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2019年8月16日 (金)

泉官衙遺跡は「貞観地震」に遭っているのか?(2)

引用の「主語が不明」というご指摘を,川瀬さんからいただきましたので,

「百聞は一見に如かず」ということで,写真でアップしますね。

これでいかがでしょうか?

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 文章のアップありがとうございました。
 私の予想は少し外れましたね。
 貞観津波の時期に、内陸部に官衙遺跡や製鉄遺跡が展開しているのか。この事実が、沿岸部の官衙や製鉄工房が貞観津波に被災した可能性を示すということね。
 了解です。
 でも私の想像も当たっていますよ。泉官衙遺跡とセットの金沢製鉄遺跡の終末期もまた10世紀後半です。
 沿岸部の官衙・製鉄工房の終末期と内陸部に官衙・製鉄工房が進出していることはセットとなる事実だと思いますね。
 今後意識的に泉官衙遺跡や金沢製鉄遺跡の発掘に際して、津波による破壊の痕跡を見つけてほしいものです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 今後意識的に泉官衙遺跡や金沢製鉄遺跡の発掘に際して、津波による破壊の痕跡を見つけてほしいものです。

津波の痕跡の場合,大宰府の焼土跡のようにはっきりと出るものなんですかね?

肥沼さんへ

 貞観津波などの痕跡を元に東日本大震災を起こした津波を予見していた地震学者たちによれば、津波の到達した地点付近に、陸地では存在しない海砂や海棲生物の痕跡などが層をなして堆積しているのだそうです。ただしこれを見慣れている人ではないと見逃すことも。
 東北地方沿岸から北海道沿岸の津波堆積物の研究から、東北の三陸海岸から仙台平野、さらに福島県の太平洋岸は400年から450年に一度、今回のような大規模な津波に襲われていることがわかり、さらに今回と同規模の津波地震であれば、1200年に一度の頻度で起きていることがわかっています。2000年頃にはすでに分かっていたそうな。だから869年の貞観地震の1200年後だから、2069年までには必ず来ると予想されていたのです。
 だから貞観津波のその前の大津波は、419年から469年の間にあったはず。
 このためこの津波の跡の古墳時代の街道と、貞観津波のあとの平安時代の街道とは、内陸にあるわけです。大津波の記憶があるうちは。
 また同じように東海から高知・九州の太平洋岸の津波堆積物の研究からは、ここでも東北と同じ程度の頻度で大きな津波が襲っており、もっとも恐ろしいのは2000年に一度程度起こる大津波で、これは相模湾からはるばる八重山群島までの数千キロの断層が一度に動くという物。
 この前のこの程度の津波が起きたのは約2000年前。
 今度2030年代前後にくる南海トラフ大津波がこれではないかと、地震学者は恐れています。

追伸

 貞観地震津波の時期に展開されたという「前節で述べた手工業生産遺跡の沿岸部から内陸部への展開」の箇所を見せていただけませんか。
 内陸部にいつどのようは手工業生産遺跡が展開したのかが知りたいのです。
 奈文研のサイトの官衙遺跡・福島県には、この内陸の遺跡群(大迫遺跡・割田遺跡群・入道迫窯跡・大塚遺跡・打ケ沢窯跡・滝ノ原窯跡・川内迫・蛭沢製鉄遺跡群は図56で名前だけわかりますが、その詳しい展開がわかりません)の事を知りたいのです。
 よろしくお願いします。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 貞観津波などの痕跡を元に東日本大震災を起こした津波を予見していた地震学者たちによれば、津波の到達した地点付近に、陸地では存在しない海砂や海棲生物の痕跡などが層をなして堆積しているのだそうです。ただしこれを見慣れている人ではないと見逃すことも。

なるほど,なるほど。それなら慣れている人はわかりますね。

〉  貞観地震津波の時期に展開されたという「前節で述べた手工業生産遺跡の沿岸部から内陸部への展開」の箇所を見せていただけませんか。

了解しました。ちょっと前の,P80~89をアップします。拡大して読んで下さい。

〉 

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