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2018年11月30日 (金)

赤木春恵さんの訃報

「金八先生」や「渡る世間は鬼ばかり」で知られる,
赤木春恵さんがお亡くなりになった。
94歳というから,ずいぶん高齢まで女優をしたことになるが,
その個性的な存在は私も好きだった。

佐藤勝役の直江喜一さんが感謝の言葉を語っていた

https://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/「金八先生」加藤優役・直江喜一-赤木春恵さんに感謝「母親のよう」/ar-BBQgrKY?ocid=spartandhp

須恵器は「年代のものさし」

飛鳥編年と難波編年というのがあって,
両者には20年ほどの差があるらしい。
そうすると天皇の在位では2~3代違ってしまい,
孝徳天皇と天武天皇ほどの差のが生じてしまう。
(途中に,斉明天皇と天智天皇が入るので)
これでは歴史の真実には近づけないだろう。

どちらかが正しくてどちらかが間違っているのか,
また両方ともまだその域に達していないのかはわからない。
ただ,「両方とも正しい」ということがないとしたら,
それぞれが正義を主張することになり,
「戦争」になってしまう。

私はそういう研究の仕方は危ないので,
あまり「本気」でやってはいけないと思う。
肩の力を抜いてやった方が,スポーツでは多いではないか。
古代史の研究もそういう発想があるといいと思う。

※ 須恵器は「年代のものさし」

https://syoki-kaimei.blog.so-net.ne.jp/2017-04-15-2

※ 飛鳥編年は通説派の,難波編年は大阪歴史博物館の主張らしい。


秋津公民館に市役所の出張所

新々アパートの登記の関係で,住民票や印鑑証明が必要となった。
午前中に市役所に行ったが,母の印鑑証明は取れたものの.
同住所でも別世帯の人は,同じ家族に入らないらしく委任状が必要だと言われ帰宅。
その委任状の書き方を母がミスり,万事休す。
とても訂正印だらけの委任状を市役所に持っていく気力が起きない。(。>0<。)

そこで,登場したのが,秋津公民館の中の市役所の出張所。
これまで市役所と距離が同じようなものだと思って利用してこなかったが,
ここにすがることに。しかも.建設会社のSさんの車に助けていただいて,
筋肉痛にならずに書類をゲットできた。ヽ(´▽`)/

市役所はどうしてもたくさんの人が来るので,番号札で並ばなければならないが,
出張所の方はあまり利用者が多くないようで,これからはこちらを利用しようと思った。
ベテランの2人の男性と気さくな女性の計3人の体制のようだ。
秋津公民館は我が家から正反対の秋津2丁目(少し向こうは青葉町)にあるのだが,
最近できたスシロー東村山店とほぼ同じ距離にあり,心理的に近く感じた。
酒処「まこ」にも意外に近い。(笑)(o^-^o)

2018年11月29日 (木)

もう白井さんの本が届く

先日「日本の古本屋」に注文した『上田付近の条里遺構の研究
~実地調査から国府域推定へ~』がもう届いた。
箱に少々日焼けがあるだけで,中身は新品同様。

金文字の表紙

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謹呈(されたつもり)

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図が多くてわかりやすそう

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後半は生徒さんたちとの研究

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手に入れられて良かったです。

天王森公園

東村山市役所の近くにある講演です。
さすが牛頭天王にゆかりが深いだけあります。
銀杏きれいでした。

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新々アパートの建設 11/29

今日は,駐車場のアスファルトを敷いた。
アスファルトは原油の中で一番沸点が高く,
最後まで残る物質である。
なので,高温で溶かさないと液状になってくれない。
今は晩秋なのでまだいいが,
これが夏だったら火炎地獄でしょう。

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もう駐車番号が・・・。はやっ!!

秋田城の政庁の変遷(案)

台形の形が途中で変わり,観察しにくいが,
私は7枚の図を,泉官衙施設(福島県南相馬市)のように
歴史段階を考えてみた。
歴史には,画期があり,それが建築にも反映しているという仮説である。
東偏・西偏については,いずれまた後日考察してみたい。

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A 南朝の支配下の九州王朝(1)

 Ⅰ期・・・左縦が4.9cm・右縦がが5.0cmでⅡ期と同じサイズの囲み。

 Ⅱ期・・・囲みはⅠ期と同じだが,建物が1つ増え.庇付きも2棟に。(ただし,築地は減った)

B 南朝が滅びて,南朝のナンバー1になった九州王朝(2)

 Ⅲ期 6棟に増え.左縦のサイズを拡大し,門も豪華なものに。
 
 ⅣA期 サイズはⅢ期と変わらないが,建物は4棟に激減。
 
 ⅣB期 建物を正倉に替える。食料が必要な事態?白村江に敗れて滅亡していく

C 8世紀初頭のおごり高ぶった近畿王朝と律令制が衰えた頃の近畿王朝

 Ⅴ期 これまでと違って,3棟すべて庇付き。この世の春か

 Ⅵ期 しかし,やがて律令制は衰え.建物も貧弱になっていった


映画「あまのがわ」は,2月28日に公開

映画「あまのがわ」が,2月28日に公開されるようだ。
私の教え子も主人公の友人役で出演。
これは観に行かなくては・・・。

宣伝映像

世界最古の旅館・慶雲館(山梨県)

世界最古の旅館は,どこの国にあると思うだろうか?
それは日本の山梨県にある慶雲館という旅館だそうだ。
私は昨日の電車内のニュースで知った。

705年スタートというから,
大宝建元年号につぐ2番目の慶雲2年創業だ。

詳しくは,以下のウィキペディアにて。

ウィキペディア「慶雲館」

https://ja.wikipedia.org/wiki/慶雲館_(旅館)


秋田城の「西偏」の謎

以前岩手県の「胆沢城」と「志波城」を調べたことがあった。
その時は予想通り「東偏」が先行していて,とてもうれしかった。
今回の「秋田城」は難しい。
頼りの「東偏」の建物(囲いは東偏だが)がないばかりか,「西偏」と思しき建物も・・・。
皆さんもいっしょに考えてみて下さい。

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【参考】 「東偏・僕」の東北遠征(胆沢城と志波城)

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/10/post-8476-1.html

【参考2】秋田県・払田柵も「東偏」スタート(川瀬さんの情報)

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/10/post-8476-1.html

奈良文化財研究所データベース

http://mokuren.nabunken.go.jp/NCPstr/strImage/m100312-97096/etc.jpg

府中市役所周辺の発掘

昨日の府中研究会の前後で,
府中市役所周辺の発掘を見学した。

府中市は「花咲かじいさん」の犬と違って,
「ここ掘れ,ワンワン」と言わなくても,
「掘れば出てくる」発掘のメッカである。
おまけに重層の遺跡も多いとなると,
より慎重な発掘が望まれる訳だ。

でも,そのお陰で私たちは膨大な発掘報告書から,
限りなき恩恵を受けることができている。
ありがとうございます!

武蔵国府・武蔵国分寺の解明をお礼とすべく,
これからも研究を進めていきたいです。

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北側の発掘(西側はもう終了か?)

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南側はこれから


府中研究会 11/29

昨日も府中の歴史資料館で例会を行った。
基本は,東偏・西偏・正方位の切り込みの矛盾はないかだが,
その他にもその時々に話題になったことを話し合っていく。

・ 鴻臚館の東偏→正方位とC14の対応(それ以前は西偏?)
・ ごちゃごちゃしている資料は地域別に見てみる
・ 分析の方法論の大切さ~恣意的な研究にならないために
・ 古代史セミナー2018の提出資料への批判的分析
・ 秋田城の「西偏」の理由は?

滋賀県の官衙遺跡を地域別に見直した後は,山城国(京都府)へ。

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発掘は部分だが,全体像の解明への大きなヒントとなる。
(黄色が道で,ピンクが溝。溝と溝の間は道の可能性が高い)


2018年11月28日 (水)

岩手山麓原野の開拓の地割

翔空さんから「三富の新田開発」と似ていると言われた
「岩手山麓原野の開拓」の地割を,
しつこく検索してついに入手しました。ヽ(´▽`)/

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新々アパートの建設 11/27

もう数週間で完工となる新々アパート。
駐車場の舗装は,機械が混んでいて,
1日おいて明日らしいです。

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新秋津駅の上の喫茶店

名前がわからないけど,
時々利用する新秋津駅の上の喫茶店。
眼下の雑踏とは無縁の世界です。
昨日は,ケーキセットを頼んでみました。

暮れていく空を眺めて,しばしの休息。
「午後5時」になったら,お会計。

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酒処「まこ」の夜は更けて

昨日は,居酒屋「福ちゃん」の定休日だったこともあり,
口開けで酒処「まこ」に行ったのだが,
もうすでに2人飲み始めているというスタートダッシュだ。
1人の方のお迎えが来て,もう1人の方(常連のSさん)とよもやま話。
多元的古代研究,母の介護,Sさんの引越,Sさんの息子さんのこと等,
気軽にしかも親身になって話せる方なので,とてもありがたい。

Sさんがお帰りになった後,気になる右隣の新顔のお客さんに,
2つの手品でご機嫌伺い。
「マジック・ワールド」のノートはなかったので,
「エレベーター式!?トランプ」と「あなたには「愛の告白」が見えますか?」だ。
両方ともいたく気に入っていただいて,
「これは何かの企画を立てた方がいい」とまで言って下さった。
私も30ほどネタはあるが,とてもお金を取れるほどのものではないので,
「老人ホームの慰問とかには興味があります」と言っておいた。
「次にはまた別なのを見せますね」とお別れする時に告げたので,
きっと再会できると思う。(「マジック・ワールド」は店に置いておこうかな)

私もそろそろ「お愛想を・・・」と言おうとしたところにおいでになったのが,
プロの四段の棋士の方だった。
「池袋まで来たので寄りました!」と威勢がいい。
気軽にその場にいた将棋好きの何人かと交流試合をして下さり,
「六枚落ち」「八枚落ち」で勝ってしまうところはさすが。
なにしろ相手サイドのエンドラインまで「王将」を動かし,
結局相手が逃げ切られ,もう王手が掛けられない段となって,
それまで取っていた相手の駒を貼ってツミというストーリーだ。
お名前で検索したら,ブログをやられていたので,リンクしよう。

今泉健司のブログ

https://ameblo.jp/ken4dan/theme-10104786210.html

経歴もなかなかユニークな方のようである。
ウィキペディアにそれが書いてあった。

ウィキペディア「今泉健司」

https://ja.wikipedia.org/wiki/今泉健司

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最後のは宿題。「五手詰め」だそうです。

「史上最年少ルーキー藤井聡太七段、NHK杯1回戦で戦後最年長ルーキーの今泉健司四段に敗れる」

https://web.archive.org/web/20180715131613/https://www.hochi.co.jp/entertainment/20180715-OHT1T50074.html


仮説社からの返信メール

先日仮説社に,『たのしい手品』があったらいいな,という話題を送ったが,
編集部のMさんから,以下のようなやる気の出る返信メールをいただきました。
編集者も学校の先生も,「相手にやる気を出させる」という資質の共通点がありそうです。

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 『教室のたのしい手品』の企画,おもしろいと思います。
 出会いなどのシチュエーションや,教科,保護者会など,
いろんなところに使える本ができそうです。
 類書はあるのかな。あってもきっと,仮説近辺のネタのほうがずっとおもしろいでしょうね。

 どんな本がつくれるか,前向きに考えてみたいと思います!
 ありがとうございます。

2018年11月27日 (火)

今泉四段のブログ

縁の縁で,すごい人に会えた。
ブログをやっているとのことで,
そのサイトにも訪問した。

今泉四段のブログ

https://ameblo.jp/ken4dan/theme-10104786210.html

鴻臚館跡の出土物のC14測定

ありがたいことに,内倉武久著『太宰府は日本の首都だった』には,
鴻臚館のC14の測定値が出ていた。(『考古学と実年代』より)

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【トイレ注木】 ①430±90年 ➁510±120 

【トイレ周辺】 ③560±100年 ④650年+±100年 (九州環境管理委員会)

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昨日の試案は,次のようだった。

第Ⅰ期(東偏)・・・・・・・・・・・・九州王朝の主導の時代・・・6世紀後半

第Ⅱ期(正方位)・・・・・・・・・・九州王朝の主導の時代・・・7世紀前半

第Ⅲ期(正方位)・・・・・・・・・・九州王朝の主導の時代・・・7世紀半ば

第Ⅳ期以降(正方位)・・・・・・・・大和王朝の時代・・・・・・・  ?

トイレ関係の出土物のC14の測定値は,九州王朝の時代のものとなりそうですね。
もちろん編年を100年ずらす必要がありますが・・・。
                    


ケアマネさん・施設担当さんとの面談

3週間前の認定訪問の結果が先週出たそうで,
まだうちには届いていないのだが,
一応「介護度2」ということで,3年間の判定が下された。
これは私の認識とも一致しており,それでお願いしたいと思う。
その確認をケアー・マネージャーと施設担当の方と私たちで行った。
時間にして30分ほどの話し合いだった。

月・・・デイケア(9~16時)

火・・・買い物(9~10時)

水・・・デイケア(9~16時)

木・・・買い物(9~10時)

金・・・デイケア(9~16時)

土・・・買い物(9~10時)

日・・・教会(10~12時)

というサイクルの中で,母は生活している。
私はそれを頭に置きつつ,生活している。
このリズムを作るのにも,けっこう試行錯誤があった。
朝は朝食&投薬を6時半にすることにしているが,
その前に食べてしまうことも多く,なかなか難しい。
午前5時半~6時半には私が散歩したいこともある。

正面衝突の事故

今朝7時半頃,近所の八雲神社の交差点で,
車同士が正面衝突する事故があった。

私は散歩の途中でOさん夫妻と初めて落合い,
いろいろな話をしてからの時間帯だったので,
直接衝突した場面は見ていないのだが,
大破した車の前面の凹み方から察するに,
かなりのショックがあったと思われる。(。>0<。)

男の人が横たわっており,幸い救急車が到着した時には
意識を取り戻していたが,もし自分がと思うと冷汗が出る。
緩い坂を登る方の車に対して,
信号が変わる寸前に交差点に飛び込んできた車が,
曲がり切れずにぶつかっているように思った。

ちょうど小中学生の登校時間で,何が起きたのかと不安げだった。
顔見知りの先生がいらっしゃりったが,目礼で別れた。
皆さま,交通事故にも気を付けましょう。
また,この事故でケガをした方の回復をお祈りいたします。

白井恒文著『上田付近の条里遺構の研究 ―― 実地調査から国府域の推定へ ――』

上記の本を探している。
素晴らしい本らしい。

国会図書館リサーチ

http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007715773-00

東大図書館

https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_details/?reqCode=fromlist&lang=0&amode=11&bibid=2001961570&opkey=B154326747401274&start=1&totalnum=1&listnum=0&place=&list_disp=20&list_sort=6&cmode=0&chk_st=0&check=0

『地理学文献目録第5集 1967-1971 人文地理学会編2 条里・古地割』(大明堂発行)

こちらはアマゾンで入手できそうです。

短冊形の地割と三富の開拓

所沢市には三富新田(水田ではなく畑)という江戸時代の開拓の跡が残されている。
その特色の一番は,短冊のように細長い地割で,
小学生たちは地元の学校の校舎の上からそれを見学するのだが,
本当に見事なものだ。

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なぜそれを思い出したかというと,山田さんのサイトに,
「長地型(短冊形)」のほかに「半折型(色紙形)」というのがあって,
妄想としてだが「 「条里の坪付け」に関して「千鳥式坪並」と「平行式坪並」、
「坪地割り」に関して「長地型(短冊形)」と「半折型(色紙形)」が同じ王朝のものとは思えない」
というようなことが書いてあったからだ。

私も妄想を働かせて言うなら,三富開拓の地割は「短冊形」で,
それは関東が九州王朝の影響下にあった伝統を引き継いでいるのかもしれないなあ,なんて。
もちろん古代と近世では1000年も離れているし,「笑っておしまい」ということもあるが,
「1000年たっても神無月(出雲は逆に神在月)の神話は残っている」という訳だから,
笑ってしまうだけではもったいないような気もする。

第1に新田開発を成功させるために,個々の農家の条件をなるべく平等にする必要があったと思う。
例えば水利(川から遠く水が貴重),例えば肥料に使う雑木林の落ち葉の確保,
荒野を開拓して作物が取れるためには,まず「スタートとしての平等性」が
保証されないといけないのではないかな?
・・・ちょっと筆が進み過ぎてしまった。ここらで止めておくことにしよう。

最後に,山田さんのサイトに載っていた説明用の図を載せますね。

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sanmaoの暦歴徒然草

http://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/

条坊制と条里遺構
―都市(消費地域)と農村(生産地域)―[図書や論考等の紹介]から

季節(気温)の変化と私の焼酎の割り方

昨日は寒かったのでスタートから「焼酎のお湯割り」にしたのだが,
考えてみると私は,焼酎の割り方を衣替えのようにしている。

真夏・・・生ビールの後,氷と水(またはウーロン茶)で割る。

春や初秋・・・水(またはウーロン茶)で割る。氷なし

晩秋や冬・・・お湯で割る

季節に関係なく,同じやり方で吞む方もいらっしゃって,人それぞれ。
まあ,美味しく吞めて,楽しく時間が過ごせればそれでいいのです。(o^-^o)


2018年11月26日 (月)

武蔵国分寺の創建瓦とそっくり!?

川瀬さんからコメントをいただいた。
『鴻臚館跡15』に載っている軒丸瓦と.
武蔵国分寺の創建瓦がそっくりだというのだ。

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これがP87に出ているもので,特に19や17や15が似ているという。
もしそうなら,両者の年代判定に大いに役立つことになるだろう。

「第〇期」には,2通りの意味があった

昨日の記事に対して,川瀬さんがコメントしていただいた。

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第Ⅰ期・・・5度西偏 (7世紀後半)

第Ⅰ期・・・5度東偏・・・・・・・・・・・・・九州王朝の主導の時代(7世紀後半)

第Ⅱ期・・・ほぼ正方位(東偏1~2度)      ↓      (8世紀前半)

第Ⅲ期・・・ほぼ正方位(東偏1~2度?)     ↓    (8世紀後半~9世紀前半)

第Ⅳ期・・・西偏5度?・・・・・・・・・・・大和王朝の主導の時代

第Ⅴ期・・・報告書に記載なし            ↓

第Ⅵ期・・・正方位                  ↓

 という風に考えると、この土器と瓦による編年は最低100年ずれていることになりますね。
方位と時代確認はこれでよいかもしれない。

 つまりⅠ期・・・・・・6世紀後半
     Ⅱ期・・・・・・7世紀前半
     Ⅲ期・・・・・・7世紀後半から8世紀前半と。
  Ⅲ期以後が「大和王朝」主導の時代かもね。
 第Ⅳ期・Ⅴ期・Ⅵ期はいつごろと絶対年代を比定しているのでしょうか。

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ここで『鴻臚館跡15』を読んでみた。
すると,こんなことが書いてあった。

「 第Ⅲ期は、礎石建物の時期である。遺存状態は悪いが、第Ⅱ期石垣の直上に、東西棟の礎石抜き跡 が乗っており、早くて8世紀後半の造営と考えることができる。なお、この東西棟の位置には、9世 紀後半には廃棄土坑が掘られており、第Ⅲ期建物が9世紀前半までで廃されたことがわかる。以後、 土坑の検出例は続くが、建物遺構として把握できるものは見られない。」
そうすると,第Ⅳ期や第Ⅵ期は,時代ではなく,発掘調査の地区のことになってしまうかも!?

