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2019年10月12日 (土)

久米官衙遺跡群(愛媛県松山市)はやはりすごい遺跡だった!

今多元的「国分寺」研究サークルのサイトで,

久米官衙遺跡群(愛媛県松山市)の精査を行っているのだが,

ここはやはりすごい遺跡のようだ。

規模もそうだが,歴史を想像させる様々な要素に満ちている。

(1)西偏のあと,短期間正方位にするが,また東偏→正方位にする謎

(2)Ⅱ期になぜ回廊状遺構(斉明の宮か)が作られるか

(3)Ⅲ期にそれが「来住(きし)廃寺」(斉明の菩提を弔う寺か)へと変化

これらが統一的に理解できるためにも,「方位の考古学」は威力を発揮する。

川瀬さんのコメントをぜひお読み下さい。

【川瀬さんのコメント】

http://koesan21.cocolog-nifty.com/kokubunji/2019/10/post-0e2224.html

【久米官衙遺跡群のサイト】

https://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankoguide/rekishibunka/bunkazai/kuni/kumekanga_isekigun.html

【久米官衙遺跡群のパンフレット】↑ からダウンロード・印刷できます。瓦は,白鳳瓦かな?

Img_4885

Img_4886

パンフレットの「回廊状遺構」の解説にこうあります。

「回廊状遺構は,約110m四方の区画された敷地に設けられた大規模な施設で

7世紀半ばごろに建てられました。

外縁には1辺100mほどにわたって2条の柱穴が確認されており,

板塀の跡と考えられます。内部には柵や正殿的建物と呼んでいる

大型の建物が建っていました。

この建物は,南北7.06m×東西36.4mに復元できる

久米官衙遺跡群最大の建物です。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

解説には書いてありませんが,外堀がある模様。

そして,さらに外縁を二重に柵で囲う(板塀ならさらに厳重)。

内部にある柵も目隠し的な柵であり,かなり重要人物が予想されます。

また,南門は八脚門のようで,これまたフツーの人物を迎える門ではない。

短期間使用され,その後消滅(正方位の菩提寺となる)

しているという点でも特殊利用されたものである。(短期間に目的を終える)

以上の結果から,私もこの屋の主は九州王朝の天子=斉明であると思います。

飛鳥宮のエビノコ郭(5間15.2m×9間29.2m)とも存在が似ていますね。

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コメント

来住廃寺出土の軒丸瓦。
蓮の花弁の中に二本のシベが見えるが、花弁が二つに分けられた複弁にはなっていません。
ということで、単弁蓮華文軒丸瓦の中で複弁に移行する直前のものだと思います。複弁は飛鳥なら7世紀末から8世紀初。単弁は7世紀中頃から末。
飛鳥から離れているとのことで7世紀末もしくは8世紀初に位置づけられていますが、飛鳥と同時期と考えて7世紀中頃から末。それも末に近い方と考えます。
もちろん「白鳳瓦」。素弁蓮華文軒丸瓦の「飛鳥瓦」ではありません。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  この来住廃寺は白鳳時代創建の寺院。たぶん白鳳瓦が出ているのでしょう。
(多元的「国分寺」研究サイトの川瀬さんのコメント)

パンフレットに白鳳瓦の写真が出ているのではないかと,探してみました。

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