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2019年1月14日 (月)

「西偏の時代」における大変化(「方位の考古学」の背景)

ここに1枚の資料を再登場させよう。
「日本列島の磁北が東偏・西偏何度だったか?」
を表してくれているグラフである。
(岡山理科大学のデータ)

4~12世紀の800年間・・・西偏
13~19世紀の600年間・・・東偏
明治~現在の150年間・・・西偏

Dscn4873

私たちがよく扱っている古代史(古墳時代~平安時代)は,
すっぽりと「西偏の時代」に収まり,
東偏の寺院遺跡や街並みが見出されたら,
磁石以外のもので方位を決めたことになるのだ。
(上からの命令や,下からの忖度)

そこに,主権者がその都や関連施設を正方位に構えるという
別な要素が加わるので,それらの変化パターンを読み取ることによって,
九州王朝と近畿王朝との力関係がわかると考える。

その典型例が福島県の泉官衙遺跡で,
東偏でスタートし,立派な正方位に変化し,それが廃れる(九州王朝)。
その後,パワーアップした華々しい正方位が登場するが,
律令制が弱体化することによって廃れてしまう(近畿王朝)。

私はこの遺跡について,「夢ブログ」で
「泉官衙遺跡の遺構変遷図に2つの王朝の「栄枯盛衰」を見た!」という文を書いたが,
それは上記にある「磁北の変化のない古代(ずっと西偏)」に
よりはっきり表れる現象という訳なのであった。

泉官衙遺跡の遺構変遷図に2つの王朝の「栄枯盛衰」を見た!

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/10/post-e73e.html

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