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2019年10月14日 (月)

泉官衙遺跡の「正倉院」「寺院地」の変遷

泉官衙遺跡の「政庁」の変遷は,このサイトではおなじみだ。

飽きるほど御覧に入れている。

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Ⅰ期の東偏→Ⅱ期の正方位→Ⅲ期のスケールアップした正方位

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と変化し,私をして「2つの王朝の栄枯盛衰」と言わしめた。

Img_4540_20191014043801

ところで,昨日あることに気が付いた。

もし誰かが「正倉院も同じように変化しているのですか?

それから付属寺は?」と質問されたら,「・・・」となるところだった。

では,正倉院について,まずお答えしましょう。

藤木海著『南相馬に躍動する古代の郡役所・泉官衙遺跡』(新泉社)の

12~13ページにそれが出ている。

Img_4963

これによると,次のような変遷を見ることができると思う。

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Ⅰ期(オレンジ色で表現)~やはり東偏で,1期正倉院のところに2棟。その南西のところに小ぶりのものが1棟ある。

Ⅱ期(青色で表現)~正方位となり,正倉院地区に2棟。館院地区に小ぶりのものが数棟ある。

Ⅲ期~(クリーム色で表現)~Ⅱ期の青色の建物を切るようにして2棟。Ⅰ期のものの脇に1棟ある。

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つづいて,東方の「寺院推定地」について見てみる。

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Ⅰ期(オレンジ色で表現)~建物の数が少ないので絶対とは言わないが,3つを観察してみると東偏と思える。

?期(若草色で表現?)~Ⅱ期でもⅢ期でもないのか,青色やクリーム色ではないが,正方位のように見える。

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以上,「政庁」「正倉院」「寺院」の3つの時期がすべてそろっているという訳にはいかないが,

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Ⅰ期東偏→Ⅱ期正方位→Ⅲ期スケールアップした正方位

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という基本スタイルが遺されているように考える。

これは,8か月前に「夢ブログ」にも載せた榛沢遺跡(埼玉県岡部市)や幡羅官衙遺跡(埼玉県深谷市)と同じスタイルだ。

【榛沢遺跡(埼玉県岡部市)について】

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2019/02/post-2f6a.html 

【幡羅(はたら)官衙遺跡(深谷市)も「東偏」】

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2019/02/post-c302.html

 

 

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 泉官衙遺跡の正倉院と寺院の変遷の考察。御疲れ様です。だいぶ考察が深まっていますね。
 前は九州王朝⇒近畿王朝への変遷を見つけただけで狂喜していた。今はようやく、政庁だけではなく、遺跡全体に目が行っている。
 大変良いことだと思います。

 だが、二つ大事なことを忘れている。
 すでに10月も半ばです。
 第一。いつになったら愛媛県の官衙遺跡の精査を再開するのでしょう。今月中に四国や山陰くらいはやっておきましょうよ。愛媛県官衙遺跡・徳島県寺院遺跡と官衙遺跡。高知県の官衙遺跡がまだ残っています。
 そして山陰の島根県と鳥取県。
 いつになったら東北地方・陸奥国の精査に入れるのでしょうか?
 年越しですか?

 第二。まえに私が提示した「方位の考古学発表要旨への質問」に答えることは忘れたの?13問の中の5問だけしかまだ答えていない。この状態で11月9日のセミナーでの報告ができるのだろうか。
 質問攻めになって(答えを考えていなかったために)立ち往生しないことを祈っています。

いろいろなことに関心が向くこと自体は悪いことではないが、いまやらねばならないことがなおざりになるのは問題だ。もっと集中すれば、もっと短期間に研究は終わるはずだ。
 肥沼さんは移り気ですね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

泉官衙遺跡の「正倉院」と「寺院推定地」について私自身が思いついたことは幸いでした。
他の人に指摘されてから「後追い調査」するのでは価値半減ですので…。

〉 肥沼さんは移り気ですね。

えーっ,私がまったく「移り気」でないとは言いませんが,
奈良文化財研究所のデータベースは,いまだに
「接続要求が制限数を越えているので、対応できない状態です。しばらくしてから接続し直してください。」
という返事を繰り返すばかりです。
なので,愛媛県の精査が滞っています。

川瀬さんのパソコンからは,アクセスできますか?
残りの8個の質問を先にしましょうか?
そちらはそちらで,また手間をお掛けするかもしれませんが…。

肥沼さんへ

>奈良文化財研究所のデータベースは,いまだに「接続要求が制限数を越えているので、対応できない状態です。しばらくしてから接続し直してください。」という返事を繰り返すばかりです。
なので,愛媛県の精査が滞っています。
川瀬さんのパソコンからは,アクセスできますか?

 12日土曜日に始まったことですが、まだ続いていたのですか。失礼しました。
 今やってみましたが確かにその状態が続いています。
 何でしょうね。
 最近奈文研のサイトへの接続が遅いなとは思っていましたが。

 こういう時はコメント欄か独立した項目として書いておいてくれると良いね。あなたの精査を点検するためにしか、私は奈文研のサイトに行くことはないのです。

>残りの8個の質問を先にしましょうか?
そちらはそちらで,また手間をお掛けするかもしれませんが…。

 今できることをどんどんやりましょう。
 「方位の考古学発表要旨」への質問なら、今までに論じたことを資料にしてまとめるだけですからすぐにできます。
 残りの8個をしっかり検討しておけば、11月9日のセミナーへの準備は万全ですね。
 いくつか質問が抜けていたようです。気が付いたことを書いておきます。
●編年が50年から100年後ろにずらされていることを、客観的に証明するデータはありますか?
※9の質問「9:資料Fの岡山理科大学の磁気偏角データベースは、どのようなデータに基づいて算出したものなのでしょうか。またこの信憑性はどの程度なのでしょうか。」のデータを肥沼さんが理科年表のデータに置き換えたのを忘れていました。この理科年表のデータの元は何かわかるでしょうか?

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 ●編年が50年から100年後ろにずらされていることを、客観的に証明するデータはありますか?
※9の質問「9:資料Fの岡山理科大学の磁気偏角データベースは、どのようなデータに基づいて算出したものなのでしょうか。またこの信憑性はどの程度なのでしょうか。」のデータを肥沼さんが理科年表のデータに置き換えたのを忘れていました。この理科年表のデータの元は何かわかるでしょうか?

『理科年表』の「2019年版」の地学228(820)ページに出ていた「日本における過去2000年間の地磁気変化」という項目で,「主として西日本を中心とする歴史溶岩や考古学資料を用いて推定」と書いてありました。参照は,広岡公夫,第四紀研究,第15巻,第4号,200‐203.1977」は参考資料に載せた通りです。

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