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2019年8月31日 (土)

「いろいろな考えの人がいるもんですねえ」と・・・

昨日武蔵国分寺周辺を歩いていて,国分寺四中の資料館に行った時だった。

私が「四中遺跡の価値」を認めながらも武蔵国分寺の方位にこだわっているのを察したのか,

「いろいろな考えの方がいるもんですねえ・・・」と言って出してこられたのが,

川瀬さんの作られた「武蔵国分寺・武蔵国府の地図」だった。

実は,だいぶ前に私が「武蔵国府とを武蔵国分寺を,

こんなふうに考えている方もいますよ」と言って,差し上げてきたものだった。

自分が勤めている資料館のことに関わるものなので,やはり気になるのだろう。

捨てられずに,保管されていたということが分かった。

私は「それを持ってきた人の名」は名乗らず,

「どう評価しているのだろう」と思って聞いていたが,

まさか自分に関係している場所が「武蔵国府の場所そのもの」だとは信じがたいのだろうなと思った。

Img_4272

あと,武蔵国分寺跡資料館に向かう途中で,

車庫を作っるために?コンボで土を掘っている方たちに出くわした。

浅いからか,はたまた私有地だからか掘っていたが,

場所が塔の北方のため,私としてはちょっと気が気でないものがあった。

Img_4270

 

 

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コメント

肥沼さんへ

 なかなか体験できない面白い経験をされましたね。
 自分が以前渡した資料をしめされて「いろいろな考え方の人がいるもんだ・・・」ですか。その方は肥沼さんのお顔を覚えていなかったのかな?

 「自分が以前お渡しした資料で、これを作った一人です」と名乗ってから感想を聞いてみればよかったのに。関心のあるかたならきっと、いろいろ質問されて、論議に花が咲いたでしょうね。
 もったいないことを!!!!

 ちなみに四中資料館の場所は、「武蔵国府の付属工房群」ですね。でなければ、寺院の僧侶が使うはずのない装身具(革帯のバックル)が工房跡から出土するはずがないのですから。
 このバックルが展示されていれば、これを示して、「これが、この遺跡が国分寺付属工房ではなくて国府付属工房である証です」と示すこともできたはずです。

「四中資料館から武蔵国分寺跡資料館に向かう途中で塔の北方の場所」て、たとえ私有地でも、史跡に指定されている場所だから、届出なしに掘ることは許されていないと思いますが。車庫を作るための事前調査が始まったのではないですか?

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