そういえば,第Ⅳ期の図には「中世~現代遺構平面図」とあり,
第Ⅵ期の図には「古代・中世遺構平面図」とあり,あれれ・・・と思ったのでした。
ただ,ほかのところで,「第Ⅲ期は,礎石建物の時代」
「第Ⅴ期は10世紀後半~11世紀前半」と書いてあるところもありました。

ということで,今回は第Ⅰ期から第Ⅲ期までで切っておき,
川瀬さんのおっしゃったように,
第Ⅰ期(東偏)と第Ⅱ期(正方位)を九州王朝の主導の時代
第Ⅲ期(正方位)を大和王朝の主導の時代

と訂正したいと思います。

第〇期という言い方は,時代も表しますが,
発掘調査の順番も表すのですね。
お騒がせしました。
注意が足りませんでした。

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「諸説あり!」が面白い

「所説あり!」という番組で,
「日本人のルーツ1」「日本人のルーツ2」という
各15分のテーマで興味深い内容をやっていました。
リンクします。

「日本人 謎のルーツ1」

https://www.youtube.com/watch?v=HZW90htwbGw

「日本人 謎のルーツ2」

https://www.youtube.com/watch?v=QztuMDOa6E4

「ドトールは落ち着く」に私も1票

私も最近ではいろいろなコーヒー店に行くが,
一番行くのはドトールかなと思う。
そんな話がネットに載っていました。

「ドトールは落ち着く」に共感多数 「ちょうどいい感じがいい」「初めて行く場所にあると安心する」というファンも

https://news.nifty.com/article/economy/business/12117-9946/

東偏1~2度は「ほぼ正方位」でいいのでは?

鴻臚館の発掘報告書には正確な方位が書いてあると思うが,
とりあえず手元にある分度器で測ってみた。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第Ⅰ期[北館]・・・西偏5度,

第Ⅰ期[南館]・・・東偏5度

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第Ⅱ期[北館]・・・東偏1度

第Ⅱ期[南館]・・・東偏2度

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第Ⅲ期[北館]・・・誤差が大きくなると思い,計測せず

第Ⅲ期[南館]・・・東偏2度

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私もやや東偏していることは認めるが,
東偏1~2度というのは,「ほぼ正方位と言ってもいいのではないかなあ」とも思う。
図面の上だから1度の違いが大きく感じるが,
実際に現地に立つと,5度でようやく違いが分かる感じだと思いますので。

第Ⅳ期は西偏,第Ⅵ期は正方位?

念のため『鴻臚館跡15』という発掘報告書を見てみた。
検索すれば立ちどころに出てくる「どこでもドア」みたいな
時代になってしまった。

『鴻臚館跡15』

file:///C:/Users/KOENUMATAKAHARU/AppData/Local/Packages/Microsoft.MicrosoftEdge_8wekyb3d8bbwe/TempState/Downloads/20233_1_鴻臚館跡15%20(1).pdf

すると・・・例の図(第Ⅰ期以前→第Ⅱ期→第三期)も出ていたのだが,
そのほかに,第Ⅳ期と第Ⅵ期の図も出ていたのだった。

第Ⅳ期の図・・・西偏

Dscn4307

第Ⅵ期の図・・・正方位

Dscn4308

この図の変遷を,これまでのものと合体させると,
しばらく前に見つけた福島県の泉官衙遺跡の変遷とよく似ていると思った。
並べてみよう。

第Ⅰ期・・・5度西偏

第Ⅰ期・・・5度東偏・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九州王朝の主導の時代

第Ⅱ期・・・ほぼ正方位(東偏1~2度)            ↓

第Ⅲ期・・・ほぼ正方位(東偏1~2度?)           ↓

第Ⅳ期・・・西偏5度?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大和王朝の主導の時代

第Ⅴ期・・・報告書に記載なし                  ↓

第Ⅵ期・・・正方位                         ↓


第Ⅳ期で西偏が入るところが泉官衙遺跡とは違うが,
九州王朝から大和王朝に主導権が移っていったことを
これらの図の方位が表しているのではないか!
(近畿では,九州王朝が正方位の変えた時期に,西偏に変えています)
あなたはどう思いますか?

もちろん重要な迎賓館のような鴻臚館の建て方の主導権を
いかにして大和政権が手に入れたかについては,
別な考察が必要なことは言うまでもない。
,しかし,「家政婦は見た」ではないが,歴史の真実を知るヒントが
建物の方位にあるかもしれないということはご理解いただけただろうか。
「(歴史の真実を)方位は見た」と私は思っている。

「名前のない美容室」という名前の美容室

私は所沢駅まで歩く時,
時間がないと車の通る最短距離の道を行くが,
時間に余裕がある時は「裏道」を行くこともある。
「裏道」というと細い道を想像するかもしれないが,
表の通りと同じような幅がある道なのだ。

昔は賑わったが,新しい道路がさらに東にでき,
「シャッター通り商店街」みたいになっている。
「昭和の街並み」と言ってもいいだろうか。

そこに面白い名前の美容室を見つけた。
題名にした「名前のない美容室」という名前の美容室。
名前がないといいながら,アルファベットで「bea」の文字がかすれていて,
明からに「beauty」という文字を思い浮かべるような仕組みだ。
「アンティークな雰囲気の中で・・・」と店の特色も主張している。

私は美容室には行かないので,
どなたか勇気と好奇心のある方は訪ねてみませんか?
知る人ぞ知るこの「名前のない美容室」を・・・。
所沢駅から徒歩7~8分です。

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2018年11月25日 (日)

ほめ写プロジェクト

特に現役最後の3年間は,上記のプロジェクトと似た取り組みを行ってきた。
行事の結果だけでなく,その過程から写真を撮り,A4判以上の大きさで
学年掲示板に貼って観られるようにしたのだった。
今それに名前を付けるとすれば,「ほめ写」だったのかなあと思う。
興味のある方は,以下のサイトへ。

ほめ写プロジェクト

https://www.bcnretail.com/market/detail/20180904_84407.html

12月の楽しみ

もう今年も,残すところ1ヶ月となった。
今年最後の「楽しみ」シリーズ。

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12月1日(土)・・・高崎サークル

3日(月)・・・『たの授』12月号

7日(金)・・・社会科サークル

15日(土)・・・飯能・日高サークル

22日(土)・・・『たの授』公開編集会議
23日(日)・・・『板倉聖宣の考え方』に関する研究会(明星大学)

26日(水)・・・府中研究会
27日(水)・・・横浜読書会

西武ライオンズの優勝パレード

23日(金)に行われた西武ライオンズの優勝パレードのニュースを,
翔空さんがリンクしていてくれた。それを利用させていただきます。

西武ライオンズの優勝パレード

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181123-00010000-teletamav-soci

『古事記』のよみ語り(浅野温子さん)

「101回目のプロポーズ」で一世を風靡した浅野温子さん。
今は何をやっているのかというと,何と『古事記』のよみ語り。
その辺りを取り上げている話です。

『古事記』のよみ語り(浅野温子さん)

http://bunshun.jp/articles/-/6481?utm_source=news.nifty.com&utm_medium=referral&utm_campaign=relatedLink

蹄鉄と馬沓について

昨日の『たの授』公開編集会議の際,
小林さんが蹄鉄(蹄を守る金属器)についての話題を出された。
私は蹄鉄についての知識があまりなかったし,
小林さんも住本さんの資料を探して下さるというので,
とりあえず私の簡単報告を・・・。

ウィキぺディア「蹄鉄」

https://ja.wikipedia.org/wiki/蹄鉄

蹄鉄は,馬(時にロバや役牛も)の蹄(ひづめ。中指の先端)の保護のために北欧で作られた。
それが文献に現れるのは,4世紀ぐらいのこと。
野生の馬の場合,食べ物の草の成分から蹄を守る栄養を摂ることができるが,
家畜となると干し草や穀類を食べるのに加え,蹄はアンモニアに弱いため,
蹄鉄を付けることが蹄の保護になる。
江戸幕府に伝わったのは18世紀なので,戦国時代の馬は蹄鉄を付けていなかったが,
九州の一部には伝わったいたという説もある。(武田の騎馬隊は付けていなかった)
しかし,昔から馬沓という馬のわらじがあり,それで蹄を保護する知恵はあったたようだ。

『たの授』公開編集会議 11/24

昨日は,月に一度の上記に参加してきた。
一応編集委員にさせていただいている。
会議と言っても堅苦しいものではなく,
『たの授』の原稿や各地の読者のお便りを読み,意見を言ったり,
特集の提案をしたりする集まりだ。
私はその自由な感じ好きで,毎回のようにお邪魔している。
(軽食も出るしね)

昨日の話題としては,

(1) 根本さん~世界の「ヒストグラム」(絵文字)トイレとか・・・
(2) 村上さん~「フシゾウ」(鹿の仲間)についての長い旅
(3) 村上さん~理想があるから妥協するー〈妥協〉の積極的意義
(4) 荒川さん~宗教と国家(先月の編集会議より)
(5) 小林さん~蹄鉄はいつから?

『科学的とはどういうことか』・・・
慣れ親しんだ旧版(左側)と総ルビ付きの改装新版(右側)

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菅原道真と藤原道長と酒処「まこ」

昨日酒処「まこ」に寄ったら,土曜日にこんな話があったという。
「満月(望月)の歌」というのは,いったい誰が詠んだものか?
例の歴史の教科書にも出てくるやつである。

この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば

藤原道長が摂関政治を利用して,4人の娘たちも天皇に嫁がせ,
調子に乗って詠んだが,あまりの自慢ぶりに一同は引いてしまった・・・というような歌だ。
この作者候補として,藤原道長と菅原道真(確かに4文字中,半分の2文字=原と道が共通している)

菅          真
  ↘      ↗
    原 道
  ↗      ↘
藤          長

という構造になっているのであった。間違えやすいと言えば間違えやすいかも。
そこで,先日の「ローマ法王と“UFO発言”の話題」で情報提供の功を挙げた私に,
上記の望月の歌の作者をはっきりさせよ=「肥さんを呼べ」ということになったらしい。

まあ,簡単な答えとしては,「藤原道長」の4文字というわけだが,
それでは私が登場する甲斐がない!と思ったわけである。
そこで,「原道」の話を入れ(現役の社会科先生のネタとして使えそう!),
さらに最後に藤原氏の反感を買い,太宰府(大でないのにもウンチクがあるが,また今度)に
「島流し」に遭った菅原道真の歌を書いて終わりにしよう。

東風(こち)吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ

【現代語訳】

(春になって)東の風が吹いたならば、その香りを(私のもとまで)送っておくれ、梅の花よ。
主人がいないからといって、(咲く)春を忘れてくれるなよ。

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その後,翔空さんのコメントにより,なぜ酒処「まこ」で「望月の歌」が話題になったかがわかった。
23日(金)の満月は,藤原道長が「望月の歌」を詠んでから,1000年目の満月の日だったからであった。

【きょう14時39分】藤原道長が「望月の歌」を詠んでから1000年目の満月に!気になる天気は?

https://irorio.jp/nagasawamaki/20181123/506428/

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ピサの斜塔少し真っすぐに

斜めの状態で立っていることで有名なイタリアのピサの斜塔が,
改良工事の結果,少し真っすぐになったそうだ。
そして,今後もその傾向は続き,
やがては“元・ピサの斜塔”に・・・なるのかな?

ピサの斜塔が少し真っすぐに

https://news.nifty.com/article/world/worldall/12198-130652/

古代史セミナーの記録(大学セミナーハウス版)

古代史セミナー2018の記録(大学セミナーハウス版)が,
早くもアップされた。(川瀬さんから教えていただいた)
会が行われたのが11月10日(土)~11日(日)だったことを考えると,
異例の早さである。(あれからまだ2週間!)
参加できなかった方にとっては大変便利であるが,
参加した者として付け加えさせていただくと,
古田さんのご遺族である光河さんのあいさつは,
パワーポイントを使用した詳細なものであり,
各報告については,セミナーの際配られたものであるが,
それが半年前の提出の為,
報告者はかなりその範囲を超えて話したということである。
それを頭に置いて読んでいただければと思う。

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古代史セミナーの記録(大学セミナーハウス版)

https://iush.jp/seminar/report/ancient2018

2018年11月24日 (土)

今上天皇による最後の新嘗祭行われる

「天皇のお仕事新嘗祭(にいなめさい)」という歴史かるたはないのだが,
新嘗祭は天皇の仕事の一つに数えられている。
来年からは,浩宮さんがやることになる。

さて,最後の新嘗祭というからには,最初もあったわけだが,
最初にやった天皇は誰だろうか?
ウィキペディア「新嘗祭」には,皇極天皇と出ていたが,
残念ながら出典が出ていないようだ。

また,天皇になって初めてやる新嘗祭が,大嘗祭。
これも来年,浩宮さんがやることになる。

では,最初に大嘗祭をやった天皇は誰か。
これには「日本書紀」に不思議な記事があって,

△ 天武天皇・・・(実施は?だが)ほうびを与えた
〇 持統天皇・・・実施もし,ほうびも与えた

ということが書いてある。
ということは,持統五年(691年)の記事によると,
もう政権が九州王朝から大和王朝に移っていたかに見える。

ところが,原文を見ると,「十一月戊辰,大嘗。」とあって,
主語が省略されているのです。
川瀬さんの「主語有無の論証」からいうと,
主語がないこの動詞「大嘗す」の主語は九州王朝の天皇で,
大王である持統天皇ではないということになる。
つまり「691年に九州王朝の新しい天皇が
大嘗祭を行った」という記事だったのです。

ここでも,700年までと701年には大きな断絶があり,
古田武彦氏のONライン(新旧の王朝の交代)が正しく,
まだ691年では持統天皇は大嘗祭を主催できないという訳です。

多元的「国分寺」案内 当日編

昨日は,東京・古田会の18名の方々に対して,
上記の案内をさせていただいた。
(ツアー担当者のNさんを含めると19名でした)

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(1) 集合場所

私は当初東山道武蔵路の案内板をスタートにして計画したのだが,
その後「国分寺4小に午後2時半に」と連絡があったので,
小学校前で待っていた。すると,案内板の付近にバスを止めている
怪しい集団が・・・ということで,近づいていくとそれが皆さんでした。
見学時間が増えたことで,最初のプランに戻ったようでした。
まずは合流出来て,よかったよかった。

(2) 武蔵国分寺跡資料館にて

人数が多いので,なかなか全員を前にしてレクチャーできなかったが,
要所要所集まっていただいて,見学のポイントをお話しした。
当初は四天王寺式伽藍らしかったこと。金属製品に注目(銅の鈴もこちらに)。
丸瓦の素弁・単弁・複弁(武蔵国分寺からは出土していないが,四中資料館で見学)など。

(3) 塔1,塔2にて

金堂は後にして,塔1に移動して,ここから多元的な見方(九州王朝による建設)を話す。
この北に縦長の伽藍配置が,この南側に武蔵国庁が見えただろうか…。そうだといいが。
西へ塔2に移動して,位置を確認する。

(4) 金堂以下の後の人が建てた伽藍配置へ

塔から金堂に移動してくることによって,先後関係を感じていただき,
多元的「国分寺」案内の方法としたかった。
ここで,観光地化の問題点と「私たちは2度通説を学ぶ」という話をする。
(小中学生の時と老後と・・・)
また,泉官衙遺跡の変遷図をここで紹介した。皆さん驚かれていた。
さらに,両王朝は「方位」によって意思を表していたという話も。

(5) 道の途中で

四中に向けて西に進んでいた道を北に曲がる時,発掘調査の図を示してレクチャー。
この体育館下に西偏の勢力が,その南の校舎部分に先に正方位の九州王朝の勢力が
「官庁群」を作っていたことなどのレクチャー。

(6) 国分寺四中資料館にて

突然の20人の訪問に係りの方も驚いた様子だった。
多くの方は椅子に腰かけビデオ鑑賞。それが終わった頃,出土物の解説。
また,複弁の丸瓦を見ていただくために,隣の部屋に移動する。
素弁・単弁に複弁が加わり,「な~るほど!」と。とりあえず基本形だけ。

(7) 武蔵国分尼寺にて

金堂の後ろの部分が版築の様子を見られるようになっているので,見ていただく。
強引に突くより,軽く突いた方が土が締まると言われているようです。

(8) 庄屋にて懇親会

その後,午後5時半より国分寺駅前の庄屋にて懇親会が行われた。
昼間は頭を使い,夜は肝臓を使う,理想的な1日だった。
回覧された雑誌に載っていた福岡の鴻臚館のⅠ期に「東偏」を見つけ,
さっそく学習成果が出たのがよかった。

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【謝辞とお誘い】

以上,昨日の案内の内容をかいつまんで書いてみました。
「やはり本で読むより,実物を前にして解説してもらうとよくわかる」
という感想を聞き,うれしかったです。。
参加された皆さん,昨日は,ありがとうございました。
来る1月6日(日)には多元の会の方々と府中~国分寺を1日で廻ります。
もしよかったらご参加下さい。また,東京・古田会自身でも企画していただければ,
いっしょに廻らせていただきます。

2018年11月23日 (金)

所さんの目がテン!(二ホンウナギ)

「所さんの目がテン!」で,二ホンウナギの実験をしたという話題。
環境が違うと,性別の割合も違ってくる生物がいるんですね。
人間は強いから,あまり変化しないのかなあ。

所さんの目がテンご!(二ホンウナギ)


祝 137万アクセス達成!

今コメントの返事を書いて初期画面を見たら・・・・
やったあ,137万アクセス達成で~す!ヽ(´▽`)/

137(意味ない)なんて読まないでね。
137(イサナは鯨という意味があるのだ。
イザナギとイザナミという二柱の神様がいるでしょ。
あれはもともと外海の鯨のように大きな存在を神と考えたらしい。
それ以前は内海のアラだったらしい)

祝メール申し受けます。(笑)
前回の136万アクセスは,10月27日(金)でした。
それから,27日間で達成です。(o^-^o)

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一歩・二歩・散歩 11/23

昨日散歩をしながら考えたコース。

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Aコース・・・きつい登りの後,緩やかに下る(1キロ弱)

Bコース・・・柳瀬川の向こう側を大きく廻って帰る(1キロ強)

Cコース・・・Aコースの逆回り(1キロ弱)

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しばらくこれでやってみたい。(o^-^o)

多元的「国分寺」案内の資料集

尻に火が付かないとなかなか重い腰を上げないタイプだが,
11月に入ってかなり気にしてはいたのだ。(「夢ブログ」には書かないが)
上記の資料集は,このような構成になった。

(1) 「肥さんの夢ブログ」より

 ① 「国分寺」はなかった!
 ➁ 建康(南朝の都)は,東偏だった!
 ③ 正方位の都は,こうして生まれてきた(川瀬さん)
 ④ 上円下方墳は,新しい古墳

(2) 川瀬さんによる「武蔵(違う字かも)国府寺~武蔵国府」案

(3) 国分寺四中遺跡

(4) 泉官衙遺跡の遺構変遷図に,2つの王朝の「栄枯盛衰」を見た!

