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2018年9月25日 (火)

『久米官衙遺跡~斉明天皇の石湯行宮か』

橋本雄一著,新泉社刊,1500円+税
の上記の本を本日入手した。

Dscn3577

2012年の発行であり,使用尺についてもいろいろ考察している.
これを勉強してから,また先日の「工事中」のものを再登場させたい。
著者も報告書とは違うサイズを提出していた。


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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 関連する本を探して読んで勉強しようとする姿勢。いいですね。
 だんだん歴史学徒らしくなってきましたね。こうやって知識を蓄積するものです。

 久米官衙遺跡を斉明天皇の石湯行宮との説があることは知っていました。
 なんでも近畿天皇家の遺跡にしてしまうのですね。今の学会は。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  関連する本を探して読んで勉強しようとする姿勢。いいですね。
 だんだん歴史学徒らしくなってきましたね。こうやって知識を蓄積するものです。

ありがとううございます。
この遺跡は,何か臭うものがある気がするので,
正殿の謎を解きたいです。

〉  久米官衙遺跡を斉明天皇の石湯行宮との説があることは知っていました。
 なんでも近畿天皇家の遺跡にしてしまうのですね。今の学会は。

もうこれは,病気というか,信仰というか・・・。

肥沼さんへ
>もうこれは,病気というか,信仰というか・・・。

 これはなぜ古田さんの九州王朝説が広まらないのかということと同義。
 近畿天皇家一元史観を奉じているのが古代史学界の重鎮で、学会の学者の多くはこの弟子たちだから、その孫弟子やひ孫弟子まで含めて、近畿天皇家一元史観を奉じないと学者になれないからだと、私も以前は思っていました。
 ペガーダの古田論補足にかいたように、これでは事実を無視して一元史観を奉じることの目的やそうすることの利益がわからないと友人から指摘されて、この考えを放棄しました。
 これは病気でも信仰でもありません。
 背後には政治思想があるのです。
 現天皇家が万世一系の皇統だという政治思想が。明治維新を支え、天皇制国家を支えた政治思想です。明治以後に生まれた近代歴史学はこの政治思想を批判し乗り越えることが政治的に許されず、このため学者たちはこの政治思想の枠内で研究することしかゆるされず、そうするしかなくなりました。
 この思想にたてば、現天皇家が、本来の天皇家の分家の分家にすぎないという古田さんが中国の正史と日本書紀・古事記解析で見つけ出した歴史的事実は受け入れがたいものです。天皇家がいくつにもわかれ、その内部で王位継承をめぐって争いがあったなど、認められないのです。だから大正時代には実際に王統が分裂していた南北朝期の歴史的事実を無視して、南朝正統論が正しいと政治的に決められました。歴史的事実ではなくて万世一系の天皇家というイデオロギーこそが大事なのです。国家の屋台骨ですから。このためこれに異議をさしはさんだ学者は地位を追われ著書の発禁処分すら出されました。この記憶は今でも学者の中に残っています。
 政治的な発言をすると、たとえそれが歴史的事実であっても、自らの地位すら失う危険がある。この記憶は強烈です。いつまた万世一系思想を奉じる勢力が政権に返り咲くことがあるかもしれないという恐れです(恐れが今現実になっていますが)。
 敗戦と戦後民主化により天皇は「国民統合の象徴」になりましたが、いまだ戦前の政治体制を是とする人は政治の世界では多数存在し(一度は戦犯として処罰されそうになったのに、冷戦の勃発で処罰はされずに政治家として復活できたので)、この人たちの政治的影響力はいまだに大きいです。いまやこの勢力が政権を独占し、補助金行政や任命権を使って大学の人事まで左右している時代です。
 万世一系の天皇家という政治思想が生き続け、これを奉じる政治勢力が大きな力を持っている中では、古田さんの九州王朝説・多元的古代観が、これがどんなに文献資料や考古資料で裏付けられた歴史的事実であっても、正統とされることはないと思います。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

それは永遠にそうなのでしょうか。
それとも…。

肥沼さんへ

> 万世一系の天皇家という政治思想が生き続け、これを奉じる政治勢力が大きな力を持っている中では、

 と限定符を付けましたので、永遠ではありえないです。それとも肥沼さんは、こうした勢力がいなくなるとは思わないということかな?

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 それとも肥沼さんは、こうした勢力がいなくなるとは思わないということかな?

私は仮説実験授業というか,板倉聖宣さんというか,その付き合いの中で学んだことは,
楽しさがない方向には,人間は動かないということです。
いくら北風が吹いても旅人はマントを脱ぎません。
しかし,その逆の状態が作れれば・・・とは思っています。

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