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2019年3月11日 (月)

横浜読書会 3/11

昨日は,上記の会(清水さん主宰)に参加した。
場所は,神奈川県の県民センター。
参加者は,8名。

前回山ほどの資料が提出されたが,
今回は少なめだった。

(1) 清水さん~前回(2/25)の報告
(2) 清水さん提供~周髀算計の紹介(草川英昭さんより)
(3) 肥沼さん~「屯倉」の全文検索とグラフ(安康・宣化で過半数)
(4) 肥沼さん~東アジアの動乱の中で,九州王朝は・・・

(3)(4)の発表させていただいた。
古田さんの『古代は輝いていた』シリーズになかった
古代ハイウェーの建設(政治)と国府の国寺・尼寺(宗教)で
補強させていただいたと手前みそながら思っている。

また,九州王朝が「評」を出したのは645年(木簡で,それ以前のものは出土していないらしい)ではないか。
それを「ここから郡が始まった」と近畿王朝が『日本書紀』でごまかしたので,郡評論争で嘘がバレてしまった。
(「我が王朝は,評も郡も両方とも出した」と言えばバレなかったかも)

あと,河村日下さんの本の中に,銅鐸には「牛」と「馬」が書いてあり,
「牛馬なし」の倭人伝の記述との関係で話題を呼びそうだ。
(みんながアメンボと呼んでいるのは,牛馬の逃走を防ぐ柵の網の結び目だという。
牛と馬は草を食んでいる姿(右図の左側)では似ているが,
馬が「ヒヒ―ン」と跳ね上がる姿(左図の右上)をとらえたようだ。

Img_1288

(5) 『邪馬一国の証明』の読み合わせ(P330~338)

ちょうど最後の「解説にかえて」・・・魏志倭人伝と短里ー
『周髀算計』の里単位ーのところだった。
これで『邪馬一国の証明』は終わり,
次回からは『失われた九州王朝』(『「邪馬台国」はなかった』に続く,
古代史三部作の2冊目)の読書に入る。

例会後,皆さんは懇親会に向かわれたが,
私は故あって自宅に向かう予定。

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コメント

肥沼さんへ

 河村日下氏の銅鐸の絵の一つを馬とした解釈。何ら批判的コメントなく掲載する態度に疑問です。すくなくとも肥沼さんも書かれているように「魏志倭人伝」には「牛馬なし」とあり、銅鐸文明はこの女王国に対立する国々と考えられるのですから、そこにも牛馬はなかったというのが通説的理解のはず。
 河村氏が「アメンボ⇒牛馬の逃走を防ぐ柵の網の結び目」「馬が跳ね上がる姿」と理解するというのなら、通説に反してそうりかいする根拠が明示されていなければおかしいのです。通説とも異なる見解を出すならば、この時代に馬がいたとする根拠を示さないままでは、これは河村氏の独善的見解となるわけ。
 おかしな見解には疑問を付して記すべし。

 以前私が日本書紀の神武紀に、彼が先祖の事績を振り返った際に、天孫降臨のところで「於是火瓊々杵尊、闢天關披雲路、驅仙蹕以戻止。」という一節を紹介した。この「仙蹕」(せんひつ)は従来は「天子の先駆け」と理解していたのだが、白川静の「漢字源」を読むと「天子の乗り物=車駕)とする理解が示されていたことを根拠にして私が、「火瓊々杵尊は馬が曳く戦車に乗って筑紫に攻め入った」との理解を示した。これに対して肥沼さんは、魏志倭人伝の「牛馬なし」との記述と、弥生時代の遺跡からは馬の骨が見つかっていないという根拠を示して批判された。
  この際に私が示した根拠は、中国ではすでに殷周の時代から馬が曳く戦車が使われていたことだ。天孫族の列島侵略は、優れた金属器(もしかしたら鉄器)の武器を背景にしていたのではと古田さんも論じておられたが、ならば彼らが馬が曳く戦車を駆っていた可能性もあると。
 これに対して肥沼さんは再度「魏志倭人伝」の記述で批判し、可能性でしかないと批判された。
 これこそ学問的態度です。

 なぜ私の説には学問的に批判されたのに、河村氏の説にはそれがないのでしょうか。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

私は「二段構え」で考えています。
もちろん学問的に論証できればそれが一番いいです。
しかし,「論証はできないけれど,そう思える」というのが二番目です。
「論証できるまで黙っていろ」というなら,先に言った者(=通説)勝ちになってしまいます。
私は「カマキリとアメンボ」ではなく,
「牛と柵,馬と柵のように見えた」ので「そう見えた」と言っているのだけなのです。

肥沼さんへ
>私は「カマキリとアメンボ」ではなく, 「牛と柵,馬と柵のように見えた」ので「そう見えた」と言っているのだけなのです。

 つまり河村氏がそう見えたと言っているが、肥沼さんにもそう見えたということ?
 ならば、そう書けば良いのです。肥沼さんの書き方では、河村氏が何か根拠があって言っているように受け取れる。

 でも私にはそうは見えないな。第一なんで柵の結び目だけを書くのだ。恣意的な見方にしか思えない。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  つまり河村氏がそう見えたと言っているが、肥沼さんにもそう見えたということ?
 ならば、そう書けば良いのです。肥沼さんの書き方では、河村氏が何か根拠があって言っているように受け取れる。

それはきっと私の表現が拙いからでしょう。
それで毎日ブログを書いて練習しています。

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