(5) 6枚の遺構変遷図

(6) 2つの王朝の「方位」の変遷

(7) 東偏5度の寺院と街並み

(8) 武蔵国分寺周辺地図

(9) 府中熊野神社古墳のパンフ2種

(10) ふちゅう地下マップ

これはかなり豪華な資料集になってしまった。
ちょっと赤字です。(o^-^o)

府中熊野神社古墳について

多元的「国分寺」案内の資料集に,
府中熊野神社古墳について入れておきたかった。
何しろ国分寺の「金堂以下の主要伽藍」と同じ7度西偏の傾きを持った古墳である。
関係ない訳がない(もしかしたら施主)と思うからである。

全国で6例という少なさだけれど,表と地図にしてみると,
何らかの統一性が感じられるのではないだろうか。
多元的「国分寺」研究のサイト風に分類してみると,
まず,上円化方墳は狭い時間的範囲に収まる。
そして,ほとんどが東海道沿いで,
本来なら九州王朝の基盤かもしれないが,
そこを制圧した記念碑のようでもある。

第一,7世紀半ばから8世紀初頭といえば,
大和王朝については上昇期ではあっても,
九州王朝にとってはかなりピンチの時だ。
九州を離れて上円下方墳など作っている場合ではない。

ということで,これは大和王朝に味方した豪族に許した,
あるいは大和王朝と婚姻関係を結んだ豪族に許した
褒美としての古墳の造り方のように思う。

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何よりこれは,天(上円)と地(下方)を支配していく意思(国家統治)
の宣言のように思うから…。

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2018年11月22日 (木)

新々アパートの建設 11/22

今日は保険会社の方が来て,契約をした。
地震保険を付ければ完ぺきとは思うが,
ものすごく値段が上がってしまうのでやめておいた。
ツー・バイ・フォーの丈夫さを信じて…。

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ここで朗報です!
早くも予約が入りました!!ヽ(´▽`)/
まだ完工していないのに早いと思うけど,
いつまでも入ってもらえないのはもっと辛いから,
うれしい予約です。

202号室は,旧アパートでは私が入っていた部屋だ。
遠くまで見えて眺めがいいです。
きっと素晴らしい方が入ることでしょう。(o^-^o)

※ 契約上,家賃が入ってくるのは,4月からです。
そこまで行けばホッと一息なのですが・・・。

息子の手料理 11/22

値下がりをきっかけに二品。

(1) ゆでブロッコリー

長く299円の高止まりだったが,今朝は159円に!

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(2) ぶり大根

おでんの下の方に残った大根と半額で買ったぶりの切り身を合わせました。

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「野良」の別荘

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中をのぞき

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辺りを見回し

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発泡スチロールの箱の間をゲットして

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爪を研げば

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そこは,おいらの別荘

隠れ脳梗塞

西城秀樹さんは2003年と2011年2回
脳梗塞で入院したことになっているが,
実は軽いものは8回あったと,
奥さんの書かれた本に出ているらしい。
(『蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年』)

隠れ脳梗塞がそれで,生活習慣病が関係が深いようだ。
早食い習慣・飲酒・喫煙など,
私も該当しそうな内容である。

せっかくもらった命なので,
全うできるようにしたい。
そこで,本日から一歩・二歩・散歩も始めた次第。

隠れ脳梗塞

https://news.nifty.com/article/item/neta/12180-129097/

30円の物を盗んだ罰金は?

物を盗むのはもちろんいけない行為である。
では,30円の物を盗んだら,
いくらくらいの罰金を払うのが相当なのだろうか。
島根県で実際に起きたできごとだそうだ。

30円の物を盗んだ罰金は?

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12184-44179/

いきものがかり「ぼくらのゆめ」

卒業を祝う会の返礼として3年生たちが歌ったのは,
いきものがかりの「ぼくらのゆめ」だった。

音楽の時間に習って,合唱コンでも学年合唱として歌った歌を
歌うと思っていた私にとって,
それは新しい曲を短時間に仕上げなければならないという
卒業前の忙しい時間をさらに忙しくさせるものだった。
(私自身の「卒業」も並行していたし)

1度決まりそうになった流行の曲は,他学年がやることがわかりダメ。
そんな中いきものがかりの歌の中で選考していた曲の中で,
「半分知られてはいるが,知られ過ぎてはいない曲」として,
「ぼくらのゆめ」を提案することになった。

各クラスにはCDをダビングして配り,
帰りの会などで練習してもらった。
また,学年練習では私が中心となり,
時にはサプライズでギターまで弾いて先導し,
やったのがこの曲だった。

いきものがかり「ぼくらのゆめ」

https://www.youtube.com/watch?v=yUSwJS2M48Y

もうすぐ137万アクセス

今日か明日か。
もうすぐ137万アクセスを達成できそうです。
♪少しずつ少しずつ,高みを目指していく・・・。(頭慢の歌の歌詞より)

頭慢「世の中の全ての事がわかるかい」

https://www.youtube.com/watch?v=lwct-nBKImY

年賀状には,「138万アクセス達成!」と書くつもりです。

一歩・二歩・散歩!

『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』の10巻には,
「コントロールケーキ」という素敵な話が出ている。
甘いものが大好きで,ダイエットに悩む母が,
「銭天堂」でゲットした「コントロールケーキ」で痩せる話だ。
しかし,話はそこで終わらない。
今度は娘がうらやましがって無理なダイエットに挑戦してしまう。
そして,最後には「コントロールケーキ」を求めて,
2人で自転車を使って「銭天堂」を探すことに。
結局「銭天堂」は見つからないのだが,
自転車で運動したおかげで筋肉が付き,
副産物として「ダイエット」を手に入れるというハッピーエンド。

今日から私はダイエットの旅に出る。
自転車ではなく,一歩・二歩・散歩である。
古代の哲学者は散歩しながら深く物を考えたといい,
かくいう私も遺跡のフィールドワークから,
少なからぬ示唆を受けてきた。

運動不足は人に言われなくても常日頃感じていることで,
上記の「コントロールケーキ」の話に出会ったのをきっかけに,
一歩・二歩・散歩をしてみようと思う。
果たして肥さんは「ダイエット」に出会うことができるか・・・。

少なくともご夫婦で朝の散歩をしていらっしゃるOさん夫妻には
会えるのではないかと思いますが。(o^-^o)

2018年11月21日 (水)

2019年度 年賀状文案

そろそろ年賀状を書く時期になりました。
私は「書く派」ですが,「消極的書く派」で,
つまるところ「返事は書く」というタイプです。

こちらからも数名は書きましたが,仮説の板倉聖宣さんも
古代史の古田武彦さんも亡くなってしまい,
こちらから出すという年賀状がほとんどなくなりました。

枚数はこれまで100枚買って,数十枚余り,
官製はがきや切手に替えています。
今年は現場を離れたので,70枚にして
「こちらから出す」を少し増やそうかなと考えています。
という訳で,来年度の文案を。(変更あり)

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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

【仮説実験授業】 昨年3月末で現役を退きました。
これまでどうもありがとうございました。
授業はできませんが,サークルや研究会に参加して,
ノーミソへの刺激をいただこうと考えています。
また,『たの授』誌への投稿を,編集委員としても,
続けてむいく所存です。

【古田史学】 古田武彦氏は亡くなっていますが,
その財産はたくさん残され,さらに古代史を解明する
べく,精進していきたいと思っています。

【肥さんの夢ブログ】 ブログを始めて14年目になり
ました。お陰様で138万アクセスを達成し,さらに未来
に向かう所存です。今後ともよろしくお願いいたします。

あなたへ[                          ]

住所・氏名・電話・メールアドレス


地面師とは?

積水ハウスが55億円騙し取られたということで,
地面師という言葉を知ったが,
地面師っていったいどういう詐欺なの?
というあなたに一応の回答を・・・。

ウィキペディア「地面師

https://ja.wikipedia.org/wiki/地面師

息子の手料理 11/21

今日は,おでんにしました。
寒くなると,おでんの美味しさがさらに増します。
野球で言うと,「ナボナはお菓子のホームラン王」であり,
「鍋物は冬のタイムリーヒット」なのです。(笑)

(1) ゆで卵の下ごしらえ
(2) 大根の下ごしらえ
(3) こんにゃくの下ごしらえ

この3つを同時並行してやると,
時間的にも半分で出来上がります。
練り物は最後に短時間で熱が通せますから。
また,火を止めて鍋に入れたまま夕飯まで放っておくというのも,
美味しくなる秘訣かも・・・汁が浸み込みますからね。

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頭慢ライブ@たかしの店(石垣島) 2018・11・10

うわーっ,またミスしてしまった・・・。
頭慢のライブが終わって10日も経っているのに,
リンクをし忘れていたのだった。

頭慢ファンの方々ごめんなさい。
ちゃんと約束の11月10日(土)にライブは行われていました。
そして,3日後にはアップしてくれていました。
悪いのはすべて肥さんです・・・。(。>0<。)

頭慢ライブ

http://20f.jugem.cc/?eid=435

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●第一部(「11月のメモリアル」)

1. ヤギのお母さん
2. 南の島に雪が降る ※
3. AGAIN
4. 僕は君を愛して君は僕を愛していたのに
5. ジングルベル
6. 涙のさいたま新都心

●第二部

7. さしみ屋
8. はばたけ平久保っ子
9. モズク海岸
10. 待ちぼうけ
11. Dead December
12. 葉音 – Sound of Leaf –

▼作詞:
8.平久保小学校幼稚園のみなさん
10.BARL
11.秋葉信雄+頭慢
そのほか、頭慢
▼作曲:
頭慢

来月は12月2日(日)の予定。

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それにしても,頭慢はすごい人だ。
これで21回目の石垣島ライブ。
「積み重ねの大切さと素晴らしさ」を知っている・・・
だから,人の心を動かす歌が創れるのだろうな。
「葉音– Sound of Leaf –」しみじみと聴きました。


【おまけ】 ※ 11/3(土) 石垣島まつり

「南の島に雪が降る」  by PIMENT ぴぃまん

https://www.youtube.com/watch?v=YauBgzuUa9g

ウェルカム 浅村選手!

西武の三番打者で,打点王の浅村選手が,
来季楽天に移籍することを決断したようだ。
これは朗報×3である。

今季投手が頑張っても得点が足らずに落とした試合が多かった。
もし浅村選手が加われば,打線の厚みが出ることは必至。
(今季は,打率.310、32本塁打、127打点)

優勝チームから浅村選手を迎え,
その勢いで最下位からの優勝を!

楽天が西武FA浅村獲得“人の縁”で争奪戦制す

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181120-00000058-tospoweb-base

小中生スマホ所持率アップ

以前,中一(2割),中二(4割),中三(6割)と言っていたことがあったが,
スマホ熱は小学生にも感染し,驚きべき所持率となっているようだ。
「これからは,持っていない人が“希少価値”」という時代だと思うのだが・・・。
よくこれで「個性の時代」と言えたものである。

小中生スマホ所持率アップ

https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201807/20180707_13017.html

2018年11月20日 (火)

『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』が10巻に

子どもたちに大人気だという本を紹介しよう。
題名は『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』(偕成社,900円+税)。
廣嶋玲子・作 jyajya・絵ということである。

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紅子(べにこ)さんという謎の女性が
ふしぎな駄菓子を売っていて,
それを買うと願いがかなったり,
悩みが解決するというストーリーだ。

ちょっとドラえもんみたいで,
願いがかなったり悩みが解決したりするのだが,
それが行き過ぎると「過ぎたるは及ばざるが如し」で,
たいていそのあとにさわやかな教訓が残されている。
なかなか教育的な本でもある。

特に10巻の初版には「銭天堂新聞」が付いていて,
これまで登場してきた「ふしぎ駄菓子」が出ている。
1巻だけ買うなら,この1冊がお得かも。

銭天堂の公式サイト

https://www.kaiseisha.co.jp/special/zenitendo/

あなたの今日の「運命の駄菓子」もわかりますよ!(笑)

私は「今日は勘がさえます」ということで,「第六“缶”」でした。

11/19が「世界トイレの日」だって知っていましたか?

私は現役の教員の時に,生徒会本部担当が多かったのですが,
2013年に始まったこのユニセフの取り組みは知らなかった。
本日「九想話」を読んで知ったので,「善は急げ」お知らせします。

世界トイレの日

https://markezine.jp/article/detail/18836

世界の75億人のうち,トイレを使えるのは3分の1の25億人だそうです。
そして,トイレのない環境は幼い命を奪う危険な環境でもあるのです。

私たちは何気なくトイレに行きますが,たまにはこんなことも考えてみましょう。
「世界でトイレを使えるのは,3人のうち1人だけだ」という事実を・・・。

2018年11月19日 (月)

多元的「国分寺」案内の下見

昨日は少し時間があったので,
今週の金曜日に行われる多元的「国分寺」案内の下見をしてきた。
いくつかの収穫があった。

(1) 武蔵国分尼寺

版築の様子を見られたらいいと思う。時間があれば

(2) 国分寺四中資料館

厚手の武蔵国分寺周辺の地図が10月に復活した!ヽ(´▽`)/
わざわざカラーコピーを取らなくても大丈夫だ。

さらにうれしいことに,私たちが四天王寺式と見ている僧寺の敷地内の発掘が,
前より増えているようである。チェックする必要がある!(o^-^o)
では,その図をどうぞ!

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< 拡大

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(3) 武蔵国分寺跡資料館

前に多元的「国分寺」研究のことをお話しした若い学芸員の方に,
「今ここまで研究が進みましたよ」と報告することができた。
また,『武蔵国分寺跡発掘報告書ⅩⅧ』が本棚に入れられていた。
さらに,ここでも厚手の地図がいただけることが分かった。
なお,四中出土の鈴はここに来ている。

(4) 武蔵国分寺の観光化

武蔵国分寺は今「観光客を呼べる施設」として「お色直し」をしている。
だから,それが完成すると週末は,だいぶひとが増えると思われる。
それが正しい歴史の理解へとつながればいいのだが,
741年の聖武天皇の「国分寺建立の詔」から始まる「日本書紀」「続日本紀」の
通説型国分寺説にとどまることになり,お金をかけてかえって
本当の国分寺の歴史から遠ざかることにならないか心配である。
(日本人は,2度通説を頭に焼き付ける。小中学生の時と退職後に・・・)
国分寺の本当の歴史を知りたい方は,ぜひ多元的「国分寺」研究サークルへ。

※ 国分寺の前身である国府寺の古いものは,聖武天皇より100年も前に,
九州王朝によって建てられていた。聖武天皇はそこに「七重塔を付け加えよ」と命令した。
これが「国分寺建立の詔」の内容である。現代語訳もあるのでぜひ読んでみて下さい。

新所沢の友人たちが酒処「まこ」を訪問

36年間行った先生稼業のうち34年間住んだ新所沢には,
今でもたくさんの友人たちが住んでいるが,
そのうち2人が酒処「まこ」を訪問してくれた。
Sさんと幸ママの2人である。
(もう一人來る予定だったが,土曜日に張り切り過ぎて,
体調がイマイチとかで・・・)

口開けの午後5時5分に入店したところ,
そこにはすでに常連のSさんが座っておられ,
座敷のこたつ作りの方に座ることにした。

昨日「明日3人連れてくるからね」と言っておいたことで張り切ってくれたのか,
メニューも充実していて,もつ煮も新たに作られていて美味しかった。
3人の話も今昔に冴えわたり,楽しい時間があっという間に経った。

飲み物は,ビール→芋焼酎の水割りに。
食べ物は,もつ煮,チーズ揚げ二種,キムチ,ぬか漬け,豚のあたりめ。

今週も火曜日が「まこ」「福ちゃん」のダブル定休日なので,
「幸」に行けるのではないかな?

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ТKGといっても,アイドルグループの名ではありません

山田さんが,ТGKについて書かれていて,
調子に乗ってコメントしていたら,
これはけっこう面白いネタ(しかも考えさせるネタ)だと思い,
コメントをアップさせていただきます。

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山田さんへ
ТKGという3文字から,また新しいアイドルグループが
誕生したかと思ってしまいましたが,
「卵かけご飯」のことだったんですね。(笑)

確かに他の国でやったら,食中毒の恐れがありそうなので,
「卵かけご飯」をネタに,「食べたい人は,日本に観光に来てね」と
観光資源として使えるかも。卵とご飯だから,元手も掛からないし。

日本は昔から「資源がない」と言われてきましたが,
「健康になりたければ,日本食を食べにきませんか?」という手はありそうです。
実際MRIなどの機械を使った,メディカルチェックなどをツアーに入れている
という話を聞いたことがありますし,高齢化社会を利用した世界戦略は,
「健康」の二文字がキーワードとなりそうです。

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「ТKG(卵かけご飯)」考

http://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/2018/11/post-5588.html

YouTube「惊奇日本 【ビックリ日本】」

https://www.youtube.com/watch?v=sSb2SkXIouE

2018年11月18日 (日)

「悪魔のおにぎり」が進化!?

例の「悪魔のおにぎり」が進化!?し,
3~4個分のパックとして発売されたようだ。

「悪魔のおにぎり」がさらに進化
魔性力アップであなたを虜に

https://news.nifty.com/article/economy/economyall/12144-126453/

息子の手料理 11/18

今日は,ヒレカツ卵とじ。
昨日スーパーの総菜コーナーで,
半額になっていたヒレカツを発見。
玉ねぎをかつおだしで煮て,ヒレカツと卵とじにしたら美味しそう!
ということで作ってみました。
母の反応は,またPSで紹介しましょう。(笑)

Dscn4261


北西部の倉庫群は西偏か?

川瀬さんの書いて下さったコメントは,図がないとわかりにくいので,
ここでアップさせていただきます。

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追伸
 北西部の倉庫群に道路遺構がないという根拠を示すのを忘れていました。

遺構群の詳細な全体図

 http://mokuren.nabunken.go.jp/NCPstr/strImage/m102239-18089/up-all.jpg

 これがこの遺構群の詳細な全体図です。道路があれば硬質面が出土するはず。

 ただこの倉庫群を私たちも西偏としましたが、東偏とした方が良いかもしれません。
 それはこの東方に東偏25度ほどの南北の大きな道路があり、それにそって東偏の大規模な官衙遺構があるからです。この南北道路に直交する道路をその西側につくり、その道路にそって倉庫群を建てたのだとしたら、これは当然東偏の建物群です。

年代別の遺構図

 http://mokuren.nabunken.go.jp/NCPstr/strImage/m102239-18089/up1.jpg

 この年代別の遺構図でみると、南北棟の大きな建物がいくつもあるが、その長辺の向きが北東側と南西側にほとんど向いているので、東偏としてもおかしくないと思います。

2018年11月17日 (土)

寂しき番付表

この「夢ブログ」でも取り上げた稀勢の里は,
4日目も負けて,5日目から休場。
このままだと引退は必至か。

ということで,今場所前半で,
早くも番付表から横綱は消えた。
寂しき番付表をリンクします。

寂しき番付表

https://sports.yahoo.co.jp/sumo/torikumi/hoshitori/?bashoId=201811

今後の楽しみは,大関・高安など7人が
1敗まででとどまっているので(貴景勝のみ全勝),
誰が優勝するかということになる。
あなたは誰が優勝すると思いますか?

