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2018年11月23日 (金)

府中熊野神社古墳について

多元的「国分寺」案内の資料集に,
府中熊野神社古墳について入れておきたかった。
何しろ国分寺の「金堂以下の主要伽藍」と同じ7度西偏の傾きを持った古墳である。
関係ない訳がない(もしかしたら施主)と思うからである。

全国で6例という少なさだけれど,表と地図にしてみると,
何らかの統一性が感じられるのではないだろうか。
多元的「国分寺」研究のサイト風に分類してみると,
まず,上円化方墳は狭い時間的範囲に収まる。
そして,ほとんどが東海道沿いで,
本来なら九州王朝の基盤かもしれないが,
そこを制圧した記念碑のようでもある。

第一,7世紀半ばから8世紀初頭といえば,
大和王朝については上昇期ではあっても,
九州王朝にとってはかなりピンチの時だ。
九州を離れて上円下方墳など作っている場合ではない。

ということで,これは大和王朝に味方した豪族に許した,
あるいは大和王朝と婚姻関係を結んだ豪族に許した
褒美としての古墳の造り方のように思う。

Dscn4295

何よりこれは,天(上円)と地(下方)を支配していく意思(国家統治)
の宣言のように思うから…。

Dscn4296


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