎サークル10月例会のDVD

(15)永島さん~安中市の製糸業の話(日本で機械を動かして見せてくれるのは2カ所しかないらしい。他に,ヒガンバナの話も。

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人数や資料数があまり多くなく,ゆったり話をできた気がします。

明日は,扇野さんの会に行くので,夜のうちにこれを作っています。(いつもは早朝にやるのですが)

以下,例会で撮った写真を何枚か・・・。

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侍ジャパン カナダを完封リレー

日 本000110010計3

カナダ000000000計0

第2戦は,日本がカナダに雪辱した。

しかも,完封リレーで投手力に自信を深めた。

イイ感じで台湾へと乗り込める。

【試合のダイジェスト】

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/2086424

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今日は何の日?

「今日は何の日?」というサイトがあって,

何かの役に立つかと思い,リンクします。

とりあえず,自分の誕生日から・・・。

【今日は何の日?】

https://zatsuneta.com/category/anniversary.html

ちなみに私の誕生日を調べたら,以下のようでした。

「愛酒の日,ポンペイ最後の日,バニラヨーグルトの日,歯ブラシの日,

レンタルユニフォームの日,ドレッシングの日,ブルボン・プチの日」

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【愛酒の日】

http://life-turn.net/愛酒の日/

Watermark

【ポンペイ最後の日】

https://ja.wikipedia.org/wiki/ポンペイ最後の日

 

 

11月1日は本の日

昨日本屋で知ったのですが,11月1日は本の日なのだそうです。

「えーっ,そんなの初耳だよ~」という感じですが,

それもそのはず,制定が2年前の2017年とのこと。

その背景には,出版不況があるのかもしれません。

11月1日(金)から11日(月)の期間に本を買うと,

総額500万円の図書カードNEXTネットギフトが抽選で当たる

プレゼントがもらえるというキャンペーンもある模様。

【本の日】

https://zatsuneta.com/archives/11101p4.html

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いじめよりおもしろいもん

『たの授』10月号で,由良さんのお便りが紹介されている。

「いじめよりおもしろいもん」という記事だ。

とても考えさせるし,仮説実験授業の明るい未来も期待させる。

(写真をクリックすると拡大します)

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本日は,高崎サークルの予定だが・・・

本日は,高崎サークルの予定だが,まだご案内のメールが来ていない。

でも,『たの授』10月号,11月号にも載っているので,

それを信じて準備をしていく。

午前9時のおつかい(母の運動とノーミソの刺激を兼ねたもの)を済ませたら,

自転車を新秋津駅に向けてゴー!

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本日は,資料を4点持って行く。

「陰山英男さんの新聞記事「主体的な教育の道しるべに」」

「由良さんのお便りの紹介「いじめよりおもいろいもん」」

「世界の自動車生産(2018)年」

「『たの授』500号」

いずれも「夢ブログ」で紹介したものです。

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2019年11月 1日 (金)

なぜ金石文には九州年号があまり現れないのか?(阿部さん)

金石文にはあまり九州年号が現れないところから,

その実在性を疑う向きもあるようだが,

その件について阿部さんがするどい意見を出していると服部さんが

その慧眼をたたえている。(「多元」154号)

つまり九州年号それ自体はあったが,その使用は義務付けられていた訳ではなく,

各々に任されていた。(わかりやすい干支の表現を,人々は使った)

ところが近畿王朝になって,「年号を使用せよ」という決まりが作られ,

特に役人はそれに従うことになったというのだ。

(そのため,九州年号より多く近畿年号が使われた)

                700 ・ 701

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  九州年号はあったが,    ・    近畿年号が作られ,

  干支が多く使われた。    ・    その使用が義務付けられた。

  (当然あまり現れない)    ・    (当然多く現れる)

ある意味「年号使用」についてのONラインというものが存在したのだった。

では,それについての決まりとは何か?