社会科サークル 2018年11月

昨日は,上記のサークルに参加してきた。
参加者は6名(大石さん,宮崎さん,篠原さん,小池さん,越後さん,私)。

メインの報告は,宮崎さんの「中学年の授業アラカルト」だった。
「所沢基地探検」,「ちいちゃんのかげおくり」などお得意の内容が,
若い先生方の参考になるようにわかりやすくまとめられていた。

ただ,もっとたくさんの若手の先生の参加があれば,
さらにその「財産」の継承ができるのになあ,ということだった。
越後さんが午後8時に登場だったし,本田さんはいらっしゃらなかった。
そして,○〇さんや△△さんも部活で忙しいのか姿が見えない。

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いろいろな「お土産」が提出されたが,私も次の2点を持って行った。
・ 発掘結果から2つの王朝の「栄枯盛衰」が見えた!
・ 2つの王朝の「方位」の変遷

次回は,12月7日(金)です。
もう予約を入れました。
昨日と同じ第6学習室です。
(階段から一番近い部屋)

2018年11月16日 (金)

息子の手料理 11/16

今日は,鶏ミートボール鍋です。
プロ料理家のしょうがを効かせた塩味スープが,
食欲をそそります。

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PS 母が帰宅してしばらく経ったので,
鍋の減り具合を見に,台所に行きました。
すると.この鶏ミートボール鍋は,
母のお気に入りになっていたことがわかりました。
また近日中にやってみましょう。(o^-^o)

東山官衙遺跡周辺地区の報告書と図

東山官衙遺跡周辺地区の報告書があったので,リンクした。

東山官衙遺跡周辺地区

https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/10303

時間がない人は,中心部の図だけでもどうぞ・・・。

中心部の図

Dscn4257


上町台地北端部遺構の造営方位

「洛中洛外日記」に上記の記事が掲載されました。
私の仮説に関わることですので,コピーさせていただきます。
研究会の皆さんに方位について関心を持っていただくことは,
どちらかというと文献に偏りがちな多元的古代の研究を
考古学に引き戻すという意味でも素晴らしいことのように思います。

なお,2年前に埼玉県所沢市から東京都東村山市に引っ越し(隣の町ですが).
本年4月からは同じ敷地内の母屋に移りましたので,東村山市が正しい住所です。

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古賀達也の洛中洛外日記

第1782話 2018/11/08

上町台地北端部遺構の造営方位

 肥沼孝治さん(古田史学の会・会員、所沢市)により、古代遺構の中心線の振れ方向に時代や王朝毎に一定の傾向があり、その傾向差を利用して遺構の編年が可能とする仮説が発表されました。とても興味深い仮説であり、わたしもその推移を注目しています。他方、遺構の造営方位はそれほど単純な変遷ではなく、個別に精査すると複雑な状況も見えてきます。本稿では六世紀~七世紀における大阪市上町台地北端部遺構の造営方位とその背景についての研究を紹介します。

 その研究とは「洛中洛外日記」1777話(2018/10/26)「難波と筑前の古代都市比較研究」で紹介した南秀雄さんの「上町台地の都市化と博多湾岸の比較 ミヤケとの関連」(大阪文化財研究所『研究紀要』第19号、2018年3月)という論文です。同論文には六世紀における上町台地北端の遺構について次のように説明されています。

 「上町台地北端では、台地高所を中心に200棟以上の建物が把握されている。竪穴建物は6棟のみで他は掘立柱建物である。傾向として、中央部(現難波宮公園)には官衙的建物があり〔黒田慶一1988〕、その北西(大阪歴博・NHK)には倉庫が多い。中央部から北や東では、手工業と関連した建物群がある。また規模や区画施設から『宅』、瓦の点在から寺院の存在が予測される。」(6頁)

 そして、「北西地域の建物変遷(旧大阪市立中央体育館地域)」の時代別の遺構図を示され、次のようにその建物の方位について述べられています。

 「北西地域の建物群は、約150年間、北西-南東または北北西-南南東を向いている。地形に合わせたというより、近くを通る道に合わせたためと考えられる。(中略)津-倉庫群-官衙域という機能の分化・固定と歩調を合わせて、それらを結ぶ道が固定し、その道に方向等を合わせるように屋敷地や土地利用の固定化が惹起されていった。」(7頁)

 このように上町台地北端部付近では六世紀から七世紀前半の150年間は中心線を西偏させた建物群が造営され、七世紀中頃になると正方位の前期難波宮や朱雀大路・条坊が造営されます。難波京や前期難波宮のような正方位の都市計画や宮殿・官衙の造営には権力者の意思(設計思想)の存在を想定できますが、それ以前の150年間は単に2点間を最短距離で結んだ直線道路に合わせて建物造営方位が設定されたことになり、それは「思想性」の発現というよりも、都市の発生に伴う「利便性」の結果と言わざるを得ません。従って、そうした「利便性」により、たまたま成立した同一方位を持つ建物群の場合は、その方位に基づく編年は適切ではないことになります。
 以上のように考えると、ある権力者(王朝)の方位に対する思想性の変遷をその遺構の編年に用いる場合は、少なくとも次の条件が必要と思われます。

①権力者の意思が設計思想に反映していると考えられる王宮や中央官衙、あるいは都の条坊などの方位を対象とすること。
②それら対象遺構の造営年代が別の方法により安定して確定していること。
③それら遺構の方位が自然地形の影響(制約)を受けていないこと。
④より古い時代の「利便性」重視により造営された道路等の影響を受けていないこと。
⑤地方官衙・地方寺院などの場合、中央政府の設計思想の影響を受けており、その地方独自の影響等を受けていないこと。

 およそ以上のような学問的配慮が必要と思われます。これらの条件を満たした遺構の方位の振れに基づき、新たな編年手法が確立できれば素晴らしいと思います。
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2つの王朝の「方位」の変遷

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/11/post-26d9.html

和泉官衙遺跡の遺構変遷図に,2つの王朝の「栄枯盛衰」を見た!

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/10/post-e73e.html

百田尚樹著『日本国紀』に「古田武彦・九州王朝」

「古賀達也の洛中洛外日記」に上記の記事が載っていたので,
コピーさせていただく。
私も書店で百田氏が変わった題名の本を書いているなあと思っていたが,
まさか「古田武彦・九州王朝」が話題になっているとは思わなかった。

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古賀達也の洛中洛外日記

第1784話 2018/11/13

百田尚樹著『日本国紀』に「古田武彦・九州王朝」

 出版不況の最中、驚愕の一書が出現しました。ベストセラー作家で映画「永遠のゼロ」「海賊と呼ばれた男」の原作者である百田尚樹さんの新著『日本国紀』(幻冬舎、有本香編集。2018年11月10日発行。1,800円)です。同書の帯には「幻冬舎創立25周年記念出版」と銘打たれ、「私たちは何者なのか。」「当代一のストーリーテラーが、平成最後の年に送り出す、日本通史の決定版!」とあり、表紙の印刷や紙質、製本は高品質・高級感に溢れており、幻冬舎の並々ならぬ熱意が感じ取れます。

 同書は出版前の18日間にわたり、アマゾンの「予約一位」が続くという驚異的現象を起こし、当初10万部を予定していた初版印刷は、幻冬舎社長・見城徹氏の「社運を賭ける」との決断により30万部に引き上げられ、更に10万部の増版を決定したとのことです。わたしは同書の発行を事前に知り、注目していましたが、購入するか否かは決めていませんでした。ところが、『日本国紀』に古田先生の九州王朝説が紹介されていることを、日野智貴さん(古田史学の会・会員)のFACEBOOKにより知り、昨日、出張前に京都駅構内の書店で購入しました。

 509頁に及ぶ大著ですが、その第一章「古代~大和政権誕生」の「朝鮮半島との関係」「倭の五王」「古墳時代」に古田先生と九州王朝のことが次のように紹介されていました。

 〝日本の歴史を語る際に避けて通れないのが、朝鮮半島との関係である。(中略)もしかしたら、朝鮮の記録にある日本からの派兵は、地理的な条件を考えると九州の王朝からのものであった可能性が高いと私は見ている。〟(22頁)

 〝(前略)この五人の王は「倭の五王」と呼ばれていて、中国の記録によれば、その名は讃、珍、済、興、武となっている。日本の歴史学者の間では、讃→履中天皇、珍→反正天皇、済→允恭天皇、興→安康天皇、武→雄略天皇というのが一応の定説となっているが、私はまったく納得がいかない。(中略)在野の歴史家である古田武彦氏などは、倭の五王は九州王朝の王だったのではないかとする説を述べている。〟(27-28頁)

 〝不思議なことは、なぜ巨大古墳が突如、大阪平野の南に現れたのかである。時期的には、前述の仲哀天皇から応神天皇の世に重なる。私は、九州から畿内にやってきた王朝が大阪平野に勢力を広げたのではないか(九州王朝による二度目の畿内統一)と想像するが、残念ながらこれも文献資料はない。〟(29頁)
 同書には歴史学者の名前はほとんど記されておらず、そうした中でこのように古田先生の名前と九州王朝説を

〝好意的〟に紹介されていることに、わたしは感動しました。もちろん、百田さんの意見と古田説が完全に一致しているわけでもなく、とりわけ七世紀からは大きく異なっているのですが、古代史学界が古田説をほぼ完全に無視している現状と比べれば、まことに誠実な執筆姿勢と言うほかありません。この他にも、古田先生の名前は出されていないものの、随所に古田先生の著書の影響を受けていることを感じとれる部分が見えます。たとえば次のような表記です。
 
〝大和朝廷が邪馬台国なら、当時の大国であった魏から「王」に任ぜられ、多くの宝物を授かった出来事が(記紀に〔古賀注〕)一切書かれていてないのは不自然であり、このことが、私が「邪馬台国畿内説」をとらない理由の一つでもある。(中略)

 私は、大和朝廷は九州から畿内に移り住んだ一族が作ったのではないかと考える。記紀にも、そのようなことが書かれている。いわゆる「神武東征」(神武東遷ともいう)である。(中略)こういったことから「神武東征」は真実であったと私は考えている。〟(19-20頁)

 〝つまり奈良にあった銅鐸文化を持った国を、別の文化圏の国が侵略し、銅鐸を破壊したと考えれば辻褄が合う。
 もし神武天皇に率いられた一族が銅鐸文化を持たない人々であり、大和平野に住んでいた一族が銅鐸文化を持つ人々であったとしたら、どうだろう。神武天皇の一族が銅鐸を破壊したとしても不思議ではない。そして後に大和朝廷がじわじわと勢力を広げ、中国地方の銅鐸文化圏の国々を支配していく中で、被征服民たちが銅鐸を破壊されることを恐れてこっそりと埋めたとは考えられないだろうか。

 もちろん、そうしたことをはっきりと記した史書はない。しかし中国地方から出土する銅鐸が丁寧に埋められ、奈良で出土する銅鐸の多くが破壊されているという事実、そして記紀の中の「神武東征」から、そう類推されるのである〟(21頁)

 〝「日出ずる処の天子より」という書を送ったのは聖徳太子ではないという説がある。『隋書』には、書を送ったのは倭の多利思比孤という名の王であると書かれているからだ。妻の名は?彌、皇太子の名は利歌彌多弗利とある。いずれも『日本書紀』にはない名前である。さらに倭(『隋書』では「イ妥」となっている)の都は「邪※堆」で、噴火する阿蘇山があると書かれている。したがって多利思比孤は九州の豪族であったのではないかと述べる学者がいる。また『日本書紀』には聖徳太子がそういう書(「日出處天子」云々)を送ったとは書かれていない。〟(41頁) ※は「麻」の下部に「非」。

 以上のように、百田さんが古田説の影響を色濃く受けていることは想像に難くないところです。当代のベストセラー作家による恐らくはベストセラーになるであろう著作(通史)の冒頭部分に「古田武彦」と「九州王朝」の名前が記されたことのインパクトはとてつもなく大きいのではないかと、わたしは想像しています。

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山田さんもこの書について書いておられるので,
リンクさせていただきました。

皇国史観まるだしの書(山田さん)

http://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/2018/11/post-7bfe.html?cid=142236628#comments

息子の手料理 11/15

いただいた新米と松茸ごはんの素を使って,
松茸ごはんを炊いてみた。
やはり松茸は香りがいいですね。
「松茸を食べてるぞー」というと.気分もいいし・・・。

Dscn4249

もう一品。冬ホウレンソウのおひたし。
漬物ばかりでは塩分取り過ぎなので,
安く食べられるようになったホウレンソウを茹でた。
根っこを先に茹で.それから葉の部分を茹でると全部食べられます。
時間がないと捨てちゃうけど…。

Dscn4248


侍ジャパン最終戦も白星(日米野球第6戦)

日040000000計4
米000000010計1

侍ジャパンが最終戦も白星で飾った。
5勝1敗は素晴らしい成績だと思う。
よく打った.よく投げた.よく走った。
これを肴に,今日も乾杯しよう!(笑)

日米野球第6戦ダイジェスト(動画)

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/1011698

2018年11月15日 (木)

フレンチレストランでランチをしてきました

先日酒処「まこ」でお会いしたТさんの息子さんがやっている
フレンチレストランでランチをしてきました。
JR四つ谷駅から徒歩5分のビルの谷間にその店はありました。

Dscn4244

そんなに混んではいなかったので,シェフ(Тさんの息子さん)とも
わりと話ができました。
ランチプレートは,AとBの2つに分けられていて,
どちらかを選ぶという形になっていました。
料理も良かったし,あれでワインがあれば言うことなしなのですが,
お昼からアルコールという訳にもいかないしねえ。

あの後,神保町の三省堂ですごい本
(壇の越遺跡=東山官衙遺跡群)と出会えました。
フレンチのランチがパワーを与えてくれたためでしょうか?(o^-^o)

壇の越遺跡(東山官衙遺跡群)は,「北の太宰府」みたい

壇の越遺跡(東山官衙遺跡群)は,「北の太宰府」みたいだ。
南に広がる平野に地割をし,中枢部は要害の地。
さらに周囲を土塁や築地に守られた姿は,
もし太宰府が危なくなったら.遷都しようとしている「副都」のようだ。
もしかしたら九州王朝が作った東山道は,
ここが最終の地だったのかもしれない。
(東北遠征は別として)

念のために奈良文化財研究所のデータベースにもあたってみた。
たくさんの項目がチェックされていた。

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上の写真の本の中の前川佳代さんの「古代地方都市の“かたち”」に,
下の東山官衙遺跡群全体復元図が出ていました。

Тさんの息子さんのフランス料理店

先日酒処「まこ」でご一緒したТさんの息子さんがやっている
四谷のフランス料理店「」の記事を検索してみた。
とりあえず,ランチのことから。

ランチ料理

https://tabelog.com/tokyo/A1309/A130902/13220933/dtlrvwlst/B352177188/?lid=unpickup_review

房Yaの場合と同じように.シェフが料理を作り,
それをお客さんに届けてくれる方がいるようである。
最後にカレーで締めるのは「まんまる」系であるが・・・。
まあ,美味しければいいのだ。
楽しみにしておきたい。

他のサイトを見ると,こんなのも出ていた。

ホット・ペパー「リザー(山鹿)」

https://www.hotpepper.jp/strJ001200273/

食べログ

https://tabelog.com/tokyo/A1309/A130902/13220933/

稀勢の里,4連敗・・・

稀勢の里,4連敗・・・

https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2018/11/14/kiji/20181114s00005000275000c.html

今後の稀勢の里の進退は?

[予想]

ア.休場。引退
イ.千秋楽まで戦う
ウ.その他

ぜひコメント入れて下さいね。

改元まで.あと半年・・・

今年は平成に改元されてから30年で,
還暦を迎えた私にとっては昭和が30年間,平成が30年間という
ちょうど半々の人生である。
研究にとっては長い人生も大切なので,次の年号も30年といきたい。

さて,この年号(元号)は,701年に建元されたことをご存知だろうか。
「えーっ,大化じゃないの?」という人は,教科書で教わったことを
そのまま信じて育った人で,「続日本紀」にはちゃんと「大宝」が最初だと書いてある。
つまり,大和王朝の年号のスタートは,大化ではなく大宝だったのである。
「では,その前は年号はなかったの?」と思ったあなたは,なかなかセンスがいい。
実は,全国の寺社縁起などにたくさん例を残す,九州年号があったのである。
時々その例を載せてきたが,改元まであと半年ということで,
この機会に掲載させていただく。

大化もこの中にある。ただし時期はちがう。
また白鳳文化の白鳳もある。
これらは九州王朝が定めたもので,
今では約200年続いたことがわかっている。

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2013年11月24日 (日)

● 九州年号を探そう!

歴史上「九州年号」と呼ばれる古代の年号群がある。
6世紀前半から8世紀初頭にかけて作られたもので,
主に神社や寺の縁起などに登場する。
干支で並べると隙間なく並べることができるので,
統一権力による年号と考えるのが正当な評価だと思う。
(明治以降,私年号や偽年号といった差別的な扱いを受けたが,
江戸時代にはそうではなかったとのこと。どちらが学問的か)

古代史研究というと,何か難しいことのように思えるが,
この九州年号が寺社縁起に登場するかどうか探すという方法で,
古代史研究を楽しむというやり方もあると思う。
縁起はたいていその寺社がいかに長い歴史を持つのか
という観点で書かれているので,
その冒頭に九州年号が使われることがあるのだ。

「続日本紀」によると,701年には大宝年号が建元される。
つまり大和年号(近畿天皇家の作った年号)がここでスタートしたのだ。
聖武天皇も詔勅の中で,「白鳳以来,朱雀以前」という形で,
九州年号の存在を語ってくれている。
だから,それ以前に建てられた寺社は,
九州年号を使っている可能性が高いか,
または「日本書紀」の影響で書き換えられた。
いずれにしても,「九州年号を探そう!」という観点は,
古代史入門にとってもいいきっかけを作ってくれると思う。
最後に,「九州年号の一覧」をどうぞ!

