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2019年1月18日 (金)

はじめて・初めて・始めて

古田さんが言っていたと思うのだが,
『日本書紀』や『続日本紀』の中に出てくる
「はじめて」「初めて」「始めて」という言い方は,
本当に日本の歴史の中で初めての出来事ごとなのか,
それとも我が王朝(近畿王朝)としては初めてなのか,
分析してみる必要がある。

1つ例を挙げると,古代日本ハイウェー(東山道など)は
7世紀半ば頃に作られたと思うのだが,
そのスタートは明らかでなく,771年の武蔵国の役割を
「東山道から東海道にコース変更する」というのが初出記事である。
(100年以上の歴史が隠されている!)
自分が造ったと言ってしまっては嘘になってしまうので,
「変更したのは近畿。誰が作ったのかはが言わない」→
「作ったのも近畿と思わせる仕組み」がそこにあるように思う。

もう1つ,聖武天皇の「国分寺建立の詔」も同様に,
「七重塔を造れ。そこに金泥の経を納めよう」という命令だけなのに,
多くの人が「国分寺を造ったのは,聖武天皇」であると思っている。
私は,すでにあった九州王朝の国府寺まで
近畿王朝が造ったかのように装っていると考える。
詳しく研究してみれば,もうすでに各地に国府寺が造られており,
それにあとから七重塔の命令が追加されたという訳だ。
(白鳳時代の瓦を出土する廃寺が少なくないのも,これと同じこと)

そのためにも,「はじめて・初めて・始めて」の研究は,
ぜひやってみたいと思っている。

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