今度の元号と昔の元号
明治・大正・昭和・平成ときたので,
今度はM・T・S・Hのイニシャルを除いたものになるとか,
いろいろ取り沙汰されている今度の元号。(あと,もう何時間か後に発表)
何に決まっても,「西暦と併用がいい」というくらいのところが,
国民の平均的な思考だろうか。(今元号を使っているのは,日本だけ)
私はこの日本で,実際に517年から700年まで200年近くにわたって使われていたと言われる
九州年号に興味を持っている。(研究者によって多少意見は違う)
その昔日本には複数の王朝が存在し,大雑把にいうと出雲王朝が弥生時代の前半あたりを,
九州王朝がその後半から飛鳥時代までを,近畿王朝がそれ以降を治めてきたという多元史観だ。
それにたいして歴史教科書は,日本書紀を下敷きにしてかかれているので,
ずっと昔から日本は近畿王朝が治めていたとしているので,一元史観(通説)という。
そのため,歴史の研究との間で多くの齟齬(そご)が出ていて問題である。
(例えば,741年に聖武天皇が国分寺を建てる詔(みことのり)を出したとされるが,
その地下からは50年以上古い白鳳瓦が出土したりする。ものさしが50年,地方だと100年以上
ずれてしまっている。今取り組んでいる「方位の考古学」の研究は,それを正すものと自負している)
さて,新元号が何に決まるにせよ,本当の意味での平和が続き,研究の自由が保障される国であってほしい。
それは私も同じ願いだ。新天皇もそれを願っていると考える。
九州年号に興味のある方もいると思うので,以下にリンクしておく。
九州年号の紹介
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/08/post-e685.html
« 新々アパートに全戸入居 | トップページ | 中島みゆき「世情」 »
「古田史学」カテゴリの記事
- 年輪年代により,土器編年を訂正(20年前の記事ですが)(2021.01.27)
- 払田の柵の柱の年輪年代について(2021.01.25)
- やはり入手しておくか(2021.01.22)
- 新田郡庁跡と泉官衙遺跡の時期の比較(2021.01.20)
- 日本最大の大きさの「新田郡衙遺跡」(2021.01.18)
コメント