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2018年9月 5日 (水)

上総国分寺の金堂院+塔の建てられた時期

考古磁気データをさっそく試す」「試金石」が上総国分寺に見つかった。

川瀬さんが指摘された「上総国分寺の中心伽藍・金堂院+塔は、
西偏2もしくは3度です」という件である。

実は私が注意深く「正方位」と書けばよかったのだが,ただ正方位と書いたものだから,
さっそく噛みついてきたのが川瀬さんだった。(本当に油断がならない人である)
私ももちろん方位が正方位ではないのは知っていたのだが,
議論の中心が上総国分寺の全体プランからずれてしまうことを恐れて,
あえて「正方位」という風に収めた(収めたかった)。

だが,そういうことであれば,受けて立つのが武士(いつから武士になったかは不問)である。
川瀬さんの疑問に対し,私なりの回答をしよう。

私はこう考えた。正方位とするところを,なぜ西偏2~3度なのか?
「昔の人は,知恵がないから間違えたのか」という問いである。
私は違うと思う。「知恵があったから間違えたのではないか」と逆に考えた。
つまり彼らは・・・磁石という「科学的知識」を使って北を求めたからではないか。

4~12世紀の日本列島は,基本的には「西偏の時代」であった。
だから,磁石で北を示したら,それは「その時代の磁北」なのである。
地磁気学がまだない時代は,磁石の使用はかなりの「科学的知識」だったのだと思う。
彼らは磁石を使って北を求め,「よし,この方位こそまさしく北だ」と考えて,
一生懸命建物の建設に励んだ。
しかし,それは磁北の北で,今から考えると「西偏2~3度」であった。

なんだ,そうだったのか・・・。で終わると,話はつまらない。もう少し話を続けよう。
なにしろ今は科学の時代である。
鉄腕アトムも「心優しいラララ科学の子~♪」と歌っている。(関係ないか)
先の考古磁気学には「きっと西偏2~3度を示す時代があるに違いない!」
と私は思いついた!(思い付きはやはり素晴らしい・・・こともある)

探してみた。
ぜひ,あなたも探していただきたいが,答えを先に言ってしまうと,
「1100年代半ば頃かなあ」という感じである。
歴史のできごとでいうと,保元の乱・平治の乱の少し前だ。
武士の世になり,抵抗する寺院は焼き払われたりしたのかもしれない。

日本の考古地磁気データベースと 過去2000年の地磁気永年変化

その頃上総国分寺の「無残な姿」を見て,再建しようとした地元の有力者がいたのだろうか。
それはわからない。(地元の伝承にはあるかも。武蔵国分寺にも,塔の再建の話が出て来るし)
ただ,データは「西偏2~3度を指すのはその時代だけですよ」と示すのみである。

※ データは西日本中心のようだ。
東日本の精度をさらに高めていただけるとありがたい。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

http://mag.center.ous.ac.jp/

このサイトを訪問して、その前に上総国分寺の緯度経度をしらべておき、それをデータとして入力してごらんなさい。これでこの場の磁気偏角永年変化グラフができる。
また同じく緯度経度を入れてこんどは年代を入れれば、その年の磁気偏角が出てくるよ。この作業は一年ごとにできると思う。
 さてこれで西偏3または2度の時代はいつでしょうね?
 この作業をして初めて、肥沼仮説が成り立つかどうか、確認できます。

 しかしそれははたして平安時代の末なのであろうか?

肥さんへ

方位:ある地点の水平面における、「基準となる方向」との関係。

「基準となる方向」が「地軸による北」なら「真北」、「地磁気による北」なら「磁北」。
正方位(「正方位」)は、「真北」を基準としたもの。
単に「正方位」といえば通常は「真北」を指し、「真東」とは「正方位」による「東」のこと。
「正方位」と「」をつけたところで、「地軸による北」を基準にしたもの以外にはなりません。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

先程上記のサイトを訪問し,計算してみました。
その報告を今からアップします。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 方位:ある地点の水平面における、「基準となる方向」との関係。

私が今回提案した(つもりになっている)のは,
こんなにも奇奇怪怪の上総国分寺を,どう考えていくかということなのです。
山田さんの提出されたデータを1つ1つ検討する形にはなりませんでしたが,
「夢ブログ」の中での川瀬さんと私の議論を読んでいただいているかなと思い,
いきなり「東偏5度」で切り込みました。
顏を突き合わせてや同じ資料を目の前にしての議論ができずに済みませんでしたが,
できるだけ「夢ブログ」にはアップしてきたつもりです。
今後ともよろしくお願いいたします。

肥さんへ

私は誤解されているようです。

>山田さんの提出されたデータを1つ1つ検討する形にはなりませんでしたが,

私はそんなことの為に書いたのではありません。読者が誤って理解してしまうような記述は止めてほしいだけです。次の文章です。

>実は私が注意深く「正方位」と書けばよかったのだが,ただ正方位と書いたものだから,


「正方位に近い」という意味であれば「ほぼ正方位」と書けばいいのです。「およそ正方位」でもいいでしょうし、要は正方位は「」をつけたところで「正方位に近い」という意味にはなりません、とご注意申し上げたのです。

私がけつの穴の小さい人間のごとく書くのはやめてください(これはクレームです)。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 私がけつの穴の小さい人間のごとく書くのはやめてください(これはクレームです)。

決してそんなことは思っておりません。
不愉快な気持ちにさせてしまって,
どうもすみませんでした。m●m

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