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2019年8月27日 (火)

横浜読書会 8/26

上記の会(清水さん主宰)に参加してきた。

参加者は,11名。

前回不発に終わった感じで,ちょっと行きにくかったのだが,

資料も新たにしたので,再チャレンジということで行ってきた。

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2019/08/post-87f305.html

会の最初に「C14で,歴博の展示が変化した」という話が出ていたので,

実は「方位の考古学」の正しさを教えてくれる例が長野県から出ているという話から入った。

飛鳥編年は東や西に行くとズレて行き,東では中部地方で50年,関東・東北地方では100年ズレる。

なので,7世紀後半からと比定されている泉官衙遺跡は「7世紀後半から東偏➙6世紀後半から東偏」というところへ持って行けた。

実は,伏線として,「6~7世紀に2つの王朝が栄えた」というのと「倭の五王の使いは九州王朝の遣使」

という話を振っておいて,導入はスムーズに行けていた。

あと,できるだけホワイトボードに図を描いて「百聞は一見に如かず」を心した。

ということで,感想・質問・意見は以下の通り。

「泉官衙遺跡はとてもよくわかった。他の遺跡のことがもっと知りたい」

「たくさんの遺跡の方位の変遷を一覧表にしてほしい」

「岡山理科大学の「地磁気偏角データベース」は信頼がおけるものなのか。理科年表のものと違うようだが」

前回より「前に進めたかな?」という感じがしたのは,皆さんの温かいご協力のお陰で,

しつこくまた参加した甲斐があった。(次回は介護の関係で行けないので,

1か月後さらにバージョンアップして,より「決定稿」を持って参加したい)

とりあえず,「横浜に足が向かない」という事態にはならなかった。迷ったら,前進!

Img_4252

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 方位の考古学の報告。御疲れ様です。だいぶ理解して頂けたようで良かったですね。
 一点ホワイトボードの表に疑問が。左側。
 九州王朝と近畿王朝の方位の変遷を対比させたようなもの
(九) 東偏 → 正方位 → ×
(近) 正方位→○○     ×
   この対比がおかしいと思う。正しくは
(九)東偏 → 正方位  → ×
(近)東偏 →正方位→西偏⇒正方位 
   だと思いますが。

追伸

 以前に横浜読書会で清水さんに頂いたという理科年表の磁気偏角変遷図を、このサイトに掲載したことがありましたね。
 いつだっけ?

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 (近)東偏 →正方位→西偏⇒正方位 
   だと思いますが。

これは泉官衙の中の変遷のことで,
九州王朝の方は方位で書いたのですが,
近畿王朝の方は正方位にした後正方位のまま勢いが衰退していったということを書きました。
隣の方位同士が対応している訳ではありませんので・・・。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  以前に横浜読書会で清水さんに頂いたという理科年表の磁気偏角変遷図を、このサイトに掲載したことがありましたね。
 いつだっけ?

ちょっと探してみますね。いただいたのは,清水さんからではありませんが・・・。

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