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2019年6月20日 (木)

日本の教員 勤務時間最長

今年もOECD調査で,「日本の教員が世界最長」という記事が出た。

これは素晴らしいことなのだろうか。

もちろん「日本の教員が世界最高」というならいいのだけれど,

「労働時間が最長」ということであって,決してこれは誇るべきことではない。

「事務や部活負担」という理由が書いてあるが,

それに加えて学校によっては生徒指導という時間も少なくないだろう。

私の場合は,仮説実験授業と部活の外部コーチのおかげで助かっていたけれど,

夏休み以外,一年中疲れが取れない疲労感が年々増してきたように思うし,

管理が厳しくなってきているようにも思った。

それらはこの新聞記事には表れてこない部分だけれど・・・。

Img_3239

若い先生方は,夜遅くまで残って仕事をしている。

これで生徒たちに「生き生きとした生活」を保障することはできないと思う。

なにしろ自分自身がそういう状態ではないのだから…。

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教育」カテゴリの記事

コメント

 部活動などという教育課程の中には位置づけられていない活動を、まるで中学校や高等学校の(最近は小学校までも)正課のようにしてきた70年の付けが今溜まっていますね。全国で部活拒否運動が広がり、「顧問になるかならないかは自由」「生徒も部活に入る入らないも自由」の運動が広がっていますが、いまだに制度改正には至っていない。
 部活は本来定めたように、地域の教育活動と位置づけ(社会教育)、地域の(おそらく中学校区を単位とした)文化館やスポーツ館を設けて専門指導職員と運営職員を雇い、やりたい生徒だけがここに通う形にしないと、学校教育を阻害する方向にどんどん行きますね。
 つまり部活動の廃止。

 私の場合は「部活は自由」との観点から、「やりたい生徒がいれば可能な時間で指導する」を基本にしてこれを押し通しました。29年間。歴史研究部・考古学研究部。この部を学校が認めないときは部活指導をしない。
 だから日曜の活動はなし。土曜の午後はやりましたが、長期休業中の活動はなしでした。
 平日もどうしても顧問が同道しないと危険な調査だけ同道。あとは生徒だけ。学校内で研究報告会を行うときは私も必ずいましたけど。
 時間のかかる学外調査は、土日や休業中に時々入れましたが。
 だから平日の放課後は基本、校務分掌の仕事と授業準備。
 したがって29年間常に自分の勉強に専念できました。

 考えてみれば今の部活拒否運動の先駆け。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 私の場合は「部活は自由」との観点から、「やりたい生徒がいれば可能な時間で指導する」を基本にしてこれを押し通しました。29年間。歴史研究部・考古学研究部。この部を学校が認めないときは部活指導をしない。

なかなか川瀬さんのように押し通すことができないところに,
今の部活動問題の難しさがあると思います。
仮説実験授業関係の先生たちもいろいろ工夫していました。(文化部や運動部副顧問など)
私は若い頃は文化部(写真部,社会部,科学部)で土曜日曜はなかったのですが,
途中から運動部に変わり,最後は一番忙しかったかも。
でも実技指導は外部コーチがすべてやってくれたので,
私は練習試合を組んだり,通信を発行したりするする事務的な仕事が主でした。
実技指導までやっていたら,おそらくダウンしていたでしょう。
自分自身は中高ずっと写真部でしたので,もちろん土曜日曜は休みでした。
 

肥沼さんへ

 何の法的根拠もない違法な「仕事」を教師に押し付ける部活動。何の法的根拠もない違法な「教育活動」を生徒に押し付ける部活動。違法行為が70年も大手を振ってまかり通っているのが日本の教育界です。
 なぜ変わらないか。
 違法行動を拒否する動きがないからです。周りをみて、周囲の反応を気にして拒否できない。この構造ってきわめて日本的。明確な人権侵害が行われているのに、批判も拒否行動もほとんどない。
 「押し通すことができない」のではなくて「押し通そうとしない」からです。
 いま、私のサイトのリンクでわかるように、若い世代の教師たちの間で拒否行動が広がっています。たった一人の勇気ある女教師の拒否行動と、ブログを通した戦いの記録の公開が、燎原の火のように広がっている。
 そしてこの中で、教師になろうとする若者自体が劇的に減少している。
 やっと教育現場って、話題のブラック企業以上にブラックであることが知られ始めている。
 さすがに生まれ落ちたそのときから、民主主義の時代に育った若者だと思う。

