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2018年9月12日 (水)

「八●比古」「八●比女」の●は,何か?(探求編)

山田さんへ
コメントありがとうございます。

コメントをヒントに,「街 旧字体」で検索したら,どんぴしゃり!
そういうサイトがありました。リンクしますね。

街・衢

http://kanji.quus.net/jyukugo202/idiom12325.htm

そういえば,千葉県には「八街市(やちまたし)」がありましたね。

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川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  この石碑の碑文の名前の文字の所をもっと大きくしてくれれば、
詳しい漢和辞典で字を特定できますよ。

そうしたいのはやまやまなのですが,
6月の引越しの際,辞典類がどこかの箱に入ってしまっていて見つからないのです。

〉 そうした●●(地名)比古と●●比女の組み合わせは、土地の神を表わすもの。
 古墳の主の祖先神であると思われます。

府中熊野神社の場所は,旧甲州街道沿いですから,
もともとこの地の神様だったのでしょう。
その男女神が末社になっているということは,
スサノオを祭神にする新たな支配者が来たということでしょうかね。

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西村さんへ
コメントありがとうございます。

「街衢」という言葉もあるのだとしたら,旧字体ではないですねえ。(サイトは,間違い)
では,街の旧字体は何なのだろう。
また,逆に「衢」の新字体は何なのだろう。
だが,両者は「仲間の言葉」のようです。

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~ 街衢(がいく)の使われ方検索(小説・文学作品等):言葉の使い方 ~

「松江印象記」より 著者:芥川竜之介

点において、松江市は他のいずれの都市よりもすぐれた便宜を持っていはしないかと思う。
堀割に沿うて造られた街衢《がいく》の井然《せいぜん》たることは、
松江へはいるとともにまず自分を驚かしたものの一つである。し....

「即興詩人」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン

しこなるが我が懷かしき穢《きたな》きイトリの小都會なり。
汝は故里の我が居る町をいかなる處とかおもへる。街衢《がいく》の地割の井然《せいぜん》たるは、
幾何學の圖を披《ひら》きたる如く、軒は同じく出で、梯《は....

「三太郎の日記 第一」より 著者:阿部次郎

を萎縮し窒息せしめる。外面道徳の專權は人を野卑陋劣にする。
今や法律書生と檢査官との道徳は白晝公然として街衢を横行し、
内面の世界に生きむとする者は彼等の喧噪と惡臭とに堪へない。
内面道徳の説なきを得ざる所以で....

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

「衢」は「街」の旧字体では無いと思いますよ。音も訓も異なりますし、よく似た意味ではありますが、「衢」は四つ辻(以上の交差点)ですが、「街」は「町」中の道の意味で微妙に異なります。「街衢」という単語が存在するのも旧字体では無い証拠でしょう。

私は白川静氏の編纂の「字通」という漢和辞典のCDロム版を持っているので、いつもパソコンに入れています。
 この辞書では二つの文字を次のように解説しています。
●街
  [字音]ガイ [字訓]よつまた・まち もともとは四辻。街と衢とで居住地が構成されるのでのちに、市街の意となる。

●衢
  [字音]ク [字訓]ちまた・つじ 我が国の辻にあたる語。
 街衢(がいく)は、まち。と解説されている。

 熊野神社の摂社の祭神は、八衢比古・八衢比女、でよろしいのでしょうか。
 そうであれば、私がコメントした「土地の神」ではないです。山田さんご指摘のように、
>集落や道の要所にすわり,邪神・悪霊の侵入をふせぐ。伊奘諾尊(いざなぎのみこと)が檍原(あわきがはら)で禊(みそぎ)をしたときに生まれた道俣神(ちまたのかみ)は,この両神をさしているともいう。
 で正しいと思います。

 熊野神社は、古代であれば、北から来た東山道武蔵路(上野国府と武蔵国府、さらに相模国府とを結ぶ主要街道)と今の府中街道(多摩郡から東の郡をつなぐわき道)の交差する場所ですから、「道の要所にすわり,邪神・悪霊の侵入をふせぐ」神が祭られているのは当然です。
 この素戔嗚尊が主神である熊野神社がこの上円下方墳の場所に祭られているということは、この古墳の主こそ、出雲系の神を祀った、多摩地方を古来から治めてきた豪族だということだと思います。つまり今、肥沼さんが探求している府中市街の東偏の市街(信仰の場としては天神社を中心とする)を作った人かその子孫でしょう。そしてきわめて特殊な形式の墓に祭られているこの人は、九州王朝時代でも近畿天皇家時代でも共にこの地を治めた大豪族なのだとおもいます。
 地位としては多摩評の時代なら多摩評督、多摩郡の時代なら多摩郡大領。
 氏名は史書に記されていないので不明。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  熊野神社の摂社の祭神は、八衢比古・八衢比女、でよろしいのでしょうか。
 そうであれば、私がコメントした「土地の神」ではないです。山田さんご指摘のように、
>集落や道の要所にすわり,邪神・悪霊の侵入をふせぐ。伊奘諾尊(いざなぎのみこと)が檍原(あわきがはら)で禊(みそぎ)をしたときに生まれた道俣神(ちまたのかみ)は,この両神をさしているともいう。
 で正しいと思います。

