« 高崎サークル 2019年1月例会 | トップページ | はじめて・初めて・始めて »

2019年1月18日 (金)

多元的古代の解明のために

九州王朝が7世紀末まで存在していたことは,すでに古田武彦氏によって
初期三部作(『「邪馬台国」はなかった』『失われた九州王朝』
『盗まれた神話』)で明らかにされたと思う。

特に『「邪馬台国」はなかった』と『失われた九州王朝』は,
外国正史を駆使し,客観的に日本列島の古代の姿を教えてくれた。
私たちは,その上に立って,さらに詳しく解明していく必要があるだろう。

その際,どんなことを扱っていけばいいか,
もちろん浅学の私が書くのは役者不足ではあるが,
そのイメージ作りの「踏み石」の一つくらいは書いておきたい。

(1) 『日本書記』『続日本紀』などの文献史料の解明~単なる解釈ではなく,読み解くルールの発見も含め

(2)考古学知見の統一~土器編年の努力を認めつつ,その後の自然科学的技術との整合性など
           年輪年代法・C14による年代測定法・DNA判定・金属の含有量分析による産地特定など

(1)については,川瀬さんの「主語有無」の論証がこれから期待される。
(2)については,私と川瀬さんによる「方位の考古学」に期待してほしい。

また,ONラインについては,もう証明されたといっていい事実だと考えるので,
7世紀末まで九州王朝が主権者の時代,8世紀初頭からは近畿王朝の主権者の時代と,
スパッと切って考えていきたいと考える。(評と郡,九州年号と近畿年号,大極殿の有無等)

           

« 高崎サークル 2019年1月例会 | トップページ | はじめて・初めて・始めて »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 高崎サークル 2019年1月例会 | トップページ | はじめて・初めて・始めて »

2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