 戦後すぐに生まれた団塊の世代でさえも、その親や教師に人権意識が希薄だから、きわめて権威主義的で集団順応主義が蔓延している。この世代や少ししたの肥沼さんの世代でも、そもそも部活動そのものが違法活動だという認識すらないのじゃないかな。
 そして自身の権利が侵されたときに決然と戦うということも文化にはなっていない。

 やっと決然と戦う世代が大人になったということですね。だから教師の働きすぎが社会問題になったということ。
 いまの30台40台前後の世代は私が教えた世代。
 考えてみれば、最初の学校でも二つ目の学校でも、決然と権利侵害と戦った生徒がいた。
 最初の学校では、テストがあること自体が差別だ、わかるまで教えるのが教育だ、わからない生徒がいるのを知っていて落ちこぼす教育は差別だ、そして級友にそういう人がいるのに何もしないで自分だけが良い点をとって上昇しようとするのは差別に加担する行為だといって、高校進学に大きな比重を占める県の一斉テストを白紙答案で出した女生徒がいた。
 学年主任が真っ青になって飛んできた。進路どうなるのと。
 私は答えた。大丈夫。彼女なら、入試一本でトップの県立に合格だと。実際その通りになった。そのことを自覚して彼女は戦ったわけ。この生徒は今年50歳。
 もう一人の女生徒。この生徒は日の丸君が代拒否闘争を一人でやった。
 卒業式の練習から当日の式まで一人で一貫して拒否した。
 この姿を見た彼女の部活顧問(演劇)の教務主任は、日の丸への礼の号令をはぶき、君が代斉唱を省いてしまった。彼女の孤立した戦いを支援するために。「うっかり忘れた」が言いわけだ。でもこれも教頭・校長への昇進を棒にふる戦いだった。10台の戦いに鼓舞されて50台も戦った。この生徒も今年47歳。
 二つ目の学校。三年間制服を着ることを拒否した女生徒がいた。
 でもさんざん担任主任にいじめられ、上着とリボン着用の拒否だけは三年間通した。寒い冬でもブラウス一枚。本当はスカート拒否もやってやるつもりだったとか。
 三年の秋。図書委員会の全市の会合に下級生を連れて行くバスの中で、下級生が「先輩なんで制服を着ないのですか」と聞いた。彼女はバス通りを歩く他校の中学生を指して、「服だけで中学生と一目でわかる」「服の色や形でどこの中学の生徒か一目でわかる」「その生徒の歩行中の行動やバスに乗っての行動に問題があったら、学校に訴えて生徒の顔写真一覧と突き合わせれば誰だかすぐに割り出せる」と述べ、制服も生徒手帳の写真もみな、規則に従わない中学生をあぶりだす道具だよと即答した。この生徒は今年34歳。
 他にもたくさんいたな。
 ワイシャツの一番上のボタンをわざと外して抗議の意思を示すとか。小さな戦いを続けていた生徒たちが。

 若い世代が時代を社会を変えていくのです。こういうときに呼応して戦える老年になりたいね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

お話を読んでいて,川瀬さんの環境は,私の周りの環境とかなり違うと思いました。
それは世代的なものなのか,地域的なものなのか,個人的資質なのかわかりませんが・・・。
私の周りの環境は,学校も組合も驚くほど体制的で,これでも私がはみ出している方でした。
(夢ブログについても,いろいろ言われましたよ)
若い世代も分断されていると思います。川瀬さんの取りあげられたような勇気ある方もいれば,
逆に夜遅くまで職員室に残ったり.自分に合わないと思いつつ部活動に取り組んだり・・・。
もちろん,彼らに教えられている生徒たちも言わずもがなです。
私が退職した時,職員室に残った組合員の先生はたった1人でした。
「他にもたくさんいたな」という訳にはなかなかいかないのが現状です。
もちろん私も,社会を変えていく若い世代を応援したいと思っていますので。

