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2019年3月13日 (水)

反・九州王朝型遺跡の変遷

昨日,多元的「国分寺」研究サイトにおいて
川瀬さんと行っている「全遺跡の精査」の中で,御殿前遺跡を扱った。
その時川瀬さんは,以下のようなコメントを下さった。

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(2)  御殿前
 東京でも見事な郡衙がでているのですね。
 遺跡の変化は、東偏⇒西偏⇒正方位ですね。
 西側の西偏の正倉群と西側の西偏の政庁との間にこれらの遺構に切られるように、
東偏の政庁と倉庫郡があります。これが一番古い。
次がこれを壊した西偏官衙。
そして西偏の政庁が次第に正方位に作り変えられていますね。

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つまり,この官衙は➀東偏→➁西偏→➂近畿のの正方位という反・九州王朝型
(近畿王朝型)遺跡の変遷を示していたのだった。

これまで九州王朝+近畿王朝の変遷,つまり
➀東偏→②九州の正方位→➂近畿の正方位という変遷のの遺跡探しに目が行っていたので,
その反対のタイプの官衙には注意が薄かった。

関東は6世紀の「武蔵国造の乱」のこともあるので,
官衙遺跡の変遷にも注意していきたい。
(久々の典型的な官衙遺跡だとは思っていたが・・・)

Photo

Photo_2

ここは,東京都北区西ヶ原・上中里にある豊島郡(評)衙遺跡に属し,
その出土物が北区飛鳥山博物館に展示されているという。
ちょうどここは,3月29日・30日に行われる「たのしい授業フェスティバル」の会場(北とぴあ)と
JRの線路を挟んでちょうど反対側にある。一度行ったこともある。
(交易の可能性も考えられる中里貝塚で有名なところでもある)

北区飛鳥山博物館

https://www.city.kita.tokyo.jp/hakubutsukan/rekishi/fureru/bunkazai/nishigahara/gotenmae.html

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コメント

肥沼さんへ

 この御殿前遺跡を検討していて考えたことがあります。
 それは、九州王朝は、すでに東偏で建設した評衙を正方位に建て替えなかったのではないかとの仮説です。
 統一された中国王朝と対抗するために列島統一を進めている九州王朝にとって、諸国の行政機構を整え、諸国と都をつなぐ交通網を整えることは最優先事項ですので、すでにあって機能している役所群、すなわち評衙や評寺、そして駅屋はそのままにしたのではないでしょうか。
 国家的権威を示す建造物、都と全国中心寺院、そして国府と国寺だけが正方位で作られたのではないでしょうか。
 唐の脅威も過ぎ去った中で、九州王朝を抑えて権力を奪取した近畿王朝にとっては、あらゆる役所や官立寺院が統一権力の象徴と考えられたので、全国的に正方位に建て替えようとした。
 だから多くの官衙にとって、国府以外は東偏のままで置かれるか、現地勢力が王朝交代を背景にして官衙を作り替えた場合には、中央の支援がないので正方位を測ることができず、磁石に従って西偏で改造したのではないか。そのご、近畿王朝が次第に力をつけるにしたがって地方官衙の建て替えの支援もできたので、およそ8世紀の中ごろ以後になって地方官衙の正方位への建て替えが進んだのではないか。
 こういう仮説が思いつきました。
 まとめれば、
「➀東偏→②九州の正方位→➂近畿の正方位という変遷の遺跡」は少なく、多いのは
「➀東偏→➁西偏→➂近畿の正方位の変遷の遺跡」か、もしくは
「①東偏⇒②近畿の正方位の変遷の遺跡」なのではないかということ。
 肥沼さんがこれまで「➀東偏→②九州の正方位→➂近畿の正方位という変遷の遺跡」がこの変遷で良いのか再検討が迫られると思います。

 ちょっと調べてみたところ、武蔵国(埼玉・東京部分)と上野国の郡衙・評衙のほとんどは東偏で、一部西偏があるだけで、正方位の物は数が少ないです。
 さらに精査してみたいと思います。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 「➀東偏→②九州の正方位→➂近畿の正方位という変遷の遺跡」は少なく、多いのは
「➀東偏→➁西偏→➂近畿の正方位の変遷の遺跡」か、もしくは
「①東偏⇒②近畿の正方位の変遷の遺跡」なのではないかということ。

そうですね。対外的な危機が迫っている中で国家が優先すべきは,
「軍用道路」であって,「正方位の官衙」ではありませんからね。
早い時期に泉官衙遺跡が見出だされたので,今後はあまりこだわり過ぎない方がいいですね。
(まあ,おかげで良い「ものさし」を手に入れることが出来ましたが)

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