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2018年9月15日 (土)

神武紀のスタートに,見逃せない「注」あり

神武紀のスタートに,見逃せない「注」があるという。
例の川瀬さんと研究会後,甘いものを食べながら聞いた話である。

「戊午の年,春二月十一日に,天皇の軍はついに東に向かった。
魚由舟蘆相つぎ,まさに難波碕に着こうとするとき,
速い潮流があって大変速く着いた。よって名づけて波速国とした。
また浪花ともいう。今の難波とうのはなまったものである」
(講談社学術文庫「日本書紀上」)

つまり,もともと近畿には「波速」あるいは「浪花」という地名があって,
それがその後「難波」となってしまっているが,
それは間違え(訛っている)という話である。

この「注」は1回だけで,もう出て来ない。
もしこの「注」を読み飛ばしてしまうと,
「このルールで読んでくれ」という
日本書紀を致命的な誤読をすることになってしまう・・・。

シャツのボタンも1つ掛け違うと,最後までズレてしまうが,
「歴史研究のボタンの掛け違え」は,
早く気が付かないととんでもないことになってしまうのだ。

九州は「難波」
近畿は「波速」「浪花」

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 昨日の研究会お疲れ様です。
 さっそく話題にしましたね。

書紀の原文。
「戊午年春二月丁酉朔丁未、皇師遂東、舳艫相接。方到難波之碕、會有奔潮太急。因以名爲浪速國、亦曰浪花、今謂難波訛也。」
 最後のところだけ訳すと、「また浪花とも言う。今(書紀編纂時)に難波(と漢字表記するのは)と言うは訛りなり」

 「誤りだ」と書紀編者は言うのではなく「本来この地の名は浪速か浪花と(漢字表記する)言うのだが、今では難波の漢字表記に変えられた」と言っている。
 河内の浪速を「難波」と漢字表記をかえることで、九州の「難波」の記事を全部河内の「難波」だと思わせるために漢字表記を変えたとは言えないから「訛り」といった。

 ふつう「訛り」は、音が変化することを指す。
 でも「浪速」は「なみはや」、「浪花」は「なみはな」としか読めない。この音が「なにわ」に訛るとは到底思えません。

 ここは書紀を実際に書いた史官が、書紀編纂の隠された目的をさりげなく暴露した箇所と読むべきでしょう。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  ここは書紀を実際に書いた史官が、書紀編纂の隠された目的をさりげなく暴露した箇所と読むべきでしょう。

ナイス・フォローありがとうございます。
古田史学の会の方々の中にも,
ここを「見逃している方」が少なくないと思い,
載せさせていただきました。
これからも,こういう記事を載せたいので,
よろしくお願いいたします。

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