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2018年11月 2日 (金)

「主語有無」の論証(川瀬さん)

川瀬さんの「主語有無」の論証を皆さんにもお知らせしたく,
本項にてアップさせていただきます。
以前別のサイトでアップしましたが,「夢ブログ」でも・・・。

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 私が問題にしているのは、「書紀が天子の行動を記述するとき、九州王朝の天子のそれは主語を省略して
天子の行動とわかる動詞を使うが、近畿天皇家の大王のそれは、天皇はと主語を明確に記して行動を記す
という使い分けをしているのではないか」ということ。

 この観点でいうと、近江令はそもそも書紀には発布の記事すらない。
 あるのは一つは、「九年春正月乙亥朔辛巳、詔士大夫等、大射宮門內。戊子、宣朝庭之禮儀與行路之相避。」として朝廷の礼儀と行路の相避の問題を新たに定めたとの記述。
 ここは明確に「宣」という天子の行動を指す動詞を使って主語を省略している。

 もう一つは、十年正月の「甲辰、東宮太皇弟奉宣或本云大友皇子宣命施行冠位法度之事、大赦天下。法度冠位之名、具載於新律令也。」。東宮太皇弟とも大友皇子とも記録によって異なるが、宣命を奉じて、冠位法度の事を施行するとの記事。そして注で法度冠位の名は新律令に掲載されていると。
 ここでは宣命が出されたとの記事は省略されている。
 この書紀記述の主語の書き方に注目すれば、近江令を出したのは天智ではなくて、九州王朝の天子だとの古田説が書紀記述で確認できるが、古田さんはここまで気が付いていない。

 飛鳥浄御原令については、
「天武十年二月庚子朔甲子、天皇々后共居于大極殿、以喚親王諸王及諸臣、詔之曰「朕今更欲定律令改法式、故倶修是事。然頓就是務公事有闕、分人應行。」とある。
 つまり「新たに律令を作り改めたい。そのための職務を諸人で分担して進めよ」と集められた親王や諸王や諸臣に命じたとある。「詔」という天子特有の主語が使われているがその前に天皇と皇后が大極殿にいて親王諸王諸臣を集めてと書かれているから、この主体は明確に天武だと読める。
 この時律令は天武生存中には出来上がらなかったが、 実際にその一部の令が出されたのは次の持統のとき。
書紀では、「持統三年六月庚戌、班賜諸司令、一部廿二卷。」といきなり22巻の令が諸司に頒布された。動詞は「班賜」という天子の行動を示すもので、ここでは主語が省略されている。
 この書き方は、新令を「班賜」した主体が省略されているから九州王朝の天子ということになり、ここから見ると、天武紀で「新律令をつくりたい」と親王諸王諸臣に令しのは、天武ではなく九州王朝の天子ということになる。
 ここでも書紀の主語の書き方に注目すれば、飛鳥浄御原令を出したのは天武・持統ではなく九州王朝の天子だとの古田説が証明される。
 しかし古田さんはここまで気が付いておられなかった。

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参考

「古田史学の継承のために」サイトの
「主語有無」の論証(改訂版)

http://koesan21.cocolog-nifty.com/keishou/2017/08/post-6ae7.html

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