継体・・・517~521年(5年間)
善記・・・522~525年(4年間)
正和・・・526~530年(5年間)
教到・・・531~535年(5年間)
僧聴・・・536~541年(5年間)
明要・・・541~551年(11年間)
貴楽・・・552~553年(2年間)
法清・・・554~557年(4年間)
兄弟・・・558年(1年間)
蔵和・・・559~563年(5年間)
師安・・・564年(1年間)
和僧・・・565~569年(5年間)
金光・・・570~575年(6年間)
賢接・・・576~580年(5年間)
鏡当・・・581~584年(4年間)
勝照・・・585~588年(4年間)
端政・・・589~593年(5年間)
告貴・・・594~600年(7年間)
願転・・・601~604年(4年間)
光元・・・605~610年(6年間)
定居・・・611~617年(7年間)
倭京・・・618~622年(5年間)
仁王・・・623~634年(12年間)
僧要・・・635~639年(5年間)
命長・・・640~646年(7年間)
常色・・・647~651年(5年間)
白雉・・・652~660年(9年間)◆
白鳳・・・661~683年(23年間) 白村江の戦いで,改元ができなかったためか?
朱雀・・・684~685年(2年間)
朱鳥・・・686~694年(9年間)◆
大化・・・695~703年(9年間)◆
大長・・・704~712年(9年間)

日本書紀によると,年号は大化(645)から始まり,
飛び石的に白雉や朱鳥があり,
大宝(701)につながるというのだが
およそ年号というものは「すき間なく続いている」
ことに意義があるのであり,
それでこそ年代のモノサシ足りうるのだ。
その点,日本書紀に出てくる3つの年号は
そもそも「年号」としてのテイをなしていないのである。
なお,712年という年号は「古事記」の作られた年だ。
大和中心の歴史がまとめられた年に
九州年号も終わる。

府中研究会 11/14

多元的「国分寺」研究ということで,
武蔵国分寺を中心に研究を進めてきたが,
それがさらに広がって武蔵国府研究につながり,
両方を含めた多元的古代の研究に膨らんでいる。

最初は難しい問題集の「応用問題」から解き始めてしまったようで,
右も左も(さらに上も下も)わからなかったが,
あっちへ飛びこっちへ戻りしつつ,
全国の国府・国分寺を考えるもとが築けたらうれしい。

思えば,東山道武蔵路の研究(2012年)に続いて,
多元的「国分寺」研究をしようとした時(2013年頃),
私が持っていた「武器」は,
「塔が正方位なのに,なぜか金堂等の伽藍が7度西偏している」ということを示す
武蔵国分寺跡資料館で配布された1枚の地図だけだった。
その違和感が,川瀬さんや山田さんをはじめとした皆さんとともに
次第に明らかにできたことは,私の後半生だけでなく,
これからの歴史研究にとっても決して小さくない階段を
一段上に登り始めたと思っている。(アポロの月面着陸ではないが)

昨日も,まず軒丸瓦の件で,川瀬さんが武蔵国分寺の講堂下から
瓦の存在を発見したことからスタートし,(瓦の編年が訂正できるかも!)
先日の三ツ寺Ⅰ遺跡のことや正方位と西偏のチェックをしたりで時間を過ごした。

2人の住む町の真ん中に国分寺市や府中市があり,
その資料館や図書館の揃えている発掘調査報告書を自由に閲覧でき,
また気になる場所をフィールドワークできるというのも,
この研究を進めるのに大いに役立った。

日本書紀の中の375回の「詔」の分布

先日,日本書紀の中の「美濃」の分布を全文検索をやったら,
なかなか面白い結果を得た。
「柳の下にもう一匹」ということで,今回は「詔(みことのり)」でやってみた。
「詔」とは天皇の出した命令のことです。
何か面白い結果は出たかな?

『岩波古典文学大系』に掲載されているページ数
〇=10ページ ・=1ページ ●=「詔」1回

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

神代 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇・・・・ 
神武 ・・・・ ●
綏靖 ・・
安寧 ・
懿徳 ・
孝昭 ・・
孝昭 ・・
孝靈 ・・
孝元 ・・
開化 ・・・・
崇神 〇〇 ●●●●●●●●● 9
垂仁 〇〇・・・・・・・ ●●●●●●●●●●●●●● 14
景行 〇〇〇・・・・・・  ●●●●●●●●●●●● 12 (注 成務にかけての数)
成務 ・・・・ 
仲哀 〇 ●●●
(神功) 〇〇〇・・ ●●
応神 〇〇 ●●●
仁徳 〇〇〇・・・・・・ ●●●●●
履中 〇・・ ●●●(反正にかけての数)
反正 ・・
允恭 〇・・・・・・・・ ●●●(安康にかけての数)
安康 ・・・・・・
雄略 〇〇〇〇・・・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 19
清寧 ・・・・・・ ●●●●●●●●●● 10 (顕宗にかけての数)
顕宗 〇・・・・・・・・
仁賢 〇
武烈 〇 ●●
継体 〇〇〇 ●●●●●●●●●●●● 12
安閑 ・・・・・・・・ ●●●●●●●●● 9 (宣化にかけての数)
宣化 ・・・・・・                                 
欽明 〇〇〇〇〇 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●↘
敏達 〇〇・・ ●●●●●●●●●●●●● 13         ↘●●●●●●●●●●●●●● 44
用明 ・・・・・・ ●●●●●●●●●● 10 (崇峻にかけての数)
崇峻 ・・・・・・・・
推古 〇〇〇〇・・・・ ●●●●●●●●●●● 11
舒明 〇〇 ●●●●●●●●●●● 11
皇極 〇〇〇・・ ●●●●●●
孝徳 〇〇〇〇〇〇・・・・・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●↘
斉明 〇〇・・・・・・ ●●●●●                     ↘●●●●●●●●●●●●●●● 45
天智 〇〇〇 ●●●●●●
天武 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇・・ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●↘
             ↘●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 63
持統 〇〇〇〇〇・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●↘
             ↘●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 51             
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

① 天武 63回
➁ 持統 51回
③ 孝徳 45回
④ 欽明 44回
次 雄略 19回

記載ページが多ければ,当然「詔」も多くなりそうな気がしますが,
必ずしもそうでない天皇もいるようです。
④欽明天皇は「えーっ,そんなに多いんだ!」と驚きました。
また,次点の雄略天皇は,③欽明天皇の半分以下です。
そして,九州王朝説に従えば,彼らは700年までは大王であり,
「詔」を出せないわけですから,九州王朝の天子が出したものを
当然大和の天皇の名で記しているということになるのだと考えられます。
そして,その人物の名は,ほとんど明らかになっていません。

連夜の逆転勝利(日米野球第5戦)

米021101000計5
日01000041×計6

連夜の逆転勝利で,4勝1敗とした。
米国も序盤から小刻みに得点をあげたが,
7回が明暗を分けた。
残るはあと1戦だ。

第5戦ダイジェスト(動画)

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/1008506

2018年11月14日 (水)

横綱・稀勢の里ピンチ!

「一人横綱」の稀勢の里が,初日から3連敗。
早くも引退がささやかれている。
というのも,先場所の成績=10勝5敗に追いつくには,
残り12日を10勝2敗という驚異的ペースで戦わなくてはならないし,
勝ち越しにしても8勝4敗(2勝1敗ペース)でいかなくなはならない。

しかし,横綱の意地にかけて戦い続けてほしい。
たとえ負け越して,引退をすることになろうとも,
「精一杯やりました。これがその結果です」と言えるように・・・。
私は稀勢の里の「不屈」を信じたい。w(゚o゚)w

初日から3連敗の稀勢の里,14日も出場へ

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181114-00000066-spnannex-spo

大谷に今季の新人賞

大谷が二刀流で,打者として22本塁打,投手として4勝が評価され,
新人王をもらうことができた。
例年なら選ばれるであろう選手もいたようだが,
華やかさの点で上回ったのか。

私は投手としての4勝は,2敗を引くと+2勝だと思うので,
来季からは打者に専念してほしいと思う。
投手はひじ等の故障もあり,選手生命を短くする。
そして,打率3割,本塁打30本,30盗塁してほしい。

大谷 新人王の喜び語る

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/11/13/kiji/20181113s00001007085000c.html

イチロー 大谷の新人王を祝福

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/11/13/kiji/20181113s00001007227000c.html

小技を駆使して王手に(日米野球第4戦)

日000000014計5
米010000110計3

日本が小技(盗塁やスクイズ,ゴロゴー)を駆使して,
9回に2点差を逆転した。
これで日本は3勝1敗。
今回の日米野球で王手をかけた。

第4戦ダイジェスト(動画)

https://sports.yahoo.co.jp/video/player/1005281


新々アパートの建設 11/13

昨日は,午前中に自転車置き場を作っていた。
半日でできたので,きっとキットがあるのだろう。(笑)

Dscn4242

そして,もうすぐできるのがカッコイイ囲いだ。(笑)
それもできたら紹介しましょう。

晴れ時々「野良」

朝と夕に餌をもらうときは,
「二ャ~」と猫なで声を出す癖に,
昼間出会った時は,やけに距離を取ります。
写真を撮った後近づこうとしたら,
逃げて行ってしまいました。

Dscn4241


息子の手料理 11/13

長ネギをたくさんいただいたので,
肉豆腐を作ってみた。
普段は入れたり入れなかったりするのだが,
せっかくなので大量に導入。
つまんでいるうちに長ネギは少なくなり.
最終的に「大量導入」の面影はなくなって.
ラストに入れた豆腐がやけに面積を取っています。(笑)
1回食べたら,また長ネギを投入しよう。

Dscn4240


2018年11月13日 (火)

歌とおしゃべりの会

母が楽しみにしている集まりに,
歌とおしゃべりの会がある。
1キロほど歩いたところにある集会場で
それは月に1回行われている。

母がそれに行きたがるのは,
歌の伴奏にメロディオンを弾くことができるからだ。
それができるのは母だけで,
きっと頼りにされるのがうれしいのだろう。
先日は「今月はないよ」という制止を聞かずに出かけ,
転んでたんこぶを作って帰ってきた。

その母が楽しみにしている会なのだが,
これまで送り迎えをしてくれていたKさんが
もう高齢で車の運転が心もとないというので,
今までのお礼を言ってお断りすることにしたのだった。

ということは,必然的に私がその役を引き受けることになった。
これから毎月第2火曜日の昼間は送り迎えで拘束される。
介護というのは,家の中のことだけでは終わらない。
そういう様々なことにも対処して行っていくので一苦労だ。
でも,その会の3時間はほかの方に面倒を見ていただけるわけで,
感謝してもしきれないくらいだが…。
(今日は往きはタクシーで,帰りは歩きとしてみた。
荷物は私の自転車に載せて。運動も必要だから)

そろそろ終了の30分前となった。
では,母を迎えに行くことにしよう。┐(´д`)┌ヤレヤレ

いきものがかりが,紅白で再スタート

2年間の「放牧」を終え,
再スタートを切るいきものがかりが,
そのステージに立つのは紅白でとのこと。
これは見なくちゃね!

いきものがかりが,紅白で再スタート

https://www.msn.com/ja-jp/entertainment/celebrity/いきものがかり、%ef%bc%92年ぶり紅白でステージ復帰%ef%bc%81あいみょん初出場濃厚/ar-BBPA5QG?ocid=spartandhp

太陽(オルゴール版)

https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E5%A4%AA%E9%99%BD+%E3%81%84%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%8C%E3%81%8B%E3%82%8A&tid=08f931aa55cce77c0bbe0ca4b60bfe32&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1

『たの授』11月号の感想

仮説社御中
東村山の肥沼です。
『たの授』11月号の感想を送ります。

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『たの授』11月号で特に良かったのは,次の3つです。

(1) 教育の歴史から学ぶ意義(小野さん)

学校教育に36年間携わってきましたが,「この道はいつか来た道」で,
詰め込みと放任の間を行ったり来たりしていたような気がします。
それと一線を画するのが仮説実験授業で,本当に大切なことを
たのしく教え,たのしく学ぶことができる内容と方法を持っていました。
今のアクティブ・ラーニングが本物なら,仮説実験授業からもっともっと
学ばなくてはいけないと思います。だから.きっとこれも流行で終わるでしょう。

(2) 自動車から見えてきたこと(根本さん)

根本さんは私と同じ中学社会の先生ですが,私よりはるかに深く
仮説実験授業から学んでいると思います。また,海外製品や
今回の自動車の生産国についての身近な調査で,成果を上げて
いると思いました。私も古代史で,成果を上げたいと思います。

(3) 「原子・分子の造形展」を開きました(林さん)

分子模型のお陰で,科学の世界に楽しく入っていくことができると思いました。
それはダイオキシンの問題の時でした。いくらダイオキシンの危険性を訴えても,
お化けが怖いというレベルでしか,伝えられないもどかしさを感じていました。
分子模型を見せて,「これがダイオキシンです。この四隅の塩素のつながりを作らない
ことが大切です」と説明すれば,分別に努力しようという気になってもらえたからです。

難波宮の下層の東偏遺構(復習のために)

川瀬さんからコメントしていただいた難波宮の下層の東偏遺構を
復習のために再度アップしてみますね。

Photo

正方位の遺構の下に,東偏25度くらいのものが浮かび上がってきます。 
考えているうちに,大阪も東京都の府中市のように,
東偏で街づくりがされた時期があるのでは?と思いつきました。
その地域を押さえるのに,重要な場所ですから…。

ちなみに,東京都府中市は,東偏10度くらいと現在は考えています。
(当初は東山道沿いの寺院と同じ東偏5度。
その後,大國魂神社から東山道武蔵路の地域が正方位にされた)

横浜読書会 11/12

昨日は,横浜読書会にお邪魔した。
清水さんが中心になっている会である。(この日は9名が参加)
前回泉官衙遺跡の6枚の図(2つの王朝の「栄枯盛衰」)を紹介して以来,
1ヶ月ほど経っての訪問である。3つの資料を持参した。

・ 泉官衙遺跡の6枚の変遷図
・ 2つの王朝の「方位」の変遷
・ 守屋の屋敷は,玉造にあり,東偏だった!(かも)

Dscn4239

(写真をクリックすると拡大します)

最初に「隋書」の倭国・タイ国の議論があって,
なかなか決着がつかないものなので,
ストレスが溜まったところで登場した。

「文献と考古学の両面でやることが大切と.
古田先生も言っていたような気がしますが・・・」

「まず,サイズが左の3枚と右の3枚で違うところに注目して下さい。
私には,違う王朝のものに見えますが,いかがでしょうか。
まず東偏の図。これは中国南朝(東偏の都)に仕えていた時代ではないでしょうか。
また,先ほど議論した倭国・タイ国の話は,もしかしたらⅡーa期(玉石が敷かれている)の
時期だったかもしれないと私は思っています。もっとも勢いがあった頃のこと。
ところが2ーb期になるとかろうじて主殿だけ。白村江以降ではないでしょうか。
そして,701年に右側の大和王朝に取って代わられる・・・。
発掘結果による検証は,数が多くなればなるほど,より精度が上がると思います。
今奈良と大阪の寺院と官衙を精査しているところです」

「丁未の変の話は,眉に唾を付けてお聴きください。
ここも東偏と西偏が関係してきます。・・・」

文献の議論では皆さん一家言あるが,それゆえ,
考古学の話は新鮮に思っていただけたと思う。
夜の懇親会でも話が弾んだ。
また,成果を持って参加したい。

次回は,11月30日(金)午後3時から。

新々アパートの建設 11/12

最近,駐車場などの土地の整地が増えた。
あと,完工までひと月。
内装も楽しみ。

Dscn4238


息子の手料理 11/12

今回は肉だんごと丸こんにゃく。
これは料理というより,超手料理です。
両方とも10分未満。
なにしろ,惣菜コーナーの肉だんごをチンしたただけ。
袋から出して,水で洗った丸こんにゃくを,
フライパンで水切りしてタレをかけただけ。

時間を掛けなくても,母が食べてくれればOKです。
この2つは母の好物であることは間違いなし。

Dscn4237


写真の反転(蜂谷遺跡の瓦)

以前紹介した滋賀県の蜂谷遺跡の瓦の写真。
反転して凸凹が逆になっていたようです。

山田さんが正しい凸凹のやつをアップして下さったので,リンクしますね。
新聞社のパソコンの操作ミスと思われます。

写真の反転(蜂谷遺跡の瓦)

http://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/2018/11/post-91f3.html#comment-142230902

2018年11月12日 (月)

米国が一矢報いる!(日米野球第3戦)

米000140200計7
日000100002計3

米国が一矢を報いた。
日本も10安打を放ったが,
なかなか得点に結びつかなかった。

本日は休みで,明日から3試合ある。

またも,「世間は狭い」~酒処「まこ」にて

昨日の古代史セミナーの帰り,
八王子駅から新秋津駅まで電車に乗った。
「夢ブログ」の内容はほぼ出来ていたので,
酒処「まこ」に寄ることにした。

後から入ってきた初めて来店したという男性に,
「エレベーター式!?トランプ」をお見舞いしているうちに,
息子さんが四谷でフランス料理のシェフをやっているという話に。
正式のディナーは私には無理だが,ランチは1300円らしいので,
たまにはフレンチもいいなと思っていると,話は郷土研の方向に・・・。

「じゃあ,Oさんのことはご存知ですよね」というところから,
ТさんがOさんに突撃電話を掛けたり,郷土研の人たちの話をして,
楽しい時間が過ぎていった。

店から遠くないところにお住いのようなので,
また時々お会いするかもしれません。
Тさん,今後ともよろしくお願いいたします。m●m

PS あとで名刺をの拝見したら,Тさんは食品の宅配会社の社長さんであり,
経営コンサルタントでもあり,ご自分のブログも持っておられた。
浅香光代さんともお知り合いみたいですよ。(o^-^o)

Photo_3


物部守屋の屋敷は,玉造にあり,東偏であった!(かも)

川瀬さんが,素晴らしい情報をプレゼントして下さった。
なんと,物部守屋の屋敷は,難波宮の玉造にあったという伝承があるというのだ。
川瀬さんのコメントと私の応答をコピーしよう。

〉  四天王寺には、今の荒陵の場所ではなく、創建時は玉造にあったという伝承がありますね。
ここはちょうど難波宮のすぐ東側。
この難波宮のすぐ東側に「法円坂廃寺」というのがあり、これが「荒陵寺」とも呼ばれていて、
創建四天王寺とも考えられていますね。
この寺の復元伽藍配置は法隆寺式で、伽藍は東偏です。
http://mokuren.nabunken.go.jp/NCPstr/strImage/m103510-84663/map.jpg
そのすぐ東に玉造稲荷神社があり、この地の地名が森ノ宮です。何か関係ありそう。

(肥沼) それは,物凄いことですね!
その寺院は大阪府の寺院の精査の,
スタートの方でやったものではないですか!!
その件,別項で・・・。

では,荒陵寺(法円寺廃寺)の図面を載せてみましょう。

Photo

私が載せたものよりよくわかるよということで,載せたのが次のものです。
ずいぶん印象が変わりますね。

Photo_2

ついでに言うと,荒陵寺という寺院名は,ずいぶんひどい名前のような気があの時していました。
だって,荒れた陵(みささぎ。墓)という意味ではないですか・・・。
よく自分の寺にこんなひどい名前を付けたなあ・・・と。

そうか!これは「戦い(丁未の乱)に敗れた側が付けられる名称」としては,逆にふさわしいかも。
もう物部守屋は亡きものにされた訳だから,「そんなひどい名前を付けるなよ」とは言えないですもの。
(その後,「大化の改新」で倒された蘇我氏の蝦夷や入鹿と同じですね)

6世紀末というのは,ちょうど大和王朝が「東偏→西偏」する時期であり,
蘇我氏と組んだ「聖徳太子」が,物部守屋を倒した丁未の乱と重なる時期であった。
これ,つながりますね!今日の横浜の読書会のいいお土産になるぞ!!

