« 『久米官衙遺跡~斉明天皇の石湯行宮か』 | トップページ | 飛鳥京跡の中の図4内郭南半遺構図にまさに西偏の遺構 »

2018年9月25日 (火)

『南相馬に躍動する古代の郡役所~泉官衙遺跡』

これは,「神の手(ゴッド・ハンド)」を持つ.肥さんの物語である。(ウソ)

本日,神保町に新泉社の「遺跡を学ぶ」シリーズの1冊である
『斉明天皇の石湯行宮か~久米官衙跡遺跡群』を探しに行った際,
偶然この本が目に止まった。
ぺらぺらとページをめくっていたら,「遺跡の変遷」のところが出て,
偶然.この古代官衙(泉郡衙というより,泉評衙だったと思うが)を見つけられた。
もちろん,東偏から正方位への建て替えのページである。
私はついに「神の手」を持ってしまったのか!と一瞬思った。
(本当にそうなら.楽天も逆転満塁ホームランを打たれなかったのだが・・・
でも,東京・古田会から,この秋の「国分寺案内のご依頼」は受けましたよ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

遺跡を学ぶ106

藤木海/著

東日本大震災で津波被害にあった福島県南相馬市には、
古代の役所「行方郡衙(なめかたぐんが)」が置かれていた。
戦乱・災害に激動する古代東北の地に、律令国家と地域社会を結ぶ要となり、
産業振興に大きな役割を果たした郡役所の姿を追う。

Photo

Dscn3574

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Dscn3579

「奈良文化財研究所データベース」より

« 『久米官衙遺跡~斉明天皇の石湯行宮か』 | トップページ | 飛鳥京跡の中の図4内郭南半遺構図にまさに西偏の遺構 »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 興味深い本と遺跡を見つけましたね。
 このⅠ期(東偏)からⅡ期(正方位)に変えた泉郡衙の、Ⅰ期の年代とⅡ期の年代はどう考えられているのでしょうか?

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

昨日は,目的が他にあったので,この本は買いませんでした。
本日もう一度チャレンジします。

ちなみに,今日は府中の研究会はありませんよね。
私のメモ帳の9月26日(水)のところに,「府中14~」と書いてありまして,
これと私が行かなかった21日(金)とが対応していると思うのですが,
すぐ忘れないようにとメモしたと思うので,いかがなものかと。
ということで,本日は「なし」ですね。次回.10月12日(金)ということで。

肥沼さんへ

 はい。本日はなしです。
 今週と来週はお休み。次回は10月12日(金)の午後2時から府中ふるさと歴史館で。
 9月26日(水)「府中14~」とメモがあったとのこと。記入する場所を間違ったのですね。

 本は買わなかったのですか。二度手間になりましたね。
 ところで「泉郡衙」ではなくて、遺跡名が「泉官衙遺跡」、本来の名称として推測されているのが「行方郡衙」ですね。もしこの遺跡が7世紀のものなら「行方評衙」。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 本は買わなかったのですか。二度手間になりましたね。

最初の計画に入っていなかったで,買いませんでした。
東偏が一つ増えてうれしかったでおしまいに。
私は現在収入がないということもありまして…。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 『久米官衙遺跡~斉明天皇の石湯行宮か』 | トップページ | 飛鳥京跡の中の図4内郭南半遺構図にまさに西偏の遺構 »

2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