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2018年9月13日 (木)

「府中の古代」イメージ・マップ

川瀬さんがコメントして下さった内容を,地図に表現してみました。
もし間違っているところがあったら,ご指摘下さい。
武蔵国分寺(主要伽藍)と熊野神社の方位が西偏7度で共通なので,
街作りも西偏7度で行われたものと私は勘違いしていました。
やはり複数の人で見ていくという作業が大切ですね。(研究は1人では難しい)
では,「古代の府中」イメージ・マップをご覧下さい。

Dscn3481


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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 深夜のグラフづくり。御疲れ様です。こういう神経を使う作業は朝か昼間にしたいですね。
>武蔵国分寺(主要伽藍)と熊野神社の方位が西偏7度で共通なので,
街作りも西偏7度で行われたものと私は勘違いしていました。
 
 はいそうですね。西偏の道路は発掘されていませんし、実際に現在ある街路でもありませんから。見られるのは「西偏建物群」だけ。
 明らかにこれは「西偏建物群」だけがその建設に国家権力が関与していないということです。つまり正方位で作られた王朝国家(九州王朝⇒近畿天皇家)の街が、王朝国家の衰微とともに建物が消え失せて、現地豪族の力で旧来の街路の中に磁石を使用して建物だけが作られたことの証拠です。

 ※一点訂正です。東の京所から八幡町付近の今の街路の東偏角度。10度から15度です。  東偏5度は多摩寺と京所道と発掘された京所道に平行の道だけ。
 ※ところで最近、画像のアップの仕方が変です。
 前はクリックすると拡大された見やすい画像が載っていたのに、いまのは画像をクリックするとかえって小さくなる。
 もっと細部まで確認できるように拡大できる画像を掲載できないものでしょうか?

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  ※一点訂正です。東の京所から八幡町付近の今の街路の東偏角度。10度から15度です。  東偏5度は多摩寺と京所道と発掘された京所道に平行の道だけ。

そうでしたか。では,訂正して絵を入れ替えます。なぜその付近だけが5度?

〉 ※ところで最近、画像のアップの仕方が変です。
 前はクリックすると拡大された見やすい画像が載っていたのに、いまのは画像をクリックするとかえって小さくなる。
 もっと細部まで確認できるように拡大できる画像を掲載できないものでしょうか?

瓦の議論の時から,文様を見やすくすめために
「画面のサイズに合わせて拡大」というのにしています。
元の方がよければ,その方が私も楽ですので,もとに戻します。

肥沼さんへ

>そうでしたか。では,訂正して絵を入れ替えます。なぜその付近だけが5度?
 古代遺構の東偏角度と今の街路の東偏角度が異なるのです。
 ここを混同しないこと。
●古代遺構
 1:東の京所地区:
    多摩寺・と少し北の東西道路:東偏5度。
   あとの掘立柱建物群や方形区画の東偏角度はばらばら。
 2:大国魂神社付近:
   「国衙遺跡」やすぐ北側の「方形区画」や東西南北の道路も正方位。
   ただしここには、東偏の掘立柱建物群もあるし、西偏の掘立柱建物群もある。
 3:中央から東山道武蔵路まで:
   ここは東偏建物群と正方位建物群と西偏建物群が混在。道路は斜交道路以外は正方位。
 4:東山道武蔵路の西側:
   ここはあまり掘られていないので不明。
 
 ※はっきりしていることは古代の道で西偏のものはない。

●現在の街路:
 1:東の京所地区:
   京所道だけ東偏5度。他は東偏10度から15度。
 2:大国魂神社付近:
   街路は正方位。
 3:中央から東山道武蔵路まで:
   鎌倉以後の府中街道が西偏なので、これにそった西偏街路がある。
 4:東山道武蔵路の西側:
   現在の街路はほぼ東偏10度から15度。

 これらも「おもいこみ」でやらないで、ちゃんと地図を計測してください。
   

追伸:

 訂正です。
 「古代の府中」イメージマップでしたら、
東:東偏5度
中央:正方位
西:東偏5度

 です。東と西は、多摩寺や現在の京所道とこれと並行した古代の東西道路が東偏5どなので、街全体が東偏5度だと考えます。中央は古代の東西南北の街路が正方位なので。

「古代の府中」イメージマップ。
 また間違っています。
中央:正方位は、西は東山道武蔵路までです。

 だから東山道武蔵路と「国衙遺跡」正面の南北道の間と、この南北道のすぐ東側が正方位の街並みです。

 ちゃんと地図を自分で確認しないで人の意見を丸のみして、自分の「おもいこみ」でやると何度も間違う。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

》  ちゃんと地図を自分で確認しないで人の意見を丸のみして、自分の「おもいこみ」でやると何度も間違う。

なので,自信のなかった東山道武蔵路までは,水色を伸ばしませんでした。
正方位をそこまで広げるのは初めてのことですのでね。
これぐらいのものだって,やり直すのは私にとっては大変なんですよ。

本日の研究会で再確認してから塗ることにします。

肥沼さんへ
>なので,自信のなかった東山道武蔵路までは,水色を伸ばしませんでした。
正方位をそこまで広げるのは初めてのことですのでね。

 東山道武蔵路はほぼ正方位の南北です。
 そしてそれに直交する古代甲州街道も正方位の東西です。
 この交点付近に駅家がありますが、これも正方位です。

 こう考えれば、正方位の街路はここまでひろがっていたと考えるのは当然のことですよ。
 逆に、北西から約70度で甲州街道に交わる今の府中街道は中世の鎌倉街道の名残なのですから、この範囲までしか正方位の街路を考えることの方がわかりません。
 府中街道は古代にはなかった道だ。
 「府中の古代」のイメージマップなのですから、中世のものは排除して考える。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  東山道武蔵路はほぼ正方位の南北です。
 そしてそれに直交する古代甲州街道も正方位の東西です。
 この交点付近に駅家がありますが、これも正方位です。

 こう考えれば、正方位の街路はここまでひろがっていたと考えるのは当然のことですよ。

な~るほど。そう言われてみれば,その通りですね。

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