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PS もう一つ思い出しました。
難波宮から南の地域が,東偏しているという件です。
これはこの地区が,東京都府中市と同じように全体として東偏させられて
街づくりが行われた痕跡ではないでしょうか。
荒陵寺もその街の一部だったから,当然東偏していた,と。
(焼失した痕跡とか,残っていないのかな?)

PS2 最初のものは東偏で建て,
その後今の場所に移動して西偏で建て直したのかも。

① 創建四天王寺・・・最初に建てた寺=東偏

➁ 第2次四天王寺・・・今の場所に建てた寺=西偏


2018年11月11日 (日)

四天王寺の「鷹の止まり木」

「鷹の止まり木」という話を見つけた。
四天王寺関係のものである。

http://www.shitennoji.or.jp/report/あんまり知られていない話%EF%BC%88鷹の止まり木%EF%BC%89/

谷川健一著,『四天王寺の鷹』(河出書房新社)

四天王寺の鷹 聖徳太子が起請した四天王寺には、
なぜ太子が蘇我氏とともに滅した物部守屋が祀られているのか――
そのテーマに触発されて、物部一族と、深い関係のあった帰化人・秦氏のその後を追う。

古代史セミナー 2018(2日目)

やはり山は街より寒い。
しかし,もっと寒い年もあったので,
これくらいなら気持ちいいかな?(o^-^o)

【朝食】

Dscn4216_2

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【倭国から日本国へ】

『葬られた驚愕の古代史』ー越智国に“九州王朝の首都”紫宸殿ありやー(合田洋一さん)A4判5枚

・ 天皇表記は,和風諡号ですべきである。九州王朝と大和王朝の登場人物を混同してしまうので。

・ 持統の称制期間が,薩夜馬の最後の政治か。

西暦700年の<倭国溶暗>と地方政治の展開(鈴岡潤一さん)A4判4ぺ

・「高良大神」の石碑,「観松寺の弥勒仏」,「桜ケ丘古墳の短甲」,「八面大王は坂上田村麻呂によって,
バラバラにされて殺された」=八面大王の支配の範囲か,「八面大王の墓(ギシキの岩屋)」,
「こうぼう山古墳」,御坂峠の駅の役人の免税措置をしたのは誰か,3つの国府の移動が不詳,

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王朝交代と「大化改新詔」ー九州王朝から大和王朝へー(正木裕さん)

・ 「皇太子奏請」に見える「昔」と「今」により,「旧唐書」との一致。

・ 隠された近畿天王家による九州王朝の資産の簒奪。

・ まとめ~『書紀』編者は,九州年号大化期行った九州王朝の資産の「簒奪」の過程を,
 孝徳期に「時代移動」させ,過去の九州王朝の天子を「昔在の天皇」と記し,
 あたかも近畿天皇の祖先の天皇であるかの如く装い,現在(九州年号大化期)の天子
 (または皇太子)を中大兄と書き換え,総て近畿天皇家の出来事と改変した。
 そして,九州年号大化から孝徳期大化への「記事の繰り上げ」手法に寄り,
 九州王朝の存在と.近畿天皇家がその資産を簒奪していく過程を隠し,
 かつ,九州王朝の事績を自らの事績とした。
 「改新詔」中の「公地公民制創設」件と「皇太子奏請」件は,このことを示す証だった。

郭務藪小宗はどこにいたか(中村通敏さん)A4判5枚

・ 『壬申大乱』に出てくるに2つの天武天皇の歌が不審だ。

・ なぜ淑人は「太良」にいたのか。郭務小宗とは何者なのか。

・ 占領軍の司令官と淑人とのイメージの乖離。唐軍の破壊行動はなかったのではないか?

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【昼食】

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九州と近畿における地名の類似性から見えてくるヤマト政権の思惑ー日本書紀編纂の目的と
 古事記の役割ー(田中巌さん・橋本正浩さん・斎藤隆雄さん)A4判4ぺ

・ 丁寧に原稿を作られ,聞きやすく,わかりやすいものであった。時間もぴったり。1つの手本に。

・ ただ,ところどころ違和感(倭国と日本国の関係等)を持つ内容もあった。

大宰府出土戸籍木簡に関連して(上城誠さん)A4判3枚

・ 評の時代は,九州王朝の時代。庚午年籍は筑紫で作られた戸籍。ということは,九州王朝が作ったもの。

・ 一律34年動かすのは危険。件ごとに,検討しなければいけない。(正木さん批判)

・ 副都説は,古田史学とは言い難い。(古賀さん批判)

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【自由テーマ】 ここから1人15分間

関東の日本武尊(藤田政昭さん)A4判5ぺ

・ 関東の日本武尊の工程は,「関東の〇▽□王」の文章の流用である。具体的には,彦狭嶋王か。

・ 彼は愛知県春日井市生まれだが,東山道十五国を支配し,関東大王となった。

・ その彼の大和への往路が,日本武尊の大和への帰還路とされた。

ユーラシア大陸の縄文語地名(鈴木浩さん)A4判5枚

・ シベリアに「チクシ」地名を発見した。北緯72度。レナ川の河口。先住民の言葉で「上陸可能地点」。

・ 九州の「チクシ」もほぼ意味が同じで音も変わらない。

・ DNA分析では,現在日本女性のほぼ3分の1がシベリア・バイカル湖方面の母親のDNAを引き継ぐ!?

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虚大古墳の時代(平松幸一さん)A4判4枚

・ 近畿地方の巨大古墳は,墳丘の大半を人口の盛り土によった5世紀の中期古墳とは違う。

・ 多くは活断層の活動で隆起した丘陵のものが多いとのこと。

・ 大山古墳(かつての仁徳陵)は,5世紀前半ではなく.6世紀前半。副葬品も朝鮮渡来の人のものと同じ。

古田武彦氏の学問の方法について(大下隆司さん)A4判4ぺ

・ 追加資料でA3判1枚。

・ 「古田史学」支援組織の結成と分裂。「古田」史学のこれからについて。先生の学問研究の基本構造。
 
・ 『よみがえる九州王朝』の中の「生きた日本の歴史」に「論証と実証」論。

・ 今後の課題~A3判の追加資料が,コンパクトにまとめられていた。

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大分の国宝・臼杵石仏は,九州王朝時代に掘られた大規模摩崖仏遺跡である(角田彰男さん)A4判4ぺ

・ ご本人の『炭焼き長者 黄金の謎』(原書房)に対する読者の情報から・・・いろいろ発展した。

・ 臼杵石仏関係で九州年号「正和」が見つかった!?(鎌倉時代に正和があるので,実見をとのこと)

・ 臼杵石仏は,5~6世紀の中国六朝時代のもの。(大学の教授の調査)

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「科野の国」から見る「磐井の乱」(吉村八州男)A4判4ぺ

・ 蕨手紋様の瓦様~とても補修用などというものではない。小宮山廃寺の瓦も異色。

・ 信濃国分尼寺に,塔の版築があったようだ。ということは,信濃国府寺だったということ。

・ 東偏5度も言って差し上げたかったが,時間がなかった。

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【閉会】

・ 荻上紘一さんのあいさつ

「来年もやりましょう。この時期に,この場所で」

四天王寺に祭られていた牛頭天王

このところ方位について頭が占領されているので,
考えすぎかとも思うのだが,
間違っているにしても書き留めておくといいことが将来あるかも・・・
ということで,以下のようなことを考えた。

大阪に行くと,天王寺区というのがあり,
そこには天王寺ならぬ四天王寺が置かれている。(どうして?)
私の考えでは大和王朝は6世紀末以降,
東偏→西偏の方位変更をすることになる。
7世紀前半に建てられたといわれる四天王寺は,
西偏4度らしく,ちょうどこの例に当てはまる。

では,この地にそれ以前に寺院はなかったのか?
何もない荒野に「聖徳太子」は四天王寺を建てたのか?
いや,そうではないと思うのだ。
私の考えでは,西偏の前に東偏の寺院があったのではないかと思う。

そして,その持ち主はもちろん物部守屋であり,祭っているのは牛頭天王,
その寺の名前は天王寺であったのではないかと。

以下の,資史料もそれを支持していると思うのだが,
ご意見を聞かせて下さい。

【古代】

丁未(ていび)の変(蘇我氏VS物部氏)

http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=list_comments&blog_id=171323

四天王寺の石神堂(鬼門の方位)に祭られている牛頭尊

https://ameblo.jp/pollymaggoo2002/entry-11865373563.html

鬼門

https://ja.wikipedia.org/wiki/鬼門#鬼門の忌避

四天王寺の守屋祠

https://ameblo.jp/pollymaggoo2002/entry-11863443851.html

【2つの王朝の「方位」の変遷】

【九州王朝の方位の原則】
(1) 中国南朝に倣って,宮殿・都市・寺院の方位を東偏で作った。
(2) その後,中国からの自立を図った6世紀末からは,正方位で作った。
【大和王朝の方位の原則】
(1) 6世紀末まで.東偏に作った。
(2) 6世紀末以降は,西偏に作った。
(3) 7世紀中ごろには,正方位に変更した。

九州王朝 ←東偏 ● 正方位→                  白村江        ★ (滅亡)
                                       の敗北
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・600・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・650・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・700・・・・・・・・・・・・・・・・
大和王朝 ←東偏 〇 西偏→      (唐との交流?  〇 正方位→       ☆ (建元)
                          独立への動き)

             ☆丁未の乱(587年)
                     ☆難波天王寺(619年)

【中世】


絹本著色牛頭天王曼荼羅図(大阪府の志紀長吉神社)

http://www.city.osaka.lg.jp/kyoiku/page/0000009122.html

2018年11月10日 (土)

柳田の二試合連続本塁打などで大量12点(日米野球第2戦)

日104040300計12
米000010230計6

今日もまた柳田の本塁打など
17安打12得点をあげて,
侍ジャパンが大勝した。

日米野球第2戦

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181110-00246108-fullcount-base

古代史セミナー 2018(1日目)

数年前に古田武彦さんが亡くなって,
もう古代史セミナーは無くなる・・・という意見もあったが,
やはり「違う形で続けたい」ということになり,
時期も同じ11月の土日を使って実施することになった。
日頃インターネットでつながっていない方々との交流もできるので,
私としては歓迎したいと思っている。
これまでと違って,10人以上の講演・発表のメモを書いていく。

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【昼食】

Dscn4211_9

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【開会】

鈴木康司館長のあいさつ

荻上紘一理事長のあいさつ

古田光河さんのあいさつ(遺族としての思い)

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特別講演「ユーラシア世界史と倭人」(山田宗睦さん)

・いろいろなところで日本書紀の講師をしたが,やり残したことがある。それは原文でやらなかったこと。
原文でやろうとすると,人がいなくなる。

・「接」は「続く」「くっついている」「間に何もない」という意味。「南倭と接す」

・だきるだけ大きく視野を広げ,正しい視点を持って見る。中央ユーラシアという視点が大切。

・倭国は朝鮮海峡を間に挟んだ海峡国家である。

・日本書紀には最大一書が11個ある。これが大切。この違いに意味がある。

・真っ白な頭で見ると,最初に天神が降臨を命じたのは,ニニギではなくイザナギ・イザナミの二柱である。

・日向を宮崎としたのは,薩摩・長州が明治維新の行った影響。実は,博多湾。

・前と後ろは全然違う話。それをつなげてある。

・日本書紀はページの順序で読んではダメ。騙される。作られた順序で読まなければならない。

・天智二年=六六二年。滅ぶや否や接収された。

・日本書紀の中に,海峡国家・倭国の歴史がたくさん取り入れられている。

・ニニギ・カシツヒメ・ヒコホホデミの2代3人で倭国のもとを築いた。

・縄文人の言葉。歴史言語学。崎山理さん(国立民族学博物館教授)。日本語は,混合語または雑種語。
北のツングース語と南のオーストロネシア語が東北地方で混合し始めた。

・アバ ナアガ マボ (私は名前がマボです)

・本の紹介・・・『馬と車と言語』,『ユーラシア帝国の興亡』『興亡の世界史』(講談社学術文庫)

・トカラ人が日本に来た。日本書紀に書かれている。最初に来たのは倭国であった。

・注意深く読めば,日本書紀の中には,倭国史がたくさん書かれているのではないか。


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【和田家文書の世界】 1人30分間

西坂久和さん「秋田孝季の妹である和田りくの筆跡について」A4判6ぺ

・会の封筒のなかに,「和田家文書のスキタイ・ゲルマンについて」というA4判6ぺの資料があり,
そちらの方に時間を掛けられた。

・和田家文書には,古代の海外情報がたくさん含まれており,貴重な資料となっている。
スキタイの文化(金製品中心)など。入れ墨・文様などで,日本と似ている。

菊池栄吾さん「研究ノート「アラハバキ考」」A4判4ぺ

・ アラハバキという言葉の語源。シュメール語なのか。本や辞典を探した。

・ 田沼意次から命じられ,アムール川を使ってバイカル湖へ。さらにカザフスタン・エジプト方面へ
行ったという足跡を訪ねてみた。『北艦』孝季が帰国した頃,田沼は失脚していた。

安彦克己さん「浄土宗知恩院発行『金光上人関係伝承資料集』を批判する」A4判5ぺ

・ 追加資料A3判1枚「一枚起請文」(「天真名井家文書」より)

・ 津軽に旅行に行ったら,題名と違うことがしゃべりたくなってしまった。(6月19日締め切り)

・ 「信ずる人は・・・」なのか「信じない人は・・・」なのか。

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【夕食】

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【情報交換】

・ 各サークルからの報告 いろいろな会がさまざまな取り組みをしているようです。

・ 懇親会 東偏・正方位・西偏や「泉官衙遺跡」や「エビノコ郭」について,
 席が近かった皆さんに紹介しました。

「シンプル・イズ・ベスト!」(日米野球第1戦)

昨日から日米野球が始まった。

米001032000計6
日001030003計7

柳田(ソフトバンク)が逆転サヨナラ本塁打を放った。
ホントにこの打者はすごい。
柳田いわく「シンプル・イズ・ベスト!」

日米野球第1戦

https://www.msn.com/ja-jp/sports/news/侍%ef%bd%8aの柳田、逆転サヨナラ本塁打-日米野球第%ef%bc%91戦/ar-BBPw2b9?ocid=spartandhp#page=2

『たのしい手品』が出来たらいいな

誰でも簡単にできて,みんなの笑顔が広がる,
『たのしい手品』というような本があったらいいな,と思っている。

もちろん『たの授』誌や『ものづくりハンドブック』にも,
すでに掲載されているもので構わないが,
あまり手間が掛からず,できたら子どもたちと作れる
いろいろな形のものである。

例として,前に「夢ブログ」に書いたものを再掲載しよう。
私は「基本3点セット」として,(1)(5)(8)をいつでもカバンに入れておくようにしている。
「出会い」はいつあるかわからない。手品とカレーライスの嫌いな人は,あまりいないのである。

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(1) マジック・ワールドのノートを使った手品(白→絵→カラー化)
(2) 曲がるスプーン(スクリーントーンは湿度に反応。おみやげにもなる)
(3) フォーク曲げ(スプーン曲げの後に)
(4) 赤い箱の手品(箱を前転させると鳥が鳴き・・・後転させると消えてなくなる・・・)
(5) 変身トランプ(真ん中のカードを引いてビックリ・・・違うカードが!かんたん工作にも使える)
(6) エレベーター式!?トランプ(引いたカードを元に戻してもらい,そのカードを一番上に移動させる)
(7) ピエロがカラーに(白黒の絵→カラー化)
(8) あなたには「愛の告白」が見えますか?(おみやげにもなり喜ばれる)
(9) いどうくん(本の中の人物が,ありえない移動をする)
(10) エナジースティック(最後はみんなで手をつないで盛り上がる) ※ (1)から(10)で1ステージ可能

(11) どっちが長い?赤猫め青猫(曲線を使った錯覚)
(12) 5円玉の穴にパチンコ玉を通す(マンホール落下事件防止の安全教育にも使えます)
(13) ザ・ギロチン(まだ指を切断した人はいませんが・・・今日はわかりません)
(14) 『幸せの書』を使って,あなたの心を読む
(15) ハンカチが鶴の形に変身(形状記憶の紙)
(16) □から〇へ,〇から□へ(ステンレスの棒を使って)
(17) ハンカチが消える!(指の中に詰めると・・・)
(18) 魔法のスティック(2本のスティックをこすり合わせると,1本に。またこすると,2本に戻る)
(19) 不思議な電卓カード(「この中にあなたが選んだ数字がありますか?」と何回か質問すると・・・)
(20) なぜか消えてるあなたの選んだカード(木を見て,森を見ず)

(21) お金を100倍にする方法(10円玉が1000円に!
(22) 坂を上る5円玉(用意するのは,輪ゴムと5円玉だけ)
(23) グラスにあった玉が,別のところに移動する(シンプルだけど,面白い)
(24) ザ・タバコ(3つに切断したはずのたばこが,元に戻る)
(25) 熊のプーさんの絵が変化(簡単にできて,面白い)
(26) 浮沈子(ぺットボトルのの中のお魚が,命令で浮き沈み)
(27) クリスマスツリーを回転させると,中にサンタクロースが!(コンビニで入手)
(28) 反正ボール(みんな違ってみんないい?)
(29) 紙皿回し(初めての人には手品のように見えるかも。ほぼ全員回せるようになる)
(30) 着地ネコ(切って,折って,落とすだけ。おみやげにもなる)

(31) ベンハムのコマ(回転させると,何色になるか)
(32) 吹きゴマ(このコマを回してみて下さい)
(33) 首振りドラゴン(脳がモノをどう見るか)

2018年11月 9日 (金)

岩隈投手が大リーグから帰ってくる!

最下位に沈んだ今季の楽天。
それを救うためと言っても過言ではない。
あの初代エース岩隈が楽天に帰ってくるというのだ。

岩隈投手が大リーグから帰ってくる!

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181109-00000024-sanspo-base

息子の手料理 11/9

今日は,もやし鍋を作ってみました。
と言っても,何のことはない。
もやし鍋用スープを鍋に入れ,豚バラ肉を煮て,
そのあともやし(大袋を1つ投入)その他の材料を
入れて火を通すだけ。

スープがごま油で香り付けがしてあって,
食欲をそそります。
ぜひまだやったことのない方はおススメです。
予定では,まず今晩のおかずとして食べ,
残りをおじやかうどんで明日食べる予定です。

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新々アパートの建設 11/9

昨日,アパートにドアが付いた。
「えっ,今まで付いていなかったの?」と思う方もいるでしょう。w(゚o゚)w
「その通り,これまで4か月はドアなしの建設工事でした」
というのも,ドアが付いていると大工さんが作業しにくいので,
付けていなかったのでした。

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ということは,これからの作業はドアが付いていても大丈夫な
内側での作業が中心となるということです。
なんと,予定では,あと1か月で工事が完工します。
そして,点検の後引き渡され,募集開始となります。

皆さま,お知り合いで所沢駅や秋津駅にアパートを探している方が
いらっしゃいましたら,ご紹介下さいね。
駐車場がすぐ隣についていて便利です。
大家さんも良い方ですよ。(本人が言うのだから間違いなし!)