おお,なんだか,みんなで研究している感が出てきましたね。
いいと思ったら賛成。違うと思ったら反対。
そうやって研究を進めながら,みんなで一元史観の縛りを
少しでも解いていけたらと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

〉  熊野神社は、古代であれば、北から来た東山道武蔵路(上野国府と武蔵国府、さらに相模国府とを結ぶ主要街道)と今の府中街道(多摩郡から東の郡をつなぐわき道)の交差する場所ですから、「道の要所にすわり,邪神・悪霊の侵入をふせぐ」神が祭られているのは当然です。
 この素戔嗚尊が主神である熊野神社がこの上円下方墳の場所に祭られているということは、この古墳の主こそ、出雲系の神を祀った、多摩地方を古来から治めてきた豪族だということだと思います。つまり今、肥沼さんが探求している府中市街の東偏の市街(信仰の場としては天神社を中心とする)を作った人かその子孫でしょう。そしてきわめて特殊な形式の墓に祭られているこの人は、九州王朝時代でも近畿天皇家時代でも共にこの地を治めた大豪族なのだとおもいます。
 地位としては多摩評の時代なら多摩評督、多摩郡の時代なら多摩郡大領。
 氏名は史書に記されていないので不明。

おお,府中や国分寺は,やはり研究するに値するすごい都市でしたね。
なんだか力が湧いてきました。

肥さんへ

すべての漢字に「新字体」(省略字体、あるいは、慣例化した代替字)があるとは限りません。
私がいつも持ち歩いている『新華字典【改訂版】』には簡体字すらありません。
衢:大路、四通八達的道路:通~.
とあります。「四通八達的道路」というのは、西村さんのご指摘通り、四方向以上に行く道路、つまり十字路以上の交差点と言う意味です。しかも小道は指しません(大路)。つまり古代官道が交差しているような所です。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 すべての漢字に「新字体」(省略字体、あるいは、慣例化した代替字)があるとは限りません。

そうなんですか。なんとなくそんな気はしますが,言い切れるのはすごい。
そして,内容もバッチリでしたね。

肥さんへ

もう一つの質問に答え忘れました。
街:両辺有房屋的、比較寛闊的道路。通常指開設商店地方。

両側に家屋がある、広く賑やかな道路。通常は商店がある所を指す。
これの旧字体もありません(これが簡体字ということでもありません)。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

まとめてみると・・・。

【衢について】 

すべての漢字に「新字体」(省略字体、あるいは、慣例化した代替字)が
あるとは限りません。
私がいつも持ち歩いている『新華字典【改訂版】』には簡体字すらありません。

衢:大路、四通八達的道路:通~.
とあります。「四通八達的道路」というのは、西村さんのご指摘通り、四方向以上に行く道路、つまり十字路以上の交差点と言う意味です。しかも小道は指しません(大路)。つまり古代官道が交差しているような所です。

【街について】

街:両辺有房屋的、比較寛闊的道路。通常指開設商店地方。
両側に家屋がある、広く賑やかな道路。通常は商店がある所を指す。
これの旧字体もありません(これが簡体字ということでもありません)。

(肥さん) 3人の皆さん,コメントをありがとうございます。
わずかな時間のあいだに,こんなに議論が進むなんて凄いです。
今後ともよろしくお願いいたします。

肥さんへ
書き方が悪くてすみません。

「衢」という漢字については、私がいつも持ち歩いている『新華字典【改訂版】』には簡体字すらありません。
『新華字典【改訂版】』には繁体字と簡体字が載っています。
基本は簡体字で()で繁体字が示されています。

