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2019年3月 3日 (日)

うれしい「副産物」~東の上遺跡の東山道武蔵路

先ほど多元的「国分寺」研究サイトで,
日課の「埼玉県の〈官衙遺跡〉」を方位を調べていた時,
東の上遺跡に東山道武蔵路が描かれているのに気が付いた。

そしてさらに,幅12mの直線道路以外にも,
それより幅が狭い道路が2本描かれているのに気が付いた。

Img_1138

実は,オレンジ色で描かれているのが一番有名な幅12mの道路なのだが,
このまま南南東に進むと,八国山の端にぶつかってしまい「山越え」を余儀なくされるのだ。
ところが水色の道路を南東に進むと,それを避けることができる。(距離は伸びるが平地)

では,ピンク色の道路はどうか。西側にあるので,さらに「山越え」が厳しくなるのか。
実は,「山越え」がない訳ではないが,オレンジの傾斜よりはるかに楽な「山越え」となる。(距離は伸びるが)

(1) 7世紀半ばに,まずオレンジの東山道武蔵路が作られる(幅12m)
(2) その後,幅が狭くなってピンクの東山道武蔵路が作られる。
(3) 鎌倉街道となるコースに続く,水色のコースが作られる。

私は実際に3つのコースを自転車を押しながら歩いてみて,(1)~(3)の変遷を考えた。
よかったら,ご一緒しましょう。

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