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2018年12月17日 (月)

これまでの研究・これからの研究(未完)

今年は「再会」という二文字で表す多くの出会いがあった。
「34年ぶりの同窓会」「50年ぶりの小学担任との再会」
そして今週の「38年ぶりの教育実習担当との再会」である。
本当に「一期一会」を感じる1年だった。

その一方,退職初年から研究の方面でも恵まれた。
それを今年のうちに書いておこうと思う。

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〇 「古代日本ハイウェーは,九州王朝が作った軍用道路か?」と「九州王朝は,駅鈴も作ったか?」が,
『発見された倭京~太宰府都城と古代官道』(明石書店)に掲載される。 3月末

〇 『発見された倭京~太宰府都城と古代官道』(明石書店)出版記念講演会(山田さんと) 9/1

〇 府中研究会(川瀬さんと) 武蔵国府(東偏の街)と武蔵国分寺(主軸が西偏7度)の調査

〇 100m四方の官衙施設を川瀬さんが見出し,国分寺四中遺跡の図を私が見つけ出す。ここに国府もあった!

〇 上総国分寺の謎解き(隠れていた5度)9/上旬

〇 『古代東国仏教の中心寺院・下総薬師寺』・・・下総薬師寺の地下に,東偏建物を発見!9/上旬

〇 福原長者原官衙遺跡(福岡県)や久米官衙遺跡(愛媛県)との出会い9/上旬

〇 かつて東偏にされ,中央部が正方位にされ,一部西偏にされた謎

〇 そもそも「なぜ東偏なのか?」問題 → 中国南朝の都(建康)が,かつて東偏だったことの発見

〇 ということは,そこに使いを送った倭の五王(九州王朝)による模倣ではないか

〇 佐川英治著『中国古代都城の設計と思想~円丘祭祀と歴史的展開』(勉誠出版)を川瀬さんが見つける

〇 東偏の国府寺こそ九州王朝の建てた「国分寺」の前身ではないか

〇 東偏の寺院(国府寺を中心に)や都市(東京都府中市,山口県防府市など)の捜索(全国で30以上)

〇 東山道沿いが多いことと,九州王朝の作った「五畿七道」問題

〇 『武蔵国分寺跡発掘調査報告書 ⅩⅧ』の捜索に協力 9/中旬

〇 全国の寺院遺跡と官衙遺跡の「方位」の悉皆調査 (9月~)

〇 東北地方の胆沢城や志波城にも東偏あり

〇 九州王朝の「東偏→正方位」に対して,近畿王朝は「東偏→西偏」の独自路線を取ったのではないか

〇 検討すべき尺度の一覧(山田さん)9/下旬

〇 北秋津城の検討10/上旬

〇 藤木海著『南相馬に躍動する古代の郡役所・泉官衙遺跡』(新泉社)→「泉官衙遺跡の遺構変遷図に,
 2つの王朝の「栄枯盛衰」を見た!」 10/6

〇 正方位の都は,こうして生まれてきた(川瀬さん) 2018.10.09

〇 かつてそこに「エビス御殿」があった!(かも) 2018.10.10

〇 吉武高木遺跡(福岡県・最古の三種の神器は,東偏?西偏?)10/20

〇 『律令体制を支えた地方官衙~弥勒寺遺跡』の検討10/下旬

〇 『古墳時代の地域社会を復元~三ッ寺塚Ⅰ遺跡』~豪族屋敷の検討 東偏?西偏?11/上旬

〇 古代史セミナー2018(11/10・11)をめぐって

〇 川瀬さんによる初期の「武蔵国府・武蔵国分寺」の復元図できる 11/中旬

〇 東京・古田会の人たち18人に,多元的「国分寺」案内をする 11/23

〇 「2月30日」問題から端を発して,何人もの方が2つのサイトで議論 12/上旬 

〇 鴻臚館の変化は,西偏→東偏→正方位で,近畿王朝のものは福岡城の建設で削られているか? 

〇 多元の会の人たち〇〇人に,多元的「府中」「国分寺」を案内する ~予定・1/6

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今年の秋以降のものをあげてみただけでも,これだけのことがあった。(これでも抜けています)
それ以前の山田さんも交えた最初の国分寺の伽藍の研究の頃は,私はほとんどわかっていなかったし,
今でも十分わかっているとは言えないかもしれないが,川瀬さんのご指導をいただきながら,
少しずつ古代史の解明に近づいていきたい。

「方位」という観点からこのような研究をしている人は,少しはいると思が,
多くの方に「そういう視点は新鮮ですね」と言っていただいているところから見て,まだまだ少数派である。
しかし,燃やしてしまえば,埋めてしまえば,歴史は消せるという訳にはいかない。
「方位」はしっかり地中の穴によって再現され,古代の支配の痕跡を残していることがわかってきたのだ。
それをこれからも追及していきたい。(未完)

泉官衙遺跡に,2つの王朝の「栄枯盛衰」を見た!

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/10/post-e73e.html


鴻臚館の遺跡の変遷

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