肥沼さんへ

 いま、グーグルマップで熊野神社古墳とその周辺の航空写真を見ていて気が付いたことがあります。
 府中市の中で、分倍河原駅の西側からこの古墳のある西府一帯はまた、東偏の街路になっていることです。
 しかもその傾きは東偏10度から15度。そしてこの角度はずっと東の京所地区や八幡地区の街路の傾きとほぼ同じ。
 そして興味深いのは熊野神社の、参道ー拝殿ー本殿の軸は東偏10度だということ。
 さらに古墳の方墳の東西の辺が西偏7度になっていること。
 このため参道ー拝殿ー本殿の軸と古墳の石室の軸とがちょうど本殿のすぐ裏、古墳の石室の入り口付近で交差していることになります。
 まさに熊野神社の本来の神は、この古墳の主です。

 もしかしたら古代の府中市街は西は西府のこの古墳付近から、東は八幡町、いやさらにその東の地域まで、古代の府中街道に沿って東偏の街だったのかもしれないとおもいました。
 しかしそのうちの、この古代府中街道と東山道武蔵路が交わる付近から大国魂神社のすぐ東の京所付近までが正方位に作り変えられたが、その東と西はそのまま東偏の街のままだった。
 こう考えると、かなり離れた、熊野神社古墳と大国魂神社東官衙遺跡の中の東偏遺跡群・多摩寺が一体のもののように思えてきました。

 もちろん東偏の街路(東西の向きのものだが)が見つかっているのは京所地区だけなので、西の地域の地下にこのような街路が眠っているかどうかはわかりませんが。
 古代の東偏の街路の痕跡の可能性はありますね。

 以上現在の地図を見ていての感想です。

 そして東山道武蔵路は上野国府と武蔵国府さらに相模国府を結ぶ国の大路。さらにこれと直交する古代府中街道は、多摩郡の西部から東部を東西に貫通し、そのままさらに東の武蔵国の各郡に連絡し、さらに東進して上総下総につながるこれも順大路。
 この交点付近の熊野神社の場所。
 まさしく「衢」の字に相応しい。
 これは先に山田さんがご指摘されたことですが。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

こんな興味深い内容を,こんな時間(23時48分)にコメントされたら,
私の睡眠時間がますます減ってしまいますよ。(苦笑)
さっそく地図に着色して,「夢ブログ」にアップしますね。

ダイエットは,明日から。
「睡眠不足解消」も明日から。(もう本日ですが…)

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 書き方が悪くてすみません。
「衢」という漢字については、私がいつも持ち歩いている『新華字典【改訂版】』には
簡体字すらありません。
『新華字典【改訂版】』には繁体字と簡体字が載っています。
基本は簡体字で()で繁体字が示されています。

ご修正ありがとうございます。

肥沼さんへ
>こんな興味深い内容を,こんな時間(23時48分)にコメントされたら,
私の睡眠時間がますます減ってしまいますよ。(苦笑)
さっそく地図に着色して,「夢ブログ」にアップしますね。

 だからコメントへの返信も翌朝にすればよいのです。コメントへの返信が夕方から晩と早朝にしかないとなれば、こちらのコメントもそれに対応して変化する。

 そうそう、追伸です。
 「八衢比古・八衢比女」社は本来熊野神社にあるのではなくて、別の場所、おそらくは東山道武蔵路と古代の府中街道の交点にあったのではないか。それがいつの時代化に、西の熊野神社の境内に移されて摂社となった。
 神社統合はいろんな時代にされますが、最後の大規模な統合が大正時代。
 村や町の神社は一つに統合され、主とされた神社以外は摂社やもしくは社そのものも廃止されて合祀された。このとき主な神社の名称すら変えられた。
 一度熊野神社の歴史を府中市史やその関係の本で確認すると良いと思います。
 「八衢比古・八衢比女」社の元有った場所や、熊野神社の本来の名前などがわかるかもしれません。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  一度熊野神社の歴史を府中市史やその関係の本で確認すると良いと思います。
 「八衢比古・八衢比女」社の元有った場所や、熊野神社の本来の名前などがわかるかもしれません。

私は,もともと「八衢比古・八衢比女」社があったところへ,
後から熊野神社が入って来て主神となってしまったと思っていましたが,
そういう順番ではないのですね。

肥沼さんへ
>私は,もともと「八衢比古・八衢比女」社があったところへ,
後から熊野神社が入って来て主神となってしまったと思っていましたが,
そういう順番ではないのですね。

 この「八衢比古・八衢比女」社は、山田さんのご指摘で、大きな道の交差点に祭られる道祖神であると考えられます。
 となるとこの熊野神社の場所にあったのでは、東山道武蔵路と古代府中街道の交点からは西に1キロ以上も離れているのでおかしいことになる。そして今現在摂社であることからも、他から動かされたことは明白です。
 郷土史の資料を精査してみるとわかると思います。

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