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2019年2月12日 (火)

ちょっぴり恥ずかしく,ちょっぴり嬉しい思い

今回幡羅官衙遺跡のことを知り,
江口桂編著『古代官衙』(ニューサイエンス社)を開いてみた。

Img_0483

そうしたら,江口さんの担当した所ではないが,
Ⅲ 地方官衙の中の[5]に小宮俊久さんの「郡衙」があり,
泉官衙遺跡(福島県南相馬郡)と幡羅官衙遺跡(埼玉県深谷市)のことが,
同りのじページで図入りで出ていた。(館を比べている)

Img_0490

さらに,ほかのところを見たら,「郡庁跡変遷図」というものが出ていて,
これは私の作りたいと思っているものに近い(ただし,編年は100年以上古くなるが)。
なので,7世紀後半から8世紀前期にかけての近畿王朝のサイズアップが,
この図では100年遅れて8世紀後半から9世紀前半に描かれていると考える。
(同じ福島県でも,東偏→正方位に対して泉官衙に対して,栄町官衙は西偏→正方位)

Img_0508

おまけに,以前こだわった山王廃寺下層建物遺構配置図が載っていた。
西偏→正方位で栄町官衙と似た変化をしている。
早い時期の「初期評衙」と考えられているようだ。

Img_0507

今回『古代官衙』からもっと学んでおくべきだったというちょっぴり恥ずかしい思いと,
『古代官衙』を開いてみたら,やはり同じような遺跡を扱っていて,ちょっぴり嬉しかった。
だが,大切なのはここから先である。まだ,編年の壁を作り替えていく仕事は続く。

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