東博の「正倉院展」(前期)
昨日の午後,東京国立博物館(東博)で行われている
上記の特別展に行ってきた。
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前期・・・螺鈿紫檀五弦琵琶
後期・・・白瑠璃椀,竜首水瓶,平螺鈿背八角鏡鏡
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2回に分けて展示し,2回とも来させようという作戦なのだろう。
1回1700円の入場料と図版2700円+交通費を考えると相当な出費。
この10月から消費税も上がって,なんとも言えぬタイミングだった。
本物の魅力は,長蛇の列(入場制限40分)を待っただけのことはあったが,
表側と裏側で見られる時間は数10秒といったところか。
表のシンプルな意匠に対して,裏側の派手な螺鈿たちが意外だった。
また底部に何か「墨書き」のようなものがあるが,図版にも載っていなかった。
模造品を作る過程がビデオに収録されていて,実見を待つ間楽しめた。
本当にいろいろな専門家が技術を駆使して作ったのだと思った。
五弦の琵琶は,世界で一つしか無いという事だが,
最初から一つなのか,現存するのが1つだけなのか,
前に調べたような気がしたのだが失念した。
後期もやはり来るようかなあ・・・。
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(これは模造品なので,撮影OKでした)
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【デジタル大辞泉「五弦琵琶」】
2 広く5弦の琵琶。現在、筑前琵琶・錦(にしき)琵琶などがある。
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
筑前琵琶
ちくぜんびわ
楽器名およびその音楽。明治中期,筑前盲僧出身の橘智定 (1世橘旭翁 ) が零落の一途にあった筑前盲僧の琵琶楽の衰微を憂慮し,薩摩琵琶を研究して盲僧琵琶改良を試み,さらに門下の吉田竹子が鶴崎賢定とともに三味線の手法を加味するなどして新しい琵琶楽を完成した。これを総称して筑前琵琶という。この3人はそれぞれ一流派をなしたが,今日橘流だけが普及し,旭翁を家元とする旭会と旭宗の橘会とがある。楽器としての筑前琵琶は一時筑紫琵琶と呼ばれたが,1891年頃筑前琵琶と改称された。初めはもっぱら4弦の小形のものが使われていたが,のちにやや大きい5弦が考案され,このほうがおもに用いられるようになった。5柱 (じゅう) 。撥 (ばち) は三味線の撥に似た大きさで,薩摩琵琶のようにきびしく腹板をたたくようなことはない。左指は柱と柱の間を押える。曲には地 (語る部分。琵琶は簡単な手を各句の区切りに入れるだけ) と節 (おもに琵琶の伴奏で歌う部分) の部分がある。流しのような優美な旋律に特色があり,句間に奏する琵琶の手 (旋律型) も非常に豊富である。古典的題材の曲がおもであるが,4弦には優雅な曲想のもの,5弦では勇壮闊達な曲想の傾向がある。一方ほかの楽器との合奏など新しい試みもなされている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について
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