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2018年9月30日 (日)

泉官衙遺跡で一番古いとされる「花葉文」の軒丸瓦

川瀬さんのコメントの返事の中に書いた「花葉文」を紹介しよう。
政庁から少し離れた東部に寺院跡と思われる地区があり,
そこから「花葉文」と呼ばれる軒丸瓦が出ていて,
ほかに類例がないらしく,著者も考えあぐねているようだ。

Ⅰ群 花葉文
Ⅱ群 単弁細弁蓮華文
Ⅲ群 有蕊弁蓮華文

単弁より早いということは,この地区の素弁に当たるものなのか。

Dscn3703

Dscn3704


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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ
この著者の笵の変遷には、不審な点があります。

《不可解な「笵」の変遷》
 この著者は次のような変遷を想定している。
【第一段階】
 花文の中央に花托(かたく)を表す高まりがなく、中房が平坦な一+四(ⅠA類)
【第二段階】
 花文の中央に丘状の高まりがある(掘り加えられた)。
 中房の中心蓮子(「一+四」の「一」の蓮子)に(竹管状工具で刺突したと考えらえる)円文が施文されているもの(ⅠB1類)。
 中房が1B1類より低く(押笵した後、「一+四」の蓮子を削り取ったと考えている)、円文により一+四の蓮子を表すもの(ⅠB2類)。
【第三段階】
 外周蓮子を一つ彫り加えた中房が一+五のもの(ⅠC類)。
 中房が1B1類より低く(押笵した後、「一+四」の蓮子を削り取ったと考えている)、中房が無文の(竹管状工具による施文を省いたと考えている)もの(ⅠD類)。

《この笵変遷の不審点》
まず、次のように考えてみた(「同笵」ということを前提に考えている)。
1. 中房の高さについては、高いものは低いものをさらに深く彫ったと考える。
2. 装飾は単純から複雑に(さらに手を加えるように)なっていったと考える。
3. 無駄な工程は行わなかったと考える。

以上から、
❶中房が1B1類より低いⅠD類が、ⅠD類より高いⅠB1類の後、とは考えられない(1)。
❷無文なのは竹管状工具による施文を省いたから、とは考えられない(2)。
❸押笵した後、「一+四」の蓮子を削り取った、とは考えられない(3)

以上から、次のように変遷を考えた方が自然と思われる。
第一段階
 花文の中央に花托(かたく)を表す高まりがなく、中房が平坦な一+四(ⅠA類)
第二段階
 花文の中央に花托があり、中房が1B1類より低く、中房が無文のもの(ⅠD類)。
 花文の中央に花托があり、中房が1B1類より低く、円文により一+四の蓮子を表すもの(ⅠB2類)。
第三段階
 花文の中央に花托があり、第二段階より中房を深く掘り、中心蓮子に円文が施文されているもの(ⅠB1類)。
 花文の中央に花托があり、(第二段階より中房を深く掘り、)外周蓮子を一つ彫り加えた中房が一+五のもの(ⅠC類)。
このように著者とは異なる変遷を想像してみることもできるのではなかろうか。

 問題は、押笵した後「一+四」の蓮子を削り取ったという証拠があるのかということです。
また、気になるのは技法(瓦当の厚さ)です。著者は「工人集団」の違いとしているが、技法の伝来ルートの違いなのではなかろうか。そう考えると、整形技法が半島の百済から伝わった南朝式「板付け技法」なのか、北朝式「紐巻付け技法」なのか、ということが気になるところです。また、瓦当部と丸瓦部との接合の仕方は「厚み」が違っていても同じなのかというのも重要です。技法は変わらずに瓦当部の「厚み」だけが違うのかどうか。図では丸瓦部は「玉縁」(有段)の無い“行基式”と呼ばれている大量生産に向くもののようです(これは時代比定には無関係です)。また、これ(軒丸瓦)がどんな軒平瓦と組み合わさっているのかも気にはなります(図44には「重圏文軒平瓦」が掲載されている)。
 何にせよ、この「花葉文軒丸瓦」は「謎の花葉文」と書かれている瓦なので、一、二枚の写真で判断できるしろものではないことは確かでしょう。

