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2018年11月10日 (土)

古代史セミナー 2018(1日目)

数年前に古田武彦さんが亡くなって,
もう古代史セミナーは無くなる・・・という意見もあったが,
やはり「違う形で続けたい」ということになり,
時期も同じ11月の土日を使って実施することになった。
日頃インターネットでつながっていない方々との交流もできるので,
私としては歓迎したいと思っている。
これまでと違って,10人以上の講演・発表のメモを書いていく。

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【昼食】

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【開会】

鈴木康司館長のあいさつ

荻上紘一理事長のあいさつ

古田光河さんのあいさつ(遺族としての思い)

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特別講演「ユーラシア世界史と倭人」(山田宗睦さん)

・いろいろなところで日本書紀の講師をしたが,やり残したことがある。それは原文でやらなかったこと。
原文でやろうとすると,人がいなくなる。

・「接」は「続く」「くっついている」「間に何もない」という意味。「南倭と接す」

・だきるだけ大きく視野を広げ,正しい視点を持って見る。中央ユーラシアという視点が大切。

・倭国は朝鮮海峡を間に挟んだ海峡国家である。

・日本書紀には最大一書が11個ある。これが大切。この違いに意味がある。

・真っ白な頭で見ると,最初に天神が降臨を命じたのは,ニニギではなくイザナギ・イザナミの二柱である。

・日向を宮崎としたのは,薩摩・長州が明治維新の行った影響。実は,博多湾。

・前と後ろは全然違う話。それをつなげてある。

・日本書紀はページの順序で読んではダメ。騙される。作られた順序で読まなければならない。

・天智二年=六六二年。滅ぶや否や接収された。

・日本書紀の中に,海峡国家・倭国の歴史がたくさん取り入れられている。

・ニニギ・カシツヒメ・ヒコホホデミの2代3人で倭国のもとを築いた。

・縄文人の言葉。歴史言語学。崎山理さん(国立民族学博物館教授)。日本語は,混合語または雑種語。
北のツングース語と南のオーストロネシア語が東北地方で混合し始めた。

・アバ ナアガ マボ (私は名前がマボです)

・本の紹介・・・『馬と車と言語』,『ユーラシア帝国の興亡』『興亡の世界史』(講談社学術文庫)

・トカラ人が日本に来た。日本書紀に書かれている。最初に来たのは倭国であった。

・注意深く読めば,日本書紀の中には,倭国史がたくさん書かれているのではないか。


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【和田家文書の世界】 1人30分間

西坂久和さん「秋田孝季の妹である和田りくの筆跡について」A4判6ぺ

・会の封筒のなかに,「和田家文書のスキタイ・ゲルマンについて」というA4判6ぺの資料があり,
そちらの方に時間を掛けられた。

・和田家文書には,古代の海外情報がたくさん含まれており,貴重な資料となっている。
スキタイの文化(金製品中心)など。入れ墨・文様などで,日本と似ている。

菊池栄吾さん「研究ノート「アラハバキ考」」A4判4ぺ

・ アラハバキという言葉の語源。シュメール語なのか。本や辞典を探した。

・ 田沼意次から命じられ,アムール川を使ってバイカル湖へ。さらにカザフスタン・エジプト方面へ
行ったという足跡を訪ねてみた。『北艦』孝季が帰国した頃,田沼は失脚していた。

安彦克己さん「浄土宗知恩院発行『金光上人関係伝承資料集』を批判する」A4判5ぺ

・ 追加資料A3判1枚「一枚起請文」(「天真名井家文書」より)

・ 津軽に旅行に行ったら,題名と違うことがしゃべりたくなってしまった。(6月19日締め切り)

・ 「信ずる人は・・・」なのか「信じない人は・・・」なのか。

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【夕食】

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【情報交換】

・ 各サークルからの報告 いろいろな会がさまざまな取り組みをしているようです。

・ 懇親会 東偏・正方位・西偏や「泉官衙遺跡」や「エビノコ郭」について,
 席が近かった皆さんに紹介しました。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 実況中継お疲れ様でした。興味深く読ませていただきました。
 山田さんの日本書紀観。ほぼ同感です。
・日本書紀の中に,海峡国家・倭国の歴史がたくさん取り入れられている。
・注意深く読めば,日本書紀の中には,倭国史がたくさん書かれているのではないか。

問題はどのような方法を駆使して注意深く読むのかです。「主語有無の論証」の有効性を日々感じています。おそらくひとつながりの出来事を記すとき、それが近畿天皇家の大王や九州王朝の天子の行為であったとき、前者なら冒頭に「天皇は」としるし、後者なら冒頭に「主語を省略した天子の行為と分かる語をいれる」のでしょう。したがってひとつながりの話の途中では後者でも「天皇は」と書くこともあるのだと最近は理解しています。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

古田さん亡き後の第一回は,悪平等的に30分を与えるというものでした。
聞いていて思うのは,やはり結論を先に言い,その論証をしていく形が
一番能率がいいし,気持ちよく参加できると思いました。
できたら,来年は「主語有無の論証」と「方位の主張」を引っ提げて,
古代史セミナーに参加してみたいものです。

肥沼さんへ
>できたら,来年は「主語有無の論証」と「方位の主張」を引っ提げて, 古代史セミナーに参加してみたいものです。

 方位の方は今の検証を仕上げれば主張できますよ。でも主語有無の論証は、日本書紀全体をこれで読み解いた結果がなかれば説得力はないでしょうね。

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