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2018年12月31日 (月)

やはり木簡研究は素晴らしい

昨日はあまりの作業量と数字が合わないことで,
心が折れてしまいましたが,
「福ちゃん」で元気をもらい一晩寝たら,
折れた心が治ってきました。

やはり木簡研究は素晴らしい。
今後もさらに進化していくでしょう。
(まだ研究されず,水に漬けられ保存されている木簡も数多い)
ただし,多元的「木簡」研究でないとダメだけど・・・。

今まで古田史学はどちらかというと文献中心でした。
お師匠さんである古田さんがそうだったこともあるけれど,
(『ここに古代王朝ありき~邪馬壱国の考古学』は例外的で)
これからは地下の学問である考古学(木簡や方位)との連携を深め,
より成果を上げていくことが大切だ。

考古学の発掘はどんどん件数が増えていく。
つまり私たちが研究対象にできるサンプルが増えているのだ。
いかに時の政府や権力が歴史を捻じ曲げようとしても,
地下にその証拠は刻まれる。
それを信じて研究を進めよう。

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コメント

肥沼さんへ

 木簡というのは貴重な史料ですね。史書に書いてないことがでてくる。
 ところで一つ質問。
 文面を公開して頂いた太宰府と難波京の木簡には何を送ったかがわかりません。
 先にまとめられた300例を超える木簡の中で、送った品物がわかる木簡は無いのでしょうか。もしあったらお教えください。
 国々の租税は当初は評衙に集められ、のちには国衙に集められるようになりましたが、租税以外の税は最初から都に集められたと思います。
 おそらくこれは、朝廷の日常活動に必要な物資を集めた調と、天皇や神にお供えとして供される贄(にえ)だったと思うのです。
 よろしくお願いします。
注:たしか前に隠岐国のものは海産物との指摘がありましたね。

 なお古代史研究に必要なのはこうした出土遺物だけではありません。どうしても考古学的史料は断片的。
 やはり文献の分析が大事。
 もっとも網羅的な史書の分析こそ本命。やはり日本書紀の徹底分析に九州王朝論の立場から挑むことが不可欠だと思います。
 みなさん逃げてますね(古田さんが解読できなかったからと、古田さんが書紀を偽造の史書と言ったからでしょうね)。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 ところで一つ質問。
 文面を公開して頂いた太宰府と難波京の木簡には何を送ったかがわかりません。
 先にまとめられた300例を超える木簡の中で、送った品物がわかる木簡は無いのでしょうか。
もしあったらお教えください。

わかりました。いくつかお答えしましょう。

・白米(多い)や赤米~尾張国や三河国など各地から
・こんぶ・わかめ~隠岐国
・塩~若狭国や周防国
・贄(にえ)~三河国
・煮堅魚~駿河国
・薬桔梗~武蔵国
・鹿皮~信濃国
・薬草~丹波国
・干イワシ~丹後国
・煮フナ~丹後国
・大豆~但馬国
・小豆~阿波国
・干鮎~因幡国
・煮魚~出雲国
・鯛~吉備国
・貝(あわびなどの貝類)~豊後国

『延喜式』にも各地の特産物が書かれているそうですが,
それと違うものも出てきているらしいです。

今私たちはトラックなどの物流でこれらの各地の産物を食べられていますが,
1300年前は木簡を付けられて地方から都へ運ばれていたものでした。

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