肥沼さんへ

 面白い文様の軒丸瓦ですね。
 「花葉文」というからそれだけと思ってみたら、要するに「蓮華文」の変種ですね。
 中央に蓮の中房があってそこに複数の蓮子が浮き彫りになっている。異なるのは蓮弁ではなくて、蓮の花の代わりに、三つの花と、その間に茎に葉が付いた文様をいくつか配したもの。
 たしかに今まで見たことがありません。
 「花葉文軒丸瓦」で検索してみると、韓国の慶州の古瓦の中に同じ名前のものが。残念ながら画像は見つかりませんでしたが。
 天理大学付属の天理参考館が毎年やっている「天理ギャラリー展」。
 これの
 第126回展 「新羅千年の都 慶州の古瓦」
会期 :2005(平成17)年10月3日(月)~11月26日
出品リスト 
千軍里寺址(千軍里)
46. 花葉文軒丸瓦 統一新羅 径14.4cm

 〇第48回企画展 「古代新羅の屋瓦」
会期:2004(平成16)年4月7日(水)~6月7日(月)
出品リスト
南山里
60. 花葉散布文軒平瓦 統一新羅 残存幅21.7cm
61. 宝相華的花葉文軒丸瓦 統一新羅 残存径18.3cm

 どれも統一新羅ですから少しあとのものです。
 ネット検索したら、法隆寺の若草伽藍から、同じく中心に蓮の中房と蓮子が浮き彫りにされていて、その周りに、花はないが、茎から葉が出たものをデザイン化したものが出ているようです。泉廃寺の方がより即物的なデザインですが。
 類例はこれくらいかな?
 画像はここ。
 http://avantdoublier.blogspot.com/2015/03/blog-post.html

追伸
 前のコメントに、この「花葉文」の瓦はⅠ期政庁に相当するとありました。
 それはどこにどう書いてあったのでしょうか。

 もしかしてこのページ右側に Ⅰ期:植物文 Ⅱ期:単弁細弁蓮華文 Ⅲ期:有蕊弁蓮華文と瓦の三つの種類を書いてあったので、
 この「植物文」を「花葉文」と解釈し、さらにⅠ期だから政庁Ⅰ期に相当すると解釈したのだろうか。

 もしそうならこれは間違いだが。こちらは単なる出土瓦の種類の分類で、時期は書いてない。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉  何にせよ、この「花葉文軒丸瓦」は「謎の花葉文」と書かれている瓦なので、一、二枚の写真で判断できるしろものではないことは確かでしょう。

私は,その順番から,第Ⅰ群が第Ⅰ期に相当するものと思ってしまいましたが,
政庁と寺院は時期が違うかもしれません。
ぜひこの本を手元に置いてご検討いただければと思います。
ユニークな文様には違いありませんので・・・。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 この「植物文」を「花葉文」と解釈し、さらにⅠ期だから政庁Ⅰ期に相当すると解釈したのだろうか。
 もしそうならこれは間違いだが。こちらは単なる出土瓦の種類の分類で、時期は書いてない。

私は,その順番から,第Ⅰ群が第Ⅰ期に対応するものと思ってしまいましたが,
政庁と寺院は時期が違うかもしれません。
「順番」とは,寺院の創建・・・Ⅰ群の瓦,天平期の補修・・・Ⅱ群の瓦,平安期の補修・・・Ⅲ群の瓦
というものです。
政庁と寺院の同時進行ではないかもしれないので,「Ⅰ期に相当する」云々は勇み足でした。
ぜひこの本を手元に置いてご検討いただければと思います。
ユニークな文様には違いありませんので・・・。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  面白い文様の軒丸瓦ですね。
 「花葉文」というからそれだけと思ってみたら、要するに「蓮華文」の変種ですね。

