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2019年4月22日 (月)

一ツ目弁天平曲会

昨日は,上記の会に参加してきた。

会場は,両国の江島杉山神社社殿。

参加者・出演者・スタッフで,20数名だった。

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(1)前座語り「竹生島詣」荒井さん

(2)「額打論」川瀬さん

(3)「伊豆院宣」入澤さん

(4)「内侍所都入」鈴木さん

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私は川瀬さんのところから参加したが,もうすでに知り合いのAさんは来ていた。

一緒に演奏者の平曲を鑑賞し,帰りも途中までご一緒した。

今回の収穫は,川瀬さん(「夢ブログ」のコメントでおなじみ)の実力を,

ほかの免許皆伝者と聴き比べられたことだ。

川崎の川瀬さんの自宅での平曲会は,いわば独演会なので,

今回は競演会ともいえる会で,楽しめた。

三人三様で,どんな方に師事したかも大きな影響があるようだ。

しかし,だいぶ耳慣れてきてはいるので,今回の経験を今後に生かしたい。

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コメント

肥沼さんへ
 昨日は遠いところご参会ありがとうございます。またAさんにもご紹介ありがとうございます。
 三人三様の語りだったでしょ。
 司会者が「それぞれ師匠が違うから」と説明していましたが、正しくは、師匠が違うことよりも、その師匠に受けた訓練の違いが、それぞれの語りが違う原因です。
 本来は師匠と弟子とが一対一で相対稽古を行うものですが、これをせずに、10人ほどの弟子を前に座らせて師匠が語り、弟子たちがこれに唱和する方式の稽古をとった方がおりました。この方法だと師匠は弟子一人一人がどの程度自分の語りを盗めているのかをつかめません。だから一人一人の弟子の語りを修正することができないのです。
 なにしろ平曲の稽古は毎回一句だけを稽古し、次回は違う句を稽古するので同じ句を何度も稽古しないのです。
 したがって弟子は師匠の語りを真似しただけ。だから平曲語りの雰囲気は出せても、呼吸法はできていない(句読点で呼吸するのではなく、単語の途中で呼吸してしまうので聞きづらい)、節回しの細かいところや間の取り方など、さらには音程などが不正確のままで終わってしまう。
 さらに相対の稽古を長期間受けると、そのたびに師匠に語りを修正されるし、語りのコツも伝授される。そして弟子は師匠の演奏会の前座で人前で語るのだが、この際には一つの句を徹底的に10回前後稽古をつけてもらい、さらに一人で語ることを何回も繰り返して師匠に語りを修正してもらうわけです。
 私の場合は昨日申し上げたように420回稽古した(私の姉弟子は1000回)。
 平物161句は二度。その中で前座語りをした12句はそれぞれ10回ほど稽古。さらに伝授物で習った句28句のうち、読み物の「康頼祝詞」は10回ほど稽古つけてもらい、文書を読み上げる読み物の特徴的な節回しを徹底的に習っている。
 こうした相対の稽古と、前座語りのための徹底的な稽古を受けていないと、節も音程も間も、そして息継ぎもいい加減な語りになってしまうわけです。

追伸
 私の場合は先生の演奏会の前座は一回だけ。あとの12回は、弟子が多かったので先生が、年に二回、弟子だけの「稽古発表会」を開いてくださり、そのために徹底的に稽古をつけてくださったのでした。
 本当にありがたいことです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

師と弟子,なかなかすごい関係ですね。
芸術の世界では,それが一番能率がいいということでしょうかね。
仮説の会でも,師と弟子の関係をうまく利用して
成長された方がたくさんいると思います。
私はちょっとそういうのはダメで,
一匹狼ならぬ「一匹羊」をやっていますが・・・。

肥沼さんへ
 要するに師匠が直々に弟子の成長度合いを見るということですね。これには一緒に語るという体験を共有しているからこそできることです。
 学問の世界でも同じ。
 弟子は師匠に直接、史料の解読からその組み立て方まで指導を受けている。そういう人が初めて学問上の弟子と言えるのです。それも師匠の課題ではなくて、弟子が自分で選んだ課題を考察していく過程で、史料の選び方からその解読や組み立て方まで、手取り足取り指導を受ける。大学院で修士課程や博士課程がこれにあたります。
 古田さんの弟子を自称する人がいますが、はたしてこのような直接指導を受けたかどうか。疑問ですよ。師匠の本や論文を読んだだけでは身につくものではないのです。
 今私はこの数年間肥沼さんと一緒に研究しています。初めは武蔵国分寺。次は武蔵国府。そして全国の寺院官衙の東偏問題。いつも同じ史料を読み考察しているので、肥沼さんがどの程度史料の精査の腕をあげているかが私にはわかるのです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 今私はこの数年間肥沼さんと一緒に研究しています。初めは武蔵国分寺。次は武蔵国府。そして全国の寺院官衙の東偏問題。いつも同じ史料を読み考察しているので、肥沼さんがどの程度史料の精査の腕をあげているかが私にはわかるのです。

なかなか手間のかかる人間ですが,よろしくお願いいたします。

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