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2018年12月22日 (土)

鴻臚館と泉官衙遺跡と武蔵国府の「重ね合わせ」

いつの日か,土器偏年によっても証明したいが,
今はせっかく見出した「方位の考古学」を進め,
幸運に恵まれる日を待ちたい。

今のところ,3つの遺跡の変遷が,
私たちの考えを支持しているように考えている。
鴻臚館と泉官衙遺跡(福島県)と武蔵国府である。

3つ(武蔵国分寺まで入れれば4つ)の「重ね合わせ」をしてみよう。
すると,どれも(3)では,同時代の遺跡なのだ。
(人間でいえば,同世代の人たち)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                                     鴻臚館 泉官衙 武蔵国府(武蔵国分寺)

(1) 磁石の使用による西偏                     ↑          ↑  

(2) 中国南朝に倣った東偏                      |    ↑     |    

(3) 隋を意識した九州王朝の正方位                ↓   |      |     ↑

(4) 白村江の戦い(九州王朝の滅亡。近畿王朝の登場)   ×    |      |     |

(5) 近畿王朝による正方位                           |      |     |                      

(6) 律令制の衰退                                ↓     |     |

(7) 地方豪族の磁石の使用による西偏                         ↓    ↓

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 \      |        /
 西偏   正方位   東偏
 ↙  \   |     / ↘

このような長い期間にわたって建設・経営された建物や都市の証拠を,
発掘調査報告書の精査によって地下に見出そうとするのが,
「方位の考古学」の趣旨である。

×は,福岡城の建設のための破壊と考えている。

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