久しぶりの「あいせだのラジオ」

私のカウントでは18日ぶりの更新。
「ラジオ」でいうなら,実に,2ヶ月半ぶりの更新である。

愛の世代ズ「あいせだのラジオ」
https://ameblo.jp/ainosedaizu/entry-12417676958.html

あいせだ応援団長としては,「愛の世代ズ」のことを知ってもらいたいけれど,
ブログの更新がないと「ブログやっていますよ」とも宣伝もできず,
残念に思っていたところだ。

壁紙もリニューアルされたようだし,
これから秋・冬にかけて新曲を用意して
ライブなどやるのかもしれません。

いきものがかりも2年ぶりに「集牧」。
ファンクラブのために「太陽」を作ってくれたり,
ファンクラブのためのライブをやってくれるそうだ。

「愛の世代ズ」もぜひいきものがかりにあやかって,
頑張ってほしいところである。

叔父さんの告別式

11月1日(木)に亡くなった叔父さんの告別式に,昨日行ってきた。

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本来は姉である母が正式なのかもしれないが,
84歳という年齢と体力を鑑みて,私がまたまた代行した。
(ここ数年伯母さん,伯父さん,叔父さんと3人が逝った)

セレモニーセンターでのお坊さんによる読経,棺への花入れ,出棺。
バスで移動した斎場でのお別れの式,火葬,お骨拾い。
セレモニーセンターにバスで戻ってきての精進払い,お線香あげ。

お通夜のみの方が時間は少なくていいのだが,
久しぶりに長時間にわたって親戚の人たちと交流して,
少しは親しくなれたのが良かった。
(なんと最後の学校の生徒も親戚にいた)

午前8時に家を出発し,家に戻ったのが午後3時半だった。


三ツ寺Ⅰ遺跡の変遷

この遺跡は榛名山の噴火と土石流等で廃棄されることになります。
その変遷が図になっているので,お届けしましょう。

(1) 築造以前の様相

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(2) 最盛期

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(3) 衰退期(廃絶期)

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その後,南方へ移動したのではないかということでした。
なお,豪族館の主のために作られたと思われる,
3つの古墳を紹介します。(豪族館とは1キロくらいの距離)

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【奈良文化財研究所データベースのもの】

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2018年11月 8日 (木)

三ツ寺Ⅰ遺跡の豪族館の方位

学芸員の説明では,南西の方が正門。
北東の方が裏門ということでした。

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理由として,豪族舘の南に広いスペースがあることを挙げていました。
すると,5世紀のこの豪族舘は何偏?


大阪府の官衙遺跡 11/8

(1) 南花田(8世紀初~8世紀前半)・・・西偏

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(2) 太井・・・東偏

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(3) 丹上(7世紀後半~9世紀)・・・ほぼ正方位。一部西偏

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(4) 平尾(7世紀中葉~720年代廃絶)・・・西偏と正方位

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(5) 山直北・・・正方位だが一部西偏残す

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(6) 本町(奈良時代後期。弥生~平安の複合遺跡)・・・西偏と正方位

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(7) 梶原南(弥生時代・奈良時代~中世)・・・東偏と西偏

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グリーンツアー 11/7(含む・保渡田古墳群)

月に1回のグリーンツアーに行ってきた。
睡眠と新知見の旅である。
今回は埼玉県の城峯公園の冬桜と紅葉。
そして群馬県の保渡田古墳群を訪問した。
(昼食は,とうふの松邑にて「豆腐懐石」)
写真を中心にお届けします。

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(1) 城峯公園~冬桜と紅葉がきれい

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(2) 昼食~とうふの松邑「豆腐懐石」

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(3) かみつけの里博物館と保渡田古墳群~上越新幹線の工事の際に発見された「日本のポンペイ」

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☆ グリーンツアーからのプレゼントと購入本

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今回は寄ったところは少なかったが,
無駄なお土産にお金を使うこともなく,
充実した時間を過ごせたと思う。

2018年11月 7日 (水)

最近の私の周りの本たち

私の周りには本があふれているが,
最近のものを5冊まとめて紹介しよう。

(1) ガリ本『三河湾大会の記録』

8月初旬に2泊3日で仮説の夏の大会に参加したが,
もうその記録が出来てきた。
それもそのはず,愛知県は仮説のメッカなのである。
中心的なメンバーの中には,板倉さん亡き後の研究会のことを
心配する方も少なからずいらっしゃった。
全部で276ページのガリ本には,
たのしかった3日間の報告や感想で詰まっていた。

(2) 『昔ことばで語る 東村山昔話百話』

東村山で活動する「東村山昔話保存会」(会長・両澤清さん)の作られた本。
百話で2000円ということで,割り算すると1話20円と格安。
大昔の話から小昔の話までバラエティーに富んでいる。

(3) 瀧音能之著『伊勢神宮と出雲大社』(青春出版社)

出雲大社の行事について,山田さんから教えていただいた内容が
この本に出ているらしい。こういうのは教わらないとなかなか見つからない。

(4) 河内春人著『倭の五王~王位継承と五世紀の東アジア』(中公新書)

最近何かの賞を取ったようだが,私は今やっている研究との関連で。
何か学べるところがあるかもしれないと思って。

(5) 若狭徹著『古墳時代の地域社会復元~三ツ寺Ⅰ遺跡』(新泉社)

例の「遺跡を学ぶ」の1冊。実は本日西武バスのグリーンツアーで,
群馬県の保渡田古墳に行く。その地にはイタリアのポンペイに似て,
榛名山の大噴火で灰の下に埋もれてしまった5世紀の村が保存された。
その報告である。興味深いなあ。

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ここに「幸ママ」あり

新所沢の「はっぴーろーど」といえば,
かつては私の「主戦場」だった。
そこで多くの人たちに出会い,学び,教えられ,別れた。
ここ数年では,何人もの知人が旅立った。

昨日はたまたま「福ちゃん」と「まこ」の定休日が重なり,
本来だったら休肝日というところだが,
義理堅い肥さんとしては,幸ママを訪ねない訳にはいかない。
(ブロック・ヘッズのマスターの件で,先日短時間だけお邪魔したが)

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午後6時の開店時間に合わせていくと,もちろん口開けの客で,
まずこれがラッキーの最初。
そして,二番客がSさん(母とほぼ同じ年齢なのに現役で働く)
というのも,ラッキー続きだった。
最近大病をされたが,それからも復帰した。

Sさんや幸ママたちと5年ぐらい前に,
気仙沼の被災地を訪ねて交流したこともいい思い出だ。
私はここ1~2年行けていないが,Sさんはいかがだろうか。

勢い10日後に新秋津に繰り出そうという話になって,
酒処「まこ」へも初見参することが決まった。
午後5時改札のところで集合。

さて,「ここに幸あり」という歌に洒落れて,
「ここに幸ママあり」と言ったのには訳があって,
今は亡き楽家のママが生前こう言っていた。
「先生は,きっと幸に行くようになるよ」

別に楽家ママの「遺言」を守ってそうしている訳ではないが,
なんとなく人を見て,どういうタイプの人だというのを
見極めていたのだろう。

いつも元気に迎えてくれる太陽のような幸ママに,
この「ここに幸ママあり」のブログを贈ります。
いつまでもお元気で,お店を続けて下さいね。(o^-^o)


2018年11月 6日 (火)

スシローに行ってきた

自転車で10分のところにできた
スシロー東村山店に行ってきた。

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値段は,1皿100円~300円とお手頃で,
内容によって振り分けてある。
しかし,100円でも好きなネタもあるので,
けっこう安価で寿司が味わえそうだ。

まだ出来て間もないので,外装も店内もきれい。
「株式会社あきんどスシロー」というのが,
正式の会社名らしい。
今後ともごひいきに!(回転寿司大好きの肥さん)

介護度認定の調査 2018

本日,介護度の認定のために,
市の認定担当者が訪問された。

私とほぼ同年齢の男性で,
「介護レベル3」のお母さんに対応した経験を話して下さり,
大いに参考になった。

子育てと同じだと思うが,
介護者は精神的に孤独になることも少なくない。
経験者の話は大変参考になり,勇気づけられる。

質問をたくさんし,体の動きや歩行を観察され,
表にメモをされていった。

多分「レベル2」の再認定となるであろう。
(「1」というほど軽くなく,「3」というには重くないから)

母の認定のために来たのだが,
息子が母にする介護の苦労を共有していただけた感じで,
私の方が元気をもらえてよかった。

ちなみに・・・息子が母を介護するのはやや難。
娘が父や母の介護をする方がやや易だそうな。
(まあケースバイケースでしょうが・・・)

☆ 遺跡の精査を多元的「国分寺」研究サイトへ移動します

今日から別のサイトで,大阪府の官衙遺跡の精査をします。
1つは「夢ブログ」があまりにも古代史中心になったため,
もう1つは本来多元的「国分寺」研究サイトから始まった方位の研究を,
元のポジションに戻すためです。

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多元的「国分寺」研究サイト
「大阪府の官衙遺跡」

http://koesan21.cocolog-nifty.com/kokubunji/2018/11/post-7473.html

スシロー 東村山店

家から自転車で10分のところに,
スシロー東村山店ができた。

スシロー東村山店

https://www.akindo-sushiro.co.jp/shop/detail.php?id=1995

メニューも豊富なようだ。

メニュー

https://www.akindo-sushiro.co.jp/menu/

時々行ってみようと思う。

「自分の才能をもっと信じた方がいい」(イチロー)

希望を持って大リーグに挑戦した大谷。(o^-^o)
ところが,オープン戦の成績は散々だった。(。>0<。)
評価は下がるばかりだ。

その彼がシーズンに入ってからは,まさかの大活躍。ヽ(´▽`)/
ここには何か秘密があると思っていたが,やはりそうだった。
イチローのアドバイスだ。
バット1本持って,イチローの自宅を訪ねた大谷もいい。

「自分の才能をもっと信じた方がいい」(イチロー)

https://www.msn.com/ja-jp/sports/mlb/大谷、開幕直前にイチローから忘れられない一言「自分の才能をもっと信じた方がいい」/ar-BBPm58s?li=AA5aaw&ocid=spartandhp#page=2

そういえば,わりと近くに「スシロー」ができた。
今度寄ってみようと思う。
「スシロー」と「イチロー」がどう関係するかは,内緒。(笑)

2018年11月 5日 (月)

いきものがかりの「太陽」が届く

再スタートの曲が本日ファン限定で届いた。
題名は「太陽」で,元気をもらえる曲になっている。
3人の新たな挑戦を温かく見守っていきたい。

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※ 11/6 いきものがかりが無料で送ってくれたCDが,
もうオークションに出品されたそうだ。
心無いことをする人がいるものだ。


北秋津城の堀を西側から見る

例の鎌倉時代の城の堀が残っている北秋津城跡。
お隣りへの落ち葉を防ぐために,何本かの木を切った。
そこで,堀の様子が西側から見やすくなり,撮影してきた。

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写真の中央部がV字になっているのだが,
茶色い枯れ草が絡まっていて残念ながら見えにくい。

その後,お父さんのところへ行って話を聞いた。
西側の堀の痕跡t(茶畑だったらしい)は見たことがあるが,東側のものは見ていない。
今回は大きい木を2本職人に頼んで切り,小さいのを2本身内で切った。
また,反対側の東側の木も切る予定。
固定資産税が掛かって大変だ。

江戸時代には,「江戸城外の仕事をしに行っていた」とのことで,
農業はやっていない。(小作の人に任せた?)

息子の手料理 11/5

ちゃんこ鍋(味噌味)にしようかとも思ったが,
おでんに変更しました。
おでんの方が早くできるもので。

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新々アパートの建設 11/4

外からの見かけはほぼ完成。
(あとは,シャッターと玄関の扉くらい)
アンテナも各種放送に対応します。

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滋賀県で1400年前の古瓦出土!

平曲の会に行った際,川瀬さんから
「古い瓦が見つかったようです。毎日新聞に出ていたので,
あとで送りますね」と言われていた。
メール添付の新聞記事がそれであった。

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法隆寺の若草伽藍と同じような模様ということは,
1400年前の古瓦ということである。
滋賀県の出ということで,そこにも古い歴史があったのだ。
私たちの古瓦の研究にも関係があるので,
なかなかグッドタイミングと言えるかもね。(o^-^o)

※ 福島県の泉官衙遺跡の際に,類似瓦として川瀬さんが紹介されていた。

蜂屋遺跡の現地説明会(11/3)

http://www.shiga-bunkazai.jp/tag/蜂屋遺跡/


新秋津で翔空さんとお目に掛かる

昨日平曲帰りに酒処「まこ」で一杯やり,

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その「まこ」帰り」にラーメン屋「高木のぶぅ」で中華そばを食べていたところ,

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突然,「肥さ~ん!」という声が店内に響いた。
翔空さんだった。

中野で行われた第25回チャランケ祭の帰りに,
新秋津駅経由で帰ることにしたら,
「まこ」や「高木のぶぅ」が思い浮かんだのだろう。

もう夕飯は済ませておられるということで,
おしゃべりだけして帰ったが,
次回は「まこ」&「ぶぅ」の完全コースをどうぞ。

なお,チャランケ祭というのは,沖縄の文化と北海道のアイヌの文化が,
日本の真ん中で交流するお祭りだそうで,第25回ということは,
1993年頃から続いていることになる。


平曲の会 11/4

川瀬さんが2ヶ月に1度,
川崎の自宅で行っている平曲の会に行ってきた。
やったのは,次の2曲。

(1) 二度之懸(かけ) 巻九ー11

(2) 知章最期 巻九ー10

前半しかいられない方がいらしたのと,
短めの曲だったため,(2)→(1)→(2)の順だった。

私は文庫本の字の小ささでは視力が耐えられないのと.
素読くらいはしていこうと,コピーで2倍にしてA3判にしている。

コピーするといいのは,書き込めること。
言葉の切り方とか,話の展開とかが少し予習できていると,
余裕を持って鑑賞できるように思う。

昨日の2作品は30分程度の作品だったが,
中には1時間45分の作品もあるとか。
これはちょっと飲み物付きでないと厳しいかも。
(演じる方より,鑑賞する方の体力が心配なので・・・)

天使の声をもつ「元ヤン」ジャズシンガー

最近ネットのインタビュー記事で,いいものにたくさん出会っている。
私は直には会いにいけないけれど,紹介するという形で応援したいと思う。

天使の声をもつ「元ヤン」ジャズシンガー

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/天使の歌声をもつ「元ヤン」ジャズシンガー。いじめ、父やファンの死を乗り越えて/ar-BBPjnvd?li=BBfTjut&ocid=spartandhp#page=2

五十嵐はるみのホームページ

http://www.harumi-igarashi.com/site/

CDアルバム「大人の時間」の紹介(PV)

http://www.harumi-igarashi.com/site/

2018年11月 4日 (日)

2つの王朝の「方位」の変遷

奈良県と大阪府の寺院や官衙(奈良のみ)の「方位」の精査から,
川瀬さんにも指摘していただいた通り,
以下のような2つの王朝の動きが垣間見られるように思う。


【九州王朝の方位の原則】

(1) 中国南朝に倣って,宮殿・都市・寺院の方位を東偏で作った。

(2) その後,中国からの自立を図った6世紀末からは,正方位で作った。

【大和王朝の方位の原則】

(1) 6世紀末まで.東偏に作った。

(2) 6世紀末以降は,西偏に作った。

(3) 7世紀中ごろには,正方位に変更した。


九州王朝 ←東偏 ● 正方位→                  白村江        ★ (滅亡)
                                       の敗北
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・600・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・650・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・700・・・・・・・・・・・・・・・・

大和王朝 ←東偏 〇 西偏→      (唐との交流?  〇 正方位→       ☆ (建元)
                          独立への動き)

大阪府の寺院の年代と方位

必ずしも完形の遺跡ばかりとはいかないが,
一応大阪府の寺院の「方位」の精査を終えたので,
年代との突合せをしてみることにする。

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【6世紀後葉】

  法円坂廃寺・荒陵寺(難波宮下・東20度)?

