« 新所沢の友人たちが酒処「まこ」を訪問 | トップページ | 11/19が「世界トイレの日」だって知っていましたか? »

2018年11月19日 (月)

多元的「国分寺」案内の下見

昨日は少し時間があったので,
今週の金曜日に行われる多元的「国分寺」案内の下見をしてきた。
いくつかの収穫があった。

(1) 武蔵国分尼寺

版築の様子を見られたらいいと思う。時間があれば

(2) 国分寺四中資料館

厚手の武蔵国分寺周辺の地図が10月に復活した!ヽ(´▽`)/
わざわざカラーコピーを取らなくても大丈夫だ。

さらにうれしいことに,私たちが四天王寺式と見ている僧寺の敷地内の発掘が,
前より増えているようである。チェックする必要がある!(o^-^o)
では,その図をどうぞ!

Dscn4263_2

< 拡大

Dscn4264_2

(3) 武蔵国分寺跡資料館

前に多元的「国分寺」研究のことをお話しした若い学芸員の方に,
「今ここまで研究が進みましたよ」と報告することができた。
また,『武蔵国分寺跡発掘報告書ⅩⅧ』が本棚に入れられていた。
さらに,ここでも厚手の地図がいただけることが分かった。
なお,四中出土の鈴はここに来ている。

(4) 武蔵国分寺の観光化

武蔵国分寺は今「観光客を呼べる施設」として「お色直し」をしている。
だから,それが完成すると週末は,だいぶひとが増えると思われる。
それが正しい歴史の理解へとつながればいいのだが,
741年の聖武天皇の「国分寺建立の詔」から始まる「日本書紀」「続日本紀」の
通説型国分寺説にとどまることになり,お金をかけてかえって
本当の国分寺の歴史から遠ざかることにならないか心配である。
(日本人は,2度通説を頭に焼き付ける。小中学生の時と退職後に・・・)
国分寺の本当の歴史を知りたい方は,ぜひ多元的「国分寺」研究サークルへ。

※ 国分寺の前身である国府寺の古いものは,聖武天皇より100年も前に,
九州王朝によって建てられていた。聖武天皇はそこに「七重塔を付け加えよ」と命令した。
これが「国分寺建立の詔」の内容である。現代語訳もあるのでぜひ読んでみて下さい。

« 新所沢の友人たちが酒処「まこ」を訪問 | トップページ | 11/19が「世界トイレの日」だって知っていましたか? »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

>さらにうれしいことに,私たちが四天王寺式と見ている僧寺の敷地内の発掘が, 前より増えているようである。チェックする必要がある!(o^-^o)

 この北方の掘立柱建物群については、すでに以前、肥沼さんが四中遺跡を確認するために資料館に行ってもらったリーフレットに掲載されていて、すでに論じられていますよ。
 ちなみにこの正方位の掘立柱建物は、私が想定した四天王寺式伽藍の僧坊よりさらに北側です。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  この北方の掘立柱建物群については、すでに以前、肥沼さんが四中遺跡を確認するために資料館に行ってもらったリーフレットに掲載されていて、すでに論じられていますよ。
 ちなみにこの正方位の掘立柱建物は、私が想定した四天王寺式伽藍の僧坊よりさらに北側です。

そうでしたね。あの時は,ピンと来ていなくて.
まあ川瀬さんによろこんでいただけたという印象でしたが,
今回は前の地図にそれが加えられたことで,
私の方が勝手によろこんだというわけでした。
そのリーフレットを今下の方から引っ張り出しました。
「政所院・大衆院推定地」というやつですね。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 新所沢の友人たちが酒処「まこ」を訪問 | トップページ | 11/19が「世界トイレの日」だって知っていましたか? »

2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