それは『令集解』の「儀制令・公文条」というものだそうだ。

こんなことが書いてあるという。

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凡公文応記年者。皆用年号。

釈云。大宝慶雲之類。謂云年号。

古記云。用年号。

謂大宝記而辛丑不注之類也。

穴云。用年号。謂云延暦是。

問。近江大津宮庚午年籍者。未知。依何法所云哉。

答。未制此文以前所云耳。

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結論を言えば,年号はあったが,使用すべしというルールは無なかったということである。

私は公務員だったので,書類を書く際よく管理職から「年号で書くように」と言われた。

しぶしぶ書いたものもあったが,そのお返しにという訳でもないが,

学級通信は一貫して西暦で書いていた。

ただ,昨今の様子を聞くと学級通信にまで管理職が「検閲」するらしく,

そうなると「公文書」などというレッテルが貼られて,「学級通信も年号で書け」

ということになるかもしれない。

 

 

「秋津町見て歩き」の報告(9月21日)

午前9時に所沢駅改札に集まったのは,東村山と清瀬の郷土研究会の〇〇名だった。

天気は「暑くもなく,寒くもない」曇りということで,幸先の良いスタート。

昼飯の注文を取り,「あいさつ」もそこそこに,東口のエスカレーターを下りて行った。

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(1)八雲神社(子どもの頃「天王様」と呼んでいた)

大きな銀杏が境内にそびえている。夏祭りが7月14日にあり,3つの神輿が町内を練り歩く。

駅からここまで,裏道を通って来たので,タイムマシンに乗ったように思われたかもしれない。

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(2)北秋津城(大堀山館跡)・・・鎌倉時代の武家屋敷で,幼馴染の家。北側に深い堀が残る。

子どもの頃かくれんぼをすると,必ず北の堀に隠れることにしていた。昨年個人的に堀に入らせていただいたが,

今でも角度が急で,敵の襲来を防ぐのに役に立ちそうだと思った。

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(3)日月神社(「じつげつ」と読む。子どもの頃は「日月様」と呼んでいた)

この神社には「欲が深い殿様」の説話が伝えられていて,興味深い。

本当にそんな殿様がいたかどうか定かではないが,欲張りはいけないという事は伝わる。

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ここまでは,所沢市北秋津の「秋津」である。

(4)草野心平の「光あまねし」石碑・・・秋津町4丁目

昔「一本橋」今「秋津橋」のたもとにその碑はある。詩人の草野心平が住んだ地に建てられた木碑は,

その後地域の人たちによって石碑にされ,愛されている。

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(5)氷川神社(子どもの頃「氷川様」と呼んでいた)・・・秋津4丁目

例祭がこの地域で一番遅く行われ,人々で賑わう。須佐之男命を祭るから出雲系なのだろう。

関東地方は古くから出雲系の神社が多く,出雲の影響下にあったのかもしれない。

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(6)淵の森緑地(所沢市上安松と東村山市秋津町5丁目)

映画「となりのトトロ」の宮崎駿監督が住むこの地の自然を保護しようと人々は行政に働きかけ,

柳瀬川が蛇行するこの地に緑地を設けることが出来た。「まっくろくろすけ」が石碑に遊ぶ。

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(7)秋津神社(子どもの頃は「お不動様」と呼んでいた)

創建年代は不詳だが,江戸時代前期の「不動明王」を祭っているので,それ以前と考えられる。

祭l殿の彫刻も素晴らしいが,今はガラス越しでないとみられない。例祭は,7月27~28日。

明治期の小学校開始期に「柳瀬学校」が設置された土地だそうで,会長に説明をしていただいた

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なお,当日お渡ししたパンフで,秋津神社の説明に八坂神社の説明が入ってしまっていたとのご指摘があった。

郷土のことをもっと知らなければいけないと痛感した。

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解散後,新秋津駅と秋津駅の中間にある食堂「魚河岸」で昼食を食べながら交流会を持った。

朝注文を集約してスマホで連絡しておいたので,到着してすぐに食事をすることができた。

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東村山と清瀬の郷土研究会が連携すれば,さらなる成果があげられるものと考える。

今後ともよろしくお願いいたします。

主体的な教育の道しるべに~伊那小学校と仮説社

9月に「信濃毎日」に載った陰山英男さんの記事。

公職を離れて自由になったのか,仮説社のことまで書いています。

きっと現役の時も活用していたと思うのですが,

なかなかその時は書けなかったのかもしれません。

『たの授』公開編集会議の際いただいていたのですが,

今日まで忘れていました。

長野県の北村知子さんが送って下さったようです。

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息子の手料理 11/1

今日は「松茸ごはん」です。

先日の「栗ごはん」と同じ簡単シリーズを使いました。

お米を3合研いで,材料を入れて炊くだけ。

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侍ジャパン カナダに惜敗

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日 本000210101計5

日本のエース・山口が2回にカナダ打線につかまり6失点。

その後1点差まで詰め寄るが,5ー6で惜敗を喫した。

【試合のダイジェスト】

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/2082326

本日,第2戦が行われる。

日本の先発は,今永 (DeNA

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東博の「正倉院展」(前期)

