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2019年5月31日 (金)

茨城廃寺のすぐ近くに,茨城評衙とおぼしき「東偏」遺跡を発見!

川瀬さんが,常陸国庁の中に「倭武天皇の行宮」かと思われる初期官衙を「発見」された。

これは本当にビッグニュースだと思うのだが,その後に私も続きたいと思う。

というのは,もし川瀬さんの「倭武天皇の行宮」説が正しいとすると,逆に評衙説の方が否定されるからである。

じゃあ,評衙はどこにあるかと言えば,論理の導くところに従えば,

政教一致の古代であるから=当然茨城廃寺とペアのはず=その近くにあるはずということになる。

ということで,「ある常陸風土記の研究サイト」を探していたら,ありました!ありました!

まちがいなく茨城評衙と思われる遺跡です。なにしろ,この遺跡は「東偏」なのです。

(正方位になってからは,すぐ北の区画か。規模が似ているので)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

茨城郡条

https://sites.google.com/a/yokappe.net/ibaraki-gun/

【茨城略図】

Photo_30

茨城廃寺の西の方に,明らかに「東偏」している遺跡で,

「古址・留守所・郡家あと」などと書いてあるものが見えます。

茨城廃寺のすぐ近くなので,郡衙以前の九州王朝による

「茨城評衙」ではないかと思われます。

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