【7世紀前葉】

  新堂廃寺(東),野中寺(西),四天王寺(西4度),海会寺(全体として西),衣縫廃寺(正),坂本寺(飛鳥時代から・正)

【7世紀半ば】

  葛井寺(やや西),信太寺(7世紀半ば・正),善正寺(正),鳥坂寺(正)

【7世紀後葉】

  河内寺廃寺(正)正法寺(正),高宮廃寺(正),田辺廃寺(7世紀~・正)

【8世紀以降】

  土師廃寺(正),河内国分寺(正),土塔(727年から・正),頭塔(正)

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迷うものもあるが,全体として「7世紀半ばからは正方位」というのは,
大和と同じ傾向だと思う。
ただ,大阪は奈良より東偏のものが少なく,東偏と西偏の境目が付けにくい。

地蔵まつり 2018

昨日は,正福寺(国宝)の地蔵まつりだった。
円覚寺(鎌倉)と大変よく似ている。北条時宗ゆかりの寺である。
私は郷土研のお店(書籍販売&会員募集)の当番で参加した。
今年も晴れて,穏やかな時間を過ごせた。

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(1) 正福寺の内部公開

正福寺では1年に3回,公開している。その1日が昨日の地蔵まつりで,私も入館した。
特に3時からは写真もOK(脱帽は必要)で,私も何枚か撮らせていただいた。

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(2) 観光キッズが大活躍

Oさんの教え子の息子さんたち(高校生と小学生)が,観光キッズとして大活躍した。
正福寺にお参りに来た人たちも,彼らの解説に喜んでいた。(話+絵でわかりやすい)
高校生の方は将来社会科の先生を希望していると聞き,さっそく資料を差し上げた。
今後も応援していきたい。(退職記念冊子など,のちほど送ります)
「夢ブログ」も紹介したので,見てくれているとうれしいな。(o^-^o)

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(3) 雅楽演奏や巫女さんたち舞も

舞台が設置され,雅楽演奏や巫女さんによる「浦安の舞」も披露された。
ものすごい人だかりで,撮影は無理かと思われたが,
元・写真部の根性で,けっこういい写真が撮れた。

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郷土研の本もわりと売れて,楽しい秋のひと時を過ごすことができた。

ドヤ街のリアル

かつて大阪のドヤ街で,勤労福祉センターに勤めていた人の報告を読んだことがある。
あれから30年,その様子はまったく変わっていないようだ。
付け加わったのは,「福島へ行かないか」という言葉。もちろん原発関係の仕事だろう。
そして,ほとんどの会社の仕事には,社会保険は付いていない。
数か月前,旧アパートの解体には重機が使われていた。
「重機に背を向けるな」のアドバイス,実感としてわかるような気がした。

ドヤ街のリアル

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/西成で78日生活してわかったドヤ街のリアル-ほとんどの大阪市民が足を踏み入れない魔境/ar-BBPhCSA?ocid=spartandhp#page=2

2018年11月 3日 (土)

叔父さんが亡くなった

昨日もう一人の叔父さんから電話があり,
母のすぐ下の弟(叔父さん)が亡くなったことを知った。
ずいぶん前からガンの転移が報告されていて,
危ないとは聞いていたが,やはりいざ知らされるとショックだ。

人間は素晴らしい活動をすることができるが,
それは生きている間だけだ。
しかし,その生き方については,
他者は口出しをすることができない。
(気持ちよく導くことはできても)

私のできることは母の代役として,葬儀に出席することだ。
8日(木)に所沢で行われる。

新井家の5人の兄弟姉妹も,3番目の母と
5番目のもう一人の叔父さんとなった。(u_u。)

新々アパートの建設 11/2

アパートの中に入ってみると,
白っぽいところと.黒っぽいところと.内装がしてあった。
私はインテリアセンスはまったく自信がないが,
こういうのが「おしゃれ」なのかなあ。
私は本棚に好きな本がたくさん並べてあるのが好きなもので。

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でも,窓から南に開けた眺めは,旧アパートと変わらずで,
なかなか悪くはないと思うのですが・・・。
(新々アパートの方々の駐車場は西側になるため,
自分たちの車は見えない)

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東村山のまちジャム

地域の活性化ということなのだろう。
東村山でも「まちジャム」という駅前ライブが今週末行われている。

昨日は午後5時から新秋津駅前だったのだが,
5時になっても始まらなくて私は歩きだしてしまった。
(明日・明後日は,久米川駅前と東村山駅前)

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だって,午後5時といえば,新秋津駅周辺では,飲食店の開店時間で,
ラーメン屋の「高木のぶぅ」も酒処「まこ」まこもスタートしているのですから・・・。

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PS ちなみに,私が「まこ」を出て,「高木のぶぅ」でラーメンをススっていた時間は,
1番目の出演者が演奏を終え,次の出演者が登場する前だった。
ということで,今回のまちジャムで私は,1曲も聴けなかったのだった。(。>0<。)


2018年11月 2日 (金)

久しぶりの「はみだしたの」掲載

今朝『たの授』11月号が届いた。
今月号には私の「はみだしたの」が載っているので,
ちょっとご機嫌なのである。

「●ダイソーで面白そうな商品を見つけたのでお知らせします。

「ドッキリ!検尿カップ」,これ,本物の検尿カップをジョークグッズ

として紙コップ代わりに使うというもの。ふつうの感覚では,検尿

カップはそのイメージから飲食には向かないと思われるだろう。

そこを狙ったのがこの商品で,「検尿カップほど清潔なものはない」

のだ。なぜなら「検尿カップ」は健康の状態を測る大切な道具で,

決して汚れていてはならないからだ。加えて言うと,尿自体も雑菌

のないきれいなもので,水が得られない時には,尿で傷口を洗うと

いいと聞いたことがある(試したことはないけど)ともかく,この

うんちくを語るだけでも,手品グッズとして使いたい(笑)。」

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日本書紀のページ数と「美濃」の出現数

古田史学に関わった頃(1991年),
「日本書紀(岩波古典文学大系)のページ配分」というグラフ資料を
作ったことがあった。

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この資料と「美濃」の出現数をコラボしてみたら,
ちょっと面白いことにならないかと思った。
(昼寝の成果か?)

ページ数 〇=10ページ ・=1ページ ●=「美濃」1回

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

神代 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇・・・・ ●●

神武 ・・・・
綏靖 ・・
安寧 ・
懿徳 ・
孝昭 ・・
孝昭 ・・
孝靈 ・・
孝元 ・・
開化 ・・・・
崇神 〇〇

垂仁 〇〇・・・・・・・ ●
景行 〇〇〇・・・・・・ ●●●●●●  四十年,日本武尊の再征の中で「身毛津君」の名(壬申の乱で活躍)
成務 ・・・・                  五十五年春二月五日,彦狭島王を東山道十五国の都督に任じられた
仲哀 〇                                         (九州王朝時代の)
(神功) 〇〇〇・・
応神 〇〇 
仁徳 〇〇〇・・・・・・
履中 〇・・
反正 ・・
允恭 〇・・・・・・・・
安康 ・・・・・・

雄略 〇〇〇〇・・・・・・
清寧 ・・・・・・
顕宗 〇・・・・・・・・
仁賢 〇
武烈 〇
継体 〇〇〇
安閑 ・・・・・・・・
宣化 ・・・・・・
欽明 〇〇〇〇〇〇〇
敏達 〇〇・・

用明 ・・・・・・
崇峻 ・・・・・・・・
推古 〇〇〇〇・・・・
舒明 〇〇
皇極 〇〇〇・・
孝徳 〇〇〇〇〇〇・・・・・・・・ ●
斉明 〇〇・・・・・・ ●
天智 〇〇〇 ●
天武 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇・・ ●●●●●●●●●●●●●

持統 〇〇〇〇〇・・・・ ●●●

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「美濃」の出現は,かなり極端な分布となった。
景行が多いのは,日本武尊による東国遠征のため。
天武が多いのは,壬申の乱の関係である。


新々アパートの建設 11/1

7月中旬から始まった新々アパートの建設も,
いよいよ外装を終えて作業足場が外される段となった。
昨日は,その作業だった。

これからは,玄関の扉も取り付けられ(今までなかった!),
内装が中心となる。
1月からの入居をめざし,作業は進む。

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息子の手料理 11/1

野菜を食べるためのスープが何種類も出ている。
生ではノドを通らなくても,柔らかく煮たものなら食べやすいかも。
という訳で,「白菜鍋」を作ってみました。
スープに各具材を入れて煮るだけ!

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いきものがかりが戻ってくる!

昨日の「いきものがかりファンクラブ(1年2組)」からのメールによると,
ついに2年間の放牧(休養)から活動再開するとのことだ。ヽ(´▽`)/

すでに聖恵ちゃんの単独アルバムという形で始動してはいたが,
今回は3人そろっての始動である。

しかもファンクラブの会員には,新曲をプレゼントしてくれるといううれしい情報。
ぜひ今年もどこかのライブに行って,応援をしたいものだ。

皆さんもこの機会にぜひファンクラブの会員に!
ライブ会場には20~30代を中心に幅広い年代の方がいますよ。(o^-^o)

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【デイリーより】

いきものがかり 11・3再始動 「放牧宣言」から1年10カ月

 2017年1月5日に「放牧宣言」し、活動を休止していた男女3人組バンド・いきものがかりが、
1年10カ月ぶりに再始動することが1日、分かった。

 2日のJ-WAVE「AVALON~事件です!いきものがかり集牧宣言~」
(後8・00)に生出演して「集牧宣言」し、結成記念日の3日に活動を再開する。

 リーダーの水野良樹(35)ら3人は連名のコメントを発表。
個々で活動しながら今後についてじっくりと話し合ってきたといい
「もっとこの3人でいきものがかりを楽しみたい。
そして、その楽しさを僕ら以外の、たくさんのひとたちにも面白がってもらいたい」と「集牧」を決めたという。

 今後は、放牧期間中も応援してくれたファンクラブ会員に向け新曲「太陽」収録のCDを郵送。
来年4月からは、ファンクラブ会員限定の全国ツアーをスタートする。

ヘイ,10℃!

気温が下がりに下がり,
午前5時現在で8℃です。(寒)
これでは,ビートルズの歌もシャレになりません。(笑)
「ヘイ,10℃」ではなく,「へい,柔道」でもない,本物の「Hey Jude」を
お口直しにお聴きください。

ビートルズ 「Hey Jude」

https://www.youtube.com/watch?v=vKQX58qZqk4

ついでに,ウィキペディア「ヘイ・ジュード」のうんちくもどうぞ!

ウィキペディア「ヘイ・ジュード」

https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘイ・ジュード

「主語有無」の論証(川瀬さん)

川瀬さんの「主語有無」の論証を皆さんにもお知らせしたく,
本項にてアップさせていただきます。
以前別のサイトでアップしましたが,「夢ブログ」でも・・・。

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 私が問題にしているのは、「書紀が天子の行動を記述するとき、九州王朝の天子のそれは主語を省略して
天子の行動とわかる動詞を使うが、近畿天皇家の大王のそれは、天皇はと主語を明確に記して行動を記す
という使い分けをしているのではないか」ということ。

 この観点でいうと、近江令はそもそも書紀には発布の記事すらない。
 あるのは一つは、「九年春正月乙亥朔辛巳、詔士大夫等、大射宮門內。戊子、宣朝庭之禮儀與行路之相避。」として朝廷の礼儀と行路の相避の問題を新たに定めたとの記述。
 ここは明確に「宣」という天子の行動を指す動詞を使って主語を省略している。

 もう一つは、十年正月の「甲辰、東宮太皇弟奉宣或本云大友皇子宣命施行冠位法度之事、大赦天下。法度冠位之名、具載於新律令也。」。東宮太皇弟とも大友皇子とも記録によって異なるが、宣命を奉じて、冠位法度の事を施行するとの記事。そして注で法度冠位の名は新律令に掲載されていると。
 ここでは宣命が出されたとの記事は省略されている。
 この書紀記述の主語の書き方に注目すれば、近江令を出したのは天智ではなくて、九州王朝の天子だとの古田説が書紀記述で確認できるが、古田さんはここまで気が付いていない。

 飛鳥浄御原令については、
「天武十年二月庚子朔甲子、天皇々后共居于大極殿、以喚親王諸王及諸臣、詔之曰「朕今更欲定律令改法式、故倶修是事。然頓就是務公事有闕、分人應行。」とある。
 つまり「新たに律令を作り改めたい。そのための職務を諸人で分担して進めよ」と集められた親王や諸王や諸臣に命じたとある。「詔」という天子特有の主語が使われているがその前に天皇と皇后が大極殿にいて親王諸王諸臣を集めてと書かれているから、この主体は明確に天武だと読める。
 この時律令は天武生存中には出来上がらなかったが、 実際にその一部の令が出されたのは次の持統のとき。
書紀では、「持統三年六月庚戌、班賜諸司令、一部廿二卷。」といきなり22巻の令が諸司に頒布された。動詞は「班賜」という天子の行動を示すもので、ここでは主語が省略されている。
 この書き方は、新令を「班賜」した主体が省略されているから九州王朝の天子ということになり、ここから見ると、天武紀で「新律令をつくりたい」と親王諸王諸臣に令しのは、天武ではなく九州王朝の天子ということになる。
 ここでも書紀の主語の書き方に注目すれば、飛鳥浄御原令を出したのは天武・持統ではなく九州王朝の天子だとの古田説が証明される。
 しかし古田さんはここまで気が付いておられなかった。

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参考

「古田史学の継承のために」サイトの
「主語有無」の論証(改訂版)

http://koesan21.cocolog-nifty.com/keishou/2017/08/post-6ae7.html

日本書紀の全文検索「美濃」

川瀬さんのアドバイスに従って,
日本書紀の中の「全文検索」から「美濃」を抽出してみた。

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▼日本書紀 巻第二 神代下
斫仆喪屋、此卽落而爲山、今在美濃國藍見川之上喪山是也。世人、惡以生誤死、此其緣也。是後、高皇産靈尊、更會諸神、選當遣於葦原中國者、曰「磐裂磐裂、此云以簸娑窶根裂神之子磐筒男・磐筒女所生之子經津經津、此云賦都主神、是將佳也。」時、有....→ このページで合計2件ヒット

▼日本書紀 巻第六 垂仁天皇紀
云佐佐、更還之入近江國、東廻美濃、到伊勢國。時、天照大神誨倭姬命曰「是神風伊勢國、則常世之浪重浪歸國也、傍國可怜國也。欲居是國。」故、隨大神教、其祠立於伊勢國。因興齋宮于五十鈴川上、是謂磯宮、則天照大神始自天降之處也。一云、天皇、....→ このページで合計1件ヒット

▼日本書紀 巻第七 景行天皇~成務天皇
四年春二月甲寅朔甲子、天皇幸美濃。左右奏言之「茲國有佳人曰弟媛、容姿端正、八坂入彥皇子之女也。」天皇、欲得爲妃、幸弟媛之家。弟媛、聞乘輿車駕、則隱竹林。於是天皇、權令弟媛至而居于泳宮之泳宮、此云區玖利能彌揶、鯉魚浮池、朝夕臨視而戲....→ このページで合計6件ヒット

▼日本書紀 巻第二十五 孝徳天皇紀
羅夫於尾張國、忌部首子麻呂於美濃國、課供神之幣。八月丙申朔庚子、拜東國等國司。仍詔國司等曰、隨天神之所奉寄、方今始將修萬國。凡國家所有公民大小所領人衆、汝等之任、皆作戸籍及校田畝。其薗池水陸之利、與百姓倶。又國司等、在國不得判罪、....→ このページで合計1件ヒット

▼日本書紀 巻第二十六 斉明天皇紀
貴智等、來獻唐俘一百餘人、今美濃國不破・片縣二郡唐人等也。又乞師請救、幷乞王子余豐璋曰或本云、佐平貴智・達率正珍也「唐人率我蝥賊、來蕩搖我疆埸、覆我社稷、俘我君臣。百濟王義慈・其妻恩古・其子隆等・其臣佐平千福・國辨成・孫登等凡五十....→ このページで合計1件ヒット

▼日本書紀 巻第二十七 天智天皇紀
石川麻呂大臣女曰遠智娘或本云美濃津子娘、生一男二女、其一曰大田皇女、其二曰鸕野皇女、及有天下居于飛鳥淨御原宮、後移宮于藤原、其三曰建皇子、唖不能語。或本云、遠智娘生一男二女、其一曰建皇子、其二曰大田皇女、其三曰鸕野皇女。或本云、蘇....→ このページで合計1件ヒット

▼日本書紀 巻第二十八 天武天皇紀上
奏天皇曰「臣、以有私事、獨至美濃。時、朝庭宣美濃・尾張兩國司曰、爲造山陵、豫差定人夫。則人別令執兵。臣以爲、非爲山陵必有事矣、若不早避當有危歟。」或有人奏曰「自近江京至于倭京、處々置候。亦命菟道守橋者、遮皇大弟宮舍人運私粮....→ このページで合計5件ヒット

▼日本書紀 巻第二十九 天武天皇紀下
司等各賜爵一級。戊戌、以小紫美濃王・小錦下紀臣訶多麻呂、拜造高市大寺司。今大官大寺、是。時、知事福林僧、由老辭知事、然不聽焉。戊申、以義成僧、爲小僧都。是日、更加佐官二僧。其有四佐官、始起于此時也。是年也、太歲癸酉。三年春正月辛亥....→ このページで合計8件ヒット

▼日本書紀 巻第三十 持統天皇紀
天皇第二女也、母曰遠智娘更名美濃津子娘、天皇深沈有大度。天豐財重日足姬天皇三年、適天渟中原瀛眞人天皇爲妃。雖帝王女而好禮節儉、有母儀德。天命開別天皇元年、生草壁皇子尊於大津宮。十年十月、從沙門天渟中原瀛眞人天皇、入於吉野避朝猜忌、....→ このページで合計3件ヒット

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ということは,合計で言うと,28か所ということなのだろうか。
「精査」はすぐにできないとしても,色ペンのチェックだけは1日でできそうだ。
便利な時代になったものだ。


日本書紀の原文を検索

http://www.seisaku.bz/search3/searchn.php

2018年11月 1日 (木)

府中研究会 10/31

川瀬さんとの国府・国分寺についての研究会。

まずいきなり,夢ブログで話題となった
『律令体制を支えた地方官衙~弥勒寺遺跡群』の話題から。
その新解釈と図面の方位の間違いの指摘にびっくり。
言われてみると納得するのだが,本当に「精査」する能力の違いを感じる。
ただ,その一方,この「遺跡を学ぶ」シリーズの良さも評価している。
1500円でこれほどの情報を入れてくれているのは本当にうれしい。
それを入手してきた私も偉い!(蛇足)

川瀬さんは,正方位と西偏の関係をはっきりさせたいようで,
武蔵国府の発掘の準報告書をめくっておられた。
本当は私がやるといいのかもしれないが,
絶対「見落としをする自信」があるので,手を出さないでいる。
私は精査より,面白い話題を拾ってくる方が似合っている。
川瀬さんは,「悉皆調査」の大切さを説き,
「これができないようでは研究はできません」と言われるのだが・・・。

主語有無について,古田さんが講演会かなんかで触れていたことがあり,
その確認をしたいと思っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とりあえず,「新古代学の扉」の検索で,以下のものを見つけました。

飛鳥浄御原令(きよみがはら) 令があります。この発布した主語は「天智」や「天武」です。ですが、あれは嘘です。九州王朝の天子が主語である。

http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/sinjit10/satiyam4.html

『古代に真実を求めて』 (明石書店)第十集
古田武彦講演 「万世一系」の史料批判 -- 九州年号の確定と古賀新理論の(出雲)の展望
二〇〇六年二月十八日 場所:大阪市中央区電気倶楽部

秋が深まる

昼間の最高気温が20℃程度。
朝方の最低気温も10℃に近づく恐怖。
秋が深まってきた。
季節の変わり目なので,風邪にご用心!

大阪府の寺院 10/29 +α

(1) 善正寺・・・正方位

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(2) 野々上・野中寺・・・西偏

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(3) 衣縫廃寺・・・正方位だが,土地の区画が東偏っぽい

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(4) 土師寺・・・正方位

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(5) 葛井寺・・・やや西偏か

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(6) 河内寺廃寺・・・正方位

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(7) 河内国分寺・・・正方位

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(8) 海会寺・・・西偏

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(9) 正法寺・・・正方位

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(10) 開元寺・・・正方位

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以上で,一応大阪府の寺院を終わりました。次回は,官衙遺跡へ。


ハロウィーンの夜

昨日の酒処「まこ」は,ハロウィーンの楽しさを味わう夜だった。

(1) 初めてのお客さんの質問に応えて,私がハロウィーンの小レクチャー。

(2) ウェルカム手品2つ。(マジックワールドとエレベーター式!?トランプ)

(3) 私が100円ショップで購入したハロウィーングッズの紹介2つ。(腕時計とタオル。下の写真)(o^-^o)

(4) MちゃんやТさんの仮装(ものすごく凝ったものでした。w(゚o゚)w)

(5) 仮装したメンバーの記念写真

(6) お酒を飲みながらでも美味しいママ特製の2種類のケーキ
 (しっとりした方はあっという間になくなり,遅く来るお客さんのために,再度作ることになった)

このくらいのササヤカな楽しみなら,平和的なハロウィーンだと思う。
(店の収入にもつながるし・・・ね)

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昨日の渋谷のハロウィーン騒動

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/ハロウィーン渋谷は厳戒-痴漢容疑などで男%ef%bc%92人逮捕/ar-BBPav8u?ocid=spartandhp#page=2

その一方で,ゴミを拾う若者も

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181101-00000503-san-soci

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