へー,「蓮華文」の変種なんですか。

〉  ネット検索したら、法隆寺の若草伽藍から、同じく中心に蓮の中房と蓮子が浮き彫りにされていて、その周りに、花はないが、茎から葉が出たものをデザイン化したものが出ているようです。泉廃寺の方がより即物的なデザインですが。
 類例はこれくらいかな?
 画像はここ。
 http://avantdoublier.blogspot.com/2015/03/blog-post.html

画像さっそくアップするようにしたいと思います。
読者の方々も見たいと思いますので・・・。

肥さんへ

>ぜひこの本を手元に置いてご検討いただければと思います。
 ユニークな文様には違いありませんので・・・。

まず、Ⅰ期云々の話は私はしてはいません。もう一度お読みください。


本題
私はユニークな文様に興味をもっているわけではありません。
肥さんがこの著者の笵に関する変遷を「鵜呑み」にしているように思えましたので(少なくとも検討したとは思えませんでしたので)、「こういう点を検討する必要があるのでは」というアドバイス(ご忠告)をしただけです。「その点は注意して読んでみます」くらいの返事を期待する程度の話なのです。

私は、肥さんのアウトソーシングを引き受けるつもりでコメントを書いたのではありません。それとも「興味本位に余計なことを」と思われたのでしょうか?

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 私は、肥さんのアウトソーシングを引き受けるつもりでコメントを書いたのではありません。
それとも「興味本位に余計なことを」と思われたのでしょうか?

いえいえ,ご忠告ありがとうございました。
ほかの人が関心を持ったことに全部付き合っていたら,
いくらお金があっても足りませんし,知力・体力も持ちませんから。

肥沼さんへ

>へー,「蓮華文」の変種なんですか。

 発掘担当者もこの本の著者も(同一人物か)、「蓮華文」の変種ということに気が付いているのじゃないかな。説明の図にも、図文の中心に「中房」「蓮子」とあるのですから。
 蓮華文の軒丸瓦で素弁の時代のものは、蓮の花弁の部分をいろいろな文様で置き換えたものがあります。これは石田さんの著書の図版を見れば一目瞭然。
 だから法隆寺若草伽藍出土の瓦も蓮華文の変種なわけ。
 蓮華文変種と考えれば、これは肥沼さんが「単弁より古いわけだから素弁か」と考えたように、泉廃寺も発掘者が考えているより古いものかもしれませんし、それこそ政庁Ⅰ期に対応しているかもしれませんね。
 何しろ素弁蓮華文軒丸瓦は大和では6世紀末から7世紀前半の瓦ですから。
 九州や関東東北のように中央から遠いからと、その年代を50年とか100年後ろにずらしているのが今の考古学会の編年です。この偏差を「ゼロ」にすれば、泉廃寺もかなり古いものになりますよ。

 それから「花葉文軒丸瓦」というものが新羅にあるのは事実だ。統一新羅の時代だが。
 素弁蓮華文軒丸瓦にも新羅系と百済系がある。たしか若草伽藍は新羅系と分類されていたと思います。ということは泉廃寺も新羅系寺院なのかもしれませんね。
 

追伸
 Ⅱ群 単弁細弁蓮華文
 Ⅲ群 有蕊弁蓮華文
 この二種類の瓦の映像を見せてください。
 「単弁細弁蓮華文」というのですから、花弁に子葉が浮き彫りになった形式で、しかも花弁の数が16弁とか20弁とかの細い数の多い奴だと思いますが。
 「有蕊弁蓮華文」は見当もつきません。

 Ⅱ群が天平期の補修と発掘者は考えているようですが、単弁の瓦の時代は大和なら7世紀中葉前後です。7世紀末にすでに複弁の時代になっています。
 天平期とは8世紀の中ごろの時期。複弁の時代の真っただ中でこの単弁瓦。
 どう考えても編年がおかしいと思います。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  Ⅱ群 単弁細弁蓮華文
 Ⅲ群 有蕊弁蓮華文
 この二種類の瓦の映像を見せてください。

上記のページに続く8ページを載せることにします。
別項「Ⅱ群・Ⅲ群の写真」をご覧下さい。

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