肥沼さんへ

 たぶん「世代的な違い」「地域的な違い」「個人的資質の違い」など複合的でしょうね。
 そもそも私のような、周囲の思惑など気にしない人間が一人いるだけで、職場の雰囲気は大きく変わる。私の両親は同世代に比べてかなり民主主義的。父は若いときにマルクス主義にかぶれたと言っていた。あと10年早く生まれたら東大共産党細胞にいたとも。母は思想的には何もないが、母の父は京大の化学者。思想的には何もないとはいえ、いまでいえば保守リベラル。だから信念として民主主義的。したがって私の弟や妹も私と同じだ。
 私がいた最初の中学校。川崎のチベットと呼ばれ、ごみ捨て場とも。つまりどこの校長も採用してくれない左側の人間がたくさんいた。40人の中に共産党員二名。私も含めて新左翼系が6人。これに右側ではない良心的な教師が10人以上。だから君が代日の丸反対も職員会議で半数を占めることができる職場でした。だから教師一人一人が自由。ということで生徒も自由に動けたのではないでしょうか。
 そして「生徒主体の学校に」という私たちの主張がPTAを初め保護者からも支持された。この民主的雰囲気が生徒の活発な自己主張を引き出したと思う。
 二校目。転勤した当時は川崎でも最も荒れた学校。教員の多数が暴力派。思想的には右です。こうした教員が暴力で10年近く支配してきたのに、一度にどっと中心どころが転勤した。これが荒れた原因。長年の暴力制圧に対する生徒の鬱憤が爆発。これには残った暴力派も対応できない。対応できたのは、生徒主体の学校こそ本来あるべきだとする、少数の良識派と民主派。ここが一つの学年に集まって他学年とは異なった生徒主体の学年運営を行い、次第に学校運営の多数派に。
 そしてここでもまた教師の暴力支配に疑問を持っていた保護者を中心にして、「生徒主体の学校運営」との目標が、PTAを初め保護者の指示を得た。
 だから第一ボタンを外すくらいのささやかな抵抗は押さえつけられることもなく、もっと激しい制服拒否だってある程度許容される。
 川崎の組合は全員加入のもろ体制派。社会党右派。民主党に合流した人たちです。この雰囲気が学校の暴力支配を許す。でもこの雰囲気が逆に、良心派を相対的に左に、反体制的位置に置き、共産党や新左翼派とも結びつきやすい。両派を横断して「生徒主体の学校をつくろう!」との声を上げることができたので学校運営の多数派を形成できたのだと思います。
 たった一人でも確信を持って戦いの旗を掲げて前進すれば、かならず周りの雰囲気は変わってくるものです。歴史研究だって同じでしょ。

肥さんこんにちは。からまつです。
バレーボールでのコメントありがとうございました。この問題は難しいですね。
実は私の仕事は旅行業者ですので若い頃は中学校。数年前は私立の高校の修学旅行などを取り扱っていたので学校の先生のことは色々聞いて知ってるつもりです。
たしかに学校の先生は仕事で言うとブラックかと思います。
しかし生徒からすれば貴重な時間をともに過ごす先生であり先輩であり、仲間である存在ですよね。
部活にしても熱心に指導してくださる先生だと子供たちはきつい練習でも怒られても笑顔ですよ。
教員の勤務時間はたしかに問題があると思いますが、子供たちから見れば課外のクラブ活動で強いチームに入るよりは弱い下手くそチームでも先生と一緒に喜んだり、涙したりするほうが子供たちにはいいと思いますけど。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

川瀬さん以前に,川崎と聞いて最初に思い出したのは,村田栄一氏(小学校)でした。
『学級通信・ガリバー』が有名ですが,『教育労働研究』という雑誌も出していたと思います。
赤門塾のこともその中で長谷川宏先生が書いていたと思います。

〉  たった一人でも確信を持って戦いの旗を掲げて前進すれば、かならず周りの雰囲気は変わってくるものです。歴史研究だって同じでしょ。

それを言われると,首を縦に振るしかありませんね。(笑)

からまつさんへ
コメントありがとうございます。

〉 実は私の仕事は旅行業者ですので若い頃は中学校。数年前は私立の高校の修学旅行などを取り扱っていたので学校の先生のことは色々聞いて知ってるつもりです。

それはそれは,大変お世話になりました。
旅行業者さんも大変なお仕事だと思っております。

〉 教員の勤務時間はたしかに問題があると思いますが、子供たちから見れば課外のクラブ活動で強いチームに入るよりは弱い下手くそチームでも先生と一緒に喜んだり、涙したりするほうが子供たちにはいいと思いますけど。

それがあるので,大変とは思っていても部活動を引き受けてしまうというのが難しい部分ですね。
やはり,生徒たちに喜んでもらうという点ではサービス業ですので・・・。
もっとも,私はずっと信頼できるコーチに恵まれてきたので,例外かもしれません。
保護者の方々の熱い支援もありましたし・・・。

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