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2019年10月 6日 (日)

ノッている時は・・・

阪神が「奇跡の6連勝」でCSを勝ち取ったと思ったら,

その初戦1ー7のビハインドから7点取って8ー7の逆転勝ち。

相手のDeNAは何が何だかわからなかっただろう。

6点リードして勝てると思ったら,勝ったのは相手チームだったのだから・・・。

一方楽天も,最後の最後でCSをゲットして,昨日は初戦に勝利。

復調した則本昂と打線が噛み合って,

ソフトバンクのお株を奪う4発のアーチで圧倒した。

ノッているチーム(個人)というのは,不利な状況が「不可能」とは見えないのだ。

むしろ,「自分が目標とすべきハードル」に見えてしまうから不思議だ。

そうなったら,あとは「跳ぶだけ」の話。

「跳べる」と思えるか,「難しい」と思い込んでしまうかは紙一重!

人には「奇跡」と映るだろうが,当人たちにとっては当然の結果なのだ。

(私は「走り高跳び」をやる時,「バーよ,下がれ~!」と

「魔法」をかけてから跳ぶことにしていた)

 

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   「バーよ,下がれ~!」

 

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コメント

肥沼さんへ

 人の動きは(行動も思考も)気分次第でその結果が異なるということでしょう。
 たしかアスリートの精神面を鍛える訓練で、いつも練習する際には、自分が成功した場面を想像しながら行うというのがあったと思います。
 つまり「難しい」と思うのではなく「かならずできる」と思うように気分を調整する。そうしていれば自分の力が100%以上でるということ。
 ただしこれは気分の調整でしかなく、常に力を挙げる訓練をたゆみなく行っているということが前提です。

 でも肥沼さんの「私は「走り高跳び」をやる時,「バーよ,下がれ~!」と「魔法」をかけてから跳ぶことにしていた」は、絶対に何の効果もありませんね。上の事例とはまったく異なり、単なる願望ですので。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 でも肥沼さんの「私は「走り高跳び」をやる時,「バーよ,下がれ~!」と「魔法」をかけてから跳ぶことにしていた」は、絶対に何の効果もありませんね。上の事例とはまったく異なり、単なる願望ですので。

そう,確かにバーは下がりませんでした。
ただ,バーが怖くなくなり,私は気持ちよくバーを跳べました。
だから「絶対に何の効果もありませんね。」というのは言い過ぎだと思いますが・・・。

>そう,確かにバーは下がりませんでした。
ただ,バーが怖くなくなり,私は気持ちよくバーを跳べました。

 そんな効果があるのですか!!!!!! ビックリですね。
 肥沼さんは自己暗示をかけたということでしょうかね。「(バーは下がるはずだから)絶対に跳べる」と。
 暗示にかかりやすいのですね。要はそのとき挑んだ高さをとぶ力はもともとあったということ。跳べない高さに挑戦した場合には、暗示も何の効果もないですね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  暗示にかかりやすいのですね。要はそのとき挑んだ高さをとぶ力はもともとあったということ。跳べない高さに挑戦した場合には、暗示も何の効果もないですね。

そう言ってしまえば,身も蓋もありませんが,
気持ちで負けないために,暗示を利用するというのは「知恵」の1つだと私は思っています。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  暗示にかかりやすいのですね。要はそのとき挑んだ高さをとぶ力はもともとあったということ。跳べない高さに挑戦した場合には、暗示も何の効果もないですね。

そう言ってしまえば,身も蓋もありませんが,
気持ちで負けないために,暗示を利用するというのは「知恵」の1つだと私は思っています。

肥沼さんへ

>気持ちで負けないために,暗示を利用するというのは「知恵」の1つだと私は思っています。

 なるほど気持ちで負けないために暗示を利用する。アスリートが常に自分の成功した姿をイメージしながらトレーニングに励むというのもそういうことですね。
 なかなか能力が向上せずに負け続けていることばかり気にしていては、練習にも励めない。

 わたしはそうした失敗にくよくよしたり腐ったりしない性格なのでしょうね。
 私の信条は、今日は今日、明日は明日。終わったことはさっさと忘れる。ただし失敗の原因はその時にすぐに明らかにして対策を考える。対策を考えたらあとは忘れる。
 日記をつけないのもそういうことだと思っています。
 日々の反省はしないわけではない。ごく短時間。うまくいかなかったことがあったときにはすぐに集中して短時間で反省し、原因を究め、対策を立てる。でもそれはすべて頭の中。何も書き残さない。
 でも失敗の原因と対策は忘れない。
 そしてそのあとは、やるべきことやりたいことに全力集中。

 だからメンタルで負けることはないので、暗示も、たとえばゲンを担ぐというようなことも必要ない。
 だってよく考えれば、いまできることしかできないのだ。もっとできるようになりたければ日々修練を積むしか方法はない。でも時間はかかる。あきらめずに腐らずに、日々たゆまず努力するだけ。
 修練の結果は裏切らない。かならずいつか成果は出る。

もう一つ付け加えれば、私は自分がやりたくないことには手を出さない。せねばならないと強制されたときは断固拒否。
 だからやりたいことに取り組んでいるわけだから、そのやりたいという気持ちが消滅しない限り、日々修練することも努力することも苦ではないし、いつも集中して取り組むことができる。
 やりたくて取り組み、日々修練してできなかったことはないので、そうした成功体験が私の心を支えているのだと思います。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 わたしはそうした失敗にくよくよしたり腐ったりしない性格なのでしょうね。

〉  やりたくて取り組み、日々修練してできなかったことはないので、そうした成功体験が私の心を支えているのだと思います。

川瀬さんは,これまでのやり方にすごく自信があって,
その成功体験を他の人にも勧めようとするのだと思います。
ただ,他の人は違う生き方をしてきたわけなので,そう簡単には話に乗ってこない。
この話題はキリがないので,この辺で終えておきましょう。

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