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2019年1月24日 (木)

府中研究会 1/23

昨日も,川瀬さんと府中で研究会を行った。
出た話題をいくつか書いておこう。

・初期国分寺の北方に「正方位」と「西偏」の役所か?もう少し東側の発掘がほしい

・武蔵国府を1か所に固定的に考えると,歴史は理解できない。
他の国にも例があるように,国府は移動したと考える。
・飛鳥時代~奈良時代前半・・・創建国分寺の南に広がる
奈良時代後半~平安時代前半・・・今の「国府跡」のところ(初期の評衙の上)
平安時代後半・・・西方の坪の宮の北・クルル鉤の出土地付近

・さきたま古墳(竪穴式古墳が多い)=古い,高崎の古墳(横穴式古墳が多い)=新しい。中心地が移動
・武蔵国の歴史~もともとは毛野国の支配地→南部の勢力と九州王朝が結びつき,北部の勢力と対抗。
 →6世紀の武蔵国造の乱となったか
・もともとの毛野国だった関東地方から,九州王朝が南武蔵を直轄地として奪い取ったのではないか。

・九州王朝は外敵の脅威からさらされていたので,中央集権を目指し,白村江の戦いで滅亡したが,
近畿王朝はそこまで目指さなくてもよかったので,「有力者の合議」という政治のスタイルを採れた。
・しかし,それはその時々の権力者の天皇への扱いによって大きく変わった。荘園の拡大→律令国家の弱体化。

・貴族たちも荘園に赴任しなくなったり,天皇の支配も山城国ぐらいになったり(検非違使くらいしか機能しない),大変な時代を迎えることになる。特に武士が政権を取ると,全国の支配は彼らに乗っ取られた。天皇が力を持ったのは,その後数回。だから,天皇は生き延びるための祈りで,神と直結するという方法を取ったのではないか(水浴びしながら祈る)それが,戦地の訪問や被災地の訪問につながっているのかも。

「ここのところおしゃべりが多かった」ということで,
後半は発掘調査の報告の閲覧を中心に。
閲覧をスピードアップするために,毎週研究会を行う。

府中本町駅構内の喫茶店にて,小一時間おしゃべり。
(瀚海,須恵器坏Bほか)

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 一か所間違いがあります。
>・貴族たちも荘園に赴任しなくなったり,⇒貴族たちも国司として地方に赴任しなくなったり、

 荘園は貴族や王族、そして寺院の私的所有地。管理は現地の豪族が行い、特別な荘園は租税が免除される。国々の公領は本来国司が統治すべきもの。だから少なくとも国司四等官の上の二つ、守・介は中央貴族が地方に赴く。しかし平安時代中ごろ以後、守・介が赴任せず、現地国司の最高官である目(さかん)が事実上の責任者に。そしてさらに時代が移ると、その目の代理として貴族がその家人を目代(もくだい)として派遣し、国司の一番下である丞の役人以下の現地官僚を統制し、目代の権限で、公領を貴族の荘園に組み込んだり、公領に定められていない臨時の税を掛けたりした。
 貴族は全国を統治することを放棄し、自己の利益だけを測って、地方を無視し始めたわけ。
 だから現地豪族=武士の不満が爆発し、武家政権が出てくるわけです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 一か所間違いがあります。

私も川瀬さんの言われている趣旨で書いたつもりなのですが・・・。
やはり川瀬さんにまとめていただかないとダメですね。

肥沼さんへ
>私も川瀬さんの言われている趣旨で書いたつもりなのですが・・・。
 たぶん肥沼さんは、平安時代の社会体制である「荘園公領制」をきちんと理解されていないからでしょうね。
 ブログに人の話を公表する前に当人に原稿の当否を確認すれば良いのですが、これだと速報性に欠けますし煩雑です。
 間違うことを恐れずに、これからも自分でまとめてください。
 自分でやって間違えることは勉強になりますから。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  間違うことを恐れずに、これからも自分でまとめてください。
 自分でやって間違えることは勉強になりますから。

そうですね。今のやり方で,その精度を上げていくしかないですね。
この府中研究会は,秘密にしたくないんです。
「これまでの人がやってこなかったことをやっている」という自負があるので・・・。
だからあえて,私の無知をさらすようですが,報告させていただいています。

肥沼さんへ

 これからもしっかり取り組んでください。
 そのうえで注文をいくつかしておきましょう。
 もっと歴史を研究する上での基礎知識を集積する必要があります。

1:肥沼さんの歴史の智識は、中学校の歴史教科書以上ではない。きっと古田さんと「古田史学系」の歴史の本しか読んでいないからだろう。このところ遺跡発掘報告書関係はかなり読んでいるので、今度は一般的な歴史の本の読書をしたらどうでしょう。
 僕の場合は、中学で6巻本の子供向けの日本歴史の本を読んだ。そして高校で中央公論社の「日本の歴史」全30巻と『世界の歴史」全16巻を読んだ。そして大学から教員になってからの時代に、岩波書店の「日本通史」全25巻を読み、さらに近世史の通史(本の名前は忘れたと中世史の通史(これも本の名前は忘れた)を読みましたね。近代史は通史ではまだ読んでいないけど、中央公論社の「日本の近代」全16巻は持っていて必要はところから読んでいます。
 こうした学説に基づいた通史を読んでおくことは大事だと思います。

2:古代史をやるのならやはり漢文の読解力は必須条件です。「古田史学系」の方はこの能力のない方が大部分だ。つまりほんとうの素人。この間の山田さんとの議論でもよくわかるでしょ。漢文で日本書紀、できれば句読点も返り点もついてない白文の漢文日本書紀や続日本紀、そして同じく白文の中国王朝の正史で勉強することが必要です。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

