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2019年5月 1日 (水)

平成から令和へ

年号が変わったから,私の人格が変わるわけではないけれど,

平成の天皇さんが皇太子の浩宮さんにバトンタッチ(生前譲位)という形をとったのは,

父親として息子とのバランスを考えたのではないかと思っている。

(違っていたらごめんなさい)

明治以降の天皇の在位は,「生きている限り天皇」という形にされたので,

ある意味「天皇の人権」が侵害されていたと考える。

特に昭和天皇の亡くなった時には,最後「ここまで重体になっても譲位できないのか」と

陰ながら悲しく思っていたものだ。(過度の放送規制も違和感を感じたし)

そして,その思いを最も深くしていたのは当時皇太子だった平成の天皇さんであっただろう。

あの時のことを繰り返さないためには,生前譲位して,

浩宮さんに自分と同じ苦労をさせないようにと考えたと思う。

浩宮さんは私よりちょっと年齢が若いが,それでも50代後半。

じゅうぶん天皇として「国事行為」が果たせるだけの力をもっていると推察する。

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コメント

昭和に生まれ零和に死す。
生き方を変えなきゃ、Change Yes I Can!

肥さんへ

>明治以降の天皇の在位は,「生きている限り天皇」という形にされたので,ある意味「天皇の人権」が侵害されていたと考える。
特に昭和天皇の亡くなった時には,最後「ここまで重体になっても譲位できないのか」と陰ながら悲しく思っていたものだ。(過度の放送規制も違和感を感じたし)
そして,その思いを最も深くしていたのは当時皇太子だった平成の天皇さんであっただろう。

その推察の通りだと思います。平成の天皇さんは思慮深く大きな思いやりがある方ですから。
私が尊敬しているお人の一人です。

離騒庵さんへ
コメントありがとうございます。

何か最近の話題があったら,教えて下さいね。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉その推察の通りだと思います。平成の天皇さんは思慮深く大きな思いやりがある方ですから。
私が尊敬しているお人の一人です。

意見が一致して,うれしいです。

肥沼さんへ

 明仁天皇が生前譲位を決行した背景に、父の昭和天皇崩御前後の「混乱」があったことは確かです。その時の想いに、人権が失われているとの思いもあったでしょうし、同時に、「これじゃ天皇は帝国憲法における神そのものだ。おれは人間だ」との思いもあり、さらに「神から象徴へ変化した天皇の在り方を具体的に示さねば」との決意もあったと思いますよ。
 最近の報道では、明仁天皇が退位を考えたのは、かれこれ20数年前とのものもありました。即位のその時から、今後の象徴としての言動の在り方を考え、さらに未来の退位のありさまも考え抜いての30年だったのだと思います。
 そしてこの背景には、今の女性皇族も女性天皇も認めないあり方をそのままにしたら、近い将来に天皇家そのものが絶えてしまうという恐れもあるのだと思う。したがって生前退位を認めさせ、そのための諸行事の遂行の中で、天皇とは何かを国民に考えさせ、あわせて今後の天皇継承の在り方も考えさせようとしているのだと思います。
 早速現内閣は、女性皇族問題を議論しはじめるそうですし(ただし彼らの狙いは旧皇族の誰かを今いる女性皇族の婿に向かえて宮家を複数存続させることでしょうが、これだと明治天皇の玄孫同士の結婚となり、この二人の間に生まれた男子は、次に天皇に擬せられている悠仁親王よりも、血筋では高貴な人となるので、こちらに皇統が移りかねず、これを許すと平和憲法と人権を擁護してきた現皇室が、より民族主義的な旧皇族に乗っ取られかねないので、現皇室は拒否するでしょう)。現皇室が許容するのは、女性皇族に民間から婿を迎えて宮家を存続させるということ。そしてあわよくば愛子内親王の天皇即位を認めされること。
 こうした皇室の在り方をめぐる戦いがすでに天皇退位・新天皇即位の裏側で始まっています。)

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

詳しいご説明で,背景がよくわかりました。
なんだか,奈良時代の聖武天皇の時代と同じようなことをやっているような気もしますが・・・。

肥沼さんへ
>なんだか,奈良時代の聖武天皇の時代と同じようなことをやっているような気もしますが・・・。
 はい。その通りです。後継ぎが確定しないなかで、聖武天皇・孝謙女帝が戦っていたことと、今の天皇家の戦いは良く似ています。異なることは聖武らは対抗馬を武力で抹殺する方法をとり、今の天皇家は国民の合意を得て敵対勢力を抑えつけようとしているところですね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

川瀬さんからご紹介いただいた河内祥輔著『古代政治史における天皇制の論理【増訂版】』(吉川弘文館)のおかげで,聖武天皇のことがある程度理解できました。そして,この天皇が出したと言われる「国分寺建立の詔」に対して,多元的「国分寺」研究を対峙できるように確信しました。

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