« 「エビノコ郭」の堀について | トップページ | 府中市役所遺跡(14) »

2019年3月28日 (木)

府中研究会 3/27

昨日は,上記の研究会の最終回だった。

昨年7月に始まったこの研究会も,25回(見落とし・単独行動も含めると+数回)を超えるロングランとなった。

また,量だけではなく,川瀬さんのおかげで質も大変高いものになったこと,あらためてお礼申し上げます。

(お礼として,先日の主要遺構でか分布図を差し上げました。B4判を8枚貼り合わせました)

 

最終回の昨日は,「夢ブログ」にもコメントで登場していた「E地区の四面庇建物の

竪穴式住居との切り合いから年代が判明した」という件から。

発掘報告書というのは,そういう細かいところまで書かれているところに価値がある。

それをたどって年代判定という価値づけができるからである。

 

その他の話題。

・東偏の多磨評庁ー多磨寺(評寺)ー正倉院群ーその他の役所ー評督の邸が近接している

・それが正方位へと形態を変えていく。掘立柱建物→礎石建物

・国府は3回移動した~

(1)武蔵国分寺と接したところ・・・飛鳥時代

(2)E地区と呼ばれているところ・・・飛鳥時代

(3)今「国衙」と呼ばれているところ・・・奈良時代

(4)B地区のクルル鉤の出土地域・・・平安時代

・黄金の西偏7度トリオ・・・【武蔵国分寺の金堂院】

             /           \

    【府中熊野神社古墳】    ーー    【E地区の四面庇建物】

・飛鳥でもなく,難波でもなく,“府中編年”というものがある!?

・図に描いてみるとよくわかる~ごちゃごちゃになってしまいましたが・・・(笑)

Img_1763

Img_1760

Img_1761

 

 

« 「エビノコ郭」の堀について | トップページ | 府中市役所遺跡(14) »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 府中研究会。長い間お疲れ様でした。遺跡発掘報告書を通読してみると、本当に遺跡は嘘をつきませんね。
 府中における、武蔵国庁・多摩郡衙の変遷。いちどちゃんとした図にしてみたいと思います。図での説明付でないと、部外者にはわかりませんからね。
 しばらく時間をください。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  府中研究会。長い間お疲れ様でした。遺跡発掘報告書を通読してみると、本当に遺跡は嘘をつきませんね。

本当にありがとうございました。今後にとっても.大変貴重な経験ができました。

〉 府中における、武蔵国庁・多摩郡衙の変遷。いちどちゃんとした図にしてみたいと思います。
図での説明付でないと、部外者にはわかりませんからね。
 しばらく時間をください。

この9か月+αの研究は,多元的「国分寺・国府」研究の先駆けとなると思います。
ぜひよろしくお願いいたします。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「エビノコ郭」の堀について | トップページ | 府中市役所遺跡(14) »

2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