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2019年10月29日 (火)

11月から水戸市へ

昨日11月から水戸市に転勤される方と隣席になった。

私は,初対面の方でも話す方なので,しばしお話させていただいた。

サラリーマンというのは大変だ。

「何月から〇〇へ行け」と辞令が出れば,そこに赴任しなければならない。

断ったら,その後の出世にも影響してくるのだろう。(わからないけど)

まあ学校の先生も同じと言えば同じだが,他県ということはないし,

同じ県の中で,しかも私の場合36年間ずっと所沢市の西部の中学校だけだった。

「袖振り合うも他生の縁」※ということで,例の「肥さん名刺」をお渡しした。

「夢ブログ」で酒処「まこ」情報をお楽しみ下さい。

 

※ 袖振り合うも他生の縁

https://www.iec.co.jp/kojijyukugo/vo13.htm

10年前まで「多少の縁」だと思っていました。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

>サラリーマンというのは大変だ。「何月から〇〇へ行け」と辞令が出れば,そこに赴任しなければならない。断ったら,その後の出世にも影響してくるのだろう。(わからないけど)

 確実に出世に影響してきます。最近では、社員を、一定の地域だけで勤務する人と、広域で全国規模で支店や支社を渡り歩く幹部候補生に最初からわけている会社があるようですが、むかしは、工場の「工員」ではなくて「社員」という事務屋は、その会社の営業エリアならどこにでも転勤を命ずるのが普通でした。
 この転勤には左遷と栄転とがあります。
 私の父が大手電機会社の本社勤務から、三重県の工場の総務部に転勤となったのは、実質は左遷、表面的には栄転でした。係長から課長補佐への昇進という形でしたから。左遷させられた理由は、会社が共産党員の排除を進めていて、父の直属の部下が重大なミスをしたとの理由で子会社に配置転換になることに、上司の父が強力に反対したこと。父の言い分は、「部下はミスをしていない」のにミスを理由に配置転換するのは不当労働行為だと。
 おかげで上司の父まで地方に追いやられたわけ。
 この転勤はなんと8月中で、9月1日には三重県の工場に移れと。
 ちょうど社宅の払い下げで自宅を持ち、子供部屋など大改造が進行中だったのに、急な転勤で自宅をあきらめ(売った)、三重県の社宅に。
 しかも社宅に空きがないからと、家族が三重県に移ったのは11月だった。
 そして当時は社員の幹部と平とは別の社宅になっていて、幹部は一戸建てだが、平は長屋。最初に引っ越した社宅は平社員用の長屋。幹部用の一戸建てが空いてないとの理由。
 要するに今までその工場にいた幹部がどこかほかの工場に転勤したわけでもないのに、父をその工場の総務部に押し込み、今までなかった課長補佐の役職を作ってそこに押し込めたというのが背景。
 
 せっかくの工事中の子供部屋も諦め、一家は遠い三重県へ。前よりも小さな狭い社宅に二年間住むことになりました。二年後幹部用社宅が空いたとのことで一戸建ての広い社宅に移りましたが、自分の物ではないので、子供部屋もつくれませんでした。
 左遷の転勤で良かったことは、ぜんそくで苦しんでいた2歳の妹が、空気の良い三重県に移ったことでぜんそくがおさまったこと。中学しか卒業できずにぐれてやくざの仲間入りしていた父の弟が組を抜けて三重県までついたきたが、そこで縁あって結婚して一家を構え、子供もできて好きな酒もやめてちゃんと会社に勤めて定年まで勤め上げたこと。
 良いこともありましたが、本人も家族も大変でした。伊勢湾台風にあったのは、この三重県の社宅の幹部用社宅でのことです。

 教師は一般のサラリーマンと違います。
 まず転勤といっても限られた地域だけ。これは採用した教育事務所の管轄範囲でしか転勤がないためです。私の場合は川崎市採用ですから、定年まで川崎市の中での移動。市外に移動したいときは、移動希望の場所の教育事務所の管内で川崎市に移動したい人がいた場合、双方の条件が折り合えば転勤できる。
 県外の転勤は、その県の教員採用試験を受けて合格しないとできない。
 そして教員の転勤は、本人と転勤先の校長が受け入れないと実現しないことも、一般の会社員とは異なるところです。一般の会社員は転勤は職務命令。
 教員の場合は本人の希望。
 最近ではあちこちの市や県で、一つの学校に10年以上勤務できない条例を制定して、10年たったら強制的に転勤させる制度が出てきています(最初にやったのは東京都かな?)し、勤務評定が導入され、さらにその評価が昇給に反映させる制度の導入もあちこちで検討されている。
 だんだん教員も一般会社員に近づいている。
 今だ大きな差があるのが、教員には時間外勤務手当がないため、逆に無制限に勤務が延長されていること。今の教員の勤務実態は午後5時の定時に退校できることはまずない。毎日2から3時間は時間外勤務だ。ここに一般の会社員のように本給より割高の時間外勤務手当を導入すると、財政は破たんをきたすでしょうね。だから文部省は教員に、時間外手当を支給しないために、変形労働制を導入しようとしているわけです。「毎日の時間外労働分は夏休みなどに休みをとればよいと」と。
 できるわけないよね。部活指導や研修で、実質夏休みなど長期休みも土日のないのだから。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  今だ大きな差があるのが、教員には時間外勤務手当がないため、逆に無制限に勤務が延長されていること。今の教員の勤務実態は午後5時の定時に退校できることはまずない。毎日2から3時間は時間外勤務だ。ここに一般の会社員のように本給より割高の時間外勤務手当を導入すると、財政は破たんをきたすでしょうね。だから文部省は教員に、時間外手当を支給しないために、変形労働制を導入しようとしているわけです。「毎日の時間外労働分は夏休みなどに休みをとればよいと」と。
 できるわけないよね。部活指導や研修で、実質夏休みなど長期休みも土日のないのだから。

本当にそうですね。こういうやり方をされて,いい結果が出るわけがありません。
結局教員をこのようにするのは,教育を軽視していると言わざるを得ませんね。

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