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2018年9月 3日 (月)

その後の「東偏」調査

『新編 国分寺の研究』を使って,その後も国分僧寺・尼寺の「東偏」調査をやっている。
ほとんどが「東偏」でそのいくつもが「5度」なのだが,
中にはたまに「西偏」もあり「5度以外」のものもあるので,悩みは尽きない。
誰か,再調査していただけませんかね。(本はお貸しします)

山城国分寺・・・わずかに東偏

遠江国分寺・・・東偏5度

駿河国分寺・・・東偏5度?

相模国分寺・・・正方位か

安房国分寺・・・東偏10度?

上総国分寺・・・東偏5度?

下総国分尼寺・・・東偏5度?

磁北と書いてあるのと,そうでないのと,
そもそも地図記号が描いてないのと,バラバラな感じです。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 せっかく貴重な報告書を持っているのですから、今後も継続的に調査してデータを仕上げてください。
 データはそろっていてこそ意味がありますので。
 方位が磁北なのか真北なのかわからないときは、報告書本文を読んでみると良いと思います。

肥さんへ

私のブログ記事《「上総国分寺」検討作業の中間報告(5)》に尼寺の正確な方位を度で表してあります。僧寺も(1)~(4)のどこかに書いてあると思います。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

『新修 国分寺の研究』については,
最初の頃に無理やり読もうとした「後遺症」で,
時間が掛かります。(写真も付けるとさらに)
なので,少しずつのアップでお許し下さい。
といっても,もうだいぶアップしましたが・・・。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

確認でき次第,訂正を入れたいと思います。

肥沼さんへ
 奈良文化財研究所の「古代寺院データベース」で再検証しました。

○山城国分寺:ほぼ真北。伽藍の区画塀?がわずかに西偏なので建物が東偏のように見えるのだと思います。この伽藍はもともと恭仁宮。大極殿をそのまま金堂に転用して作られたので正方位です。
○遠江国分寺:東偏5度で間違いないです。
○駿河国分寺:たぶん「片山廃寺」。東偏3度です。
○相模国分寺:正方位です。
○安房国分寺:金堂基壇とおもわれるもの。東偏7.5度。
○上総国分寺:西偏5度。※大きく異なる、再確認の必要あり。
○下総国分尼寺:東偏5度。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 ○駿河国分寺:たぶん「片山廃寺」。東偏3度です。

昨日の横浜の読書会でもご指摘受けました。

〉 ○相模国分寺:正方位です。

法隆寺式で,塔が回廊の中なので,
九州王朝系に入れていいですかね?

肥さんへ

僧寺は《「上総国分寺」検討作業の中間報告(4)》
http://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/2017/11/post-9e2e.html
でした。


ただ、尼寺もそうですが幾つもある中軸線や各伽藍ごとに方位が異なっています。
一概に何度などとはいえないので注意が必要です。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

上総国分寺については,「後回し」しようと思います。
今は「東偏5度」のものをメインにします。

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