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2019年9月10日 (火)

武蔵・阿蘇神社

山の肥後人さんが武蔵・阿蘇神社の情報をコメントして下さった。

そこで,ちょっと検索してみることにした。

【武蔵阿蘇神社】

https://goshuin.net/aso-hamura/

【武蔵阿蘇神社 hi-ho】

http://www.eva.hi-ho.ne.jp/suruga/asoj-musashi.htm

<御祭神>:12神で阿蘇神社と同様。

 健磐竜命 阿蘇都媛命 速瓶玉命  国竜神 比咩御子神 彦御子神   若比咩神 新彦神    新比咩神 
若彦神 弥比咩神   金凝神

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

駅でいうと,羽村より小作(おざく)の方が近そうですね。

羽村で仮説の研究会がある時,ちょっと早めに行って寄ろうかな?

多摩川沿いで,小作から徒歩10分くらい。

 

 

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コメント

肥沼さんへ

>肥後国一宮・阿蘇神社と同じく健磐龍命と家族神12柱を祀る。

 とありますから、普通に考えると、武蔵の国を治める国司として阿蘇君が赴任したことがあり、武蔵の国に自分の社を勧進したと考える通例。
何でも九州王朝に結び付けない方が良い。

 まずこの阿蘇君が武蔵国司になった例があるかを調べるべし。
 中世で阿蘇の君の後裔といえば、肥後の菊池氏だが。この菊池氏が武蔵に進出したということはないのだろうか。
 菊池氏は平家物語なら、この氏の動向が平氏の命運を決めたと書かれている。
 そして南北朝時代なら、菊池氏は南朝方の猛将として知られる。関東は結城に北畠親房が拠点を置いていたので、南朝系の武将が多い地域だ。

 また平将門が尊崇したというのも興味深い。なぜなんだろう。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 何でも九州王朝に結び付けない方が良い。

はい。とりあえず,武蔵にも阿蘇神社がある情報をアップしました。

興味を持って貰えて良かったです。
徒歩が賢明です。阿蘇神社近くは、あぜ道の名残を残す狭い道で車だと大変です。

拝殿前に立つとわかりますが、左手下に多摩川の流れが見えます。
当時九州を出発し長旅の後、東京湾から多摩川を登りあがり、
阿蘇からやって来た開拓者たちが上陸したであろう風景が思いおこされ、胸につまるものがあります。

現地では、きっとそれを感じてもらえると思います。
そして彼らはその地に根付き、土地を開拓して行ったことでしょう。
「生きる」に根ざしたものです。でなければ千数百年、社がそこにあり続けることはできなかったでしょう。
まだ小舟を使った水路が重要な時代だったと思われます。
飛躍しますが「タマ川」の名を付けた人たちかもしれません。
というのも、彼らが通って来たであろう道途中に「タマ」の名を持つ地があるからです。

山の肥後人さんへ
コメントありがとうございます。

〉 徒歩が賢明です。阿蘇神社近くは、あぜ道の名残を残す狭い道で車だと大変です。

いずれにしても,私は車の免許を持っていないので,
徒歩という選択肢しかありません…。

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