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2019年7月22日 (月)

私のあだ名の変遷

私にもあだ名が付けられたことがあった。

小学時代・・・「犬」と言われたことがあった気がするが,

 戌年生まれだったからだろうか,でもこれは短い間のこと。

 すぐ顔が赤くなるので,「蛸」というのはしばらく続いた。

中学時代・・・中2の担任が私の愛称に「肥くん」を採用し,

 それは生徒間でもけっこう流行った。同じ姓が多い地域だったので,

 クラスの中の男女の区別として利用したのかもしれない。

高校・大学時代・・・特になし。

就職後・・・「肥さん」とは,生徒が命名したあだ名で,

 あまり生徒たちとぶつかりそうにない穏やかな響きも好きなので採用。

 以来,30年間使用される。新入生も先輩たちからの伝言で,

 すぐ励行されるようになる。もっともあだ名で呼ばせることに

 反対の先生はいつの世にもいるもので,学年会で決議されたこともあった。

 生徒たちには,「そういうことになったので,公共の場では控えてね」とお願いしたものだ。

石垣りんに「表札」という素敵な詩がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「表札」石垣りん

自分の住むところには
自分で表札を出すにかぎる。

自分の寝泊まりする場所に
他人がかけてくれる表札は
いつもろくなことはない。

病院へ入院したら
病室の名札には石垣りん様と
様が付いた。

旅館に泊まっても
部屋の外に名前は出ないが
やがて焼き場の鑵にはいると
とじた扉の上に
石垣りん殿と札が下がるだろう
そのとき私がこばめるか?

様も
殿も
付いてはいけない、

自分の住む所には
自分の手で表札をかけるに限る。

精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない 
石垣りん
それでよい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

石垣りんは,かっこいいなあ。とてもこんな詩は書けない。

私のできるのは,彼女の詩のパロディーを作るぐらいだ。

「自分の呼ばれるあだ名は,自分で付けるに限る。

肥さん,それでよい。」

(ちなみに父は,現役時代会社で「沼さん」と呼ばれたそうだ。

これもなかなか響きがいいけど,2人とも同じでは襲名みたいだしね・・・)

ーーー

| 肥  |

| 沼  |

| 孝 |

| 治 |

| 様 |

|(殿)|

ーーー

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教育」カテゴリの記事

コメント

>もっともあだ名で呼ばせることに反対の先生はいつの世にもいるもので,学年会で決議されたこともあった。

 「教師をあだ名で呼んではいけない」なんて決議する学年会。
 初耳ですし、こんなことを議題に出すこともおかしいし、禁止決議をすること自体が非民主的だ。肥沼さんから「あだ名禁止」の経緯を聞いた生徒は、「教師ってえらそばったいやな奴らだ」と思ったことでしょうね。
 こんなバカな決議に従う義務は生徒にも肥沼さんにもないです。

 生徒にあだ名で呼んでもらえるのは教師としての最高の勲章です。親しみを込めて呼んでいるということで、生徒との距離が近い証拠。もしかしたら心と心のレベルで触れ合える可能性を秘めている。
 こう考えることのできない教師というのは、えばりたいから教師をしているのでしょうね。なんと封建的なボス支配的な考えでしょう。
 わたしの勤務した職場でもたしかに嫌がる教師はいた。でも禁止決議とは。
 一緒に仕事した多くの校長・教頭もあだ名で呼ばれていた。一番傑作なのは「タヌキ」。あの徳利を持って立っているタヌキそっくりの音楽の教師。「タヌキー」と呼ばれると「オーッツ」と手を挙げて応え、「元気かい?」と一人一人声をかけていた。この反応で悪がきたちも校長に懐いていたし、「何かあれば校長室に来い」といつも言っていて、校長室が彼らのたまり場みたいになったときもあった。
 校長会長で忙しい人だが、学校にいるときは朝から学校中を歩き回り、授業に顔をだしたり、授業を抜けてたむろしている生徒を見つけるとその輪の中に入って話し込んだりしていた。こういう人こそ教師だと思う。
 ちなみに私のあだ名。
 最初につけられたのは「青毛虫」。いつも緑色の服を着ていて毛が濃いから。
 二番目につけれたのは「ムーミンパパ」。私と同姓同名の生徒がいて、彼のあだ名がムーミンだったから。たしかに雰囲気も似ていた。
 最初の学校では「ムーミンパパ」が長く続いた。
 二校目に赴任して最初につけられたのが「ザビ」。歴史の教科書に出ているフランシスコ・ザビエルに似ているとのこと。眼鏡をとると似ていると言われた。
 次につけられたのが「コアラ」。手足が短くお腹が出ていて、冬になるともかもかのセーターを着ていることからついた。
 その次につけられたのが「ジャムおじさん」。冬になると毛糸の帽子を目深にかむりアンパンマンのジャムおじさんに似ているためついた。
 二校目では「ザビ」が一般的で、これに「コアラ」が続いたな。
 
子供の時はどんなあだ名がついていたのか。ついていなかったのかもしれない。何しろ人づきあいが悪くて、いつも一人でいたからね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

川瀬さんもいろいろなあだ名で呼ばれていたのですね。
生徒たちは,先生たちのいろいろな特徴をつかみ,
親しみを込めて呼ぶのだと思います。
肥さんは,名前から派生したあだ名ではありますが,
私の持っている雰囲気をよく表しているのではないかと思い,
同僚の先生たちも少なからず呼んでくれました。
「禁止決議」をした学年は,「教師と生徒は一戦を画すべきだ」
という考えの人が多かったように思います。
(親が管理職だったので,自分も将来そうなりたい。そのためには・・・みたいな)
幸い最後の方は副担任でしたので,ゆったり学年全体を見られました。


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