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2019年5月27日 (月)

法隆寺のなかの〈北魏様式〉と〈南梁様式〉

ある建築のサイトを見ていたら,「日本に残る中国南朝の文化は飛鳥文化」と書いてあった。

法隆寺でまず思い出すのは「釈迦三尊像」の北魏様式だったので,

法隆寺には両方の要素があるのかと書き留めておきたくなった。

もし法隆寺が九州からの移築だとすれば,それもありうるのかなと思ったからだ。

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北魏様式

まずは「北魏様式」を。北魏様式の主な作者は鞍作鳥で主なものに、

飛鳥寺釈迦如来像、法隆寺夢殿の救世観音像などが有名です。

南梁様式

お次は「南梁様式」です。法隆寺の百済観音像が有名で、それに写実的な味わいを付けたのが、

中宮寺半跏思惟像広隆寺半跏思惟像が有名です。

 

 

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