山のような「宿題」で,頭がクラクラしています。(。>0<。)

ここ2回,川瀬さんのコメントはハンドルネームなしになっています。
内容から見て,川瀬さんだとわかりますが。

肥沼さんへ
>ここ2回,川瀬さんのコメントはハンドルネームなしになっています。 内容から見て,川瀬さんだとわかりますが。

 なぜ名前が表示されないのか。通常はコメント欄を開いた段階で、名前とURLがすでに表示されている(この情報を登録するにチェックを入れているから)。何かの都合でこれが表示されないことがあるのかもしれませんね。

>山のような「宿題」で,頭がクラクラしています。(。>0<。)
 学会の学説に基づいた通史を読んでおくことは、古代史を勉強するときにも役に立つと思います。学者はしばしばその専門の領域しかしらず、その周辺の学問や周辺の時期の歴史も知らないことがあります(実際に学者と付き合ってみてよくわかりました)。それでは専門の古代史だって十分には理解できないからですね。まああわてずじっくり勉強してください。
 通史は何を読んだらよいのか。ちょっと調べてみます。なるべく最近出版された方が良い。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  通史は何を読んだらよいのか。ちょっと調べてみます。なるべく最近出版された方が良い。

あまり長いのは,私の能力を越えますので,その点もご配慮を。

肥沼さんへ
>あまり長いのは,私の能力を越えますので,その点もご配慮を。
 長いものはむり。では、通史は無理ですね。岩波新書版でも5冊はある。古代・中世・近世・近代それぞれが。
 しらべてみたら、 
『シリーズ日本古代史』全6巻  https://www.iwanami.co.jp/book/b270890.html
『シリーズ日本中世史』全4巻  https://www.iwanami.co.jp/book/b373450.html
『シリーズ日本近世史』全5巻  https://www.iwanami.co.jp/search/?search_menu=keyword&tab=3&search_word=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%BF%91%E4%B8%96%E5%8F%B2
『シリーズ日本近現代史』全10巻 https://www.iwanami.co.jp/book/b267029.html

 新書で25冊だから手軽かも。それぞれが著者が違いますが。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

新書(特に岩波新書)は私にとっては「難しいもの」というイメージです。
もちろん世の中には「心動かされる新書」もあるのかもしれませんが・・・。
シリーズなんて聞くと,私の前に跳び箱の段数がイメージされてしまいます。(。>0<。)

肥沼さんへ

 あいかわらず、課題の前で立ちすくんでいますね。課題を大きな難しいものに考え過ぎです。
どんな高い山も、目の前の小さな一歩を克服して前に進まない限り頂上へは到達できません。遠くの頂上への道のりは頭に描きながらも、遠くの頂上を直接見ないで、目の前の足元の課題を一つ一つ克服する。これが大事です。

 肥沼さんがご自身の力で古代史研究を進めるうえで不足している力は、3つあります。

1:歴史全体に関する知識の根本的不足

 日本通史全体だと25冊で大変な課題に見えるが、せめて古代史だけでも通説をきちんと把握してください。岩波新書の古代史シリーズは全6巻。これだけでも1年かけて読破してください。読破すれば次が見えます。
 まずは目の前の一冊からです。

2:古代史解読に必須の漢文の読解力。

 これは数多くの漢文を読み込んでいかないと実力はつかない。
 今回山田さんとの論争で、「名曰瀚海」の句がどこにかかるかを肥沼さんは漢文に即して考えました。通常は対海国ー一大国間の海、つまり対馬海峡にかかる句だと読みますが、古田説を理解するには、これがその前の韓国ー対海国間の海峡にもかかると見ないと理解できないことに肥沼さんは気が付きました。これは漢文の読みを進めるうえで大きな一歩です。同じ言葉を二度繰り返さないために一度目は省略する方法の確認。ただし肥沼さんが考えたような、三つの海全部にかかると考えるには、この句は壱岐水道をわたったあとに書かないと成立しないのですが。つまり一度目と二度目を省略して、三度目で初めて記すという方法もある。
 こうした具体的な漢文史料の読みを考えることを通じて漢文読解力はついていきます。
 今後も現代語訳に頼らないで、できるだけ漢文に即して考えることを続けてください。

 一番良いのは、だれか漢文を読める人を講師にして、たとえば中国正史の倭国伝だけでも漢文で、もしくは日本書紀を漢文で読解する会を開いて学ぶのが、難しいようで時間がかかるように見えて、一番良い方法なのですが。これは誰かと学習会を企画すると良いと思います。
 もしくは多元の会でしたか、東京古田会でしたか、漢文を読む会がありましたね。
 ぜひこれに積極的に参加して勉強してください。

3:根気よく史料に取り組む姿勢
 これはずいぶんとついてきたと思いますよ。遺跡群の方位を判定する課題。まだまだ100%正答とはいきませんが、ずいぶんと確率は上がっています。
 そして発掘報告書をじっくり読み込む作業。今も根気強くつづけています。

 2018年の春からおよそ1年一緒に勉強してきました。小さいように見えますが大きな進歩の跡を見せています。あきらめずに課題に是非挑戦してください。
 私が肥沼さんに耳の痛いことを言えるのも、あと二か月です。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  2018年の春からおよそ1年一緒に勉強してきました。
小さいように見えますが大きな進歩の跡を見せています。あきらめずに課題に是非挑戦してください。
 私が肥沼さんに耳の痛いことを言えるのも、あと二か月です。

どうぞよろしくお願いします。

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