昨日の午後,東京国立博物館(東博)で行われている

上記の特別展に行ってきた。

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前期・・・螺鈿紫檀五弦琵琶

後期・・・白瑠璃椀,竜首水瓶,平螺鈿背八角鏡鏡

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2回に分けて展示し,2回とも来させようという作戦なのだろう。

1回1700円の入場料と図版2700円+交通費を考えると相当な出費。

この10月から消費税も上がって,なんとも言えぬタイミングだった。

本物の魅力は,長蛇の列(入場制限40分)を待っただけのことはあったが,

表側と裏側で見られる時間は数10秒といったところか。

表のシンプルな意匠に対して,裏側の派手な螺鈿たちが意外だった。

また底部に何か「墨書き」のようなものがあるが,図版にも載っていなかった。

模造品を作る過程がビデオに収録されていて,実見を待つ間楽しめた。

本当にいろいろな専門家が技術を駆使して作ったのだと思った。

五弦の琵琶は,世界で一つしか無いという事だが,

最初から一つなのか,現存するのが1つだけなのか,

前に調べたような気がしたのだが失念した。

後期もやはり来るようかなあ・・・。

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 (これは模造品なので,撮影OKでした)

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【デジタル大辞泉「五弦琵琶」】

奈良時代から平安初期に中国から伝来した5弦5柱の琵琶。雅楽に用いられたが、平安中期に廃絶。
広く5弦の琵琶。現在、筑前琵琶・錦(にしき)琵琶などがある。
「昔はあったが,今はこれだけ」ということか。
九州王朝の関係からいうと,「筑前琵琶」というのが気になる。
【コトバンク「筑前琵琶」】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


筑前琵琶
ちくぜんびわ


楽器名およびその音楽。明治中期,筑前盲僧出身の橘智定 (1世橘旭翁 ) が零落の一途にあった筑前盲僧の琵琶楽の衰微を憂慮し,薩摩琵琶を研究して盲僧琵琶改良を試み,さらに門下の吉田竹子が鶴崎賢定とともに三味線の手法を加味するなどして新しい琵琶楽を完成した。これを総称して筑前琵琶という。この3人はそれぞれ一流派をなしたが,今日橘流だけが普及し,旭翁を家元とする旭会と旭宗の橘会とがある。楽器としての筑前琵琶は一時筑紫琵琶と呼ばれたが,1891年頃筑前琵琶と改称された。初めはもっぱら4弦の小形のものが使われていたが,のちにやや大きい5弦が考案され,このほうがおもに用いられるようになった。5 (じゅう) 。撥 (ばち) は三味線の撥に似た大きさで,薩摩琵琶のようにきびしく腹板をたたくようなことはない。左指は柱と柱の間を押える。曲には地 (語る部分。琵琶は簡単な手を各句の区切りに入れるだけ) と節 (おもに琵琶の伴奏で歌う部分) の部分がある。流しのような優美な旋律に特色があり,句間に奏する琵琶の手 (旋律型) も非常に豊富である。古典的題材の曲がおもであるが,4弦には優雅な曲想のもの,5弦では勇壮闊達な曲想の傾向がある。一方ほかの楽器との合奏など新しい試みもなされている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について

コスモス・第2陣

遅咲きのコスモスが今咲いている。

第1陣より少し小ぶりだが,なかなか美しい。

今回は複数でまとめてみた。

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昨日のハロウィーン

渋谷でのハロウィーンは,警備の体制も強化し,

酒類の提供を自粛する条例などを作ったらしく,

昨年ほどの混乱はなかったらしい。

秋津駅~新秋津駅では,ちびっ子たちの仮装が目立ち,

キャンデー目当てにいろいろな店を訪問したらしい。

いくらハロウィーンの飾りが付けてあっても,

居酒屋さんまで「襲撃」しようとするのはいかがなものか?

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昨日の月 10/31

午後5時半くらい

月齢3.3くらい

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細く見えるけど,「四日月」となります。

(月齢3.0~3.9なので)

気になる脇の星は,木星なのでしょう。

https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/10845_ph191031 

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