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2019年8月15日 (木)

泉官衙遺跡は「貞観地震」に遭っているのか?

前に川瀬さんが「泉官衙遺跡には貞観津波での破壊の跡はありましたか? 」と質問してくれたので,

もう一度確認してみました。

藤木海著『南相馬郡に躍動する古代の郡役所・泉官衙遺跡』(新泉社)のP90には,

「東日本大震災を経て」と題する文章が書かれています。

それを読むと,「869年に(貞観11)に,今回の震災に匹敵する大地震が起きていた」

とは書いてありますが,「この時期に起きた大地震と津波の影響により,

泉官衙遺跡や金沢地区製鉄遺跡群のような沿岸部に位置する拠点的な施設が

被災した結果であった可能性もあるのだ」と「可能性に留めている感じ」です。

これは逆に,「津波によってつぶれた証拠は出ていない」ということではないでしょうか。

ここで,「方位の考古学」に登場してもらいましょう。

名探偵コナンのように「謎は解けた!」となるでしょうか?

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【編年によるの年代比定】

Ⅰ期官衙(7世紀後半~8世紀初頭)

Ⅱ期官衙(8世紀初頭~後半)

Ⅲ期官衙(8世紀後半~9世紀後半) ← 869年なら,まだ泉官衙遺跡は「営業中」で,

                    地震や津波で被害を受けた可能性があるのに,

                    その痕跡がない!「どうしてだろう?」と悩む。

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【方位の考古学】・・・編年との100年のズレを修正する(Ⅲ期のおわりについては,単純にいかないので検討中)

Ⅰ期官衙(6世紀後半~7世紀初頭) 九州王朝の東偏

Ⅱ期官衙(7世紀初頭~後半)    九州王朝の正方位 → 白村江の戦いによって敗北。滅亡

Ⅲ期官衙(7世紀後半~(世紀後半) 近畿王朝の正方位 → 律令制の衰え

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川瀬さんからコメントしていただき,私が質問の趣旨を取り違えていたことがわかりました。

Ⅲ期の終わりを最初「8世紀」と書きましたが,「9世紀」と改訂させていただきました。

単純に「-100」とはいかないようです。

 

 

 

 

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 致命的な間違いがあります。方位の考古学による年代比定です。

 Ⅲ期官衙(7世紀後半~8世紀後半)⇒7世紀後半~9世紀後半 ではないかと私は訂正しました。
 つまり9世紀台になると、土器や瓦によって編年を100年下げた影響はすでにない可能性があるということ。

 言い換えればまさしく9世紀後半にこの官衙が廃絶しているという「事実」こそが貞観津波で破損して廃絶した事実を示しているのではないか。
 ここについては通説を容認したいと思っています。

 泉官衙の終焉時期で津波を問題にしたのは、土器や瓦の編年が飛鳥を中心として伝播としたことで、関東東北は100年年代を後ろに下げられている問題が、どの時期まで影響があるかを確定するかもしれない事例だからです。

 太宰府政庁の精査で、この影響は10世紀中頃にはすでにないことは確定しました。
 泉官衙はさらにこの影響の時期を1世紀上にあげるかもしれないのです。だから「津波で破壊された痕跡はないの」と質問した。
 
「痕跡がない」のではなくて、「津波に破壊されて廃絶した」という視点がなかったから、痕跡があっても見逃している可能性があると、この本の著者は言っているのです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

さっそく,訂正します。
意味をよく分かっていませんでしたね。

肥沼さんへ

 私が津波の痕跡を問題にした意図を理解していなかった。⇒だからⅢ期の終わりを8世紀後半→9世紀後半に訂正。
 これは良いが、でもまだ理解していないことが残ります。
 この本の著者の意図です。
 こえぬまさんは
 「 Ⅲ期官衙(8世紀後半~9世紀後半) ← 869年なら,まだ泉官衙遺跡は「営業中」で,地震や津波で被害を受けた可能性があるのに,その痕跡がない!「どうしてだろう?」と悩む。」
 と理解した。
 ここが間違いだと思うのです。

 おそらく泉官衙遺跡だけではなくて周辺の遺跡もみな9世紀後半に終焉を迎えているという事実があるのじゃないでしょうか。掲示されたページの記述(図56の解説文)がそう思えるのです。あまりに一斉に終焉を迎えているという「事実」から、著者は、「これらの遺跡群が一斉に廃絶しているのは、貞観津波で被災した結果であった可能性をしめしているのではないか」との結論に至った。
 だから今後この点を意識して遺跡を発掘していきたい。
 というまとめにこの本はなっているのではないでしょうか。たぶん最後の「遺跡の今後」にそう書いてあると思うのだが。

 

追伸

 肥沼さんの文章は、一か所主語が抜けているので意味が不明になっているのです。引用文のところ。
「この時期に起きた大地震と津波の影響により,泉官衙遺跡や金沢地区製鉄遺跡群のような沿岸部に位置する拠点的な施設が被災した結果であった可能性もあるのだ」
 要するに何が拠点的な施設が被災した結果であった可能性があるというのか。
 この引用文の前にある「主語」が抜けているので意味不明になっている。

 おそらくこの前には、「泉官衙遺跡やそれに伴う金沢製鉄遺跡がともに終末時期が9世紀後半になっているという事実」は、という言葉があるのではないでしょうか。
 要するにこれらの遺跡の終末年代から、これらは貞観津波に被災してその結果放棄された可能性があると、著者は見ている。
 と理解する一文なのではないでしょうか。
 肥沼さんは主語を抜いて読んでしまったので、肥沼さんは著者の意図を誤って理解していると思うのです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

「百聞は一見に如かず」ということもあるので,
該当部分を写真でアップしますね。

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