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2018年11月 4日 (日)

2つの王朝の「方位」の変遷

奈良県と大阪府の寺院や官衙(奈良のみ)の「方位」の精査から,
川瀬さんにも指摘していただいた通り,
以下のような2つの王朝の動きが垣間見られるように思う。


【九州王朝の方位の原則】

(1) 中国南朝に倣って,宮殿・都市・寺院の方位を東偏で作った。

(2) その後,中国からの自立を図った6世紀末からは,正方位で作った。

【大和王朝の方位の原則】

(1) 6世紀末まで.東偏に作った。

(2) 6世紀末以降は,西偏に作った。

(3) 7世紀中ごろには,正方位に変更した。


九州王朝 ←東偏 ● 正方位→                  白村江        ★ (滅亡)
                                       の敗北
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・600・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・650・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・700・・・・・・・・・・・・・・・・

大和王朝 ←東偏 〇 西偏→      (唐との交流?  〇 正方位→       ☆ (建元)
                          独立への動き)

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